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ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
第十章 ~魔の海域~
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第百二十三話 ~生じる疑心~

 彼女の首に狙いを定めたユーニは、そっと剣を上げた。そしてそのまま切っ先で喉笛を貫こうとした瞬間。


「ぬわぁぁぁぁ!」


 ――ユーニの背後に初汰が吹っ飛んできた。彼は慌てて剣を収め、スフィーの両肩を持ってグイっと放した。


「誰だっ!」


 ユーニはスフィーを守るように彼女の前に立ち、倒れている初汰を見下ろした。


「いってててて……」


 初汰は地面に打ち付けた腰をさすりながら立ち上がると、チラリと振り向いてユーニとスフィーを視界に捉えた。


「おぉ、二人とも。無事だったんだな!」

「初汰、どうしてここにいるっすか?」

「お前を追っかけてここに来たんだよ。きっとオッサンとクローキンスもそろそろ来るぜ」

「初汰、か……」


 まるで因縁の相手を見つけたかのように、ユーニは下から上までゆっくり初汰の姿を見た。


「ユーニさんも無事で良かったよ。……って、どうしたんだ、俺、なんか変か?」


 じろじろと自分を見ているので、初汰は憚りなくそう聞いた。


「あ、いや、すまない。少し逞しくなったと思ってなっ」

「へへ、あざっす」


 三人が呑気に会話をしていると、そこへ両手で火の魔法を操って敵を牽制しているリーアが後ろ歩きで近づいて来た。


「立ち話は後でも良いかしら?」


 少しだけ顔を振り向かせてそう言うと、リーアはまたすぐに敵の方に向き直り、火球を放つ。


「あ、やべ。二人とも、一緒にあいつを追い払ってくれ」


 初汰はそう言うと、剣を構え直してリーアの前に立った。そんな彼に続いてユーニとスフィーも武器を構えて初汰の横に着くと、数メートル先に立っているバーンを見つけた。


「バーンっ!」


 ユーニはわざとらしくそう言うと、聖剣を構えてバーンに飛び掛かった。


「ローウェル様……!」

「貴様、何故私がいる方向に奴を飛ばした」

「申し訳ございません。二度とこんな失態は……!」

「分かれば良い。今は一度姿を隠せ」


 ユーニの身体を乗っ取っているローウェルは、バーンと鍔迫り合いをしながら短いやりとりを交わすと、聖剣で思い切り弾き飛ばした。

 飛ばされたバーンは華麗に着地を決めると、双剣を収め、闇魔法でゲートを作り出し、その中に消えて行った。


「バーンっ! くっ、逃がしたかっ……!」

「大丈夫か、ユーニさん!」


 初汰が駆けつけたときには既にバーンの姿は無く、悔しがっているユーニがいるだけであった。


「すまない、逃がしてしまった」

「そっか……。出来るなら仕留めたかったけど、まぁ今回はとりあえず虎間とバーンを追い払えただけラッキーだったのかもしれないな」


 初汰は武器を収めながらそう言うと、リーアとスフィーを呼び寄せた。そしてバーンも逃げたことを伝えると、四人は武装を解除して、小型飛空艇がある砂浜に引き返して行った。


「確かここら辺に……。お、アレか」


 どこへ行っても見晴らしの良いこの島で、小型飛空艇を見つけるのは苦では無かった。しかし砂浜に到着したは良いものの、この大海原を渡るには大型の飛空艇が必要なため、四人はその場で立ち往生するほかなかった。


「……そういえば、ユーニさんもここに来るときは小型飛空艇出来たんだろ?」

「あぁ、しかし到着した時、バーンに壊されてしまってな」

「そっか、じゃあ小型飛空艇はもうこれしかないってことか」


 初汰とユーニが飛空艇の近くで会話をしている間、スフィーは考え込んだ顔で波打ち際に立ち、海を眺めていた。


「どうしたの、スフィー?」


 しばらく遠くで様子を伺っていたリーアだったが、いつも自分を励ましてくれていたスフィーが呆然としている後ろ姿を見て、声をかける決意を固めたのであった。


「いや、そんな大したことは無いっすよ」


 気丈にそう言うスフィーだが、いつもみたいに振り返って笑顔を見せないので、やはり何かあったのだと感じたリーアは少しだけ言及することにした。


「虎間との戦闘で何かあったの?」

「……ニッグとドールを助けられなかったっす」


 それだけを聞いてすぐに全てを理解することは難しかったので、リーアはもう少し詳しく聞き込みを続けた。そしてドールを助けるためにニッグに誘拐されたこと、そこへフェルムが来たこと、でも助けられなかったこと。この小一時間の出来事を、スフィーはゆっくりと語った。


「そう、だったのね。でも、まだ死んだと決まったわけでは無いでしょう? 今はフェルムさんと二人の生命力を信じるしか無いわ」

「そうっすよね……。こうなった以上、あたしは祈ること以外何もできない。何かが起きるのを止めるのがあたしの仕事なのに、あたしは……。ニッグの期待に応えることが出来なかったっす……」

