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ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
第十章 ~魔の海域~
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第百十八話 ~狐と蛇~

 テントから出て来たルーヨンは、脇に跪いている男の方は全く見ずに石槍を差し出した。男は畏まりながらその槍を受け取ると、ささっと数歩後退した。


「でも、邪魔な泥棒猫もいるようね」


 先ほどまでとろけるような表情をしていたルーヨンは、一変冷徹な眼差しでリーアを睨んでそう呟いた。


「どうやらあなたがこの部隊のリーダーみたいね」


 どうにかして初汰を抱き上げたリーアは、ルーヨンを睨み返しながらそう言った。


「フフフ、そうよ。こんな辺鄙なところに飛ばされたけど、今はそんなことどうでも良いわ。私の一番の宝が戻って来たんですもの」

「あなたに初汰は渡さない……!」


 リーアはそう言うと、気絶している初汰の腕を自分の肩に回し、一番近くにある木に歩み寄って初汰を寄り掛からせた。


「間に合うと良いわね?」

「どういう――」


 リーアはそこまで言いかけて、毒のことを思い出した。そして視線を初汰に戻すと、手足の指先から石化が始まっていることに気付いた。


「そんな……!」

「フフ、タイムリミットは刻一刻と迫っているわよ」

「絶対に許さないわ……。あなただけは!」


 初汰をしっかり座らせると、リーアは火の魔法を纏ってルーヨンに投げつけた。


「小賢しい」


 ルーヨンはそう呟くと、右手を前に掲げた。すると石で出来た壁が勢いよくそそり立ち、飛んできた火球をいとも簡単にかき消してしまった。

 役目を終えた石の壁は崩れ落ち、腕を組んで苛立っているルーヨンが現れた。彼女はいつまでも突っ立っている男の方を見て、クイっと顎でリーアの方を示した。しかしそれでも男が動かないので、結局ルーヨンは口を開いた。


「何してるの。さっさと行きなさい」

「はっ!」


 男は恭しく敬礼すると、槍を構え、石の壁に代わってルーヨンの前に立ち塞がった。


「露骨な時間稼ぎね」


 嘲笑するようにそう言うと、リーアは火の魔法をすぐに詠唱した。


「参る!」


 男は殺気溢れる瞳でリーアを睨み、走り出した。その動きは先ほどまで戦っていた下っ端たちとは異なり、戦い慣れた者の足運びであった。リーアはその動きを目にした瞬間に集中力を高め、火球で牽制した。


「ふんっ! そんなの当たらん!」


 槍で弾き、足軽に回避し、男は楽々と火球を退けてリーアに急接近してきた。


「このままではまずいわね」


 リーアは属性を変え、簡単な石魔法で軽い剣を錬成した。それを両手で構え、敵の攻撃を真正面から受け止めた。


「くっ、うぅ……」


 流石に男と女では力の差が激しく、攻撃を食らいながらリーアは次第に後退していった。しかし柔軟性と言う面では、リーアが勝っていた。彼女は予め軽めに錬成していた剣を右手で持ち、敵の攻撃に吹き飛ばされながらも左手で火の魔法を練り上げていた。

 ――そんなことも知らず、敵は槍を振り下ろす。リーアはそれを剣で受け止め、上手く鍔迫り合いのシーンに誘い込むことに成功した。そして左手を敵の腹部に当て、蓄積させていた火の魔法を爆発させた。


「ぐあぁぁっ!」


 力では手強かったものの、少々頭が足りていなかったことが幸いし、男は絶大な火魔法を食らってルーヨンの目の前まで吹っ飛んだ。


「ぐっ、まだまだ……」


 そう言って男が立ち上がろうとした瞬間、ルーヨンがヒールで男の腹部を踏みつけた。


「もういいわ。土に還りなさい」

「る、ルーヨン様! やめ――」


 男が喋り終わるよりも前に、ルーヨンは男を石化させた。そしてそのまま力強く踏みつけ、男は粉々に粉砕された。


「石にする価値も無いわ」


 今さっきまで男が居た場所を見下しながら、ルーヨンはそう呟いた。


「下劣な女ね」

「何ですって?」

「下劣な女。と言ったのよ」

「泥棒猫の分際で……! 良いわ。私が直々に始末してあげる。初汰の目の前でね!」


 ルーヨンは石魔法で高硬度の短剣を作り出し、リーアに襲い掛かる。対してリーアは剣を構え直し、同じようにして走り出した。


(あなたの戦いを見て来たんだもの。私にだって扱えるわよね……! 初汰、待っていてね!)


