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ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
第九章 ~滝の洞窟と血の真実~
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第百九話 ~悪魔の血統~

 辺りを一周見回した優美は、こそこそと花那太に耳打ちをした。


「そうか、役者は揃ったようだね」


 彼はそう口にすると、静寂の中で右手を挙げた。そして無慈悲な判決を下すように、命令とともにその手を振り下ろした。


「やれ」


 すると隊列を組んでいたキメラ軍団が一斉に押し寄せて来た。地上からも空中からも、こうなるともう、初汰たちに逃げ道は無かった。そしてそれに追い打ちをかけるように、滝の裏からゆっくりとファグルが姿を現した。


「おぉ~、今日は大漁だね」


 一度大剣を地面に突き刺し、軽くストレッチをしながらファグルはにやりと微笑んだ。そして少しの間激しい戦闘を繰り広げている初汰たちとキメラたちを眺め、大剣グラムを構え直した。


「確かに情報通りだったし、今日のところは言う事聞いてやるか」


 ぼそりとそう呟くと、ファグルは激化している戦地の真っただ中に飛び込んでいった。


「初汰、ファグルが向かっているぞ!」


 タイミング良くキメラの一体を殴り飛ばした曜周は、瞬時に辺りを見回し、ファグルの接近にいち早く気が付いた。しかし忠告を受けた初汰本人は、両手でそれぞれ一体ずつキメラの攻撃を受け止めており、仲間内で誰よりも最悪の状態であった。


「マジかよ……!」


 絡みつくキメラをすぐさま振り払おうとするのだが、そう簡単にはいかない。むしろ焦りで当惑している初汰は隙だらけになっていた。


「奴の相手は私がする!」


 二番目に手隙となった獅子民は、ファグルの進路に立ち塞がった。そして両腕の丸盾を構えると、真っすぐ向かってくるファグルの攻撃を受け止めた。


「おっと、新しいお仲間さんかな?」

「この姿でどこまでやれるか、試させてもらう!」


 颯爽と現れた獅子民に動じもせず、ファグルは何度も大剣を振り下ろす。対して獅子民はその連撃を受け止めながら小刻みにカウンターをちらつかせ、ファグルが仲間たちに近付かないように上手いこと滝の方まで誘導した。


「一人なんて無茶だ。さっさと倒してオッサンの援護に――」


 ようやく左右からの攻撃を凌ぎ切った初汰は、誰か獅子民の援護に行けないものかと仲間の様子を見回すのだが、スフィーとクローキンスはそれぞれ敵に囲まれており、リーアと曜周の二人はメリアを守るので手一杯のようであった。


「くそ……!」


 この場にいる全員が絶体絶命である現状を知り、初汰はそう呟いた。こうなったら自分が行くしかない。このキメラたちを操っている大元の所へ! そう考えた初汰は、迫り来るキメラの攻撃を掻い潜り、軍団の奥へ奥へ突き進んでいった。そして僅かな隙間から花那太と優美の姿をその眼に捉えた瞬間、初汰は背後から羽交い絞めにされた。


「貴方様のお友達が見えたようですよ」

「……あぁ、初汰か」


 キメラ軍団の背後で戦況を伺っていた二人のもとに捕縛した初汰が連れて来られた。


「このっ、放せ!」

「やぁ初汰。元気だったかい?」

「花那太……。お前が新しい指揮官だったのか?」

「そう。厳密にはなったばかりだけどね。まぁそれもこれも全部君たちのお陰だよ」

「俺たちの?」

「そう、君たちのお陰だ。ワイトリークに行って、研究施設を半壊状態にして、魔女を連れ出し、宗周とキメラたちをこの大陸に追い込み、さらには逃げた先まで教えてくれた。ここまで完璧に僕たちを誘導してくれるとは思ってもみなかったよ」

「全部仕組まれてたってことか?」

「いいや違う、全部偶然だよ。僕はただ待っていただけだ。そうしたら全てが僕のもとに転がり込んできた。幹部が一人死に。キメラの軍団が手に入り。眼前には時の魔女が二人もいる。もう運命としか言いようが無いだろう? そもそも僕の運が回り始めたのは、こっちの世界に来てからだ。それが何故か分かるか?」

