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ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
第八章 ~隔離された大陸~
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第九十八話 ~隠し部屋~

 何とか宗周のキメラ部隊から逃げおおせたスフィーとクローキンス、それにカイナの三人は、一本道なのだが、なぜか迷路のように複雑な造りになっている道を進んでいた。


「これ、どこに繋がってるんすかね?」

「さぁな」

「全く冷たいね。クローキンスさんは」

「そう言うカイナさんはどこか分かってるんすか?」

「いーや、こんなところは知らねぇ。確実に地図には載ってなかった」

「まぁそうっすよね……」

「悪かった悪かった。でも地図に載ってなかったって情報があるだけマシだろ?」

「まぁ確かにそうっすね。明らかにこの施設で何かが起こったって事っすもんね」

「そゆこと。ま、今は黙って進もうぜ」


 カイナは軽い調子でそう言うと、興味津々で二人の先を歩いて行った。


「ちっ、調子づきやがって」

「まぁまぁ、いつまでもうじうじしてる方が面倒じゃ無いっすか」

「それもそうだが……」


 先行くカイナの背中を追いながら、スフィーとクローキンスが会話をしていると、その追っていた背中が突然立ち止まった。


「どうしたっすか?」

「抜けたぞ。通路を抜けた!」


 カイナは振り向きながらそう言うと、すぐさま前に向き直って歩き出した。二人も無駄話をしている暇はないと思い、ほとんど駆け足でカイナの後を追った。そして広間に突入しようとしたその瞬間、再びカイナが立ち止まった。


「うわ! 今度はなんすか?」

「柵がある。……行き止まりなのか?」


 カイナは目の前にある鉄柵を両手で掴み、ぽつりと呟いた。


「ちっ、何をこんな厳重に守ってるんだ」


 鉄柵の奥には鉄扉が設置されており、中に入ることも出来なければ、中を覗くことすらできなかった。


「なんにせよこのままじゃマズいっすね。キメラ部隊に追いつかれちゃうっす」

「ちっ、ならぶっ壊すしか無いな。離れてろ」


 クローキンスはそう言うと、ウエストバッグから赤いリボルバーを取り出し、それを連結銃に装着した。そして赤い弾丸を一発装填し、自分も数歩下がった後に鉄扉に向けて連結銃を構えた。

 ――そして鉄扉に照準を合わせると、徹甲弾を発射した。見事扉のど真ん中に着弾した徹甲弾は、数秒後に炸裂した。爆発と共に散る鉄片は、スフィーの風魔法によって三人の直前で受け止められた。こうして無理矢理道をこじ開けることに成功した三人は、厳重に守られている鉄扉の向こう側に踏み入った。


「なんだここは、突然その、なんて言うか、生活感があるな……」


 室内を見回しながらカイナはそう言った。続いて後から入って来たスフィーとクローキンスも、同じ感想を抱いた。加えてどの家具も下級で安っぽい造りでは無く、むしろ高価で丁寧な物ばかりであった。大きなベッドに座り心地の良さそうなチェア、その前にある上質な木のテーブルには、羽ペンと小さな日記帳が置かれていた。その他には大きな木のタンスや全身鏡まで置かれていた。そんな整った部屋の右側と、最奥にドアが一つずつ設置されていることも、二人は見逃さなかった。


