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ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
第十章 ~魔の海域~
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第百二十五話 ~戦いの先~

 斬りかかったファグルは、初汰と剣を交わせながら上手いこと旋回し、そして自らの背後を取っていた獅子民から逃れると、一度初汰と距離を取った。


「ま、そう簡単に背後は取らせてくれないよな」

「大丈夫だ。ここから立て直すぞ」

「おう」


 初汰と獅子民は同時に走り出し、左右からファグルに攻撃を仕掛ける。しかしファグルは大剣を振り回して二人を寄せ付けず、自分のタイミングで大剣を止めて今度は獅子民に斬りかかった。

 ――獅子民は両腕に装備している丸盾でファグルの大剣を受け止めることに成功した。しかしファグルの狙いは大剣での攻撃では無かった。大剣を右腕一本で支え、獅子民の両腕を塞ぐことに成功したファグルは左手の鋭い爪で獅子民の右腕を引っ掻いた。


「そんな攻撃は効かんぞ!」


 敵の体勢が崩れている瞬間を見計らい、獅子民は両腕に力を込めてファグルを突き飛ばした。


「あんたの力は厄介だからね。でもこれで充分だ」

「なに、私はまだ戦えるぞ!」


 獅子民は丸盾を構え直して敵に向かって行く。しかしファグルが左手を獅子民に迎えた瞬間、彼の動きが止まった。


「ぐっ、何だこれは!」

「前に俺もユーミル村でやられたやつだ……」

「あんたはそこで見ててよ。後でちゃんと相手するから」

「ぐぬぬぬぬっ! 動け……!」

「二人一片ってのも面白いけど、彼は一対一で潰したいんだ」


 ファグルは身動きの取れない獅子民の目の前まで歩み寄ると、回し蹴りで吹き飛ばした。


「ぬわっ!」

「さて、邪魔者もいなくなったし、戦いを楽しもうか」

「臨むところだ。お前と決着をつけて、情報も聞き出してやる!」


 初汰のその言葉を皮切りに、二人はその身と愛用の剣一本を両手に携えて走り出した。

 ――初汰が攻撃を仕掛ければファグルがそれを弾き返し、ファグルが攻撃を仕掛ければ初汰がそれを弾き返しと、二人は一進一退の攻防を繰り広げた。


「いいね。どんどん強くなる奴は好きだよ」

「これはお前を倒す力じゃない。救う力だ!」


 初汰は敵の大剣よりも小回りが利くロングソードで連撃を決め、一瞬だけ優勢を作り出す。そしてファグルが回避のためにバックステップを踏むのを予測し、左手で素早くテーザーガンを抜いて発射した。


「二度同じ手は食らわないよ」


 テーザーガンの針を大剣で叩き落としたファグルは、すぐさま反撃を仕掛けようとするのだが、防御に徹していたせいで、目の前まで初汰が接近していたことに気付いていなかった。


「へへっ、警戒してると思ったぜ」


 懐に潜り込むことに成功した初汰は、反撃を食らわないように浅く踏み込んで切り上げた。そうしてようやくファグルの左腕に傷をつけることに成功した初汰は深追いせずに一度引いた。


「まさか傷をつけられるとはね。どうやら本当に戦闘慣れしてきたようだ」


 ファグルはそう言いながら左腕の流血を舐め、にやりと微笑んだ。


「へっ、油断してると足元すくわれるってことだ」


 強気にそう言う初汰だが、内心ではファグルが速攻で反撃を仕掛けて来ると思っていたので、若干委縮していた。しかしどちらにせよ、あの身体の本当の持ち主はシグであり、大怪我を負わせるわけにはいかないので、ひとまず結果オーライという事にして、初汰は気持ちを切り替えることにした。


「みたいだね。じゃあそろそろ本気で行かせてもらおうかな」


 ファグルは真剣な表情でそう言いつつも、何故初汰が浅い攻撃を仕掛けて来たのか、何故追撃を仕掛けてこなかったのかを考えていた。しかし戦場に置いて迷いは禁物だと思ったファグルも気持ちを切り替えると、大剣を構え直して攻撃を仕掛けた。


