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ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
第十章 ~魔の海域~
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第百二十七話 ~狂った契約~

 ユーニの口ぶりからして、この小島の奥には間違いなく誰かがいる。獅子民がそう思いながら砂地を歩いていると、すぐにその人影が目に付いた。


「スフィー!」


 二人の人影を見つけた獅子民は、声を上げながら駆け寄って行った。


「獅子民っち、クロさんが大変なんすよ!」

「こ、これは……。ユーニ殿か?」

「そうっす。その、ちょっと色々あって……」

「まぁ良い。とにかく今はクローキンス殿を船に運ぼう」

「お願いするっす」


 胸部から腹部にかけて伸びている傷口に触れないようにしてクローキンスを抱き上げ、二人は駆け足で小舟に急いだ。

 その後はとんとん拍子にことが進んだ。小舟にたどり着いた二人は目一杯船を漕ぎ、仲間が待つ船に戻るとすぐにクローキンスを仮眠室に運び、リーアが応急処置を済ませた。まだ意識は戻りそうに無かったが、傷が浅いこともあり、血はすぐに止めることが出来た。


「それで、小島で何があったの?」


 処置している間ずっと黙り込んでいたスフィーに向き直り、リーアがそう聞いた。


「私も気になっていたところだ。話してくれるか?」

「勿論っす」


 スフィーはそう言うと、一息置いて小島であったことを話し始めた。


「あたしとクロさんがあの島に流されて、小一時間くらいっすかね。ユーニさんが現れたのは。それでその……。前々からユーニさんの行動が気になってたらしくて、クロさんが問い詰めたんすよ。でもユーニさんが素直に答えてくれなくて、そこからは二人とも引くつもりは無く、流れで決闘する羽目になっちゃったんすよ」

「ふむ、なるほど。二人とも芯がしっかりしているだけに、主張がぶつかり合ってしまったというわけだな」

「個性が強すぎるのも考え物ですね……。それで、スフィーはどっちの意見が正しいと思ったの?」

「あ、あたしっすか? その、今は分からないっす……。だからもう少し様子を見たいというか……」

「そうね。答えを急ぎ過ぎるのも良くないわ。今はもう少し様子を見ましょうか」

「助かるっす。ちょっと外の空気を吸ってくるっすね」


 スフィーはそう言うと、ぎこちない笑顔を見せて仮眠室を出て行った。


「裏切り者などいなければ良いのだがな……」

「裏切り者。ですか?」


 彼女が部屋を出て行った直後、ポツリと呟くように言った獅子民の言葉を聞き逃さず、リーアがすぐさまそう聞いた。


「あ、あぁ。そうなのだ。実はあの島に着いた直後、ユーニ殿と顔を合わせたのだが、その時に言われたんだ。裏切り者がいるかも知れない。と」

「ユーニさんが……。まさかね。彼の考え過ぎだと思いますよ」

「やはりそう思うか?」

「はい、戦いの連続で疲れているだけだと思います」

「そうだと良いのだがな……。これは念のため初汰には伏せておこう。彼には目の前の戦いに集中していて欲しい」

「私もそう思います。裏切り者のことは二人で探ることにしましょう」

「うむ、恩に着る」


 二人は薄暗い仮眠室で会話を終えると、各々持ち場に戻った。

 ……それから会話も無いまま、と言うよりかは、会話が出来ないまま数十分の時が流れた。獅子民は気絶しているファグルの監視と船周辺の警戒を行い、リーアは眠っている初汰とクローキンスの容態を見守った。手が空いているスフィーはハンガーに降り、ユーニが乗って行ってしまった小型飛空艇の追跡を引き受けた。この中で一番最初にアクションがあったのは、追跡を行っているスフィーであった。彼女は甲板に上がってくると、見回りをしていた獅子民と出くわしたので、今現在起こった出来事を説明した。


「あ、獅子民っち」

「ん、どうかしたのか?」

「丁度良かったっす。すぐに伝えておきたいことがあって。実はたった今、ユーニさんの小型飛空艇の信号が途絶えたんすよ。とある島に着いた瞬間に信号が無くなったから、恐らくそこで魔法発信機を壊したと思うんすけど……」

