第九十六話 ~頂上~
一方初汰たちは、未だ頂上に向かうために戦闘を繰り広げており、大体建物の半分を超えたくらいまで来ていた。敵が強いというよりかは、毎度毎度階層ごとにギミックが仕掛けられており、それに苦労しているという状態が続いていた。それでも三人とも被弾は少なく、誰一人としてギブアップを訴えるものはいなかった。
「ふぅ~、なんとか半分くらいか?」
「うーむ、どうだろうな。しかし戦闘回数的にはそろそろ半分を超えたあたりだと思うが」
「そうだと信じて頑張るしかありませんね」
三人が一息ついていると、部屋の上昇が止まった。つまり戦闘が始まる合図であった。初汰はすぐに武器を構え直して辺りを見回すのだが、四壁には独房が見当たらない。どうやら部屋は中途半端な場所で止まってしまったようで、再び動き出す気配も無かった。
「おい! どうなってんだ! ビビったのか!」
天井に向かって初汰が叫ぶ。しかしいくら待とうとも返事は無い。ここまでたどり着くまでに何度もこまめにアナウンスをしていたルーズキンが、この期に及んで何も言及しないのが不自然に思われた三人は、身を寄せて警戒心を高めた。
「奴の身に何かがあったか、あるいはこの建物内で何かがあったのかもしれん」
「かもな。あんなに楽しんでた奴が急に怖気づくはずがねぇ」
もしかすると中途半端な場所で止まったのにも何か理由があるかも知れない。と勘繰った初汰と獅子民は、武器を構え直して精神を研ぎ澄ませた。そんな中リーア一人は戦闘態勢を取らず、辺りをキョロキョロと見回していた。
「何やってんだ、リーア」
「……何か聞こえない?」
二人とは視線も合わせず、尚も視線を宙に漂わせながらリーアはそう言った。それを聞いた二人は一度構えを解き、耳を澄ませた。
……すると頭上で、天井のさらに上で、何やら鉄と鉄がぶつかるような音が鳴っているような気がした。どうせ独房に入っている血気盛んな戦士が暴れているだけだろう。と初汰が言おうとしたその瞬間であった。
――バンッ! という大きな音が鳴ったと思うと、天井から血だらけの人が落ちてきたのであった。初汰はすぐに落ちて来た人の傍に寄り、息をしていないことを確かめると、続いて天井に空いた大きな穴を見た。
「こいつ、落ちて来たのか……?」
「そうとしか考えられんな」
「でも自分で落ちたとは思えないわ。あの鉄柵は簡単には壊せない。それに見て、明らかに誰かに傷つけられている」
リーアはそう言うと、死体の右腕を指し示した。初汰は言われるがままその部位を見てみると、確かに右腕には誰かによって故意につけられた傷があった。それは何か大きく獰猛な生物に引き裂かれたような傷で、深く、長く傷付けられていた。右腕のほとんどにその傷が伸びていたと言っても過言ではないくらいに。
死体の傷跡を確認していると、続いて他の場所にもう一人墜落してきた。同じく天井に大きな穴を空けたが、今度は辛うじて息をしていた。
「大丈夫か? 何があったんだ?」
これから戦うやも知れなかった相手にも関わらず、初汰は怪我人のもとに駆け付けると、意識が飛ばないように呼び掛けた。
「とつ、ぜん……。竜、が……」
仰向けに落ちて来た男は、天井の穴を見つめながらそう言った。
「竜?」
「あ、あぁ……」
男は呻き声を漏らすと、僅かに右手を挙げて人差し指を天井の穴に向けた。初汰は男が指し示す先を見た。すると暗闇の向こう側で真っ赤に光る二つの小さな球を発見した。それはだんだんこちらに近付いており、そしてもうすぐで天井の穴を通過して部屋に入ってくると思われた瞬間、二つの球が消えた。
「なんだ、今の……?」
「初汰、そこを離れろ。何か嫌な予感がする」
背後で様子を伺っていた獅子民が、何かを察知して初汰に退くように指示を出した。初汰は素直にそれを聞き入れ、息を引き取った男のもとを離れた。
――初汰が天井に空いた穴の真下から離れた瞬間、そこから槍が降って来た。槍は死体の腹部に刺さり、その後すぐにニッグが部屋に入って来た。
「なんだ、アンタたちがこっちに来たのか……」
初汰たちの顔を見回した後、突き刺さっている槍を引き抜きながらそう言った。
「てめぇ、何しに来た」
初汰はそう言うと、右手に剣を、左手にテーザーガンを構えた。
「時間稼ぎ」
ニッグはそう言うと槍を構え直し、左手にはいつでも魔法を放てるように雷を纏わせた。
「……例の少女がいない。完全に倒すのなら今がチャンスかもしれないぞ」
時魔法を使うドールが居ないことを確認すると、獅子民は小さな声でリーアにそう伝えた。
「そうですね。数的有利も生かしていきましょう」
リーアは敢えて、ニッグのことにもドールのことにも触れず、火の魔法を両手に纏った。そうして初汰たち三人が武器を構えると、ニッグはゆっくりと歩き始めた。
「あの野郎、悠長に歩きやがって!」
前もって時間稼ぎと言われていると、目の前で余裕しゃくしゃくに歩いているニッグが腹立たしく思えて来た初汰は、先に攻撃を仕掛けた。
「初汰、先走るな!」
突撃して行った初汰に続き、獅子民が援護に向かう。リーアは最後尾で火魔法の練度を高め、気を伺う。
「やられる気は無い」
