第百二十九話 ~再生の聖剣~
立ち尽くしているスフィーを見付けたユーニは、静かに剣を抜いた。
「少々計画が狂ったか……」
「王様、いかがなさいますか」
「二人がかりで殺す。そして再生の力を持つガキとファグルが戻ってくる前に私を斬れ」
「な、何故ですか」
「……お前は言う通りにすればいいんだ」
「はっ」
完全なる忠誠を誓っているバーンは何も口答えせず双剣を抜き、スフィーを始末するために走り出した。
「そ、そんな……。ユーニさんはあんなことしないはずっす……」
茫然自失としているスフィーの視界にはユーニしか映っておらず、防御も何も出来ないまま、バーンの一撃をもろに喰らった。
――殴り飛ばされたスフィーは数回転げて地面に突っ伏した。そして間もなく立ち上がると、ようやく苦無をホルダーから取り出した。
「だ、騙されてるだけっすよね……」
スフィーは唇に付着している血を手で拭いながらそう呟くのだが、改めて視界を敵の方に向けると、そこには剣を構えているユーニとバーンが立っていた。
「手短に済ませるぞ」
「はっ」
敵は短く会話を交わして冷徹な瞳をスフィーに向けた。そして彼女を殺すべくして襲い掛かった。
その頃初汰は、注意されていた螺旋階段からの落下にだけ気を付けて階段を上り終え、頂上にたどり着いたところであった。頂上には小さな部屋があるようで、螺旋階段は直接その部屋に繋がっていた。扉はまたもや施錠されておらず、初汰は恐る恐る屋根裏部屋のように天井が低い小部屋に入った。そしてその部屋の奥に淡く光るオーブを見つけた。
「これだな」
そう呟くと、初汰は木の枝を剣に再生し、オーブ目掛けて振り下ろした。
――破壊と同時に、一瞬視界が眩んだ。そして再び瞳を開くと、そこには粉々に砕け散ったオーブがあった。
「よし、いっちょ上がり。さっさと最後の塔に向かわなきゃな」
破壊を確認し終えた初汰は、すぐに部屋を飛び出して階段を駆け下りた。その勢いを殺さないまま無事塔を脱出すると、島の上空を迂回して飛んでいるファグルを発見した。
「向こうも終わったみたいだな」
初汰はそう呟くと、目線を元に戻して最後の塔に向かって走り出した。
道なき道を走り続けていると、遠目に最後の塔が見え始める。そこではユーニとスフィーとファグルの三人が待っているはずなのだが、なぜかそこには武器を構えて対面している三人の人影と、一人誰かが倒れているのが見えた。初汰はそれを目にした瞬間、走って上がる鼓動とは別の高鳴りを感じた。嫌な予感を吹っ切るように全速力で目的地に近付けば近付くほど、倒れている人物の姿は明確になっていった。
「はぁはぁ、スフィー……。おい、スフィー!」
急いで駆け付けた初汰は生死の確認をした。息はあるようで、心臓も確かに動いている。どうやら気を失っているだけのようであった。
「よ、良かった……」
「あのさ、無事を確かめたんだったら、さっさと武器を構えてくれる?」
二人を守るようにしてなのかどうか定かではないが、目の前に立っているファグルがそう言った。
「はぁはぁ、すまないっ。初汰……。まさかここまで来ているとは思わなくてなっ……!」
彼らの左前方には深手を負ったユーニがおり、その向こう側にはバーンが立っていた。
「ユーニさん、大丈夫か?」
「私は大丈夫だっ……! 左腕がやられただけだ」
「クソ、不意打ちとは卑怯な真似しやがって」
初汰はバーンを睨んでそう言うと、剣を構えようとする。しかしそれよりも前に、ユーニが初汰の腕を掴んだ。
「ユーニさん……?」
「初汰、これを使えっ……」
絞り出すようにそう言うと、ユーニは光の輝きを失った聖剣を初汰に手渡した。
「こ、これって……」
「そうだ、聖剣だっ。しかし光の力を失ってしまったのだ。もう一度、こいつに光の力を宿らせてくれっ……!」
そう言って無理矢理初汰の右手に聖剣を握らせると、ユーニはその場に倒れ込み、気絶してしまった。
「ユーニさん! ……俺、やるよ!」