「ふむ、なるほど、分かった。まずはその島に行ってみよう。スフィーはギル殿にその島を伝えながら、風魔法で舵の手伝いをしてくれ」

「了解っす」


 スフィーはそう言うと、甲板にある階段を上がって船首に向かって行った。獅子民はその背中を見送ると、気絶しているファグルを横目に仮眠室へと向かった。


「二人の様子はどうだ?」


 初汰のベッドサイドでうつらうつらしていたリーアは、獅子民の声を背後に聞いてハッとした。


「あ、すみません。少しウトウトしていました。初汰はいつ起きても不思議じゃありません。そもそも疲れて眠っただけですからね。クローキンスさんは例え意識が戻っても、まだしばらくは動かない方が良さそうです。下手に動くと傷が開いてしまいそうなので」

「ふむ、そうか。ならばリーアも少し休むと良い。私がファグルの監視と二人の容態を診るとしよう」

「獅子民さんだってそんなに休んでいないじゃ無いですか。私だけ休むわけには――」

「良いのだよ。休める時に休まなければ体が持たないからな。初汰が起きたら私も休むよ」


 獅子民は笑顔でそう言うと、仮眠室を後にした。疲れ切っているのはお互い同じなのに。そんなことを考えているリーアであったが、いざ彼の背中を見送ると、急に激しい睡魔に襲われ、そのまま流れるような動作で初汰の隣のベッドに倒れ込んだ。

 二人の意識はすれ違うように、初汰が目を覚ました。薄暗い天井が彼の意識を迎え、その後すぐに甘い香りが鼻腔を通った。これは先ほどまでリーアがすぐそばにいた残り香だったのだが、初汰はすぐにそれを察知した。隣のベッドでうつ伏せになっているリーアを見て。


「ギリギリまで俺の看病をしてくれたんだな……」


 初汰は瞼を擦りながら、寝起きの不細工な微笑を浮かべた。そしてのそのそとベッドから出ると、気を失う様にして眠っているリーアの体勢を横に変え、軽い身体を持ち上げて掛け布団を引き抜くと、それを彼女の上にそっと掛けた。


「ふぁ~あ、これで良しと。ちょっくら外の空気でも吸いに行くかな」


 呑気に欠伸をし終えると、初汰は現状を把握するためも含めて仮眠室を出て行った。マストに縛り付けられているファグル。船首からはスフィーとギルの話し声。船尾からはコツコツと大男が歩く足音が聞こえて来た。


「おーい、オッサン。いるんだろ?」


 初汰は船尾に向かって叫んだ。するとすぐさま獅子民が戻って来た。


「目覚めたようだな。体調はどうだ?」

「あぁ、おかげさまで快調だよ。迷惑かけて悪かったな」

「私は大丈夫だ。それで、起きて来て早々悪いのだが、ファグルの監視と周辺の見張りを変わってはもらえないか?」

「おう、任せとけ。オッサンはゆっくり休んでくれよ」

「すまないな。少しだけ眠らせてもらう」


 獅子民はそう言うと、ようやく疲れ切った本当の顔を見せたが、すぐに笑顔で取り繕い、仮眠室に下って行った。


「さてと、まずは船の周囲を警戒して、その次にアイツの所に行くか」


 ボソボソと独り言ちると、初汰は早速行動に移った。まずは船尾に行き、その次に欄干に沿って周囲を見回し、最後に船首へ行ってスフィーとギルに挨拶をして、再び仮眠室前の甲板に戻って来た。