ニッグは右手に構えている槍と左手に纏っている雷魔法で初汰と獅子民の攻撃を受け止め、回避できそうな攻撃は出来るだけ避けた。そして隙を狙って攻撃するときは、獅子民の変換の力が溜まらないように初汰だけを集中的に狙った。獅子民はそれを自分が受けようと間に入ろうとするのだが、ニッグが攻撃時に雷魔法を使うことで一瞬加速し、捉えきることが出来ない。
「下がっていろ初汰。お前の負担が大きすぎる」
このままでは初汰だけが消耗し、明らかな突破口を作られてしまうと思った獅子民は、初汰を一旦引き下がらせた。
「クソ、分かった。……どこで戦っても厄介な奴だな」
いったん距離を取った初汰は、冷静にニッグの動きを観察しながらそう呟いた。
「良い判断です。流石は元団長さんだ」
「過去には囚われない性分でな」
「さしで戦えて嬉しいです。けど、あなたの首を取ったら怒られますので」
ニッグはそう言うと、足に雷魔法を纏って一瞬で獅子民に近付く。そして左手を獅子民の腹部に添え、魔法で獅子民を吹き飛ばした。
「グハッ!」
獅子民が吹き飛ぶ先には休憩中の初汰がおり、息を整えていた初汰は受け止める体勢を取ることが出来ず、二人は衝突してその場に積みあがった。それを確認したニッグは、再び足に雷魔法を纏ってリーアに急接近する。
「はっ!」
「なかなか慎重だ」
いつでも魔法を放てるように待機していたリーアは、急接近してきたニッグに驚いて火球をあらぬ方向に放った。そして直ちに距離を取ろうとするのだが、ニッグの左手に掴まってしまう。
「あなたのように純正だったら……」
滅多に感情を表に出さないニッグが、珍しく顔をしかめながらそう言った。
「純……正……?」
「世界の秩序を乱す時の魔女め……!」
ニッグはリーアの首を強く絞めると、そのまま強引に持ち上げていく。
「くっ、うぅ……」
リーアは足をばたつかせ、何とか拘束を解こうとするのだが、ニッグはそう簡単に手を放さない。
「オッサン、どけっ!」
それを見ていた初汰は、上にのしかかっている獅子民をどけ、何とかテーザーガンを持っている左手を自由にし、狙いを定めて発射した。
――テーザーガンは見事命中し、全身が麻痺したニッグはリーアから手を放した。
「ふぅふぅ、そろそろか……?」
落ち着きを取り戻したニッグは、深呼吸をしながらゆっくりと後退し、痺れが取れるのを待った。
「逃がすか!」
初汰は獅子民の下から這い出ると、テーザーガンを回収しながらニッグに襲い掛かる。対してニッグは右手一本槍一本でその攻撃を受け止める。
「ふぅふぅ、ふぅふぅ」
「絶対逃がさな……。なんだ?」
――初汰とニッグが鍔迫り合いをしていると、不気味な音がし始めた。すると間もなく部屋が動き始め、ルーズキンのアナウンスが流れ始めた。
「あー、あー、ったく。ようやく直りやがった。聞こえるかー。今から再開するからな」
不機嫌なルーズキンの声が部屋に満ちる。その一瞬気を抜いてしまった初汰は、すぐに辺りを見回した。しかし既にニッグの姿は無かった。
「クソ、逃がしちまった……」
「気にするな、もともと招かれざる客だ。それよりも私はリーアが気になる」
「そうだ、リーア……!」
初汰はすぐにでもリーアのもとに駆け寄ろうとするのだが、獅子民がそれを引き留める。
「おい初汰。今はさっきの会話に触れるんじゃないぞ?」
「さっきの?」
「時の魔女。というワードだ」
「あ……。分かった。とにかく、このままじゃ次の戦闘に支障が出ちまうから、とりあえず行って来る」
「うむ、任せたぞ」
自分は深く踏み込むことはせず、リーアのことは初汰に任せることにした。任された初汰はリーアのもとへ駆け寄り、まずは意識があることを確認した。
「大丈夫か、リーア?」
「……う、うぅん」
気を失っていたようで、リーアはしっかりと閉じていた瞼を微かに上げた。
「大丈夫か?」
「えぇ、私は大丈夫。ニッグは?」
「ニッグには逃げられた。そんで、また部屋が動き出したところだ」
「そう。分かったわ。今は頂上を目指すことを考えましょ」
まるで自分に言い聞かせるようにそう言うと、リーアはそっと立ち上がった。
「無理するなよ。俺とオッサンだけでも戦えるから」
「えぇ、ありがとう。援護はするわ」
弱い微笑みを見て多少心配になったが、それなら自分が守れば良いんだ。と初汰は自分に言い聞かせ、リーアを連れて獅子民と合流した。
「どうやら大丈夫だったようだな。次の階層まではもう少し時間がある。二人とも休んでおくんだ」
獅子民は二人にそう言って聞かせ、強引に二人を休ませ、自分一人が監視役に回った。
少しの間体力と精神を休めていると、部屋の上昇が止まった。休んでいた初汰とリーアは立ち上がり、次の戦闘の準備を始めた。
……その後足元が水浸しになっている状況での戦闘や、随所に火が焚かれている状態での戦闘など、数々の試練を乗り越えた三人は、とうとう頂上のすぐ下までたどり着いた。
「はぁはぁ、何とか乗り切ったな~」
「うむ、さっさとルーズキンを倒してスフィーたちと合流しよう」
「だな。あいつらヘマしてなきゃ良いけど」
初汰と獅子民がそんな会話をしていると、部屋が停止した。すると今回は四壁に独房の姿は無く、代わりにドアが一つだけあった。そこを通れば、恐らくその先にルーズキンがいるであろう。三人は顔を見合わせて頷くと、そのドアに向かって歩き出した。




