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ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
第八章 ~隔離された大陸~
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第九十九話 ~竜の力~

 メリアは鉄扉を開けると、ちらと後方を確認してから扉の先に進んで行った。三人も彼女に続いて行き、一行はメリアが居た隠し部屋よりも狭い小部屋に出た。


「だいぶ狭い部屋っすね」

「いいえ、ここは移動床の待合室です。待ち合わせはもう一つ先の部屋です」


 メリアはそう言うと、部屋の中心にあるオーブに触れた。すると奥部の壁が微かな音を立てながらゆっくりと開き、腰くらいまでの鉄柵に囲まれた移動床が出現した。メリアが躊躇なくそれに乗ったので、三人も臆せずその移動床に乗り込んだ。

 全員がそれに乗ると、一行が乗り込んだ辺にも鉄柵が出現し、俄かに動き始めた。移動床は四人を乗せて奥へ奥へ進んで行き、一分も経たないくらいでもう一方の待合室に到着した。一辺のみ鉄柵が引っ込み、メリアは移動床を降りた。そして鉄扉に向かうとそれを押し開け、スタスタと入って行った。


「ちっ、こいつのお陰であの施設からは離れられたようだな」


 クローキンスは背後にある移動床と、閉まり始めている壁を眺めながらそう呟いた。


「てことはここで待ち合わせしてる奴を倒せば、外に出られるってことだな!」


 カイナは早合点すると、メリアに続いて鉄扉の向こう側に走って行った。


「そう簡単に行くとは思えないっすけどね」

「あぁ、気を引き締めて行くぞ」


 そう言いながら手早く連結銃の残弾を確認し、右手にそれを持ったまま歩き出した。スフィーもすぐに戦闘がある可能性を考え、風魔法でいつでも苦無を飛ばせるように準備をしてから二人は扉の奥へ進んだ。

 踏み入った待ち合わせの部屋には、上質なソファが二つと、その脇にサイドテーブルが各々設置されていた。そしてその上には、何やら奇妙なコードが絡まっているヘルメットが無造作に置かれていた。


「もう少ししたら来ると思います。敵は多く無いですが、相当な手練れです」


 メリアが振り返ってそう言うので、三人は思わず身構えた。


「すみません。脅かすつもりでは無かったのですが」

「備えあれば何とやらっすよ。メリアさんのことはあたしたちが守るっす。だから絶対にリーアと――」


 メリアとリーアを対面させたい。そんな旨を伝えようとしたその瞬間、部屋の左方にある鉄扉が押し開けられた。その先から現れたのは、ニッグとドールであった。


「……なるほど」


 室内を見回したニッグは、メリアを始め、スフィー、クローキンス、そしてカイナの顔を見てそう呟いた。


「その子に魔力を注ぐのも今日で最後です」


 振り向いたメリアはそう言うと、力強くニッグを見つめた。


「こちらとしても良い機会です。時の魔女に古臭い狙撃手、そして幻獣十指の一人を一遍に葬れるんですから」


 ニッグはそう言うと、ドールを自分の背後に押しやって槍を構えた。それを見たスフィーは、すかさず苦無を両手に構え、メリアの前に立った。


「下がっててください。ここはあたしがやるっす」

「ちっ、一人で出しゃばるな」


 そう言いながらクローキンスも連結銃を構えてメリアの前に立った。


「カイナさん、メリアさんを頼むっす!」

「お、おう。任せときな!」


 背中を向けたままスフィーが指示を出すと、カイナは慌てながらも、素早くメリアのもとに向かってその腕を取り、鉄扉の前まで戻った。


「今度こそ逃がさないっす……」

「逃げる気なんて無い。ここで消す」


 静かに闘志を燃やすニッグは、そう言って走り出した。それを見たスフィーも苦無を構えて真っすぐ走り出し、クローキンスはその場に留まって連結銃を構えた。


「彼女たちは大丈夫なのよね?」


 無理矢理壁際まで引き戻されたメリアは、カイナの方を見てそう聞いた。


「あの二人なら大丈夫だ。なんせ俺が見込んだ二人だからな」


 カイナは自慢げにそう言うと、メリアを引き連れてもう少し戦地から離れた。

 二人が離れたことを確認すると、それを知らせるかのようにクローキンスは一発弾丸を放った。弾はニッグの右脇をすり抜けていき、そのままドールに直撃するかと思われたが、弾丸は突然空中で静止し、そして床に落ちた。