「お前はなんで戦うんだ! この戦いの先に何があるって言うんだ!」

「俺はただ、戦うという事を楽しみたいだけだよ」

「戦い続けた先に何が待ってるのか分からないのか?」

「分からないね。そもそも考える必要もない。俺は今が楽しければそれで良いんだよ」

「人がいなくなったらどうなる? お前は戦えなくなるんじゃないのか?」

「……それがなに? 明日にでもそうなるって言うの?」

「それは分からない。だけど、このままアヴォクラウズの連中を好き勝手させてたら、この世界そのものが壊れるかも知れない」

「この世界そのものが……ね」


 二人は大剣とロングソードを激しくぶつけ合いながら、互いの思いもそれぞれぶつけ合う。


「自分が楽しむための戦いなんて止めろ。それはお前一人が楽しいだけだ!」

「それが良いんじゃないか。戦いが何故生じるか。そんなの簡単なことだよ。己の私利私欲のために生物は戦うんだよ」

「違う! 自分の身体を傷付け、自分の心を殺して戦ってる人もいる!」

「でもその背後にあるのも私欲だよね。自分の力で誰かを守りたい。世界を平和にしたいって言う私欲があるからこそ、戦っているんだよね?」

「そうだな。俺だけがそう思って戦ってたら、それは私欲なのかもしれない。だけどな、そんな私欲が、何十、何百と募れば、それはみんなの欲になる。そして欲望なんて個人的なものじゃなくて、大きな希望に変わるんだ!」

「ふんっ、青くさいね。希望と言ってもその場しのぎだ。この争いが終ったら、その希望とやらを抱いていた連中が、今度は大きな欲望を持って君たちに牙を剥くよ。つまり結局のところ、生物は争うことを止められないんだよ」

「そうしたらまた俺が止める! 何度だって、俺が、欲望を希望に変えてやる!」


 ――激しい打ち合いと口論の末、初汰は雄叫びに近い声を上げながらファグルを吹っ飛ばした。


「ぐっ……。はぁはぁ、意志だけで自分の底力を引き出すなんてね」


 華麗に受け身を取ったファグルだが、直ぐに詰め寄ることはしなかった。


「はぁはぁ、だから俺は、お前も止める。お前の中に眠る希望を引っ張り出して見せる……!」

「口でなら何とでも言えるよ。俺を止めたいなら、力で示して見せろ!」


 息を整え終えた二人は、再び武器を構えて衝突した。

 総合的な戦闘力を見たら明らかにファグルの方が上を行っているが、戦いとはシビアなもので、その時その時の心情で戦況がひっくり返ることもある。今回もその例に漏れず、じわじわと初汰がファグルを追い詰めていった。そして。

 ――ファグルが一瞬バランスを崩した。初汰はその瞬間を見逃さず、一気に懐へもぐりこみ、大剣で重い攻撃を当てづらい位置まで踏み込むと、駆け込んだ勢いを利用して、剣の柄で思い切り腹部を殴った。


