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ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
第九章 ~滝の洞窟と血の真実~
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第百十一話 ~前に進む覚悟~

 知らない。という単語を聞いて言葉を失っていた二人だが、少しの沈黙の後、ようやく初汰が口を開いた。


「ちょ、ちょっと待ってください。本当に微塵も居場所を知らないんですか?」

「すまんの。彼はわし以上に重要な人材じゃったから、いくらわしと仲が良くとも、自分の居場所は頑なに教えてくれなかったのじゃ。いいや、教えられなかったのじゃよ」

「うーむ、なるほど。それはどちらも責められませんな。しかし可能性の光は見えました。ありがとうございます。我々は東の海域に行ってみることにします」

「ま、ここまで来たら足で探すしかねーよな」

「待つんじゃ! 東の海域は危険すぎる。それに島が多すぎて時間がかかりすぎてしまうし、敵がその動向に気付き、ユンラン老師を探し始めたら元も子もない。もう少し下準備をするんじゃ」

「そう言われても……。俺たちは今、前に進むしか無いんですよ」

「どちらの言い分も正しいが、まずは情報を共有したほうが良いかもしれないな。他の仲間もここに呼んでもよろしいでしょうか?」

「そうじゃな、そうしよう。東の海域について知っていることは全てわしの口から説明する」

「承知しました。では一度ゴラン殿の家に戻って仲間を呼んできます」


 獅子民はそう言うと、席を立って一礼し、部屋から出て行った。


「君は行かないのかの?」

「はい、わざわざ二人で行く必要も無いですからね。それにもう少しリーカイさんと話がしたくて」

「わしで良ければいくらでも」

「ありがとうございます。早速なんですけど、花那太とリーカイさんが語った咎人の話は本当に信じて良いんですかね?」

「鵜呑みにしろとは言えぬが、偽りなく話すのならばアレは真実じゃ。『大陸と魔女と王』と今回参考にさせてもらった文献のどちらも、初代王とユンラン老師の二人が臣下に書かせたものじゃからな。先ほど話した咎人の件に関しては、ユンランの方が深く携わっている故、九分九厘真実じゃ」

「そっか……。じゃあこの世界の人たちからしたら、やっぱり俺たちは侵略者同然なのか……」

「そうじゃな。その真実を覆すのは難しいかもしれないのう……」

「リーアたちはどう思うかな。俺とオッサンが危ない存在だって知ったら」

「……どうじゃろうな。確かに咎人と言う存在はイコール侵略者かも知れないが、きっと彼女たちは初汰と獅子民という一人一人の人間として君たちを受け入れてくれるとわしは思うぞ。確かに君たちは小隊程度の規模しか無いが、その分心が通じ合っておる気がする。傍から見ての感想じゃがな」

「へへ、だよな。信じてほしいなら、まずは俺がみんなのことを信じないとな」

「そう言うことじゃな。己を信じ、仲間を信じる。今この世界に必要なのはそう言った強い心を持つ者じゃ」


 リーカイはそう言うと、優しい微笑みを初汰に見せた。初汰もそれに笑顔を返し、力強く頷いた。

 その後二人は獅子民たちが戻って来るまでの短い間ではあるが、この世界と咎人について数往復の会話を行っていると、ドアがノックされた。


「ただいま戻りました。入ってもよろしいですか?」

「おぉ、待って居ったぞ。入ってくれ」


 二人は会話を止めリーカイは、ドアの向こうにいる獅子民に返事をした。すると間もなく獅子民とリーア、それにスフィーとクローキンスが部屋に入って来た。リーカイは人数分の椅子を用意し、各々席に腰かけた。それを確認したリーカイは、一度席を立ってよろよろと部屋の奥に歩いて行き、棚から世界地図を持って戻って来、それをテーブルに広げて再び腰かけた。


「少し前のものじゃが、ほとんどの場所が記されている世界地図じゃ。これを見ながら東の海域の説明をしようと思う」


 リーカイはそう言いながら全員の顔を見回し、全員が顔を縦に振ったことを確認すると、視線を地図に向けた。


「あちらの世界の住人が数多く転移してくる前にこの地図は書かれた。そしてそれ以来東の海域には誰も立ち入っていない。つまりこれは戦前の地図だという事は念頭に置いてくれ」


 ゆっくりと相槌を入れる間を作りながら、リーカイは話し続ける。


「東の海域は様々な小島が数多くある、多島海となっておる。なので海流も複雑で、最奥にある一番大きな島にたどり着くのはとても難しい。そしてその最奥の島にこそ、ユンランがおるとわしは踏んでいる。何故ならその島には誰も到達したことが無いからじゃ。ほれ、見てみい。東の海域にある島の形がどれもぼんやりとしておるじゃろう? つまりこれを書いた者も全ての島に上陸できておらんのじゃ」

「ふーむ、なるほど。もしかすると、この地図に載っていない島に上陸してしまう可能性もあるという事ですな?」

「そう言うことじゃ」

「んで、一番奥にある大きな島に行ける確率はとてつもなく低いと」

「そうじゃな。……答えを出す前にわしの本音を聞いてほしい。行ってほしくはない。これが本音じゃ。わざわざ死に行く必要は無いし、この大陸に残ってアヴォクラウズの独裁を防いでほしい。今奴らに対抗できるのはお主らだけなのじゃ。お主らが最後の希望なんじゃよ」


