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ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
第九章 ~滝の洞窟と血の真実~
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第百八話 ~挟撃~

 走り出したファグルを見て、初汰と曜周も動き出す。


「まずは退路を確保する。右回りで洞窟の入り口まで行くぞ」

「ひとまず曜周さんは先に行ってくれ。俺は戦いながらそっちに向かうよ」

「気を付けるんだぞ」


 曜周はそう言い残すと、右側へ走り出した。初汰はそれを視界の端で確認すると、走り来るファグルに真正面から立ち向かい、二人は剣を交わした。

 ――ファグルの大剣と初汰の剣が激しくぶつかる。持ち主の体格は然程変わらないのだが、剣の重みが勝負を明確にする。一度ぶつかり、二度ぶつかる。その一撃一撃がじわじわと初汰を後退させる。


「くそ、前よりも一撃の重みが増してる……!」


 上手いこと敵の攻撃をいなしながら洞窟の出入口前にたどり着くのは簡単だと思っていた初汰だったが、それは思いのほか難儀であった。このままでは力負けしてしまう可能性もあったので、初汰は一度テーザーガンをしまい、剣を両手で構えた。


「へぇ~、剣一本で俺とやるつもり?」


 ファグルはそう言うと、ニヤリと口角を上げ、命がけの戦いを楽しむものだけが見せる狂気の笑みを浮かべて見せた。

 その間に洞窟の出入り口前にたどり着いた曜周は、すぐさま振り返って初汰の様子を伺う。彼は先ほどの地点から全く動いていないどころか、後退していた。その光景を目にした曜周は、一度ファグルの視線をこちらに向ける必要があると考え、軽く手首のストレッチをした後に走り出した。

 ザッザッザッザッ。と、わざと大きな足音を立てながら駆け寄り、曜周はファグルの背中目掛けて殴りかかる。当然気付いているファグルは、パッと振り返ると殴りかかる曜周の拳を左手で受け止め、そして右手に持っている大剣の柄で殴り飛ばした。


「ぐはっ!」


 腹部を柄で殴られた曜周は、あっけなく洞窟方向に殴り返された。


「邪魔しないでほしいな」


 凍てつくような眼差しで睨みながらそう言うと、大剣を両手で持ち直しながら初汰の方に向き直る。しかしそこに初汰はいない。


「はぁぁっ!」


 ――視界から消えたと思った初汰は、曜周が時間を稼いだほんの一瞬の間にファグルの左側まで回り込んでいた。ファグルは斬りかかる初汰の動きを冷静に観察し、回避することを選んだ。


「ま、数的不利なわけだし、こういう攻撃も仕掛けられるよな」


 ファグルは少し興醒めしたようにそう言うと、体勢を立て直してすぐさま大剣を構え直す。


「ここからはしっかり、サシで頼むよ」


 そう呟くと、一度醒めたと思われた戦いへの熱意が再びファグルの瞳に宿った。


「まずは洞窟の前まで行くか……」


 洞窟までの距離をちらりと確認し、初汰はそう呟きながら剣を構え直す。そして敵が仕掛けて来るのを待っているような素振りを見せつつ、じりじりと右回りに動きながら敵と見合い、九十度ほど移動して自分の背後に洞窟が来るように調整した。


「それが助け合いってやつ? 惨めだね」


 ファグルは笑顔でそう言うと、左右へ軽快なステップを踏みながら初汰に接近し始めた。


「あいつ、楽しんでやがる」

「さぁて、そろそろグラムに血を飲ませてあげないとね」


 相棒の大剣を振り上げるとともに、ファグルは飛び上がった。そして自分の全体重を剣に乗せ、初汰に斬りかかる。

 これを真正面から受け止めるのは危険だ。そう直感した初汰は、直ぐバックステップを踏んだ。すると大振りの攻撃は誰も居ない地面をかち割り、その衝撃で初汰は僅かに後方へ飛んだ。


「ゴホッゴホッ、な、なんて威力だ」


 腹部を抑えながら立ち直った曜周は、ファグルの強烈な一撃を見てそう呟いた。


「走れそう?」


 剣を構えながら数歩後退した初汰は、恐らく自分の背後にいるであろう曜周に向かってそう聞いた。


「あぁ、大丈夫だ」

「一気に走り抜けるの?」

「そうしよう。洞窟に入ってしまえば暗闇だからな」

「分かった。じゃあ合図は任せる」


 二人が密かに作戦を確認していると、大剣を握っているとは思えない速度でファグルが詰め寄って来た。どうやらもう少しこいつの相手をしないといけないようだな。と思い、初汰は剣を両手で力強く握って斬撃を受け止めた。