「とりあえず周りは安全みたいだな。下手したらこの船内が一番危ないかもな」


 苦笑しながら階段を下ると、そのまま危険の元凶である男の前まで歩いて行った。


「おい、いつまで寝てんだ?」


 初汰がそう言いながら右手を伸ばした瞬間――


「それはこっちのセリフだよ」


 そう言って彼は顔を上げると、にやりと笑った。


「お前、起きてたのか?」

「うん、とっくにね。君たちがバタバタと歩き回っているところはゆっくりと見させてもらったよ」

「はぁ、相変わらず趣味悪いな」

「それほどでも」

「褒めてねーよ」

「それでさ、今度はいつ戦ってくれるの?」

「は? 戦うわけ無いだろ。お前はここで大人しくしてるんだよ」

「うーん、それじゃつまらないよ」

「お前みたいな暴走機関車、放つわけ無いだろ」

「何かいい案は無いの?」

「いい案って何だよ」

「俺が戦えるようになるいい案だよ」

「そんなのある訳ないだろ。戦いたいなら自分でネタを拾ってこい」

「確かに、今まではそうしてきたけどさ。もうネタが尽きて来たって言うかね~」


 ファグルはそう言うと、ちらりと初汰の方を見た。


「あのなー。なんで俺がお前に手を貸さなきゃいけないんだよ」

「そっか、じゃあさ。手を貸すって言ったら戦ってくれる?」

「手を貸す? そんなの誰が信じるかよ。じゃあな」


 初汰は呆れたように鼻で笑うと、見回りの為に船首に向かった。


「どうだ、次の島は見えて来たか?」


 舵の前で話し合っている二人の背中に向かって初汰が声を上げると、二人はすぐに振り返った。


「あぁ、初汰っすか。実はさっきから目的地に着くように舵をとってもらってるんすけど、全然目的地に近付いている気配が無くて……」

「それどころか、船はどんどん海域の外側に流されているようじゃ」

「外側に? じゃあ俺たちは追い出されてるってことなのか?」

「まぁ、端的に言うとそう言うことになるのう」

「スフィーの風魔法でもダメそうなのか?」

「何回かやってみたんすけど、ダメみたいっす」

「ちくしょう。こいつが空でも飛べればな……」

「おーい、初汰。早速俺の出番なんじゃなーい?」


 三人の会話を盗み聞きしていたようで、船の中央甲板からファグルの声が聞こえて来た。


「確かに、アイツなら空を飛べるっすね……」

「おいおい、スフィーまで」

「じょ、冗談っすよ」


 そう言う彼女の表情は、どこか曇っていた。初汰はその顔に背を向けると、階段を下ってファグルのもとへ向かった。


「……」

「俺を解放する気になった?」

「……お前とは決着をつける。必ず」

「次はちゃんと俺を殺す?」

「あぁ、殺す気で戦ってやるよ」

「よし、じゃあ早速その目的の島とやらに連れて行ってあげるよ」


 のらりくらりとしてる奴だけど、こいつは戦いの為に嘘をつかないはずだ。初汰はそんなことを考えながら、木の枝を剣に再生し、まずはマストに結び付けられているロープを切り、そしてファグルの両手を縛っているロープを切った。


「やっぱり自由は最高だね。それじゃ、さっさと目的地に行こうか」

「ちゃんと連れて行けよ」

「もちろん。変な殺し方はしないよ。君は俺が殺す」


 そう言って晴れやかな笑顔を見せたファグルだが、不思議とその笑顔は信じられる気がしてしまった。


「じゃあまずは島の位置を知ってるスフィーと俺を連れて行ってもらうか」

「え? ちょっと待ってよ。往復なんてしないよ」

「は? 協力するって言っただろ」

「全面的にとは言ってないよ。それに興味があるのは君だけだ。本当なら君だけを連れて行きたいところだけど、道案内は必要だからね」

「……ってことなんだけど、良いか。スフィー?」


 信じ切った自分が馬鹿だったと悔やみながら、初汰は顔を上げて船首の方を見た。するとスフィーがひょこりと顔を出し、渋々頷いた。


「了解っす」


 そうと決まったら行動は早かった。初汰とスフィーはサクッと準備を済ませ、ファグルは甲板で軽いストレッチを行った。


「三人のこと、よろしくお願いします。ま、オッサンとリーアはすぐに起きると思うけど」

「了解じゃ。気を付けるんじゃぞ」

「分かってますよ。そんじゃ、行って来ます」


 出発の前に初汰はギルにそう告げると、甲板で待っているファグルと合流した。そしてファグルはドラゴンに変化して空に飛び出すと、ゆるりと回って船で待っている初汰とスフィーを前足で拾い、そのまま彼方へ飛び去って行った。

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