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ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
第十章 ~魔の海域~
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第百十四話 ~漂流~

 海に飛び込んだ獅子民は、初汰が飛んで行った方に向かって真っすぐクロールを続けた。しかし巨大イカが暴れているせいか、思うように前へ進むことが出来ない。それに加え、海に入ると一瞬にして視界が悪くなるので、波立つ水面に初汰の姿を見出すことは困難であった。


「ぷはっ! ダメだ。このままでは私も溺れてしまう」


 まだロープには余裕があったが、致し方なく引き返すことにした。振り返ると甲板にはギルがいたので、ロープを巻いてくれるように両手を大きく振った。するとギルはそれに気付き、ロープが結ばれている魔石を起動して獅子民を引き揚げた。


「はぁはぁ、助かった」

「なーに、気にすることは無い。それより奴をどうにかせんと進めん。どうやら奴に吸い寄せられているようなんじゃ」

「そうか、確か奴は水魔法も扱えたな……。ギル殿、引き続き舵をお願いします」


 獅子民はそう言うと、丸盾を拾い上げて船尾へ駆けつけた。

 階段を上がって船尾に着くと、三人が各々遠距離攻撃をしてイカの足が船に近付かないように牽制をしてくれていた。


「すまない。この荒れた海では初汰を見つけることが出来なかった」

「そうですか……。ならば荒れている元凶をすぐに倒しましょう」


 今一番心が逡巡しているはずのリーアにそう言われたので、他の三人は身も心も引き締まるような気がした。それに初汰を助けるにはそれしか方法が無いことも分かっていたので、四人は巨大な白い壁を退けるために武器を構え直した。

 海面から伸びていた足は、いつの間にか八本にまで増えていた。どうやらスフィーとクローキンスの二人がしつこく同じ足を攻撃したので、数を増やして対抗しようと思ったらしい。今は早く初汰を助けなくてはならないのに、面倒なことをしてくれたものだ。と獅子民は思いながら、振り下ろされる白い足を盾で受け止めた。


「ぐぬっ! 船は傷つけさせんぞ!」


 獅子民が壁役を引き受け、ヘイトを買っているうちに他の三人は同じ足を同時に攻撃する。と言った風にバターン化させていき、着実に一本ずつ足を海中に沈めていった。


「はぁはぁ、よし、残り二本だな。一本は私が切る。残り一本は任せた」

「えぇ、分かりましたわ」


 いつしか海面から飛び出す足は二本まで減っていた。つまりそれまでに何度も攻撃を受けている獅子民の身体には、変換の力が大分溜まっていたので最後の二本は同時に迎撃することにした。

 ――作戦を伝え終えるか終えないかの頃合いに、丁度二本の足が攻撃を仕掛けて来た。三人は作戦通り左の足に火力を集中させ、獅子民は一人、変換の力を解放して両腕の丸盾を回転させ、殴り来る足にカウンターを食らわせて斬り落とした。


「グギャァァァァ!」


 作戦は成功し、同時に攻撃してきた二本の足は同時に斬り落とされた。するとそのタイミングで海中から悶絶の叫びが聞こえて来た。そして数秒後、荒れていた海が静けさを取り戻した。


「追い返せたようだな」


 獅子民は海を覗いてそう呟くと、船尾の欄干に引っかかっているイカの足を船上に引き揚げた。


「うえぇ、気持ち悪いっすね。どうするんすか?」

「海に落として再生されたら困るからな。念のため引き揚げておくのだ」

「どっか目のつかないところに置いといてくださいっすよ」


 スフィーはそう言うと、欄干に身を乗り出しているリーアのもとに向かった。


「初汰……どこ……?」


 海は穏やかな小波を方々に伸ばし、その度に煌びやかな陽光を反射させていた。そこに初汰の姿は無かった。


「見当たらないっすね……。ひとまず初汰が飛ばされたほうに船を動かしてみるっすか?」


 スフィーはリーアのもとを離れ、獅子民に向かってそう聞いた。


「うむ、そうしてみよう」


 獅子民は深く考える間もなく、すぐさま取り舵一杯に進んでもらうためギルの下へ走った。


 ……一方その頃大海原に投げ出された初汰は、暴れた巨大イカが発生させた波に攫われて、とある孤島の近くで浮いていた。


「アレは……。人か?」


 浜辺の洞窟で火を起こそうとしていた男は、目を細くして海を眺めながら陽射しの下に歩み出た。そしてそれが人影だと認めると、颯爽と砂浜に駆けだした。


 ……初汰が飛ばされた方向に向かって航海を続けている獅子民たちは、海面を注視しながらゆっくりと前進していた。


「見つからないっすね」

「うむ、確かにこっちに飛ばされたのだがな……」

「ちっ、小さい島が多くなってきたな。まさかどっかの浜に打ち上げられてるんじゃねぇか?」


 望遠鏡では無くスナイパーのスコープを使って辺りを見回していたクローキンスが、ぶっきらぼうにそう言った。


「そうね、一つ一つ見て回らなくてはならないのかしら……」


 目の前に広がる群島を見て、リーアはそう呟いた。


「ギル殿、それぞれの島の近くを通ることは出来ますか? 浜辺だけでも見れれば良いのですが」

「任せとけい!」


 ギルは快く返事をすると、早速群島の一番最初の島に寄って行った。


「もう東の海域に入ったと思いますか?」

「うーん、どうじゃろうな。確かに島は多いように見えるが、ここいらにある小島はどこか同じ匂いを感じるのじゃが……」

「同じ匂い。ですか……。うーむ、今はよく分からんが、とにかく一つ一つ島を見てみることにしましょう」

「了解じゃ。お前さんらはゆっくりしてな」


 二人は短めに会話を終えると、獅子民は甲板に戻って望遠鏡を覗き、ギルは船の操縦を続けた。

 その後無情にも時は流れ、あと数個回れば全部と言う所で大海原は暗闇に包み込まれた。まさかここまで時間がかかると思っていなかった一行は、焦りの色を徐々にその顔に浮かべ始めていた。