「考えも無しに時魔法を……」


 脇からそれを見ていたメリアはそう呟きながら壁に背を預けた。


「ドールを狙っても無駄だ。あいつは容易く時魔法を操れる」

「あの魔法の危険性を知ってるんすか?」

「知ってるさ。だからこれ以上は使わせない」


 ニッグは平坦な口調でそう言うものの、彼が振るう槍にはとてつもない力がこもっていた。このままでは力負けすると思ったスフィーは、少し距離を取った。すると待ってましたと言わんばかりにクローキンスが援護射撃をし、弾丸はニッグの右腕を掠めた。


「ちっ、確かに当たったはずだが……」


 一度構えを解き、クローキンスはニッグの右腕を凝視した。しかし弾丸が掠ったはずの右腕に流血は見受けられなかった。


「魔法も使えない雑魚は下がってろ」


 ニッグは蔑むようにそう言うと、槍を構え直してスフィーに襲い掛かる。恐らくこの口調と態度からして、自分の攻撃は彼に通っていないのだろうとクローキンスは思った。


「ちっ、早いところ奴の謎を解かねぇと……」


 クローキンスはそう呟くと、互いの武器を激しくぶつけ合う二人を追いながら、ニッグの一挙手一投足を注意深く観察し始めた。

 同じく弾丸が通らない事実を目の当たりにしていたスフィーは、クローキンスが活路を見出すまでの間、自分が時間を稼がなくてはいけないことを瞬時に悟っていた。なので向かい来るニッグを全力で迎え撃ち、その隙に少しでもトリックが見破れないものかと攻撃を仕掛けるのだが、両手の苦無は中々ニッグには届かない。

 このままではじりじりと追い詰められるだけだと思ったスフィーは、苦無を風魔法で包み、そして刃を軸にどんどん風魔法を纏って行き、通常の苦無よりも一回り大きく、そして長い、風のオーラを纏った苦無を生み出した。これならば先ほどまで届かなかった攻撃が通るはず。そう思ったスフィーは、敵の攻撃を受け止めると、一歩踏み込んで再度攻撃を仕掛ける。

 ――するとニッグが身に纏っている衣服の腹部に風の刃が掠り、一部分だけがはだけた。そしてその隙間からは、人肌では無く、鱗のようなものが見え隠れした。


「掠ったか……。次は当たらない」


 スフィーの攻撃を回避したニッグは、そう呟くとすぐに武器を構え直した。


「部分変化っすか……。ならこっちも」


 裁断された隙間から見える竜の鱗を見たスフィーは、自らの両足をウサギの足に変化させ、一気に詰め寄る。ニッグはそれに応戦し、戦闘は再び激化した。


「ちっ、なるほど。硬質な鱗を纏って俺の弾丸を弾いていたのか……」


 様子を伺っていたクローキンスもしっかりと鱗の存在を確認しており、面倒臭そうに呟いた。かと思うと、通常のリボルバーを外し、ウエストバッグの中に手を突っ込んで新しいリボルバーを探し始めた。

 そのことを知らないスフィーは、自分一人でこの戦況を打開せねばならないと、孤軍奮闘していた。対してニッグは体力を一気に消耗しないようにペース配分を考慮した立ち回りをし、槍で受けきれる攻撃は槍で受け止め、軽い攻撃は鱗で弾いた。

 そうこうしている間にクローキンスは水色のリボルバーを取り出し、それを連結銃に取り付けた。そしてその弾倉に水色の弾丸を六発装填すると、撃鉄を下ろした。

 視線を戦闘中の二人に戻したクローキンスは、スフィーが一方的に攻撃を仕掛けており、加えてその攻撃が体力を消耗する雑な振り方であることにすぐ気が付いた。となると、恐らくスフィーはいずれ体力が尽き、一瞬隙を晒すことが予想される。すると当然それをニッグが見逃すはずも無く、反撃を仕掛けるはずなので、クローキンスはそこを狙うことに決めた。

 ……少しの間スフィーのがむしゃらな攻撃が続き、そして予想通り体力が尽き始めたスフィーはニッグから距離を取り始めた。するとすかさずニッグは連撃をスフィーに浴びせようとする。その瞬間を待っていたクローキンスは、しっかりと狙いを定めて水色の弾丸を放った。