「がはっ!」


 おそらく攻撃はみぞおちにクリーンヒットし、ファグルは後方に吹っ飛び、船の欄干に後頭部を殴打して気を失った。


「はぁはぁ、勝てた……のか」


 ファグルの、と言うよりかは、シグの身体を傷つけ無いように気を配りながら戦闘していた初汰は、戦いが終るとともに通常の数倍ほどの疲れを感じてその場に倒れた。


「初汰!」


 仮眠室へ繋がる階段に身を隠していたリーアは、初汰の様子を伺うために飛び出した。


「大丈夫、初汰?」


 リーアは倒れている初汰の顔を覗き込みながらそう言うと、そっと頭を膝の上に乗せた。


「あぁ、ちょっと疲れただけだ」


 上手く敵を気絶に追い込めたことや勝利の安堵から、初汰は柔らかい笑みを浮かべながらそう答えた。


「なら良かったわ。なんだか少し攻撃が鈍かったから、どこか怪我をしながら戦っているのかと思って……」

「ごめんごめん。スフィーたちの行き先を聞くために深手を負わせることは出来ないなと思ってさ」

「そこまで考えて戦っていたのね……。強くなったのね、初汰」


 優しい微笑みとともに聞こえて来たリーアの声が、初汰をさらに安堵へと誘った。そして彼女の笑みを見上げながら初汰は眠りについた。


「ひとまずこいつは縛り上げておくぞ」


 獅子民は仮眠室から持ってきたロープを伸ばしつつ、気絶しているファグルに歩み寄りながらそう言うと、早速ロープをぐるぐると体に巻き、腕に巻きと、ファグルを拘束し、その上で尚マストに縛り付けた。


「よし、これで良いだろう。……よくやったな、初汰」


 リーアの膝枕で眠っている初汰を見て、獅子民はそう呟いた。そして二人のもとへ歩み寄ると、眠っている初汰を抱き上げて仮眠室に運んだ。


 ――その一方、海に投げ出されたスフィーとクローキンスは、運良く小さな島に流れ着いていた。そんな彼女らの傍らには、墜落したアヴォクラウズの飛空艇に使用していた木材が大量に漂着していた。そう、つまり二人は、あの戦火の中で墜落した飛空艇の残骸に掴まってここまで流れて来たのであった。


「う、ううん……」


 打ち寄せる小波の音が聞こえ、薄く開けた瞳の先には青空が映った。首が動く限り辺りを見回すと、棒状ラムネを咥えているクローキンスを見つけた。


「クロさん……。あたしたちは助かったんすか?」

「どうだろうな。今は生きてると言えるが、今後どうなるかは分からねぇ」


 クローキンスはぶっきらぼうにそう言うと、水分と塩分多めのラムネをペッと吐き出した。


「ここは……。どれくらい流されたんすかね」


 スフィーは立ち上がり、ザラザラの砂浜を足で踏みしめながらそうぼやいた。


「ちっ、さぁな。俺も気が付いたらこの砂浜だったからな」

「そうっすよね~。ま、とりあえずは生き延びるためにこの島を探索してみるっすか?」

「ちっ、そんなにデカい島じゃ無いからあまり期待は出来ないがな」

「それでも生きる希望は捨てちゃダメっすよ」


 スフィーはそう言うと、無理矢理クローキンスを立ち上がらせ、そして腕を引っ張って砂浜を離れて行った。

 しばらくの間、二人は黙って島を歩いた。いくら歩こうが続いているのは砂地で、辺りには何もない。それも相まってか、砂を踏みしめる音と遠くで聞こえる波音がしつこく二人の耳に届いた。そんな空気感にクローキンスが馴染んでいるのは言うまでもないが、スフィーが黙りこくって歩き続けるのは珍しいことであった。


「……あの砲弾。流れ弾だったんすかね」


 数十分後に彼女が発した言葉に、真実を知るクローキンスは反応し難かった。


「さぁな、だがあんな激しい戦闘に巻き込まれたんだ。流れ弾の可能性が高いかもな」

「やっぱり気のせいなんすかね~。何故かユーニさんが光魔法を使ったように見えたんすよね~」

「何が真実知らねぇが、自分を信じるのは大事だと思う。俺はな」


 真実を伝えるべきか迷ったクローキンスだが、ひとまず明確な答えは返さずにおいた。そしてそんな自分を、仲間を気遣っている自分を嘲笑いながら、歩度を速めてその場を離れて行った。


「あ、ちょっとクロさん。そんな早く行かないでくださいっすよ~」


 スフィーいつもと何ら変わらない陽気な調子でそう言うと、彼の後を追って砂地に足跡を付けて行った。

 ……そうしてスフィーたちが島の探索に出た十数分後、漂着しているたくさんの木の板の傍には小型飛空艇が止まっていた。そしてそのドライバーは勿論、ユーニであった。

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