第百二十六話 ~小島の決闘~
小型飛空艇でユーニが追ってきていることを知らない二人は、特に警戒することなく島の探索を続けていた。
「どこまで行っても砂、砂、砂って感じっすね」
「ちっ、みたいだな。どうやらこの様子だと何も新しい発見は無いかもな」
「だからと言って戻ってもやること無いっすけどね」
「なら島全域を歩き回るって言うのか?」
「そのくらいしても良いんじゃ無いっすか?」
「はぁ、バカか。そんなことしたら無駄に体力を消費するだろ」
「あ、確かにそれもそうっすね」
「ちっ、とにかく休める場所を探すぞ」
「了解っす~」
助けを待つしか術が無い二人は、どこか開き直っている節があった。勿論この島からの脱出を諦めているわけではない。現に島を歩き回っているのがそれを物語っている。何かの可能性を探しながらも、どこか二人は察していたのであった。初汰たちがここへ来ない限り、自分たちは死ぬだろうと。
「どこまで歩いても休めそうな場所は見えてこないっすね」
「ちっ、もういい。引き返そう」
「う~ん、そうっすね。この調子じゃ何も無さそうっすもんね」
「あぁ、海辺に戻って少し休もう」
二人がそう決めて今来た道を引き返そうと振り向くと、遮蔽も何も無い砂地の向こうにユーニの姿を発見するのはそう難しいことでは無かった。
「二人とも、無事だったかっ!」
「ユーニさん! 助けに来てくれたんすか!」
先ほど疑念を口にしたばかりのスフィーであったが、本人を前にするといつもの陽気な彼女であった。
「ちっ、やはりお前が来たか……」
それに反してクローキンスは、警戒度マックスでユーニを睨んでそう呟いた。
「どうかしたか、バルグロウ?」
「何を今更、いつもこんな感じじゃ無いっすか!」
「むう、それなら良いが。何か気になることがあるなら言ってくれっ」
「……なら聞くが、何故俺たちの船の位置がバレるようなことをした?」
「何のことだ?」
「何故あの時、光魔法を使ったんだ?」
「私には何のことだかさっぱりなのだが……」
ユーニはそう言うと、困ったように微笑を浮かべて見せた。
「ユーニさん、ハッキリしてほしいっす。あたしも気になってたんすよ。あの時あたしを助けるために走っていたのがクロさんだけだったこと、ユーニさんの周りだけ少し明るんでいたこと、それとニッグに攻撃を仕掛けたことも」
「……何を言っているんだ。全部君たちを助けようとして取った行動では無いか。船を守るために臨戦態勢をとっていたから私の周りに光魔法が残留していただけで、船を守ろうとしていたから君に手を差し伸べるのが遅れた。それにニッグの時だってそうだ。君が襲われていると思ったから彼を攻撃した。そうだろう?」
「本当っすか?」
「そうだとも、君たちを救えなかったという思いから、こうして一人ですっ飛んできたんだ」
「ちっ、俺たちにトドメを刺すため。の間違いじゃないのか?」
「どうしたんだ、バルグロウ。君らしくない」
「仮眠室。お前はあそこで何をしようとしていた?」
「……あの時も言っただろう。仲間の様子を見ていたのだよ」
「ウサギ女のベッドサイドに立ち、その右手を剣に添えていた。のにか?」
「そ、それは本当なんすか?」
「癖だよ、いつでも剣を抜けるようにそうしているだけだ」
「ちっ、どう心変わりしたのかは知らねぇが、不安要素は取り除かせてもらう」
クローキンスはそう言うと、ホルダーから連結銃を抜いた。
「良かろう。そこまで言うなら相手をしてやる。手加減はしないぞ」
「ちっ、こっちのセリフだ」
「ちょっとクロさん、仲間割れは良くないっすよ」
「ならお前は下がってろ。今のアイツを俺は仲間だとは思わない」
スフィーの肩を掴み、彼女を後ろに引き下げながらそう言うと、一度も振り返らずにクローキンスはそのままゆっくりと数歩前に出て連結銃をユーニに向けた。
(やはりこいつは気付いていたか。まぁいい。いずれにせよ、どちらも殺すつもりだったからな)
ユーニは心の中でそう呟くと、聖剣を抜いてクローキンスに睨みを利かせた。
「どうした、撃ってこないのか?」
構えているだけのクローキンスに向かって、ユーニは挑発するようにそう言った。
「別にお前にタイミングを合わせる必要はねぇだろ」
「はははっ。流石にこんな低レベルな挑発は通用せんか」
「ちっ、舐められたもんだな」
クローキンスはそう言い終えると同時に、弾丸を放った。ユーニはそれを読んでおり、聖剣で弾いた。
「結構な挨拶だっ。どうやら本気らしいな」
そう呟きながら聖剣を構え直していると、対面するクローキンスはウエストバッグからナイフを取り出し、それを連結銃に装着していた。
(ほう、銃剣か。近接戦闘もこなせるのか)
そんなことを考えながら、ユーニは聖剣を構えて走り出した。それを見たクローキンスも走り出し、二人は真っ向から刃をぶつけ合った。
――力は五分。のように見えるが、ユーニが上手く鍔迫り合いをしているせいでそう見えるだけであって、実際は少しだけ手を抜いてクローキンスの力を試しているのであった。
「なかなかやるなっ……!」
「……ちっ」
話しかけて少しでも情報を聞き出そうとするユーニに対し、それを見透かしているかのようにクローキンスはだんまりを決め込んでいた。