「……いや」

「うーん、そうか。まだ気付いていないのか。じゃあ少し真実に近付けてあげよう」

「真実? なんの?」

「この世界と、僕たち咎人についてだよ」


 花那太がそう言うと、初汰は返答するのも忘れて押し黙った。何故なら知りたかったからである。この世界の真実を、自分が何故特別な力を持っているのかを。


「うん、聞きたいようだね。じゃあ早速話そう」


 そう言うと、花那太は一度深呼吸をしてゆっくりと話し始めた。


「まず最初に、君はあっちの世界にいるとき、言い知れぬ疎外感を感じたことがあっただろう?」

「あぁ、だから――」

「死のうと思った。そう、それで正解なんだよ。あっちの世界は言わば牢獄。僕たちがいるべきなのはこっちの世界だったんだ。だってそうだろ、こっちの世界に来て違和感を覚えたことがあるかい? 人を殺すこと、キメラがいること、やけに古臭い街並み、日常生活には電気やガスじゃ無くて魔法が使われている。それを見て一瞬『不思議だ』と思ったことはあるかも知れないが、その後は何の疑問も浮かばずこの世界に順応していった。そんな自分を変だと思わなかったかい?」

「……違和感、死体、キメラ」


 ほとんど声にはならぬ声でそう呟くと、口をあんぐりと開いたままこの世界に来てからのことを回顧した。確かに今の俺は、あっちの世界にいたときよりも生を実感している。それにガバラクを殺した時、俺に躊躇は無かった。あの状況からして怒りに任せて首を落としたとも考えられるが、その後も俺は剣を握り続けている。つまり人を殺すことに慣れていた? もしくは死体を見ることに慣れていた?


「思い当たる節があったみたいだね。それじゃあ話を続けよう。でもここからは少し厄介だからゆっくり話そう。まず、果たして僕たちはどっちの世界の住人なのかということ。忙しなく続く戦争が終わり、すぐに色々と調べ歩いたよ。それで分かったんだ。咎人が何なのか。それはかつてこの世界に転移してきたあっちの世界の住人と、もともとこちらの世界にいた住人との間に生まれた新たな人種のことだったんだ。最初は普通の子どもとして育てられていたけれど、徐々に気付き始める。魔法が使えない事、代わりに奇妙な力が使えること。それが忽ち悪い親や大人に悪用され、未知の力に怯えたこっちの世界の住人は、何とかしてあっちの世界に送り返す手段を探した。そして見つけたんだ。東の海域に浮かぶ絶島に次元の裂け目があることを。その後は簡単さ、奇妙な力を使う奴は片っ端からあっちの世界に送り返された。家族丸ごとね。だけどそれはあまり良くなかった。何故なら身を隠していたあっちの世界の住人は、程無くして皆発狂し、咎人がいる家庭は一家心中で自然消滅してしまったんだ。つまり少しの間我慢していれば、あっちの世界の住人と咎人は全滅するはずだったんだ。そう、あっちの世界に送り返すという行為は、咎人が生き残る唯一の手段だったんだよ。皮肉にもね。こうして異世界人は完全に葬られたと思い込み、未だ在り続ける裂け目もいつしか忘れ去られた。しかしその何年も後、こっちの世界でも生き続けることが出来る咎人が侵略者となって帰って来た。それが僕たちだ。……何回も読んだその本の最後にはこう書いてあった。『異世界人は良いものも悪いものも残した。一例だが、共通する言語と様々な技術。そして消えぬ裂け目と悪魔の血統を』ってね。あの本がもう少し流通していたら、裂け目は消され、僕たちはこっちの世界に来れなかったかもね」

「じゃあ俺たちの身体には、異次元を越えた二つの世界の血が流れてるってことなのか……?」

「僕はそう考えてる。こっちの血が強ければこっちの世界に惹かれ、あっちの血が強ければあっちの世界でも生き辛さを感じない。確かに送り返された咎人全員がこっちの世界に戻って来てくれれば相当な戦力になる。だけど僕はこう思うんだ。あっちの世界にも大量の咎人が潜んでいるのなら、僕たち咎人が二つの世界を我が物にするのは容易なんじゃ無いかって」

「その手始めにこっちの世界を征服しようとしてるのか……!」

「そう、流石に理解してくれたようだね。そこでだ、初汰。君も咎人として、僕の仲間にならないかい? 例え同じ咎人でも、虎間や宗周のような身勝手な奴は殺さなきゃならない。君もあんな風になってしまうのなら、無論始末する。しかし出来ればしたくない。僕は今だって君のことを友だちだと思っているからね。さあ、共に世界を掌握しよう」

