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ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
第十章 ~魔の海域~
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第百三十五話 ~転覆は一夜にて~

 謎の男を自宅に持って帰ることに成功したローウェルは、真夜中に目を覚ました。彼は秘密裏に計画していた作戦を自分一人で成し遂げた達成感に溺れ、帰宅と同時にベッドに飛び込み、そのまま眠りに落ちてしまっていたのであった。飛び起きた彼はすぐさま家を飛び出し、自宅に隣接している馬小屋に向かった。


「よ、良かった……」


 馬小屋の柱には男性が縛り付けられていた。ローウェルはその姿を見るや否や安堵の笑みと言葉を零し、散っている干し草の上を歩いて行った。そして柱の裏に回ると、固く結ばれているロープに手を伸ばす。


「おい……」


 ロープを解こうとしたその瞬間、柱の向こう側から声がした。


「ひっ……!」


 計画外のことが起きてしまい、ローウェルは突然自信を失ってその場に尻餅を搗いた。なるべく声を抑えようとしたのだが、その努力も虚しく頼りない声が漏れた。


「誰かいるんだろ? 分かってるんだ、出て来い。……おい!」

「は、はい!」


 言葉の圧力に負けたローウェルは、おずおずと柱の裏から姿を現した。


「ふんっ、ガキか。お前が俺を助けたのか?」

「は、はい。そうです」

「ここはどこだ?」

「こ、ここは、ビハイドという大地です」

「ビハイド……? 外国か。いや、でもこいつは日本語を喋ってるな……」

「あ、あの、どうかしましたか?」

「日本は知ってるか?」

「へ? に、にほん?」

「アメリカ、ブラジル、イタリア、ロシア。どうだ?」

「な、なんですか。呪術か何かですか?」

「なるほど……。俺のことはどこで見つけた?」

「き、北の森です。城にある機械を使って、次元の狭間の大体の位置を――。あっ、すいません。今のは聞かなかったことにしてください」

「次元の狭間? 詳しく聞かせろ」

「い、いや、その、この話は……」

「おいおい、今更言い逃れは無いだろ? ほら、さっさとロープを解いて俺を案内しろ」

「で、出来ませんよ。そんなこと」

「お前は今のままで良いのか?」

「へ?」

「お前の話しぶりを見る限り、知識はあるのに自信だけが欠けている。誰よりも努力しているのに認められないんだよな?」

「……そ、そう言うわけでは」


 ローウェルは言い淀むと、渋い表情を浮かべて男性から目を背けた。そして彼に背を向けたまま長考している間、男は隠し持っていたナイフでロープを切り、ローウェルの真後ろに立った。


「そう考え込むな。お前が口を噤もうが、俺はこの情報を誰かに売るだけだ」

「ひっ!」


 真後ろで声がしたことに驚いたローウェルは咄嗟に振り向こうとしたのだが、その間もなく男にナイフを突き立てられた。


「俺はさ、この情報を売りたくない。この情報を利用して、国を支配したいと思わないか?」

「く、国を、支配……」

「そうだ。だから俺にもっと情報をくれ」

「わ、分かりました……」

「よし、じゃあ仲良くしよう。俺は網井戸海周だ」

「ろ、ローウェルです。はい」


 名を交わした両名は馬小屋を一緒に出た。月明りも弱く、太陽光も無い。人通りの無い町には微量な魔力で灯る街灯だけが存在し、等間隔に道を照らしていた。城への一本道に出た二人は、臆せず闇の中を歩いて行った。

 城門前に到着した二人だったが、当然門は固く閉ざされていた。そこには番兵も配置されており、門の脇にある小屋からはぼんやりと光が漏れていた。


「通してもらうよう話してきます」

「何言ってるんだ。抜け道くらいあるだろ?」

「そ、そんなの無いですよ」


 ローウェルはそう言うと、番兵がいる小屋に向かって行こうとする。それを何とか阻止せねばと思った海周は咄嗟に彼の肩を掴んでその場に引き倒した。


「待て待て、無いなら今から探すんだ」


 仰向けになっているローウェルの顔を覗き込みながら小声でそう言ったのち、海周は彼を立ち上がらせた。


「おい、そこで何をやっている」


 小声で話していたつもりでも、静かな夜の町で彼らの声は悪目立ちしてしまっていたようで、騒ぎを聞きつけた番兵の一人が火の魔法で辺りを照らしながら二人の方へ歩み寄って来た。