 リーアは心に強い覚悟を抱き、ルーヨンよりも先に攻撃を仕掛けた。しかし敵は軽やかな動きと小回りの利く短剣でリーアの剣撃をいなし、背後へ背後へ回ろうとする。


「フフ、鈍いわね。もしかして勝手に石化が始まったのかしら?」


 まだ余裕しゃくしゃくと言った様子で、ルーヨンは全く息を切らさずにリーアの周りを飛び回る。対してリーアはその動きに翻弄される一方で、じわじわと体力を削られていた。


(敵のリズムに乗せられ過ぎているわ。もっと見極めて反撃を仕掛けなくちゃ……!)


 考え無しに攻撃を仕掛けることを止め、ゆらゆらと幻のように動き回っているルーヨンの姿をじっくりと観察し始めた。


「あら、私は何もしてないのに。フフ、本当に石化しちゃったの?」

「すぅー、はぁー。もう乗せられないわよ」

「ま、流石にそんな馬鹿じゃ無いわよね。なら、私も本気で行こうかしら」


 ルーヨンはそう言って長い舌をチロつかせると、高く飛び上がった。

 ――するとルーヨンは空中で光り始め、下半身のみを蛇の身体に変化させて着地した。


「フフ、少し刺激が強すぎたかしらね」


 ルーヨンは不敵な笑みを浮かべてそう言うと、左手に弓を構え、右手には石魔法で錬成した矢を握り、それを番えた。


「心の醜い部分が表に出て来たようね。お似合いよ」


 リーアはそう言うと、右手に剣を構え、左手には火の魔法を纏った。


「ペラペラ回る口ね。ま、もうじきその口も開かなくなるわ」


 ルーヨンはそう言うと、石の矢を目一杯引き絞った。そして矢先をリーアに向けると、躊躇なく放った。リーアは放たれた矢を間一髪回避すると、左手に纏っていた火の魔法を放って反撃を仕掛ける。

 ――矢を放った直後のルーヨンは無防備だったので、火の魔法は直撃するかに見えた。しかしその直前でルーヨンの瞳が光り、火の魔法は石ころとなってその場に落ちた。


「その程度では私に傷一つ付けられないわよ」


 余裕の笑みを浮かべてそう言うと、ルーヨンは再び矢を引き絞る。


「何か方法を考えないと……」


 リーアはそう呟きながら林へ駆け込み、大木の裏に身を隠した。


「あら、早速かくれんぼ? でも関係無いわ」


 ルーヨンは最大限まで引いていた矢を放った。空を切るようにして飛ぶ石の矢は、その勢いのまま大木を貫き、さらに奥の木に突き刺さった。


「流石、化かすのが上手ね。良いわ、付き合ってあげる。初汰が石になるまでね」

「はぁはぁ、このままじゃ時間を稼がれて終わってしまうわ。何か考えないと……」


 リーアは木の裏で敵の様子を伺いながら息を整えると、身を屈めながら移動を再開した。音を立てないように一歩ずつ静かに歩み、そして次の大木に身を隠そうとしたその時であった。右足が水たまりに触れたのであった。


「これだわ」


 そう呟くと、リーアは石の矢を数本やり過ごした後に、何も持たず林から飛び出した。


「死ぬ覚悟が出来たようね」


 ルーヨンは不敵な笑みを浮かべながらそう言うと、石の矢を三本同時に放つ。左右どちらかに避けるのかと思われたが、その真逆で、リーアは真正面のルーヨン目掛けて真っすぐ走り出した。


「良い度胸ね」


 ルーヨンはそう言うと、可能な限り早く石の矢を連射し始めた。それでもリーアは真っすぐルーヨン目掛けて走りながら、なるべく小さい動作で飛んでくる石の矢を掻い潜り、少しずつ確実にルーヨンの懐に向かった。


「小癪な!」


 迫り来るリーアに恐怖と怒りを覚えたルーヨンは、むやみやたらに矢を放った。整合性を失った石の矢たちは、不規則に襲い掛かる。それによって先ほどよりも避け辛くなり、飛び交う石の矢はリーアの腕や足に掠り傷を付け始めた。すると掠った部分部分が局所的に石化を始め、リーアの動きを少しずつ鈍らせ始めていた。


(この程度で止まっていられないわ……!)