 一方先に洞窟へ逃げた母娘は、滝の音と僅かな光を頼りに洞窟の出口にたどり着こうとしていた。


「はぁはぁ、着きました、お母様」

「え、えぇ、追っ手は二人が食い止めてくれているようですね……」

「はい、ですが心配です。すぐに獅子民さんたちと合流して救援に向かいましょう」

「そうね」


 母は額に汗を滲ませながら、娘の顔を見て微笑んだ。リーアもそれに微笑みを返し、出入り口の崖際まで歩み寄って高さを確認した。


「飛び降りられる高さでは無いみたいね……」


 下を覗きながらそう呟くと、リーアは一度頭を引っ込めてすぐに風魔法を唱えた。そして着地点に風の渦を発生させると、そこ目掛けて飛び降りた。すると風の渦がクッション代わりとなり、着地寸前でフワッとリーアの身体を受け止め、無事着地することに成功した。続いてメリアも風の渦に向かって飛び降り、リーア同様怪我無く滝裏に着地した。

 役目を終えた風の渦は消えた。母娘は初汰と曜周の危機を告げるために滝浦から飛び出し、キメラ軍団と睨み合っている獅子民たちのもとへ駆け寄った。


「獅子民さん!」

「その声は、リーアか?」


 獅子民は敵の動向に気を付けながら、背後から近寄って来るリーアを瞥見で確かめた。


「はい、こちらの様子は?」

「それが、突然敵の動きが止まったんだ」

「お父様が亡くなった影響かしら……?」

「と言うと、宗周は倒したのか?」

「はい、ですが倒したのは奇襲を仕掛けて来たファグルです」

「ファグルだと?」

「はい、どうやら私とお母様を狙っているようでした。なので今は初汰と曜周さん二人だけでファグルを食い止めているんです」

「それはマズいな。よし、では私が救援に向かおう。リーアとメリア殿はこっちでキメラの様子を見ていてくれ」


 獅子民がそう言って滝の裏へ向かおうとした瞬間、キメラたちがゆっくりと動き始めた。そしてそれと共に場の雰囲気がどんよりと重みを増したようにも感じた。


「どうやらあの高慢ちきは死んだみたいだね」


 キメラ軍団の背後から、若い男の声が聞こえてくる。


「はい、大方彼の大剣に巻き込まれたのでしょう」


 と若い女の声が続く。すると間もなく、キメラ軍団は何かを通すように道を開け、その開かれた一本道の向こう側からは車いすに乗った青年と、それを押す女性が現れた。その二人は紛れもなく、火浦花那太と和場優美であった。


「ちっ、めんどうなのが来たな」


 一度対面したことがあるクローキンスは、二人の姿を見てそう呟いた。


「知ってるんすか?」

「あぁ、車いすの方が火浦花那太。押してる方が和場優美だ」

「火浦花那太……。初汰の知り合いか」


 救出に行こうとしていた獅子民だが、二人の姿を見て足を止めた。


「このままじゃ挟み撃ちにされるわ……。逃げられる可能性を考えると、こっちの二人を倒した方が……」


 リーアは峡谷を上がって来る花那太と優美を眺めながら不安げにそう呟くと、恐る恐る滝の方を見た。……初汰と曜周がひょっこり姿を現すことは無い。時には切り捨てなければならぬ命があるのだろうか。そんなことを考えていると、リーアは少し気が遠くなる思いがした。


「もう少ししたら傾斜が終ります。安全な場所に貴方様を移したら、私も加勢したほうが宜しいでしょうか?」

「いや、今回はこのキメラたちの実力が見たい。君は状況説明をしてくれ」

「かしこまりました」


 指示を聞き入れた優美は、道が平らになるまで車いすをもう少しだけ押し進め、完全に道が平坦になったところで車いすのストッパーを下ろした。すると花那太は右手を挙げ、指を鳴らした。

 ――すると先ほどまで好き勝手行動していたキメラたちは、フィンガースナップ一つで花那太と優美を庇護するように綺麗な列を成し、熟練の軍隊さながら、一糸乱れぬ行進を始めた。


「急に雰囲気が変わったっすね」

「うむ、しかしあの二人は出てこないようだな」

「ちっ、どういう魂胆だか知らねぇが。それならさっさとキメラを片付けるだけだ」


 クローキンスはそう言うと、リロードして連結銃を構えた。


「スフィー、クローキンス殿、少しの間こっちを任せても大丈夫か?」

「大丈夫っすよ!」

「あぁ、奴等だけなら抑えられる」

「恩に着る。リーア、案内を頼む」

「はい……!」


 もうダメかと思っていたリーアだが、獅子民が救出を諦めていなくてホッとした。そしてそれと同時に、既に諦めようとしていた自分が情けなくなった。しかし今はそんなことでクヨクヨしている暇はない。リーアは懺悔を胸にしまい、滝の裏に向かって走り出した。

