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ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
第十章 ~魔の海域~
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第百二十話 ~沈む海獣~

 巨大イカの拘束によって前進することも後退することも出来ないので、一度ギルを仮眠室に退避させ、船首に残った獅子民とクローキンスの二人は、ただひたすら雨に打たれながら巨大イカの攻撃を避け続けていた。


「ちっ、照準が定まらねぇ……」


 クローキンスは雨水が溜まり始めているテンガロンハットを脱いで甲板に落とすと、連結銃を構え直した。獅子民はと言うと、彼の丸盾では巨大イカの本体に届かないので、ひたすらクローキンスを守る盾役に徹することになった。


「クローキンス殿、私が敵の攻撃を受けて変換の力を溜める。だから君は攻撃することに集中してくれ」

「ちっ、耐えられるのか?」

「うむ、耐えて見せるさ」

「ふっ、なら照準も定まりそうだ」


 クローキンスはそう言うと、早速足を止めてウエストバッグを漁り始めた。それを視認した獅子民は、その前に立ち塞がって巨大イカの猛攻を丸盾二枚とその身一つで防ぎ始めた。

 ――巨大イカは容赦なく白く長い足を振り下ろす。獅子民は船に穴が空くことを恐れ、攻撃を完全には受け止めず、盾で逸らすようにしてクローキンスと船を守った。


「お前、邪魔」


 そう言うと、一度攻撃の手を止めて攻撃に用いていた四本の足を全て振り上げた。それを見た獅子民が、大きな攻撃が来る。と思った瞬間、クローキンスが獅子民の肩を叩いた。


「ちょっと伏せてろ」


 クローキンスはそれだけ言うと、先端のバレル部分がやけに野太くなった連結銃を両手で構えた。そして一本の足に狙いを定めると、トリガーを引いた。

 ――すると野太いバレルからは砲弾が放たれた。その衝撃でクローキンスは数センチ後退し、何とか立てているという状態であったが、放たれた砲弾は無事白い足にめり込み、そして爆散した。


「ぐあぁぁぁっ!」


 海面から飛び出している数本の白い足は、痛みにうねり、船から離れて行った。


「凄い威力だな……」

「あぁ、今のは徹甲榴弾だ。俺が持ってる弾の中で一番破壊力がある」


 クローキンスはそう言いながらもう一発を装填し、舳先へ向かうと再び連結銃を構えた。

 束縛から逃れた船は少しずつ前進を始めており、徐々にではあるが、巨大イカと距離が開き始めていた。それでもクローキンスはしっかりと照準を合わせ、もう一発ぶち込んだ。

 ――徹甲榴弾は水中深くに潜ろうとする巨大イカを捉え、爆発した。その威力は強力で、上がった飛沫は船まで届いた。


「やったのか……?」


 獅子民はそう呟きながら舳先に向かい、そして海を眺めた。雨はまだ止んでおらず、海面には複数の波紋が催眠術のように広がっていた。


「ちっ、ここで完璧に仕留めるぞ」


 そう言いながら両腕のストレッチをすると、クローキンスは野太いバレルを外してまた違うバレルを取り出し、それを連結銃に装着した。


「それは?」

「グラップルガンだ」


 クローキンスはそう答えると、水中に向かってグラップルを射出した。


「……かかった」


 少しの間グラップルを射出して静止していたクローキンスは、ボソッとそう呟くと、両手で連結銃を持ち、そしてもう一度トリガーを引いた。すると高速でグラップルが回収され始めた。


「ちっ、来るぞ」

「よし、ここで片を付ける」


 グラップルは順調に回収されて行き、そしてたゆんでいたグラップルがついにピンと張った。そして水面の波紋と波紋の間を縫うようにしてグラップルがどんどん船に近付いてくる。


「引き揚げる。手伝ってくれ」


 両手で連結銃をしっかりと握り、海面を睨みながらクローキンスがそう言ったので、獅子民は丸盾を置いて駆け付け、一緒に連結銃を握った。


「今だ!」


 ――クローキンスの合図で思い切り連結銃を上げると、グラップルが腕にグルグル巻きになっているクラックが引き揚げられ、一本釣りされた魚のように宙を舞い、そして船首に勢いよく落下してきた。


「ちっ、さっさと倒してあいつらを追うぞ」


 そう言いながらグラップルを完全に回収し、手早くノーマルバレルに付け替えた。


「うむ、分かっている」


 そう返すと、足元に置いていた丸盾を装備し直し、ファイティングポーズをとった。


「痛い……。お前たち、殺す」


 クラックはゆっくりと立ち上がりながらそう言うと、細く鈍い目で二人を睨んだ。


「ちっ、そりゃこっちのセリフだ」

「今度こそ逃がさん!」


 獅子民はそう言うと、まだ睨んだままのクラックに向かって走り出し、そして右ストレートをかました。クラックは瞬時に両腕をイカ足に変化させて防御すると、すぐさま空いている足で反撃に移る。獅子民はその攻撃をバックステップで避けると、構え直して対峙した。