気を失ったユーニをそっと寝かせ、初汰は聖剣をしっかりと握った。
「なるほど、聖剣にはタイムリミットがあったのですね……」
バーンは誰にも聞こえない声量でそう呟くと、倒れているユーニの位置を確認してから漆黒の炎を纏った双剣を構えた。
「来るよ」
「ファグル、お前戦うつもりか?」
「面白そうだから、今回だけは手伝ってあげるよ」
無邪気な笑顔を浮かべながらそう言うと、ファグルは大剣を構え直して走り出した。
「へっ、まさかこいつと一緒に戦うとはな」
苦笑しながらそう言うものの、どこか嬉しい気持ちも存在していた。しかし今はそんな感情に浸っている暇は無いので、初汰は授かった聖剣を両手で構えてファグルに続いた。
「光の力を失った聖剣など、もはやただの剣。それも貴様のような雑魚では相手にならん!」
既に闇の力を自在に操れるようになったバーンだが、その唯一の弱点である聖剣が力を失った今、向かうところ敵なしといった様子で、初汰とファグルの攻撃を真正面から堂々と受け止めた。
「これが……闇の力か……!」
「はは、面白いね」
「雑魚に用は無い!」
双剣を扱うバーンは、それぞれの剣で二人と鍔迫り合いをし、その上で声を張り上げながら二人を跳ね返した。
「ぐあっ!」
初汰は吹っ飛ばされ、ファグルは攻撃を察知して素早く攻撃を避けた。
「流石は十指の一人だな。ファグル」
「そんな肩書どうでも良いけどね。さっさと続きをしようよ」
「かかって来い」
二人は真剣な表情で武器を構え直すと、同時に走り出す。ファグルは大剣とは思えないスピードで武器を振り回し、対してバーンは双剣とは思えないほどのパワーでそれを押し返した。
「は、早すぎる……。だけど逃げるわけにはいかない!」
飛ばされた拍子に手放してしまっていた聖剣を拾い直すと、激しく打ち合っているバーンの背後に回り、奇襲を仕掛けた。
「飛んで火にいる夏の虫。だったかな」
しかしバーンは余裕で初汰の攻撃を受け止め、もう片方の剣でがら空きの胴体に攻撃を仕掛ける。
――闇の剣が初汰の身体を真っ二つに裂こうと迫って来るが、それよりも前にファグルが懐に潜り込み、バーンの攻撃を防いだ。そしてすぐさま反撃を仕掛けたのだが、敵が纏っている闇のオーラが大剣を弾き返した。
「甘いな。闇と一体化し始めている私に貴様らの刃は届かんよ」
顔色一つ変えずにそう言うと、バーンは反撃の姿勢をとった。危険を察知したファグルは素早く後退したのだが、初汰は無謀にも再び聖剣を振るった。
「何で、何でそんな力に手を出した!」
敵の反撃を顧みず、初汰は叫びながらバーンに斬りかかる。
「この世は力がすべて。弱者は強者に踏みにじられる世界。だからこそ、私は強者になるためにこの力を手にしたのだ」
「強い立場になって他者を踏み台にするために、闇の力に手を出したってのか?」
「そうだ。私は間違っていない。この力で世界を変えるのだ」
「力による支配なんて誰も望んじゃいない!」
「望まぬ者がいるのならば、そいつらを処分すれば良いだけの話だ。付いて来れる人間だけが次のステップに付いて来れば良い」
「それじゃ結局何も変わらない。また戦争が起きるだけだ!」
鍔迫り合いを抜けた初汰は、大きく振りかぶって聖剣を振り下ろした。バーンが容易くそれを受け止め、剣と剣がぶつかった瞬間、初汰が握る聖剣が微かに白んだ。
「貴様に何が分かる。口だけでなら何とでも言える」
「理解したつもりじゃない。だけど、俺も力が無かったから分かる」
「なに……?」
「無力で、友達も助けられなくて、自分も守れなくて。でも、こっちの世界に来て、力を授かって。これでやっと守れるって思えたんだ!」
咆哮と共に連撃を浴びせる。その度に初汰が振るう聖剣は光を取り戻していく。
「お前だってそうだろ! 最初は単純に、誰かを守るためや、誰かの傍に居たいから力を欲したんだろ!」
「し、知ったような口を利くな!」
倒れているユーニをちらりと見た後、バーンは少し取り乱した様子で反撃に出た。