「こんな時間になにをしている?」

「ど、どうしましょう……」

「やるしかないだろ」


 海周はそう言い切ると、番兵の方へ直進していった。


「酔っ払いか? 悪ふざけはそれくらいにしておけよ」


 真っ直ぐ向かってくる海周を見て、番兵は呆れたようにそう言った。そして介抱しようと近付いてきた瞬間、海周は素早く相手の背後を取って首を絞めた。


「な、なにをする!」


 その時ローウェルは、激しく揉み合っている二人の姿を見ていることしか出来なかった。そして争いの末に海周が番兵の頭を右手で掴んだ瞬間、パッと彼らの周囲が白んだ。

 ……その場にいる誰もが、何が起きたのか理解できていなかった。一番初めに明らかになったことは、番兵が少しも抵抗してこなくなったことであった。相手が気絶したと思った海周は番兵をその場に座らせ、顔を覗き込んだ。すると彼は目を見開いたまま硬直しているのであった。


「あ、あの、なにをしたんですか?」

「分からない。ただ、一瞬変な光景が見えた」


 そう言うと、海周は再び番兵の頭に右手を乗せた。すると触れあっている部分が僅かに光り、海周と番兵は微塵も動かなくなった。

 それから数分後、海周がそっと手を退けると、番兵もすくりと立ち上がった。そしてローウェルの方を向くとスタスタと歩み寄って来た。


「ひっ、な、何ですか?」

「失礼しました、ローウェル様。あちらの非常用の扉をご利用ください」


 ころりと態度を変えた番兵は、抑揚のない声でそう言うと二人を見張り小屋の方へ連れて行き、その裏側にある非常用扉まで案内した。


「ど、どうも……」


 一応礼を言って非常用の扉を抜け、二人は城に向かって速足で進んで行った。


「な、なにをしたんですか?」


 その道中、見張り小屋から離れた頃合いを見計らい、ローウェルがそう聞いた。


「さぁな、俺にもまだ分かってないことだらけだ」


 そう言った後、彼は二度と口を開くことは無かった。

 城内に入ってしまえば、後はローウェルの案内で研究室に行くだけの話であった。二人は人気の無い城内を静かに、かつ素早く歩いて行き、玉座のある王室にたどり着いた。そして迷わず玉座の背後に回ったローウェルは、玉座の下側に手を差し入れてボタンを押した。

 ――すると玉座の背後に飾られている王の肖像画が静かに上昇して行き、隠し階段が現れた。


「こ、この先です」


 そう言うローウェルを差し置いて、海周は何も言わず階段を下って行った。


「――はっ、今の音は。こんな時間に誰じゃ」


 二人が階段を下り始めたその頃、研究室に残っていたユンランはドアの開く音でうたた寝から目覚めていた。

 カツンカツン、カツンカツン。階段を下ってくる音で、恐らく二人以上であることが分かったユンランは、寝ぼけている頭を何とか覚醒させて懐に隠していたダガーを取り出した。

 ――そして間もなく、研究室の扉が開いた。


「じいさん一人か」


 対面した海周はボソッと呟くと、真っすぐユンランに向かってくる。


「お前さん、この世界の者ではないな?」

「ほう、分かるのか?」

「瞳を見れば分かる」


 そのセリフを聞いた海周は立ち止まり、ユンランのしょぼくれた瞼とその裏にひっそりと隠れながらも輝いている瞳を凝視した。


「……面白い。ますます知りたくなった」


 独り言のように呟くと、相手がナイフを持っていることなど全く気にせず、海周はユンランの目の前まで迫り、右手を伸ばす。ユンランは抵抗するためにナイフを構えようとするのだが、その時ようやく海周の左手がナイフを持つ自分の右手を握っていることに気付いた。