「この世の全ての期待に応えるのは不可能だわ。それにスフィーはちゃんと彼の期待に応えているわ。ただ、悲惨な事故が起きてしまっただけよ」

「……アレは事故だったんすかね」

「え?」

「ユーニさんは本当に気付かずに魔法を放ったんすかね……」

「ど、どういうこと?」

「彼も空いた玉座を狙い始めているとしたら、アレは絶好の機会だったっす」

「スフィー、あなた。彼を疑っているの……?」

「リーアはその場にいなかったから分からないだろうけど、なんだか以前のユーニさんとは雰囲気が違ったっす」


 突然話の雲行きが怪しくなってきたのを察知したリーアは、黙ってスフィーの背中を見つめた。


「……ごめん。あたしがどうかしてたっす。ユーニさんはあたしたちを守ろうとして、ニッグに攻撃を仕掛けちゃったんすよね」


 スフィーはようやく振り返ってそう言うと、まだ涙ぐんでいる瞳をしばたたかせながらリーアに抱きついた。


「良いのよ、スフィー。誰でも悪い状況に追い込まれたときは人を疑いたくなるわ」


 そう言ってスフィーの頭を撫でながら、リーアはチラリとユーニの方に一瞥を投げた。真剣に初汰と話し合っているだけのその姿は、どこか怪しく歪んでいるように見えた。

 スフィーが泣き止むまで優しく頭を撫でていると、水平線の向こうから見慣れた船が渡ってきた。


「お、アレは俺たちの船じゃ無いか?」


 それは初汰たちのところからでも見えていたようで、小型飛空艇の横で立ち話をしていた二人も波打ち際に歩み寄ってきた。その足音を聞いたスフィーはすぐさま涙を拭い、海の方を向いて鼻を啜った。


「これで小型飛空艇の魔力を無駄に使わずに済んだな」


 初汰はニコニコしながらそう言うと、船に向かって大きく両手を振った。

 ……その数十分後、先ほどまで粒ほどだった船は見上げるほど大きくなって四人の視界に映った。ギルの巧みな操縦テクニックで砂浜のギリギリまで船を寄せてもらうと、四人と小型飛空艇はようやく安住の地に身を置いた。


「皆無事で良かった」


 乗船した四人の顔を見て、獅子民がそう言った。


「そっちこそ、巨大イカは追っ払えたのか?」

「ギリギリではあったが、何とかな。しかし今回は追っ払ったというよりかは、しっかりと海に還してやった。と言う方が正しいかもしれない」

「そっか、じゃあもう襲って来ないんだな」

「うむ、これからは安全な航海が行えるだろう」


 そこで一度会話が途切れると、リーアは魔力を消費しているスフィーを伴って仮眠室に向かって行った。


「それで、島では何かあったのか?」


 船が再出発したタイミングで、獅子民がそう切り出した。


「虎間とバーンがいたよ。あいつらの目的も、多分俺たちと一緒だと思う」

「ユンラン老師か……。やはりそれほど力を持っている存在という事なのだな」

「てことは、何としても俺たちが先にユンラン老師を見つけねーとな」

「うむ、幻獣十指に幹部連中も動き始めている。より一層気を引き締めねばな」

「だな。んじゃ、そのためにも少し寝て来ようかな」

「行ってこい。私とクローキンス殿で見張りをしておく」

「おう、サンキュー」


 報告をし終えた二人は会話を止め、初汰は仮眠室へ、獅子民は監視をするために欄干へ寄って行った。


「恐らく奴らも飛空艇で動いているはずなのだが、なかなかその影が見えんな……」


 穏やかな海を見た後に、雲が厚く伸びている灰色の空を見た獅子民はそう漏らした。しかし何をぼやこうが、今はいち早くユンラン老師のもとにたどり着いた方が真実に近付ける。という事だけが分かっている。つまり獅子民たちは敵の航路を辿るよりも前に、この多島海を制覇することに気を置かねばならなかった。


「おーい、獅子民君! ちょっといいかの?」


 空を見ながら考え込んでいると、舵を取っているギルが獅子民を呼んだ。その声で我に返った獅子民は、すぐさま船首に向かった。


「何かありましたか?」


 船首を覗き込みながら獅子民がそう言うと、ギルは背中を向けたまま右手を上げ、人差し指で前方を示した。


「アレを見てみい。どうやらこれからが本番のようじゃ」


 そう言うギルの横に立ち、獅子民は前方に広がる大量の島々を目にした。


「これは……。一つ一つ回っていては切りが無いぞ……」

「その通りじゃ。ここからはわしらの運も試されているという事じゃな」

「そうですな。しかし手前の島にいるとは考え難い。恐らくここまでの航路ならば、我々と同規模の船を持っていれば近づけるはずだ」

「わしもそう思っておった」

「つまり我々が目指すべきは、この激流を乗り越えた先にある一番奥の島という事になりますな」

「そこなんじゃが、多島海と言うものはあらゆる方面から侵入できる故、一番奥。と言う概念が無いと思うんじゃ。だからわしは多島海の中心にある島にユンラン老師とやらがいるんじゃないかと踏んでおるんじゃが」

「確かに、その通りですな。アプローチの仕方はいくらでもある中で、一番奥。と言うのは私も引っかかっていたのです」

「とまぁ、偉そうなことを言ったものの、そもそも多島海の中心にたどり着けるかはまだ分からん」

「はい、不甲斐ないことに我々は船の操縦がままならないので、そこはギル殿の腕を信じでおります。勿論、責任を押し付けたりもしません」

「ふぁふぁ、そう気にするでない。じゃが少し肩の荷が下りた気分じゃよ。こうなったら、わしの出来る限りのことはさせてもらうつもりじゃ。船の操縦は任せい」

「ありがとうございます」

「よし、じゃあ多島海の中心を目指して全速前進するぞ?」

「はい、よろしくお願いします」


 獅子民はそう言いながら何度か頭を下げ、ギルはそれを見て再び笑い声をあげた。そうして一行を乗せた船は、巨大な島々に囲まれている激流地帯に差し掛かった。

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