第百二十一話 ~第二の島~
ドラゴンの後を追って小型飛空艇に乗った初汰とリーアは、降りしきる雨の中、海上を突っ走っていた。そしてあと少しで島に到着しようと言う時、雨が止んだ。
「通り雨だったのかな」
視界が良くなったので、初汰は嬉々としてそう言った。
「そうみたいね。これならビギナーのあなたでも真っ直ぐ島に着けるわね」
「おう、任せとけ!」
初汰はそう答えると、アクセルを捻って目の前の島に急いだ。
あとは直進するのみだったので、流石の初汰もへまをやらかすことは無く、二人を乗せた小型飛空艇は無事島に到着した。
「随分と汚い島だな」
浜に到着した初汰は、ヘルメットを脱いで辺りを見回すと開口一番そう言った。その初汰の言葉通り、この島は第一の島とは打って変わり、木々と言うものが存在していなかった。短い砂浜の向こう側にはゴツゴツと尖った岩がいくつも立ち並び、その岩の群れの奥には、ごみ処理場のような、廃棄物の溜まり場のような、とにかく見栄えの悪い木材や鉄材が放置されていた。あまり近寄りたくは無い場所だが、そう言っていてはいつまで経っても砂浜にいる羽目になってしまうので、二人は小型飛空艇から降りて砂浜を歩き出した。
短い砂浜を抜けると、砂利や石、それに大きめの岩で埋め尽くされていて、かつ起伏の激しい歩き辛い地帯に出た。急いで駆け出そうものなら、思い切り足を挫いてしまいそうな場所である。初汰とリーアは辺りの様子を伺いつつ、足元に気を付けつつ、少しずつ前進した。
「ったく、ドラゴンはどこに行ったんだ? あんなにデカいからすぐ見つかると思ったんだけどな……」
「もう変化を解いてしまったのかもしれないわね」
「じゃあ歩き回って探すしか無いか」
「そうね。ほら、丁度人が隠れるには良い場所に出たわよ」
会話をしながら歩いていると、海上すれすれを走っているとき既にチラチラと見えていた屹立した岩々が視界に入ってきた。縦に長く伸びている岩もあれば、横に長い岩もあった。そのどれもが人間よりはるかに大きく、一言で言うなら岩石砂漠そのものであった。
「平らな島かと思ってたけど、こりゃ面倒なことになりそうだな」
「えぇ、でもしらみつぶしに行くしか無いわね」
「みたいだな」
初汰が面倒くさそうにそう返事をすると、二人はこの岩石地帯のどこかにいるであろうスフィーを探すために再び歩き出した。
「そういや、砂浜には俺たちが乗ってきた飛空艇以外無かったよな?」
ふとユーニのことを思い出した初汰は、リーアの方を見てそう聞いた。
「あら、てっきり確認したうえで聞いて来ないのかと思ってたわ」
「え、あぁ、まぁそんな感じだけど、念のため聞いておこうと思ってさ」
「ふーん、私も見なかったわよ」
「だよな。じゃあどっか別の場所に停めてるのかな」
「もしかしたら、もうスフィーに追いついているかもしれないわね」
「そうだと良いんだけどな。とりあえず進むか」
二人は少し歩度を速め、ジャリジャリと足音を立てながら大きな岩の裏を見て回った。
そうして数個目の岩裏を見終えた時であった。数十メートル先から爆発音が聞こえて来た。二人がそれを聞き逃すことは無く、爆発音の直後に二人は顔を見合わせ、すぐに音がする方へ走って行った。
緩やかだが執拗に足の自由を奪おうとする傾斜を駆け上がり、武器を構えている四人の影を見つけた。手前にいる二人はこちらに背中を向けており、その片方は間違いなくスフィーの後ろ姿であった。そして奥にいる二人はしっかりとこちらを向いており、チラリと見えた顔は、見紛うこと無き虎間甚とドールであった。
