第九十五話 ~キメラ部隊~
敵は接近戦を得意とする二人と、遠距離で魔法を専門とする一人と。バランスの良い編成でスフィーとクローキンスに襲い掛かってきた。訓練された兵らしく、しっかりと二人のことを切り離しつつ、死角が生じるように揺さぶりをかけて来ていた。
「ちっ、こっちも手数を増やすしか無いか」
クローキンスは敵の攻撃を回避した後、一度大きく距離を取り、ウエストバッグに左手を突っ込んだ。そして二枚の円盤を取り出すと、それを宙に向かって投げた。
「ふん、小細工を!」
棍を持った男はそう言うと、円盤を無視して突進してくる。
「甘く見てもらっちゃ困る」
クローキンスはそう呟くと、二枚の円盤に向かって一発ずつ弾丸を放った。そしてすぐ、迫って来る男の足を止めるために太腿辺りを狙って数発弾丸を発射した。
――敵は予想通り弾丸に怯み、一瞬その足を止めた。するとそれを見計らっていたかのように、円盤にぶつかって跳弾した二発が男の背中目掛けて真っすぐ飛んで行った。一発は命中し、もう一発は後方で土魔法を操っている男に阻まれた。
「ぐうっ! 跳弾か……」
弾丸が命中したことにより、男は前かがみになって立ち止まった。クローキンスはチラリと残弾を確認し、連結銃を構えて最後の一発を発射した。
――弾丸は男の心臓に向かって真っすぐ飛んで行き、そして命中した。男は着弾した反動で軽く飛び、力なく倒れた。
それを確認したクローキンスは素早くリロードを済ませ、奥の魔法使いに照準を定めた。
「クロさんの方は終わったみたいっすね……」
スフィーは戦いの最中にそれを確認すると、両手に持っていた苦無を敵に向かって投げ、そしてその苦無と一緒に自らも走り出す。
――投げた苦無は容易に回避された。しかしもとよりそれが狙いであり、スフィーは敵の背後まで飛んで行った苦無を風魔法で停滞させた。敵がそれに気を取られている間に一気に距離を詰め、懐に潜り込んだスフィーは掌底で剣をはたき落とした。
「ぐっ、小娘が!」
武器を落とされた黒スーツの男は、すぐさま体勢を立て直して拳を固く握った。そしてスフィーに殴りかかる。
殴り合いが始まった背後では、援護の為に控えていた魔法使いが土魔法を唱え終えていた。それを視認したクローキンスは、構えていた連結銃を迷いなく撃った。それによって土塊が苦無を撃ち落とすことは防がれ、スフィーの連撃が始まった。
――まずは蹴りで敵のガードを剥がし、顔面を殴るフェイントをかける。すると敵はガードを上で固めるので、その隙をついて鳩尾にストレートをぶち込んだ。
「ぐふっ」
腹に重い一発を喰らい、一時的に呼吸が出来なくなった男はその場で立ち止まった。その瞬間、スフィーは宙に浮かせていた苦無を操り、二本の苦無は敵の首に交差するように突き刺さった。一撃で敵を仕留めると、スフィーは即座に苦無を回収し、最後の一人に詰める。
「く、来るな!」
男は恐怖で我を失い、出鱈目に土塊を放った。スフィーはそれを全て躱し、まるで突風が過ぎ去って行くように首の動脈だけを切った。
「あ、あががぁ……」
男は微かに呻き声を上げると、間もなくその場に倒れた。こうしてスーツの男三人を片付けたスフィーとクローキンスは、部屋の奥で呆然としているカイナのもとに戻った。
「大丈夫っすか?」
息を整えながらスフィーはそう聞いた。しかしカイナは動揺しているばかりで返事もせず、たった今目の前で行われていた戦闘ですら目に入っていない様子であった。
「ちっ、どけ」
クローキンスはそう言うと、無理矢理スフィーを退けてカイナの胸倉を左手で掴んだ。そして空いている右手を思い切り振りかぶり、握りこぶしを作るとカイナの顔面目掛けて振り下ろした。
