第百七話 ~後悔とケジメ~
――睨み合いが続く中、老朽化した廃屋の屋根板が剥がれ落ちた音を機に、初汰と曜周は走り出した。するとキメラ軍もそれに素早く反応し、地上ではトラとチーターが迎え撃ち、上空からは大鷲が飛び掛かる。
一瞬しか目を眩ませることが出来ないため、曜周はギリギリまで合図を出さなかった。そして自分と初汰が地上の敵と接敵する寸前に、
「今だ!」
と叫ぶ。するとメリアは右手、左手と順に光の球を放った。
――初汰が一匹目のトラを斬り、曜周が一匹目のチータを殴りで気絶させる瞬間、二人の頭上に迫っていた大鷲たちの目前で光の球が炸裂した。瞳を刺すような閃光が大鷲たちの視覚を失い、それによってバランスを崩した敵は、反撃を食らわないようにと一度上昇して行った。その隙に初汰と曜周は二体目のトラとチーターを退け、一気に宗周のもとへ駆け寄る。
「よっしゃ、もらった!」
そこそこに近づくと、初汰は剣を構えて飛び掛かった。そしてそのまま剣を振り下ろし、宗周に引導を渡そうとする。
――しかしその瞬間、物陰に隠れていたトラが初汰に飛び掛かった。
「初汰!」
曜周はそう叫びながら走り出してはいたのだが、到底間に合いそうになかった。助けられない。曜周はそう思いながら手を伸ばすのだが、次の瞬間にそんな心配は無用だったと気付かされた。
左にある板の残骸から飛び出してきたトラは、大口を開けて初汰に飛び付く。どう考えても不意を突かれた初汰は左腕を噛まれると思われたが、ここ数日、数回の戦闘から、初汰は不意打ちへの耐性が上がっていた。左手にはしっかりとテーザーガンが握られており、宗周への攻撃を一時中断すると、初汰は飛びついて来たトラにテーザーガンを放った。
弾は見事トラの喉元に直撃し、全身が痺れたトラは口を開いたまま地面に転がった。初汰はすぐさまテーザーガンを回収する。そしてすぐ目の前で腰を抜かしている宗周にトドメを刺そうとするのだが、曜周の声を聞いてふと思い留まった。
「成長したな、初汰」
ほっと一息ついた後、曜周は初汰のもとへ駆け寄り、彼の背中をポンと叩きながらそう言った。
「まぁな、俺だって自分の身くらいは守れるようになったよ」
「ふっ、そうだな。君を甘く見過ぎていた」
「それより曜周さん、後は任せていいか?」
「あぁ、ありがとう。君はリーアを頼む」
曜周のその言葉に初汰は頷いて応えると、宗周の横を抜けて廃屋に入って行った。そして残された曜周は、目の前で尻餅を搗いている兄の胸倉を掴み、そして持ち上げた。
「無様だな、あなたは何一つ変わってない」
「おい、何を見ている! 私を助けろ!」
胸倉を掴まれている宗周は、四肢をばたつかせながら滞空している大鷲たちに指示を出すが、彼らは見ているばかりで動き出そうとしなかった。
「見放されたようだな」
「そんなはずは……。私の命令は絶対に聞くはずなのに……」
予想外の出来事に、宗周は口を半開きのまま部下たちのことを見上げていた。すると見つめられていた大鷲たちは、宗周から視線を外し、上方にある大穴目指して飛んで行ってしまった。
「そ、そんな馬鹿な……!」
今は助けずとも、いずれは……と期待していた宗周だが、そんな期待を裏切り、彼らは何も言わず飛び去ってしまった。そんな後ろ姿を見た宗周は、今度こそ完全に言葉を失ってしまった。
「あなたの負けだ」
曜周はそう言うと、掴んでいた両手を放した。脱力し切っている宗周は、糸の切れた操り人形のように、地面の上に頽れた。
「何故だ……。私は何故いつもこうなのだ……」