「おーい! 大丈夫か?」
――初汰がそう言いながら駆け寄ろうとした瞬間、彼の目の前に真っ黒い炎が出現した。初汰は驚いて数歩後退し、炎の様子を伺っていると、その中からバーンが出て来た。
「ここは通さん」
「てめぇ。そこをどけ!」
腰の木の枝を剣に再生すると、初汰はバーンに斬りかかった。敵は双剣でそれを受け止めると、いとも簡単に初汰を弾き飛ばした。
「くそ、相変わらず強いな……」
「私も戦うわ」
リーアはそう言って両手に炎を纏うと、バーンに向かって火球を投げた。バーンは双剣を振り回して飛んできた火球をかき消すと、再び剣を構えて二人を睨んだ。
「……タイムリミットまで遊んでやる」
バーンはそう呟くと、双剣に闇の炎を纏って走り出した。
一方初汰たちが駆けつけようとしていた四人の戦場でも動きがあった。
「なんだぁ、ガキども。こんなところまで追って来やがって」
虎間は半笑いで目の前にいる二人を嘲りながらそう言った。
「ドールを返せ……!」
スフィーの隣で槍を杖代わりにして立ち、脇腹を左手で抑えて虎間に口答えしているのはニッグであった。
「けっ、うるせぇ! てめぇが任務に失敗したんだろうが。それにその横の女は敵だろうが。なんで連れて来た?」
「ドールに手をかけた以上、俺はもう、アンタの部下じゃない。何をしたって、誰を連れて来たって俺の勝手だろ」
「そうか。ならここで消すまでだ。お前も、横の女も。俺とドールで片付けてやる」
虎間は嗄れ声でそう言うと、ギリっと二人を睨みながら刀を抜いた。
「はぁはぁ、頼む。手を貸してくれ……」
ニッグは辛そうに、脂汗をかきながらスフィーを見上げてそう言った。
「良いっすよ。その代わり、もうあたしたちの邪魔はしないでくださいっすよ」
「あぁ、勿論。俺は、ドールさえ無事ならそれで……」
苦しそうに息継ぎをしながらそう言うと、ニッグは深手を負っている体を無理矢理動かし、槍を構えて戦闘態勢に入った。
「その身体じゃ無茶っすよ。あたし一人でやるっす」
「いくらなんでも一人じゃ無理だ。囮くらいは引き受ける」
「……何を言っても聞かなさそうっすね」
スフィーはため息をつきながらそうぼやくと、苦無を両手に構えて走り出した。
「へっ、まともに戦えるのは小娘一人かよ。まぁいい、せいぜい楽しませてくれよなぁ!」
目を血走らせながらそう叫ぶと、虎間は右手に刀を構え、左手は何も持たずに真正面からスフィーの攻撃を受けて立った。
連撃を繰り出し、追い立てているはずのスフィーなのだが、なぜか敵の方が余裕そうな表情を浮かべていた。相手は刀一本、こちらは苦無二本。機動力でも手数でも上回っているはずなのだが、虎間は笑いながらスフィーの攻撃をいなした。
「はぁはぁ、あたしの攻撃が全然通ってないっす……」
「やはり二人がかりでないとあいつには勝てない」
「あたしの戦闘速度でギリギリなんすよ?」
「大丈夫、付いて行くさ」
ニッグはそう言うと、両足に雷魔法を纏った。そして槍を両手で構えると、早速虎間に向かって行った。それを見たスフィーも慌てて苦無を構え直し、ニッグと共に虎間に攻撃を仕掛けた。しかしそれでも虎間は淡々と二人の攻撃を捌き、二人が一瞬気を緩めた瞬間、刀による一薙ぎを見舞い、スフィーとニッグはそれを回避するためにバックステップを踏んで距離を取らざるを得なかった。
「かぁ~、つまんねぇな。もっとヒリヒリする戦いをしてくれよ」
がっかりした様子でそう言うと、虎間は刀を軽く振り回し、そして空いている左手で刃の部分をそっと撫で、左右に行きつ戻りつした。
「アレは……!」