「誰か住んでるんすかね……」

「ちっ、まぁ住んでいてもおかしくは無いな。アレだけキメラがいるなら部屋があってもおかしくはない」

「うーん、でもあいつがキメラに部屋を用意するとは思えないな……」


 二人の会話を聞いていたカイナは、すかさず否定的な意見を述べた。


「なるほど。ここで暮らしているカイナさんが言うなら真実味があるっすね」

「あぁ、宗周の野郎は俺たちを下に見てやがる。だからキメラは全員牢屋に収容されているはずなんだ。だからここがキメラの部屋ってことは……」


 カイナはそんな説明をしながら、部屋を歩き回り始めた。タンスを見たり、ベッドを見たり、そして最終的には木のテーブルに近付いて行き、日記帳を凝視した。


「これに何か手掛かりがあるかも」


 カイナがそう言うので、スフィーとクローキンスも木のテーブルに近付いて行き、日記帳を見た。


「あんまり他人の手帳を見るのは良くないっすよ?」

「でも気になるだろ?」

「そうっすけど、その前に二つの扉を調べてみても良いと思うっすよ」

「敵が待ち構えてるかもしれないだろ? だったら先にこれを調べるべきだ」


 言い争いの末、カイナはスフィーの助言を無視して日記帳を手に取った。そしてそれを開こうとした時、部屋の右側にある鉄扉がギリギリと音を立てて開いた。


「……誰?」


 薄く開けた扉の隙間から、か細い声が聞こえて来た。その声を聞いた三人は物音を立てないように散り散りになり、三方向からドアを睨んだ。


「誰かいるのでしょう?」


 弱く丁寧な言葉を漏らしながら、鉄の扉がまた少し開いた。すると真っ白いドレスを着た優雅な女性が半身を露にした。その白さは光のように明るく、三人の視線を釘付けにした。

 自分のことを三方向から監視されていることに気が付いた女は、三人の顔をそれぞれ伺いながら全身を扉の陰から出し、そして鉄扉をゆっくりと閉めた。


「さっきの音はドアを破壊した音だったのね……。それで、あなたたちは?」


 唯一の出入り口を塞いでいた鉄扉と鉄柵の破片を見て小さく呟くと、三人の顔を見回してそう聞いた。


「あたしたちは、その、逃げてたらここにたどり着いたと言うか……。あはは……」


 スフィーは真実を述べようとするのだが、どこから話せば、あるいはどこまで話せば信用してもらえるか推し量れず、笑って誤魔化す他なかった。


「あの人の部下ではなさそうですね」


 彼女は全体的にやせ細っているが、その語気や姿勢に衰えの文字は無かった。全身から美しく凛とした雰囲気が漂っており、それを一層際立たせているのは澄明な瞳であった。


「あの人って言うのは、網井戸宗周のことっすか?」

「えぇ。話の流れからして、あなたたちはあの人から逃げているということですか?」

「そうっす。その通りっす」

「逃げてたら突然隠し通路が現れて、俺たちはそこを通ってここに来たってわけだ」


 動きが騒がしいカイナは、そう説明しながら両手を大いに動かした。するとその両手の動きを見て女は視線を鋭くした。


「それ、返していただけますか?」


 女は冷淡な表情でそう言うと、じわじわとその顔に笑みを浮かべた。


「え、あ、あぁ、これ?」


 カイナは右手に持っていた日記帳を見た後に、女の方を見た。ここで返してもよかったのだが、すぐに返却を申し出るのは何か臭うと思ったカイナは、口惜しそうにもう一度日記帳を見た。するとその瞬間、パチンッ。と、フィンガースナップの音が前方からした。

 ――その音に驚いたカイナは、音が鳴った方を、つまりは女の方を見た。するとその手には、日記帳が握られていた。一瞬何が起こったのか理解できなかったカイナは、少し間を置いてから自分の手元を見た。右手には、日記帳は握られていなかった。


「よくありませんよ。女性の日記を覗くのは」


 確かに彼女は日記帳を持って微笑んでいた。これを不思議に思ったカイナは、すぐさまスフィーとクローキンスの顔色を伺った。すると二人の顔にも驚きの色が表れていた。しかしそれは手帳が瞬間移動したと思っているカイナと同様の驚きでは無く、もう一歩先の、時魔法に対する驚きであった。