「俺、負けない」


 そう言うと、クラックは両頬を膨らませた。何かをしてくると思った獅子民は、すぐさま盾を構えた。

 ――するとクラックは、唇を尖らせて水鉄砲を噴射し始めた。まるで弾丸のように鋭い回転を帯びた水弾は、獅子民が構える盾を衝突して激しい音を立てた。


「ぐっ、威力もそれ相応にあるな……」


 丸盾で何とか弾き落とした獅子民だったが、もしかするともっと高練度のものを噴射されたら盾をも貫きかねないのではないかと推測した。


「ちっ、遠距離攻撃は厄介だな」


 そう呟きながら、クローキンスは敵の顔面めがけて弾丸を三発放った。しかし連結銃から放たれた弾丸は、水弾によってどれも空中で撃墜されてしまった。


「ちっ、相当精度も高いみたいだな」


 そう言いながらダメもとで残りの三発放ち、リロードをしながら階段の陰に身を隠した。


「弾丸でも通用しないのなら、私が潜り込むしかない……!」


 獅子民は出来る限り身を屈めながら走り出し、敵の懐の潜り込もうとする。しかし敵もそれを理解しているので、近付いてくる獅子民には水鉄砲で牽制をしながら、確実に巨大なイカ足で薙ぎ払いを仕掛けて来た。


「ぐわぁっ!」


 もろの食らった獅子民は、クローキンスがリロードの為に身を隠している階段まで吹っ飛んだ。そしてすぐさま立ち直ると、両手を構えた。


「流石幻獣十指、相当な手練れ……。どうやったら潜り込めるのだ」

「ちっ、そう焦るな。まだやれることはある」


 クローキンスはそう言うと、ウエストバッグから円盤を三枚取り出した。そして陰から飛び出して三枚の円盤をクラックの周りに投げて設置すると、早速一発弾丸を打った。

 ――円盤と円盤の間を数回跳ねた弾丸は、少ししてクラックの巨大な白い足に直撃した。すると確かに弾丸はめり込み、微かに血が出たのだが、すぐに弾丸は押し出され、甲板に転がった。


「普通の弾丸は食らわないようだな」


 そう言ってリボルバーを取り外すと、黄色いリボルバーをバッグから取り出し、それを装着した。


「それは?」

「ちっ、麻痺弾だ。めり込むのは分かったからな。これで俺があいつの両腕なのか両足なのかしらねぇが、その二本の白い奴の動きを止める」

「うむ、承知した」


 獅子民は頷きながらそう答えると、早速走り出した。それに続いてクローキンスも連結銃を構え、円盤に照準を合わせて麻痺弾を放った。

 ――数発の麻痺弾は円盤間を飛び交う。その間にクローキンスはマグネット弾を装填し、クラックの両脇の下辺りにマグネット弾を一発ずつ撃ち込んだ。すると円盤間を飛び交っていた麻痺弾がクラックの白いイカ足に向かって収斂し、見事麻痺弾は両足に命中した。


「ん、なにか、刺さった」


 そう言いながら足に刺さった麻痺弾を無理矢理はじき出そうとする。がしかし獅子民が迫ってきているので、クラックは再び両頬を膨らませて水鉄砲を放ち始めた。


「あとはこれを避けるだけだ……!」


 正面から飛び来る水弾を避けつつ弾き落としつつし、獅子民はどんどんクラックに迫って行く。


「お前、近寄せない」


 そう言って両足を動かそうとするのだが、丁度麻痺弾の効果が出てきたようで、クラックの両足は思うように動かない。


「あれ、なんで」


 敵が困惑している内に獅子民は自分の射程内に敵を捕捉し、変換の力を一気に開放し、右手に一点集中させた。


「はぁぁぁぁっ!」


 ――丸盾の鋸は回転し、獅子民の右手は真っすぐクラックの腹部に向かって綺麗に振り抜かれた。右腕は敵の腹部を貫通し、その感覚を得た獅子民はすぐさま右手を引き抜いて数歩後退した。


「がふっ! おれ、まけ……た……」


 血反吐を吐くとともに、クラックは全身から大量の水を吹き出しながらバタリと倒れ込んだ。両腕の変化は解けて人間体に戻り、彼が倒れている周りには大きな血だまりと水たまりが出来た。


「はぁはぁ、これでようやく安全な航海が出来るな」

「ちっ、面倒な相手だった」


 クローキンスはそう言いながら連結銃をホルダーに収め、舳先付近に置いて来たテンガロンハットを拾いに行った。獅子民は念のためクラックの死体を確認しに行き、息を整えながら空を仰いだ。すると先ほどまで降り続いていた雨がはたと止んだ。


「雨が止んだ……」


 少しの間、獅子民は空を見ていた。それはクローキンスも同様だったようで、テンガロンハットを拾い上げ、被らずして空を見ていた。

 そうして空を見飽きた獅子民が視線を落とすと、そこにはカラカラに干乾びて小さなおもちゃのようになってしまったクラックを見つけた。


「彼もキメラ実験の被害者に変わりない……」


 倒れている。と言うよりかは、甲板に転がっているクラックを片手で拾い上げ、そして欄干に向かうと、右手に乗せていたクラックを海に還した。彼自身、こんなに惨めな姿を誰にも見られたくはないだろう。そう考えた獅子民の、せめてもの弔いであった。それを少し離れたところから見ていたクローキンスは、テンガロンハットを目深に被って船尾に向かった。

 その後しばらく黙祷をした獅子民は、仮眠室に向かって戦いが終わったことをギルに告げた。そして今すぐ目の前に見えている島へ出発してくれ。と獅子民が頼むと、ギルは快く再出発の準備に取り掛かってくれた。獅子民はそんな彼の背中を見送ると、ベッドに倒れ込んで目を瞑った。まだ戦いが続くかもしれない。少し仮眠をとっておこう。そんなことを考えながら、数十分の眠りに落ちて行った。

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