――パンチを喰らったカイナは吹っ飛び、部屋最奥の壁にぶつかった。するとそれで正気を取り戻したようで、殴られた左頬を抑えながら立ち上がった。
「いって……。殴られたのか……?」
「この状況で突っ立ってる馬鹿が居るか」
「俺は、その……。確かにここは収容部屋のはずだったんだ……」
「ちっ、そんなことはどうでもいい。絶対の計画なんて無いからな」
クローキンスはそれだけ言うと、連結銃を収めて歩き出した。
「ちょっと言い方は不器用っすけど、でも言ってることは正しいっす。今回は二人で抑えられたから良いっすけど、もっと大勢で来られてたら危なかったっす。あたしもクロさんも、カイナさんの案内を信用してるっす。完璧なんかじゃなくていい、三人とも無事にここを脱出することを考えるっす」
珍しく長いこと喋ってしまったスフィーは照れ隠しに笑いながら、苦無をホルダーに収めた。
「それじゃ、クロさんに続くっすよ」
「ハハッ。あぁ、悪かった」
今日初めて会った人に対してしっかりと説教を出来る奴がいるなんて思いもしなかったカイナは、怒られているにもかかわらず笑いを漏らしながら二人の後に続いた。
――そうして三人が部屋の出入り口に向かい始めた瞬間、ドアが開いて宗周が姿を現した。その背後には十人を超えるキメラ部隊が整列しており、宗周の指示でキメラの軍勢が部屋の中へなだれ込んできた。
「ちっ、少し遅かったか」
「結構早めに倒したと思ってたんすけどね」
二人はぶつくさ文句を言いながらも、即座に武器を構えた。
「ふむ、こいつらをやるとはな……」
キメラ演習室に転がる三人の死体を見て、宗周はそう呟いた。そして右手をそっと上げ、再び声を上げる。
「行けっ! 我がキメラ軍団!」
号令が出されると、宗周の前で壁のようになっていた一団が一斉に襲い掛かって来た。
「ちっ、自分の身は自分で守れよ!」
クローキンスはカイナに向かってそう言うと、連結銃を抜いて左側に走って行った。
「確かに、固まるとマズいっすよね……。カイナさん! 敵の攻撃を避けることに集中して、やれると思った瞬間に攻撃を入れるっすよ!」
スフィーも助言だけ残すと、苦無を自分の周りに浮かせて部屋の右側に走って行った。
「ふぅー、分かってるよ。俺だって最低限は戦えるさ」
カイナは自己暗示をかけるようにそう呟くと、部屋の奥に走って行った。
三人が散り散りになったことにより、キメラ部隊も自然と三分割された。三人は各々部屋の隅までたどり着くと、振り返って戦闘態勢を取る。そして差し迫る四、五人のキメラを相手にし始めるのであった。
……キメラ部隊と言えど練度は低かったようで、戦闘慣れしているスフィーとクローキンスはあっさりと敵を全員気絶させた。そうしてカイナの援護に回ろうとするのだが、残りの敵が二人になった瞬間、カイナは一瞬の油断を見せて羽交い絞めにされてしまう。
「カイナさん!」
「グッ……。俺のことは大丈夫だ! 親玉をやれ!」
羽交い絞めにされながらも、カイナは暴れながらスフィーに向かって叫んだ。しかしスフィーは宗周に向かって行くことは出来ず、カイナを救出しに走り出す。
「ふんっ。小娘! それ以上動くな!」
スフィーが走り出した瞬間、宗周がそう叫んだ。その声でスフィーは立ち止まり、宗周のことを睨んだ。
「それ以上動けば、奴の首が飛ぶことになるぞ?」
宗周はニヤケながらそう言うと、手の空いているもう一人のキメラに指示を出し、鋭い爪がカイナの首に押し付けられた。
「俺のことはいいから!」
「それは出来ないっす! 三人でここを出るっす!」
「ほう、ならばこの状況を打開せねばならないな?」
宗周が右手を挙げると、突然天井の所々が無作為に開いた。そしてその多数の穴から援軍が降りて来た。
「ちっ、援軍か……」
「まだまだ巻き返せるっす!」