――そう言うニッグの視線の先には、小さな石碑が映っていた。それは虎間のズボンの左ポケットに入っており、彼が歩き、太腿が動くたびに石碑の頭が微かに突出した。
「どうしたっすか?」
「アレは、ドールの記憶が保存されている石碑かもしれない」
「壊された祠の破片。ってことっすかね」
「かも知れない。アレを取り返せれば、ドールは……」
「でもアレを狙うとなると、結構近づかないとダメっすよ?」
「いや、今なら行けるかもしれない。奴は激しい闘争を求めてる。つまり俺たちを誘い込む可能性が高い」
「確かに。それは一理あるっすね。やってみる価値はあるっす」
「すまないが、強力を頼む」
「あたしが気を引くっすよ」
作戦が決まるとすぐ、スフィーは苦無を構えて走り出した。
「けっ、馬鹿正直に真正面から来やがって……。だが、その勢いは嫌いじゃねぇ!」
小賢しい手など一切なく、スフィーと虎間は真っ向から己の刃を交わらせた。その隙にニッグはこそこそと虎間の背後に回り、再び両足に雷魔法を纏って石碑を奪うタイミングを伺った。
「良いぞ。もっと来い! 俺を楽しませてくれぇ!」
攻撃には転ぜず、虎間はただひたすらスフィーの攻撃を受け止めた。苦無と刀が当たる度に鋭敏な音が辺りに響いた。それを耳にすればするほど、虎間の不気味な微笑は狂気さを増していった。
「おら、もっと斬り込んでこい!」
一人の攻撃では物足りないようで、虎間は少しでも手が空くとすぐにスフィーを挑発した。そうしてスフィーに連撃を繰り出させ、それを全て刀で受け止めた。
「あぁ~、足りねぇな。やっぱり女一人じゃ足りねぇなぁ!」
虎間はそう言うと、構えていた刀を下ろして両手をぶらりとさせ、ノーガードになった。それを虎間の背後から見ていたニッグは、今だ! と思い。飛び出した。
――虎間はどんどん脱力しているようで、背中まで丸まり始めていた。加えてニッグの存在には全く気付いておらず、雷魔法を両足に纏ったニッグは、文字通り光速で虎間のポケットに入っている石碑を掴んだ。
(もらった……!)
心の中でそう呟くと、石碑を掴んだ右手をぐいっと引いた。石碑はするりとポケットから抜け、後はこのまま真っすぐスフィーのもとに駆け抜けるだけであった。しかしそう簡単にはいかなかった。
「なるほど、これを狙ってたのかぁ?」
ニッグがいないことに気付いていた虎間は、雷魔法で逃げるよりも前に左手でニッグに裏拳を喰らわせた。
「ぐあっ!」
破壊の力を使っていないにも関わらず、ニッグは先ほど身を潜めていた場所よりも更に奥まで吹っ飛ばされた。
「……チッ、取られたか。まぁいい、お前はそこで寝てろ。ニッグ。この女を片付けたらすぐにお前もあの世に送ってやるからよぉ」
虎間はそう言うと、先ほどまでの遊んでいた半笑いをその顔から消し去り、殺気が籠る淀んだ瞳をスフィーに向け、刀を構えた。そして首を左右に傾げて骨を鳴らすと、腰を沈めてスタートダッシュを切った。
(来る!)
獲物を狙う猛獣のような瞳を目の当たりにしたスフィーは、咄嗟に苦無を構えて防御態勢に入った。
「ウラァァァァッ!」
種も仕掛けも無い真正面からの攻撃。虎間はスフィーの少し前まで走り寄ると、叫びながら斬りかかった。
――するとその瞬間、巨大な火の玉がスフィーと虎間の間に落ちて来た。
「クソッ! なんだ?」
危険を察知した虎間はすぐさま後退し、砂煙の中に人影を認めた。
「大丈夫~、スフィー?」
敵の攻撃を遮るようにスフィーの目の前に降り立ったのは、なんと、記憶の祠の番人、フェルムであった。