「覗かせてもらうぞ」


 少しも顔色を変えず、海周はユンランの頭に右手を乗せて軽く掴んだ。

 ――番兵の時と同様、頭を掴んだ瞬間に怪しい白光が二人を包む。ユンランは魂を抜かれたかのように全身の力を失って行き、ついには瞳からも生気を失った。と思われた次の瞬間、ユンランは海周の腕を振り払った。


「はぁはぁ、なんじゃ、今のは……」


 殺意を覚えるほどの憎悪を感じたユンランは額に手を当てながら数歩後退した。そして目の前に立っている男と、それから発せられる黒いオーラをひしひしと感受したその時、もしも創治が正義のカリスマだとするならば、海周は悪のカリスマなのかもしれない。とユンランは思ったのであった。


「なるほど、大体は分かった」


 海周はそう呟くと再びユンランの前に立ち塞がり、老師が気絶するまで殴り続けた。そして完全に気を失っていることを確認すると、出入り口に立っているローウェルを退けて階段を上がって行った。


「か、海周さん。ど、どこに行くんですか」


 またも見ていることしか出来なかったローウェルは、気絶しているユンランの方をちらりと見てから情けない声を上げて彼の後を追って行った。


「ま、待ってくださいよ……」


 城内の兵たちを目覚めさせないよう、ローウェルは小声で海周を呼び止めようとする。しかし彼が呼びかけに応えることは無い。このまま歩き続けるのかと思った矢先、とある一室の前で立ち止まった。それは王の寝室であった。


「ここは……」

「記憶通りだな」


 何かに満足したような不気味な笑みを浮かべると、海周は迷わずドアを押し開けた。そして眠っている創治の枕元に直進すると、先ほどユンランから奪ったダガーを振り上げる。


「だ、ダメだ。それはダメだ!」


 今まで怖気づいていたローウェルだが、目の前で創治が殺されてしまうと考えた瞬間、体が勝手に動きだしていた。

 ――海周に飛びつくとともにダガーを奪い取ったローウェルは、その勢いのままダガーを振り下ろした。それは敵の心臓を貫き、大量の血がドクドクと流れ出ていた。


「はぁはぁ、こ、殺したのか……?」


 暗闇の中で生死を確認しようとしたローウェルは、顔に顔を近づけて息を確認しようとした。するとその瞬間、何かに頭をがっちり掴まれた。


「よく、やった……」


 その悪魔のような笑みは暗闇の中でもよく分かった。と同時に、その笑みこそがローウェルと言う人間が最後に得た記憶であった。


「……慣れるまでは時間がかかりそうだな」


 そう呟きながらかつての自分の身体に突き刺さっているダガーを引き抜くと、創治の枕元に立ち直って寝顔を覗いた。そして躊躇なく右手に握っているダガーを振り下ろす。

 ――がしかし、ダガーは枕に突き刺さり、羽毛を散らしただけであった。


「何者だ……?」


 ベッドを挟んだ反対側から男の声がする。ローウェルの身体を奪った海周は、ゆっくりとそちらを見た。するとその時、予兆も無い稲光が天を走り、暗室にいる二人の姿を一瞬だけ可視化した。


「研究室のアレは何で動いてるんだ?」

「どうしたんだ、ローウェル?」


 様子がおかしいことに気付いた創治は、少し大きめの声でそう問い返しながらその場にしゃがみ込み、ベッドの下に隠している剣を取り出すと、音を立てないように姿勢を戻した。


「こいつの記憶にも、じいさんの記憶にも、次元の狭間を生み出すための本当のエネルギーが保存されていなかったんだ」

「君が本物のローウェルだったら教えていたかもな」


 口調と態度、そして研究の核心を突くような質問をしてきたことから、これは恐らくローウェルではないと確信した創治は、剣を抜いてゆっくりと部屋の中央にすり足で移動した。それを察知した海周も、まだ慣れていないローウェルの身体を操作しながら部屋の中央へ移った。