両手を地面についている宗周は、そう言うとともに右手を軽く握った。そしてその拳を僅かに上げると、悔恨の念を込めて地面を殴った。
そんな宗周の背後にある廃屋に入って行った初汰は、小屋の一番奥で横たわっているリーアを見つけた。初汰は軋む板の上を躊躇なく進み、縄で縛られている彼女の前にたどり着くと身を屈め、動きを制限している縄を剣で切った。
「大丈夫か、リーア?」
そう言いながら切れた縄を彼女の身体から離す。その間に壁側を向いていたリーアも身体を反転させ、初汰の顔を見た。
「初汰、来てくれたのね」
「あぁ、俺の失態だからな。しっかり取り返さないと」
初汰は真剣な表情と声音でそう言った後、彼女を安心させようと笑顔を浮かべた。それを見たリーアもつられて微笑み、初汰に手を引かれてゆっくりと立ち上がった。立ち上がった二人は所々抜けている床に気を付けながら廃屋を出て、蹲っている宗周を目にした。
「完全に降伏したのか?」
一度騙されている初汰は、辺りに仲間のキメラが潜伏していないかを確認した。そんな初汰を見て、曜周はすかさず声をかける。
「あぁ、生き残ったキメラたちは無能な上司を捨て、自らの命を優先したよ。それよりもリーアが無事で良かった」
元気なリーアを見た曜周は安心したように微笑むと、すぐさま道を開け、背後にいるメリアと対面させた。
「リーア……」
メリアは小さくそう呟くと、純な一滴の涙を頬に伝わらせながら歩き始めた。それを見ていた初汰は、胸の前で両手を組み、微かに震えているリーアの背中をそっと押した。それで一歩を踏み出したリーアの歩みはその後止まることなく、母娘は自然が作り出すスポットライトの中心で抱き合った。
「どうした、曜周さん?」
初汰は廃屋で拾って来ておいた余りの縄で宗周の腕を後ろで縛りながら、茫然と立ち尽くしている曜周の背中に向かってそう聞いた。
「ようやく二人を会わせられた……」
「ようやく?」
逃げ出せないようにしっかりと縛った初汰は、曜周の横に着いてそう言った。
「あぁ、私は兄に命じられ、短い間だが門番をしていたんだ。その牢に閉じ込められていたのがメリアで、娘がリーアだった。あの時の私は国に従順でな。母の愛を必要とする幼子の願いを無視してしまった」
「そんなことがあったのか……」
「何を言う」
初汰と曜周が話していると、背後から宗周の声が割り込んできた。
「お前は、誰よりもリーアのことを構ってくれた。その上あの二人を自由にするためにお前は走り回っていたじゃないか。私は薄々気付いていたぞ。確かに戦争の再発を防ぐために抗議したんだろうが、その裏では彼女たちの自由を望んでいたとな」
「兄さん……。そこまで分かっていて何故、彼女たちを自由にすることが出来なかったんだ……!」
曜周は両手を強く握りしめ、溢れ出しそうな怒りを堪えようとするのだが、それはついに抑えきれず、足早に兄の前に歩み寄ると乱暴に掴み起こした。
「兄さんが力を貸してくれたら! 二人で力を合わせることが出来たら! こんなひどい状況にならずに済んだかも知れない。ビハイドもアヴォクラウズも、彼女たちの状況も、好転していたかもしれない……」
「それもそうだな。思い返せば後悔だらけで、何一つ良いことはしてきてない。あぁしてれば、こうしてれば、何回も考えた。でもそれも今だから分かることだ。つまり全部、たられば話だよ」
宗周が無表情でそう言うと、曜周は怒りに任せて拳を振るった。
――殴られた宗周は、腕が縛られているので上手く受け身も取れず、横腹から地面に落ちた。
「ゲホッゲホッ。そうだ、お前には私を殴る権利がある。好きなだけ殴れ」