「喋る余裕も無いか、バルグロウ」
「ちっ、喋ることが無い。の間違いだろ」
――敵が手を抜いているのが分かっていての行動なのか、クローキンスは両腕に力を込めて鍔迫り合いをしているユーニを思い切り弾き飛ばした。これには油断し切っていたユーニも驚きを隠せず、少しだけ頭に血が昇った様子であった。
「少し手加減し過ぎたかな?」
「なにを探ってるか知らねぇが、他人の皮を被るなんて悪趣味の極みだ」
「他人の皮? 何のことだかな」
会話で急所を突かれる前に、ユーニは再び剣を振るった。
(こいつ、予想以上に私を疑っているようだな……。やはりここで仕留めておくか)
心中で覚悟を決めた彼は、目の色を変えてクローキンスに襲い掛かった。
「ちっ、急にスピードアップしやがった……!」
あくまでもガンナーであるクローキンスは、剣による猛攻を耐え凌ぐしか無かった。その焦りが手に取るように分かっているユーニは、勿論その手を休めることは無く、怒涛の攻撃を畳みかけた。
「所詮は付け焼刃という事か」
興醒めた風にそう言うと、ユーニはクローキンスの左腕を切り裂いた。
「ぐあっ!」
鋭い一撃を受けたクローキンスはすぐさま後退し、左腕の出血具合を確認した。手首のあたりに斬撃を受けたようで、ボタボタと血が滴っていた。
「大丈夫っすか、クロさん!」
「ちっ、このくらいなんでも無い」
「どう見てもダメじゃないっすか。もう戦うのは止めて、ユーニさんと和解するっす」
「ちっ、お前はそれでいいのか?」
「え? どういう事っすか」
「お前だって疑ってるんだろ。だったら白黒つけるべきだと俺は思う」
「何でもかんでも白黒つければ良いってわけじゃないっすよ」
「そうかもな」
クローキンスは俯きながらそう言うと、連結銃を地面に置いた。そしてウエストバッグから包帯を取り出し、それを傷口に巻いて止血した。
「ちょっと、クロさん」
「止めるな。お前は見てるだけで良い。アイツのことをずっと見ておけ。必ずボロを出す」
連結銃を拾い上げながらそう言うと、そのままスフィーの方は一度も見ずに再びユーニの前に向かって行った。
「まだやるのか、バルグロウ?」
「あぁ、生憎自分の言葉を曲げるのは嫌いでな」
「良かろう」
聖剣を持ち直してそう言うと、次こそは仕留めるという覚悟でユーニは走り出した。それに合わせてクローキンスは連結銃を構え、敵の足元に発砲した。それによってユーニが減速したので、クローキンスはすかさず詰めて斬りかかった。
「何故だ。どうして私の間合いに入って来るっ!」
その問いには答えず、代わりにクローキンスは銃剣による連撃でユーニに迫る。
――一撃、そしてまた一撃と、クローキンスが振るう銃剣がユーニの持つ聖剣を弾くたび、聖剣が纏っている光が四散していく。また一撃、加えて一撃。そしてついには、ユーニの剣から光が失われた。しかしそれと同時に、クローキンスに大きな隙が生まれてしまった。
「そこだっ!」
ユーニはその隙を見逃さず、光を失った聖剣で斬り上げた。それは見事クローキンスの腹部から胸部にかけて駆け上がり、彼は吹き飛んだ。
「クロさん!」
スフィーは彼のもとに駆け寄り、流血している傷口を見た。
「そんなに深くは無いっすけど、かなり大きな傷っすね……」
「勝負あったな。私はもう行くぞっ」
「ちょっと、どこに行くんすか!」
「疑われている場に身を置いておくわけにはいかない。仲間のためにもな。……捜索は一人で続ける。彼らにもそう伝えておいてくれ」
ユーニは心にもないことを言うと、剣を収めて来た道を戻って行った。スフィーはそんな彼の背中を見送るだけであった。
その頃初汰たちを乗せた船は、ユーニが乗って出た小型飛空艇の後を追ってスフィーとクローキンスが漂着した小島を見つけたところであった。
「お、見えて来たぞ。きっとあの島じゃ!」
ギルは舵を取りながら、甲板でファグルを見張っている獅子民に声をかけた。
「そのまま島に近付いてもらって良いか? 短い距離ならば私が小舟で近づく」
「了解じゃ」
指示通り、ギルは小島に向かって船を走らせた。
もう少しで船が小島に近づこうという時、獅子民は仮眠室で初汰の様子を診ているリーアに一声かけ、ハンガーに降りて行った。そして手漕ぎ船を海に押し出し、それに乗り込んで小島に向かった。
……思いのほか小島に寄せてくれていたようで、獅子民はそれほど船を漕ぐことなく小島にたどり着いた。
「まだ飛空艇はあるようだな」
視界の端に小型飛空艇を捉えながらそう呟き、小島の奥へ進もうとしたその時、奥からユーニが歩いて来た。
「ユーニ殿。無事であったか」
「私は無事ですが、奥にいる彼は分かりませんっ」
「どういうことだ?」
「軋轢が生まれてしまったのですっ」
ユーニは小型飛空艇に乗る準備を着々と整えながらそう言うと、最後に獅子民の方をちらりと見て小型飛空艇に跨った。
「端的に言えば、裏切り者がいる。そう言うことです。なのでしばらく私は単独で行動させてもらいますっ」
彼はそう言うと、小型飛空艇に少しだけ魔力を補充して砂浜を離れて行った。
「裏切り者だと……。そんなことがある訳ない」
獅子民は自分に言い聞かせるようにそう呟くと、島の奥に向かって歩き出した。