 ――発砲音で少し動きを鈍らせたニッグだが、構わずスフィーへの攻撃を続けようとする。そんな彼の右腕に弾丸が命中したかと思うと、あっという間に右腕が凍り付いた。


「なにっ?」


 右腕の自由を失ったニッグは、このままでは反撃を、ないしは追撃を喰らうと瞬時に察知し、両足に雷魔法を纏って素早く二人から距離を取った。


「はぁはぁ、クロさんがやったんすか?」


 スフィーは息を整えながら、クローキンスの方を見た。


「あぁ、アレだけは特別製でな。火薬だけの弾丸じゃねぇ」

「なるほど、だから攻撃が通ったんすね。で、何が使われてるんすか?」

「ちっ、あいつをぶっ倒したら教えてやる」


 クローキンスはそう言うと、流れるような動きで再度連結銃を構えた。


「仕方ないっすね。真実を知るためにもうひと頑張りするっすよ」


 スフィーは笑って答えると、完全に息を整えて苦無を構え直した。


「奴の動きは俺が止める。お前は無駄振りせず一撃に集中しろ」

「了解っす」


 スフィーはそう返すと同時に走り出した。それを見たクローキンスは、目にも止まらぬ速さで凍結弾を数発撃ち込んだ。そのうちの二発が左足に一発、右足に一発と命中し、ニッグの動きが完全に止まった。するとそこへ走り出していたスフィーがタイミングよく現れ、がら空きの胸部に風の刃を纏った苦無を突き立てた。

 ――ニッグは余った左腕でスフィーの右腕を掴み、刃が胸に突き刺さる寸前で止めた。対してスフィーは力負けしないように、左手の苦無を放り投げ、一本の苦無を両手で力いっぱい押し込む。加えて魔力もこの一本の苦無に集中したことでさらに風の刃が大きくなり、ニッグの鱗に刃が届き始める。


「ぐっ、クソ……っ!」


 必死に抵抗するニッグだが、その努力虚しく、風の刃は鱗を貫き、ニッグの胸に到達した。

 ――このまま押し切れる。スフィーがそう思った瞬間。ニッグの左腕が竜の腕に変化し、スフィーの右腕を握りつぶす勢いで握った。


「ま、まだこんな力が……!」


 スフィーは咄嗟に離れようとするのだが、竜の力の前ではビクともしない。それに続いて凍結弾で拘束されていたはずの手足も徐々に鱗を纏って行き、形が変わり始めていた。


「ちっ、やはりまだ力不足か……」


 クローキンスはそう呟きながら残弾を確認した。弾は後一発。ひとまずこれをニッグの左腕に命中させ、スフィーを逃がそう。クローキンスは作戦を立てると、素早く射線を作って最後の一発を発射した。


「ぐあっ! また氷か……」


 弾丸は左腕に命中した。するとみるみる左腕の変化が解け、鱗を纏った人間の腕まで退化した。スフィーはその一瞬の減衰を見逃さず、ニッグの拘束から逃れると一気に距離を取った。


「はぁはぁ、危なかったっす」

「ちっ、厄介な力だ」

「でも、なんか様子がおかしいっすよ」


 スフィーはそう言うと、武器を構え直しながらニッグの方を凝視した。


「放せ……。放せ放せ放せぇぇ!」


 先ほどまで冷静だったニッグは、瞳を真っ赤に光らせて態度を豹変させた。するとそれに呼応するように、竜の鱗が全身を包み込み、容貌も竜そのものに変化した。そして体が次第に大きくなるにつれて氷は砕かれ、背中には翼が生えて行った。


「理性を失ったみたいっすね」

「ちっ、暴走したってことか」

「みたいっすね。……クロさん、ここはあたしが止めるっす。メリアさんとカイナさんを頼むっす」


 スフィーはそう言うと、両手に構えていた苦無をホルダーに収め、前に数歩出た。そして一度大きく深呼吸すると、四つん這いになった。クローキンスはその背中に覚悟を見た。なので潔く二人のもとまで後退し、様子を伺った。

 ――まずは四つん這いになったスフィーの全身が金色の毛に覆われ、続いて全身が兎の風貌に変化した。そして最後に、額の角が倍ほどの長さまで伸びた。しかしどれだけ風貌が変わろうと、大きさに変化はない。クローキンスより大きくなったようには感じるが、竜の巨大さの前では大したことではない。この圧倒的重量差を理解していても、スフィーは立ち向かわねばならなかった。

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