「まぁいい。お前の記憶を漁れば済むことだ」


 そう言い終わると同時に、バタバタッ。という慌ただしい足音が創治に迫って来る。その波動から悪寒を覚えた創治は、ここでやらねばならない。と言う覚悟のもと剣を振り抜いた。

 二人は暗闇の中で何度も剣とダガーを交えた。互いに視界が悪く、一瞬でも集中を切らした方の負けは確実であった。そんな極限の一刻、寝室のドアが微かに開き、細い光と共に小さな影が寝室内に伸びた。二人がドアの方を見ると、そこには年端も行かぬ男児が立っていたのであった。

 ――子どもがいる。創治はそう思ってしまった。そして次の瞬間、創治が前に向き直ると同時に、ドスッ。と、ダガーが腹部に突き刺さった。


「がはっ……」


 刺された勢いのまま、創治は仰向けに倒れた。全身から力が抜けて行く。意識も徐々に薄れていく。そんな中、創治の右手から剣をかっさらい、少年に近付いて行くローウェルの後ろ姿が見える。


「いいか、ガキ。今日見たことはしっかり覚えておけ。でもな、もしも誰かに言うようなことがあったら、その時はお前や家族だけじゃなく、この国の全員が皆殺しだからな」


 剣先を首元へ持っていき、真顔と低い声音で脅しをかけると、忽ち少年は逃げ出してしまった。それを確認し終えたローウェルは、ベッドの横で死んでいる海周の身体を担ぎ上げ、創治の向かい側に放り投げた。そして今右手に持っている創治の剣を、心臓に突き刺した。もとは自分の身体だというのに、その顔には汗一つ見えなかった。


「それじゃ、記憶を見させてもらおうか」


 ――死にかけている創治の傍らにしゃがみ込み、記憶を読み取ろうとした瞬間。今度はドアがしっかりと開け放たれた。そして間もなく部屋の明かりが灯り、出入り口にはユンランの姿があった。


「はぁはぁ、ローウェル。何があったんじゃ!」

「お、王様が……」


 わざとらしく声と体を震わせながらそう言い、隙を見つけて創治の記憶を読もうとしたローウェルだったが、新しい身体に順応し切れておらず、そこで気を失って倒れ込んだ。


「なんてことじゃ……!」


 結末だけを目にしたユンランは、真っ先に創治のもとへ駆け寄った。そしてそっと抱き起すと、耳を口に近付けた。


「ろ、ローウェル。じゃない……。ここに、逃げ……ろ……」


 創治はそう囁きながら、右ポケットから小さな紙切れを取り出し、ユンランの眼前まで持ってきた。


「これは何じゃ? ローウェルがなんなんじゃ?」


 ユンランのこの問いに、創治が答えることは無かった……。


 この大事件は公表されず、数年間秘匿とされた。国民たちは創治が生きていることを信じて止まず、平和な日々を送った。しかしその裏では、ローウェルの身体を乗っ取った海周が次期王座を狙って暗躍していた。こちらの世界に来るとともに授かった力を上手く利用し、アヴォクラウズの上官を一人一人着実に洗脳していき、彼はとんとん拍子に出世していった。そして幹部になった時分、しばらく閉ざされていた秘密の研究室をたった一人で開き、次元の狭間を次々と生み出し、咎人たちを呼び戻した。そしてその咎人たちをも手のひらで転がし、彼は瞬く間に王の名を我が物としたのであった。その後彼は電気とは別に必要なエネルギーが何かに気付き、それを保護するためと保身のために城を空中に浮かせた。しかしそれが底を尽きてしまったことで世界征服の一歩前で足踏みすることになってしまう。その間にレジスタンスが生まれ、彼は病を患う。ユンランはその一瞬の隙を見逃さず、創治に託された紙切れを頼りに魔の海域にある孤島に逃げ延びるのであった……。

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