「お、おい、何しやがった!」


 カイナは不可解な現象に対する怒りを彼女にぶつけようとする。しかしそれは軽くあしらわれ、彼女は日記帳を持って木のテーブルに向かい始めた。


「……今の、止めたんすか?」


 スフィーがそう聞くと、彼女はピタリと足を止めた。そしてスフィーの方を振り向くと、真剣な表情で数秒睨んだ。


「何のことですか?」

「このぞわっとする感じ……」


 スフィーはそこまで言うと、一度クローキンスの方を見た。すると彼は小さく頷き、自分もその感覚を味わったことを伝えた。


「この感じ、時魔法っすよね?」

「と、時魔法? 何言ってるんだ、何のことだよ?」


 状況が呑み込めないカイナは、一人だけ空回りしていた。


「……なぜ知っているのですか?」

「本で読んだっす。それと、時魔法を扱う女の子と旅をしているっす」


 その言葉を聞いた彼女の瞳からは、ブワッと涙が溢れ出た。


「あなたの名前は、メリア・クロッチ。そうっすよね?」


 止めどなく涙を流す彼女を見て、スフィーはそう聞いた。すると彼女は、メリア・クロッチは、ハンカチで涙を拭いながら小刻みに頷いた。


「……それで、リーアは?」


 涙を拭い終え、落ち着きを取り戻したメリアはそう聞いた。


「その、実はここに来る前にはぐれちゃって。多分もう一方の施設にいると思うんすけど……」


 スフィーは申し訳なさそうにそう言うと、両肩を落とした。


「いえ、あなたが気にすることでは無いわ。それならば迎えに行くまでです」


 先ほどまで涙で頬を濡らしていたメリアは、一変して、力強くそう言った。


「ちっ、何か算段があるのか?」


 武装を解きながらクローキンスはそう聞いた。


「可能性ならあります。この後私はその扉の向こう側に行って外部の人間に会います。上手く行けば、出ることも可能でしょう」


 メリアは訴えかけるような眼差しで丁寧に説明し、部屋の奥にある鉄扉の方を見た。


「可能性があるなら挑戦するっす」


 スフィーがそう言うと、クローキンスとカイナも頷いて応えた。それを見たメリアは優しく微笑むと、日記帳を木のテーブルに置いた。


「分かりました。では少しだけ時間をください」


 微笑んだままそう言うと、メリアは大きな肘掛椅子に腰かけ、テーブルに向かった。そして羽ペンを手に取ると、日記帳の上にそれを走らせた。

 ……彼女が執筆している間、三人は暇を持て余した。スフィーは促されるがままベッドに腰かけ、メリアの背中を静かに見守り、クローキンスはウエストバッグの中身を確かめたり、連結銃のメンテナンスをしていた。そして残るカイナは恐らく一番やることが無く、部屋中を歩き回って暇を潰した。


「すみません、お待たせしました」


 羽ペンを収め、インクが乾いたことを確認したメリアは、日記帳を閉じて立ち上がった。そして大事そうにそれを数秒眺めた後、ベッドに座っているスフィーの前に歩み寄った。


「どうしたんすか?」

「これをあなたに託します。どうかリーアに届けてくださいまし」

「え、でも、自分の手で渡した方が良いと思うっすけど……」

「今更恥ずかしくて顔向けできません。それに……。私が持っていると没収されてしまうかもしれませんから」


 メリアは終始笑顔で説明すると、そっと日記帳をスフィーの前に差し出した。そこまで言われてしまうとスフィーも断りづらく、致し方なく日記帳を受け取った。


「それでは、行きましょうか」


 そう言うとメリアは踵を返し、部屋の奥部にある鉄扉に向かって行った。スフィーは彼女に続いて鉄扉に向かおうとするのだが、その前にクローキンスのもとへ歩み寄り、日記帳を持ってもらうように頼んだ。クローキンスは渋々それを了承し、日記帳はウエストバッグにしまわれた。


「もし戦闘があったらあたしが前に出るっす。だからその鞄、絶対に手放さないでくださいっすよ」

「ちっ、言われなくても手放さん」


 ぶっきらぼうにそう言うと、クローキンスは鉄扉に向かって行く。それに続いてスフィーとカイナも鉄扉を目指した。

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