「……そんなの間違ってる。力による支配の先に平和なんて無い! 俺たちが優れた力を持ってるなら、なんでそれをみんなの為に使おうと思えないんだよ。お前の力なんて特に、万人を助けられる力だろ!」

「はぁ……。まだ混乱しているようだね。もう少し考えてみると良い。ボロボロになっている仲間を見ながらね」


 花那太はそう結ぶと、右手を軽く上げた。すると優美が車いすのストッパーを上げ、ゆるりと反転した。そしてキメラ軍団を残したまま、二人は去って行った。


「こいつ! 放しやがれ!」


 去り行く背中を見送りながら、初汰は何とか羽交い絞めを解こうとするのだが、どれだけ暴れてもがっちりロックされていて解くことが出来ない。そうしてその状態のまま反転され、花那太の背中は完全に見えなくなった。その代わり、初汰の視界には追い詰められている仲間たちの姿が映った。壁際に追い詰められ、ひたすら大剣を防ぐ獅子民。チーターに囲まれヒットアンドアウェイを繰り返されるクローキンス。クマに囲まれているスフィーは、苦無と打撃では致命傷が与えられず長期戦を強いられていた。リーアは体力の限界が近づいているようで、土の盾で自分とメリアの身を守っている。曜周はそんな二人に負担が行かないよう、出来る限りキメラの接近を抑えていた。そして初汰は羽交い絞めにされながら仲間たちのもとへ運ばれ、放り投げられた。


「いって! 畜生、俺たちは負けるわけにはいかないんだ」


 初汰はすぐさま立ち上がり、そして武器を構えた。しかしそんな彼のもとへ、獅子民が放り投げられ、クローキンスが殴り飛ばされ、スフィーが転がり込み、リーアたちが逃げ込んできた。すると当然各々が戦っていたキメラたちが初汰たち一団を目指して歩み寄って来る。


「そんな……。負けるのか……?」


 ボロボロになっている仲間、迫り来る大群。絶望的な状況を目の当たりにした初汰はそう呟いた。


「曜周さん、アレを使います。よろしいでしょうか?」


 戦う仲間の姿を見守っているだけの人物がもう一人いた。それはメリアであった。彼女は曜周の横へ歩み寄ると、小声でそう聞いた。


「……あぁ、アレしかない」

「ありがとうございます」


 メリアは感謝を述べると、仲間たちが自然と作り出していた円の中心に立ち、胸の前で両手を組んだ。


「我に神と等しき時を操る力を与え、汝に我が生命を授ける……」


 ――メリアが呪文を唱えた瞬間、彼女を中心に異様なオーラが世界を包んだ。すると初汰たち以外の全ての時間が停止した。そしてそれとともに、曜周が倒れた。


「ゴホッゴホッ、さぁ急ぎましょう」


 時を完全に停止させたメリアは、数回の咳をした後に真っ赤な血を顎まで伝わらせ、右手には吐血を付着させていた。その場にいる全員がメリアに駆け寄るが、それを制すように話を続ける。


「そう長くは止めていられません。私と曜周さんの命がある限りです。さぁ今のうちに逃げましょう」

「りょ、了解っす!」

「これを少しでも早く解けば、二人の命が長引くことになるんだよな?」


 初汰がそう問うと、メリアは青白い顔で頷いた。


「よし、じゃあさっさと運ぼう。俺はクローキンス、スフィーはリーア、オッサンは曜周さんだ。行けそうか、オッサン?」

「ゴホンッ、あぁ、私は大丈夫だ」

「あたしも準備オッケーっす」

「メリアさんは?」

「……大丈夫です。私は動けます」

「オーケー、出発しよう」


 相当な深手を負っている獅子民に代わり、初汰が先頭を走った。渓谷を下り、平原を走り、森を抜ける。こうして各々が気絶した仲間を背に乗せ、一行はゴランがいる小屋までたどり着いた。


「着いた、とりあえずここまで来れば大丈夫だと思います」


 初汰がそう伝えると、メリアは時魔法を解いた。するとメリアはガクッと体勢を崩し、木にもたれかかった。それと同時に走っている間ずっと感じていた異様なオーラが無くなり、木々がざわめき始める。


「ゴランさんを呼んでくる」


 疲労困憊している仲間を見て、自分が行くべきだと瞬時に察した初汰は小屋の戸を叩いた。そしてワープゲートの作成を依頼し、依頼を受けたゴランも緊急事態だと察知してすぐさま作業に取り掛かってくれた。初汰たちは彼に感謝しながら、完成までの少しの間身体を休めた。

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