 切に願うリーカイの言葉を耳にして、一同は黙り込んだ。確かにここで危険を冒してまで東の海域に行くことは無いかもしれない。もしかしたら初汰たちが旅立った瞬間にビハイド全域が占領されてしまう可能性もある。その他にも、東の海域に行くことでユンラン老師の生存を敵に悟られてしまう可能性や、単純に死のリスクも高い。初汰たちは各々意味もないところに視線を向けながら考え込んだ。


「……この世界を守りたい気持ちはわしも同じじゃ。それに君たちの答えに逆らうつもりはない。ゆっくりと考えてくれい」


 リーカイは顔に優しい笑みを浮かべながらそう言うと、杖をつきながら部屋を出て行った。


「……どうやったらこの世界が救えるか。って話をする前に、聞いてほしいことがあるんだ」


 静まり返った気まずい雰囲気の中、初汰はそう切り出した。そしてスフィー、クローキンス、リーアの顔を順に見回し、最後に獅子民の顔を見た。すると獅子民は何かを察したようにコクリと頷いた。


「俺とオッサンひっくるめて、咎人について話しておきたい」

「……えぇ、聞くわ。例えそれがどんな内容であろうとも」

「サンキュー、リーア」


 初汰はそう言うと、先ほどリーカイから聞いた話と、昨日花那太から聞いた話を自分なりに纏め、仲間にすべてを打ち明けた。自分と獅子民がこちらの世界とあちらの世界に住むことが出来る新しい人種であることや、かつてこの世界に戦争をもたらした人種であることを。


「ありがとう、初汰。全てを打ち明けてくれて。もしかしたら貴方と獅子民さんは悩んでいるのかもしれませんが、私たちは気にしません。私だって魔女の血が流れている身です。それでも皆さんは一緒に旅を続けてくれた。私は私で良いんだって教えてくれたんです。だから、獅子民さんは獅子民さんのままで、初汰は初汰のままでいてください。ただそれだけです」


 リーアはそう言うと、ニコリと微笑んだ。それはまるで女神の微笑みのようで、二人の心に安心をもたらした。


「あたしも同じ意見っす。幻獣十指ってことを隠していたにもかかわらず、二人はあたしを見捨てなかった。むしろ今、あたしは感動してるっす。あたしたちのことを信頼して、その事実を打ち明けてくれたってことに」


 そう言うスフィーの晴れ晴れとした笑顔は、初汰と獅子民の心に掛かっていた靄を一瞬にして消し去った。


「ちっ、あんな奇妙な力が使えるくらいだからな。今更驚きはしないさ。それよりも、さっさと方針を決めよう」


 気を遣ってなのか、このほんわかとした空気が嫌だったのか、クローキンスは無理無理話を切り上げると、地図に手を置いてそう言った。


「みんな、ありがとう……!」


 全員の顔を見回すと、初汰は涙を堪えながらそう言った。


「うむ、そうだったな。我々は等しく人間。志を共にした仲間だ。この世界に平穏をもたらすためにも、ここで立ち止まる訳にはいかない」

「あぁ、だな。敵の準備が完全に整う前に、こっちから仕掛けてやろうぜ」

「ちっ、確かにそれは一理あるな。今まで俺たちが勝てたのは、敵が完全に準備できていないところを突けたからだ」

「えぇ、そうね。もしもここで足踏みをしてしまったら、敵の準備が整い、大群が押し寄せてくるかもしれないものね。それに数で押されたら私たちに勝ち目は無いわ」

「つまり敵の動きを遅らせるためには、あたしたちが動かなきゃいけないってことっすね」

「やっぱ、じっとしてるのは性に合わねーって言うか、やれることがあるならやるべきだよな」

「うむ、初汰の言う通りだな。昨日ですら敗戦ギリギリだったのだから、アレ以上の大群が攻めてきたら我々では阻止できぬ。それに我々なら、各個撃破なら出来るはず。ここは一手先を行くべきだな」


 獅子民は全員の顔を見回しながらそう言うと、それに答えるように全員が頷いた。


「よし、やるべきことは決まったな。リーカイ殿に言って東の海域に行こう」


 満場一致であることを確認した獅子民は、リーカイを呼びに行った。そして獅子民の口から、東の海域に行くことが告げられた。


「そうか、あいわかった。ならば全力でお主らをサポートするまでじゃ」


 木椅子に腰かけたリーカイは、微笑みながらそう言った。


「ありがとうございます。その、早速で申し訳ないのですが、アヴォクラウズの軍を少しでも翻弄するために明日には出発しようと考えているのですが、どう思いますか?」

「ふむ、翻弄するという魂胆がしっかりと決まっているのなら、早く動いた方が良いかもしれないのう」

「はい、敵の準備が整う前に空から引きずり降ろそうと思っています」

「そうじゃな。後は上手いこと敵がバラバラに降ってくることを祈るしかあるまいな」

「そうですな。ですがもしも敵の軍が整っていても、東の海域に行けば撒くことも可能なのでは無いかと考えています」

「なるほど、それは一理あるのう。ならば少しでもこちらが有利に動けるように航路を考えておこう。また明日、出発前に寄っとくれ」

「何から何まで。助かります」

「良いんじゃよ。この老いぼれも少しは貢献させとくれ」


 獅子民との会話を終えたリーカイは、笑顔を浮かべたまま他の仲間の顔を見回した。そこに獅子民と同等の覚悟の眼差しを見出した彼は、ほとんど愛想で浮かべていた笑みが安堵の笑みに変わって行くのを感じていた。

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