 石化し始めていることを気にも留めず、リーアは突進し続けた。


「はぁはぁ、何よ、女狐の分際で……!」


 そう言って石の矢を放ちながら、ルーヨンは逃げ場を求めて蛇行した。しかし山の頂上は狭く、結局自分たちが設営した野営地を蹴散らすだけに終わり、ルーヨンは中央にあるテントを蛇体で潰しながら後退した。

 敵は遠ざかってしまったが、リーアは真っすぐ走るのみであった。ひたすら敵の攻撃を避け、例え掠り傷を負ってそこから石化が始まろうとも、彼女は敵を倒すために真っすぐ走り続け、そしてついにルーヨンを崖っぷちまで追い詰めた。


「女狐め! 彫刻にしてあげるわ!」


 ――弓の構えを解くと、ルーヨンは真っすぐにリーアを睨んだ。するとそれを確認したリーアはルーヨンに飛びつき、今まで手ぶらだった両手を自分の顔の前に持っていき、手のひらを合わせた。そして水魔法を発動しながら両手を離し、自身の前方に小さな水鏡を作り出した。その直後、世界が一瞬光に包まれた。

 光が収まるとともにリーアは落下を始め、何とか体勢を整えて右肩から着地した。そして急いで顔を上げると、石像になったルーヨンが目に入った。


「成功したみたいね……」


 水鏡で石化の瞳を反射させることに成功したリーアは、ホッと胸を撫で下ろした。しかしそんな安心も束の間、リーアは立ち上がって初汰のもとへ向かった。一歩一歩彼に近付くにつれ、掠り傷から広がっていた石化は解けていき、初汰の前に立つときには完全に石化が解かれていた。そして彼の前に片膝を着いて手足の指先を見つめ、初汰の石化も治まっていることを確認したリーアはようやく安心のため息をついた。


「ふぅー、良かった。何とか間に合ったみたいね」

「う、ううん……」


 石化毒の影響が無くなった初汰の額からは汗が引き、すぐに意識を取り戻した。そして目の前でこちらを見つめている美少女と目が合った。


「リーア……?」

「そうよ。無事で良かったわ」

「無事? 確か俺、蛇に噛まれて。それで……」


 初汰はそう言いながら、視線を周囲に向けた。中央のテント付近で死んでいる蛇を見つけ、そしてその先で石像になっているルーヨンを見つけた。正面から風を受けているようかのように髪がなびき、表情は凛々しく、左手には弓を、右手には石の矢を握ったまま、彼女は石のオブジェとなって島の頂点に君臨していた。


「リーア一人でルーヨンを倒したのか」

「えぇ、少し無茶はしたけどね」


 彼女がそう言うので、初汰はすぐに視線をリーアに戻した。そして彼女の身体のいたるところから血が流れているのを見た。今なお流れている場所もあれば、凝固している場所もあった。


「おいおい、大丈夫なのかよ?」

「大丈夫よ。少し体力を使い過ぎちゃったけど……」


 そう言い終えるや否や、リーアは気を失って倒れた。初汰はそれを受け止め、上手く腕を回してリーアを横抱きにした。


「おーい、そっちは何か進展あったっすか~?」


 丁度リーアが気絶した直後、林道の奥からスフィーの声がしてきた。初汰はもう一度崖の近くに佇んでいる石像を見てから、リーアを抱えて林道に入って行った。

 ……初汰は気付かぬふりをしたが、石像の頬には一滴の雫が煌いていた。それがルーヨンの流した最後の涙なのか、はたまたリーアの水魔法の残滓なのか。それは誰にも分からない。

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