言われた通り、曜周がもう一発殴ろうと歩き出した瞬間であった。宗周は突然は立ち上がり、そして間も無く走り出した。逃げたと思った初汰と曜周は彼を止めようとするのだが、宗周は上手く二人を躱して母娘に突進する。
「リーア! 避け――」
注意喚起しようと振り返った初汰は、その瞬間、突進する曜周よりも空から降って来る大剣に目がいった。
「メリア! リーア!」
いち早く大剣の存在に気付いていた宗周は、最後に二人の名を叫びながら身を投げ、母娘に体当たりをし、代わりに自分が大剣の着地点に潜り込んだ。
――もう寸前まで迫っていた大剣を避けることなど出来ず、大剣は宗周の背中に突き刺さった。そして次の瞬間、上空から男が降って来た。着地点は大きく凹み、砂ぼこりの中に浮かぶ美的な冷笑は、その場にいる全員に憤怒と恐怖を与えた。
「メ……ア……、リー……、逃げ……」
宗周は最後の力を振り絞り、微かに声を出した。しかし言い切るよりも前に、彼は地面に突っ伏した。
「ファグル……!」
「なぁんだ。豚に刺さっちゃったよ。と思ったら、俺の生みの親じゃん」
降って来たファグルは半笑いでそう言うと、大剣の柄を掴み、さらに刃を突き刺す。そして完全に息の根が止まったことを確認すると、後頭部を踏みつけながら大剣を引き抜いた。
「てめぇぇ!」
「待て初汰! 考え無しに!」
動かなくなった宗周を蹴り転がすファグルを見て、怒りの沸点に達した初汰は武器を構えて走り出す。それを止めようと、曜周もすぐさま彼の背中を追う。
「今日は魔女狩りをしに来ただけなのにな~。ま、少しくらいなら遊んでもいっか」
ファグルはボソッとそう呟くと、片手で軽々大剣を振り回し、駆け寄る初汰と曜周を威嚇する。
「二人は先に洞窟を抜けるんだ! 恐らく獅子民たちといる方が安全だ!」
まだ状況を飲み込めていないメリアとリーアに向かってそう叫ぶと、曜周は彼女たちが動き出すのを確認する間もなく、初汰の援護に回った。
「お母様、立てますか?」
「えぇ、私は大丈夫よ」
「今は曜周さんの言うことを信じましょう。道中は私が守るわ」
リーアはそう言うと、そっとメリアを助け起こし、二人は洞窟の闇に消えた。
「ちょっと待って! って逃げちゃったか~」
洞窟に走り去る二人の背中を見て、ファグルは余裕しゃくしゃくにそう言う。
「よそ見してんじゃねぇ!」
初汰は走って来た勢い全てを剣に乗せ、ファグルに斬りかかる。対してファグルはそれを大剣で受け止める。
「良いよ、相手してあげる。急ぐ必要なんてないからね」
にこやかな表情のファグルは、顔色一つ変えず片手一本で大剣を操り、鍔迫り合い中の初汰を吹き飛ばす。そんな彼を曜周は受け止め、しっかりと立たせた。
「大丈夫か初汰? 一度冷静になれ」
「はぁはぁ、ふぅふぅ、分かった、オッケー」
彼が再び走り出さないように、曜周は頭が冷えるまで初汰を抑え続けた。そして何とか冷静さを取り戻させ、二人でファグルと対面する。
「良いか初汰、今は明らかに不利だ。私は彼の攻撃を受け止める術がない。かと言って君一人と、その剣一本であの大剣を捌き切れるとも思えない。だからここは少し時間を稼ぎ、すぐに二人を追おう。そして獅子民たちと合流してリカーバ村まで逃げるんだ」
「確かにそうだな。よし、じゃあ俺がなるべくあいつの攻撃を引き受けるから、曜周さん、フォロー頼むわ」
「あぁ、任せておけ」
作戦会議を終えた二人は構え直してファグルを睨んだ。するとそれに気づいたファグルも笑顔のまま二人を睨んだ。
「急いで無いとは言ったけど、そろそろ行かせてもらうよ」
ファグルはそう言うと真顔になり、大剣を両手で持って走り出した。