 ――しかしその時、先ほどまで廃村にいた大鷲たちが鋭いかぎ爪を構えて滝の上方から急降下してきた。獅子民とリーアは間一髪その不意打ちを回避したは良いものの、再びスフィーたちがいる場所まで戻されてしまった。


「くっ、これでは洞窟まで進めん」


 攻撃を仕掛けて来た大鷲たちは反撃を食らわないように上昇し、滝の中部よりも少し上あたりで整列した。


「初汰と曜周さんは、助けられないの……?」


 そう呟くリーアは、今自分の心中にどの感情が込み上げてきているのか分からなかった。怒りなのか、悲しみなのか、悔しさなのか、惨めさなのか。そんな彼女の様子を見ていたメリアは、そっと彼女に近付き、胸元のブローチに触れた。すると暖かな光が一瞬ブローチを包み、すぐさま霧消した。


「お母様、今のは?」

「……また後で説明します」


 この危機的状況で母がなにをしたのか全く理解できなかったリーアだが、きっと何か意味があるのだろう。と、母を信じることにした。


 獅子民たちが花那太率いる新生キメラ軍団と拮抗状態になっている一方、初汰と曜周の二人は洞窟に逃げ込むことに成功していた。しかしだからと言ってファグルの追跡が止まることは無く、背後の暗闇からはファグルの軽快な足音と、時折大剣が空を切る音が聞こえていた。初汰と曜周は振り返らず、必死に前だけを見て走り続けた。すると闇雲に振るう大剣の音が聞こえなくなり、ひたすらに二人を追う足音だけがじわりじわりと接近し始めた。

 走り続けること数分、はじめは豆粒ほどだった出入口の光が互いの姿を認知できるほど洞窟内に干渉し始めた。つまり、ファグルにも初汰と曜周の姿が見え始めたことを暗示していた。それを察知した二人は、今までよりも更にスピードを上げる。しかし視界が明瞭になったファグルから逃れられるはずも無く、初汰は木の枝を剣に変化させ、ファグルに斬りかかった。


「曜周さんは先に行ってくれ!」

「しかし……。分かった! すぐに救援を呼ぶ!」


 一度立ち止まった曜周だが、出入り口が目と鼻の先となっている今、武器も持たぬ自分が助太刀するよりも、獅子民を呼んだ方が良いと判断し、滝に向かって飛び降りた。


「救援? へぇ~、じゃあ君を倒してもまだ遊べるってことか」

「俺を倒せたらの話だけどなっ!」


 初汰はファグルがこれ以上前進できないように、なるべく攻撃の手を緩めない。一撃の重さなら敵が上だが、小回りの良さなら勝てると踏んだのであった。


「う~ん、魂胆が丸見えだよ。そんなんじゃ俺には勝てない」


 ファグルはそう言うと、先ほどまで浮かべていた笑顔から一変、殺戮に微塵の感情も抱かぬ冷酷な表情で初汰に斬りかかる。

 ――真正面に立つファグルは、大剣を左から右に向かって勢いよく薙ぐ。敵の懐に潜り込み過ぎていた初汰は、それを剣でガードするしか無かった。ここぞとばかりに放たれたカウンターの一撃を剣で受け止めたは良いものの、受けたときの態勢は万全とは言えず、故に初汰は大きく背後に吹っ飛んだ。


「ぐわっ!」


 一点狙いのカウンターには体重が乗っており、全身が震えた。初汰はそれを空中で感じながら、遠ざかるファグルを薄目で確認した。これはラッキーだ。初汰はそう感じた。なぜならこのまま吹っ飛べば洞窟を出られるし、抜けた先には仲間がいる。そんなことを考えていると、初汰は流れ落ちる滝をも突き抜けて川に着水した。


「おや、滝の奥から何か飛び出してきましたわ」


 キメラ軍団に守られている優美は、悠々と状況を説明した。


「ゲホッゲホッ! みんな、ファグルが……!」


 運良く岸辺に着水した初汰は、川から這い上がりながら状況報告しようとしたのだが、一か所に固まっている獅子民たちを見て口を噤んだ。


「初汰……! 良かった!」


 リーアはそう言いながら岸辺に駆け寄り、初汰を川から引き揚げた。


「ひとまず無事で良かった。しかし正念場はここからだ」

「みたいだな」


 初汰はそう呟くと、獅子民に背中を預けて剣を構えた。

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