「まいったな。残り数個の島のどこかに流れ着いていてくれれば良いのだが……」


 望遠鏡で辺りを見回すが、真っ暗闇の中で人影を見つけるのは難儀なもので、獅子民はすぐに望遠鏡を離してそう呟いた。


「船は一番近い島に泊めておく。今日はもう休むんじゃ」

「申し訳ない。ギル殿も無理せず休んでください」

「あぁ、わしももう少ししたら眠ることにするよ。それよりも、お嬢ちゃんが心配じゃな」

「ですな。私も一声かけてから眠ることにします」


 船首で話していた獅子民は、一度甲板に下りて船尾に向かい、暗闇を望遠鏡で覗き続けているリーアに声をかけた。


「リーア、あまり無理はするなよ」

「えぇ、大丈夫です」

「私も初汰のことは気になるが、この暗さでは見つけられん。今は明日の捜索の為に身体を休めよう」

「……分かりましたわ」


 リーアは悔しそうにそう呟くと、望遠鏡を収めて獅子民と共に仮眠室に向かった。


 ……闇が一等深くなるころ、初汰は気を取り戻した。ぼんやりする視界は、ほの明るい岩壁にゆらゆらと揺れる黒い影を捉えた。耳元ではパチパチと、炎が木片を弾く心地良い音が聞こえてくる。音がする方へ視線を動かすと、真っ黒い石像のようなものが見えた。しかしそれはノロノロと動いているので、寝起きの頭でも目の前にいるのは人間なのだと分かった。


「やぁ、どうやら目覚めたようだね」


 快活な青年の声が木片の弾ける音の合間を縫って聞こえてくる。


「こ、ここは……?」


 目覚めたばかりの初汰は、青年の背中に向かって遭難者らしい第一声を発した。


「かつて魔女たちが住んでいた島。の一つだよ」

「一つ?」

「あぁ、ここは群島になっているんだが、かつては一つの大きな島だったんだ。それがアヴォクラウズによって破壊され、今ではバラバラになった島の欠片が残っている。その内の一つに君は流れて来たんだ」


 青年は初汰に背を向けながら島の説明を終えると、ようやく振り向いた。その両手には死んだ魚が握られていたが、それよりも炎が映し出した顔に初汰は驚いた。


「お、お前! ファグル!」


 未だ重い身体を無理矢理起こし、初汰は傍らに置いてあった木の枝を拾い上げて剣を構えた。


「おや、彼のことを知っているのか?」

「知ってるも何も。お前のことだろ。すっとぼけんな」

「……確かに彼は僕だ。がしかし今は違う。この身体は元々僕のモノ。ファグルと言う人格は、僕の身体に封印したファフニールが暴走して顕現したものなんだ」

「口調もいつもとは違うけど、どう見たってお前はファグルだ」

「はぁ、やれやれ。相当暴れているようだな……。そんなに相手をして欲しいというのなら僕が相手をしよう。ちなみにだが、僕は彼より強い。だからこそアヴォクラウズは僕の身体に彼を封印するしか無かったんだからね」


 青年はそう言って立ち上がると、自らの背後に置いてあったグラムを両手で持ち上げた。しかし持っている大剣はいつもの禍々しい刃はしておらず、ただの大剣であった。


「いつもの剣じゃ無いのか……?」

「そう、これが本当の姿なんだ。彼がこれを持つときは、このグラムに付着した血でコーティングをし、あの姿になっているだけなんだ」


 大剣を構えたまま、青年は淡々と語る。その瞳に殺意や闘気は宿っておらず、初汰は再生の力を解いて木の枝を地面に置いた。


「あんた、本当にファグルじゃないんだな?」

「あぁ、見た目はたしかにそうだが、中身は違う。僕はシグ、この身体の本当の持ち主だ」


 シグはそう言うと大剣を地面に置き、代わりに魚を手に持って一匹ずつ木の串に刺し、それを焚火の上で焼き始めた。


「自分で焼くかい?」


 じっと見つめていた初汰の方を見て、シグはそう聞いた。


「あ、はい。すんません。自分で焼きます」


 内心やりづらさでいっぱいになっていた初汰は、咄嗟に敬語が出てしまった。どう見たってファグルなのに、口調も違えば剣も違う。殺気も無ければ襲ってくる気配も無い。確証が無いのに自分から襲い掛かるのも自らのポリシーに反するのでやりたくない。それに彼がファグルで無いのなら、初汰が攻撃を仕掛けたことになってしまう。なのでここはもう少し話を聞いてから決断を下そう。初汰はそう決心しながら魚を焼き始めた。

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