「仲間のためにも、世界のためにも、俺は負けねー! はぁぁぁぁっ!」
負けじと初汰も攻勢に出ると、二人は防御という概念を忘れてしまったかのように攻撃のためだけに剣を振るった。
――そして何十回と打ち合った末、眩いほどの光を宿した聖剣は、バーンの持つ双剣とぶつかる度にそれに纏わりついている闇の炎を少しずつ払い始めた。
「こ、これが再生の力だというのか……!」
「このまま押し通らせてもらう!」
一気に形勢逆転した初汰は、ここぞとばかりに打ち込んだ。双剣だけでは無く、バーンの周囲に薄いバリアのように展開していた闇魔法も払いのけ、わずかながらバーン本体にもかすり傷を与え始める。
「凄い。やっぱり君は凄いよ。早く戦いたい……! でも、君と戦う前に、邪魔者を始末しないとね」
光りを帯び始めていた聖剣から何かを感じ取り、様子を伺っていたファグルは目を爛々と輝かせながらそう呟くと、大剣を構え直して走り出し、闇のベールを失ったバーンに斬りかかった。
「ぐあぁっ! はぁはぁ、闇魔法が打ち消され始めているだと……」
「さぁ初汰。一気に片付けよ」
「殺すなよ。こいつからは聞き出すことがある。それに――」
「分かってるよ。君がどれほど甘いかは」
そう言って走り出したファグルに続き、初汰も聖剣を構えて走り出す。
「負けんぞ。私は負けるわけにはいかない! ぬあぁぁぁぁっ!」
今扱える最大限の闇魔法を放出し、それを全身、そして双剣にも纏い。バーンはコマのように回転し始めた。すると一瞬にして真っ黒い竜巻が発生し、それは二人を飲み込もうと直進してきた。
「下がれファグル!」
初汰はそう言ってファグルの前に飛び出すと、両手で聖剣を握り、全神経を両腕に集中した。するとみるみる刀身が増幅していき、最終的には巨大な光の刃となった。初汰がそれで闇の竜巻を縦に一刀両断すると同時にファグルがその隙間に飛び込み、大剣を思い切り叩きつけた。
――完全に竜巻が払われたのでファグルが大剣を引き抜くと、そこにバーンの姿は無かった。
「なーんだ、逃げるための魔法か」
呆れたようにあからさまなため息をつきながらそう言うと、ファグルは再び大剣を地面に突き刺した。
「はぁはぁ、逃げられたか……。でも今はスフィーとユーニさんを診ないと」
全身に気だるさを感じながらも、初汰は地面に落ちている鞘を拾って聖剣を収め、速足でユーニのもとへ向かった。
「大丈夫か、ユーニさん」
「わ、私は大丈夫だ。それよりスフィーはどうだ?」
「これから診るところだ」
「そうか、診てやってくれ」
そう言われた初汰は頷いてからスフィーのもとに向かい、息があることを確認した後に声をかけた。
「おい、大丈夫か、スフィー」
「……う、うぅ。ゴホゴホ!」
呻き声を上げたかと思うと、次の瞬間には咳き込みながら急に状態を起こした。
「うわ、お、おい。平気か?」
「ゴホゴホ、大丈夫っす。何だか首を絞められていた気がして……。でも上手く思い出せないっす……」
「思い出せない?」
「そうなんすよ。思い出そうとしても出てこないって言うか……。まぁでも、こういう事ってたまにあるっすよね」
「へっ、なんだよ。もう老化が始まったのか? しっかりしてくれよな」
「えへへ、ごめんごめんっす」
そんな会話をしながら、スフィーは初汰の手を借りて立ち上がると、元気そうにスタスタと歩き始めた。
「マジで何ともない。のか?」
少し疑問に思いながらも、初汰はスフィーの後を追って倒れているユーニのもとへ向かった。
一方その頃、進むことも戻ることも出来ず、魔の海域を彷徨っている船ではリーアが目覚めていた。
「あ、ううん……。私、寝ちゃったのね……」
上体を起こしながらそう呟くと、ベッドから出てシーツを綺麗に正し、仮眠室を後にした。
――そしてすぐその異変に気が付いた。マストに縛り付けていたはずのファグルがいなくなっていたことにも、辺りに敵の飛空艇が飛び回ってることにも。