援軍が現れたにもかかわらず、スフィーは自分の一番近くに降りて来たキメラに攻撃を仕掛け始める。
「ちっ、このままじゃ無駄に消耗するだけだ。最短ルートを……」
さっさとカイナを救出して、親玉である宗周を倒したいと思っているクローキンスは救出までの最短ルートを探し始めるのだが、ほとんど隙間なく降りて来た援軍が自由を許すはずも無く、数人のキメラがクローキンスに襲い掛かる。
「よし、そいつを連れて来い!」
強力な二人をキメラ部隊で抑えている瞬間を狙い、宗周はカイナを捕えているキメラ二人に指示を出した。
「くっ、数が多すぎて近づけないっす……」
何人倒そうとも続々と次が押し寄せてくるので、スフィーがいくら頑張ろうとも、部屋の真ん中を悠々と歩いて行くキメラ二人とカイナのもとにたどり着くことは出来なかった。それはクローキンスも同様で、ついにカイナは宗周のもとまで連行されてしまった。
「よくやった。おいお前たち、大人しく捕まらなければこいつの命は無いぞ!」
戦闘中の二人に向かって宗周はそう叫んだ。するとスフィーとクローキンスは戦闘を止め、息を荒げながら宗周の方を見た。
「はぁはぁ、流石にきついっすね……」
冷静に周りを見てみると、キメラ部隊はまだまだ後が控えており、このまま戦い続けようとも体力を消耗して敗北するだけであった。
「よろしい、それが賢明だ。そいつらを拘束しろ」
――宗周がキメラたちに命令を出した瞬間。突然建物全体が大きく揺れ始めた。それによって倒れるものや、倒れまいと壁に寄るものや、あえて先に伏せるものなど、キメラ部隊の陣形が崩れた。そんな中、カイナを拘束していたキメラたちも体勢を崩しており、その隙にカイナは逃げ出した。
「ちっ、なんだこの揺れは……!」
振動によって何もかもの環境が悪い中、クローキンスは立ち止まっているキメラにぶつかったり、引っ張ったりして無理矢理前進し、なんとかスフィーの近くまで歩み寄った。
「おい、大丈夫か?」
「あたしは大丈夫っす。今クロさんにも魔法をかけるっす」
スフィーはそう言ってクローキンスに触れると、彼の身体は僅かに浮き、振動の影響を全く受けなくなった。
「これで上手く移動できるはずっす」
「なるほど、風魔法か。便利なもんだな」
「ふふーん、魔法は便利っすよ」
スフィーは得意げにそう言うと、すぐにハッとした様子を見せて、クローキンスの横を抜けて行った。どうやら這いずりで前進しているカイナを発見したようで、救出に向かったのであった。
「大丈夫っすか、カイナさん」
スフィーはそう言いながらカイナにも風魔法をかけ、身体を僅かに浮遊させた。
「おぉ。こりゃ凄い。助かったぜ」
「いえいえ、そんなことより、今のうちにここを――」
「それなら、あっちにも抜け道が出来たみたいなんだ」
カイナはそう言うと、出入り口とは真反対の、先ほどまで行き止まりとなっていた部屋の最奥部に指を向けた。スフィーがそちらを振り向くと、そこには確かに新たな道が開けていた。
「今の振動で建物の形状が変わったんすかね……?」
「ちっ、今はどうでもいい。さっさと逃げるぞ」
クローキンスがそう言うので、三人はキメラの群を抜けて行き、新たに出来上がった通路に向かって行った。
「クソ、なんてタイミングが悪いんだ……! お前たち、早く奴らを追え! あの先に行かせてはならん!」
走り去って行こうとする三人の背中を見ながら、宗周はキメラたちに指示を出した。しかし揺れは尚も続いており、キメラたちは明らかに鈍重な足取りで三人を追わなければならなかった。
「あの先は……。あの先には……」
キメラたちに指示を出した宗周は、ブツブツと独り言を呟きながら踵を返し、一人正規の出入り口から部屋を出て行った。




