第九十二話 ~合成の力~
牢屋に放り込まれ、上昇して行く部屋を初汰が見送っていると隣の牢から低い呻き声が聞こえて来た。どうやら獅子民が目覚めようとしているらしい。初汰は上昇して行く部屋を見送るのを止め、柵のギリギリまで近づいて小さな声を上げた。
「おい、オッサン。生きてるか?」
「う、うぅん……。初汰か……?」
「あぁ、意識はハッキリしてきたか?」
「うむ、何とかな。リーアは?」
「私は大丈夫です。ですがその、状況は芳しく無いです」
「それはどういうことだ?」
「まぁ見てみろよ」
初汰がそう促すので、獅子民は起き上がって柵の向こう側を見てみた。すると下には奈落、上には移動する部屋が天井代わりとなっており、暗闇が押し寄せてきていた。しかし壁が真っ白なので不気味な明るさも共存しており、未知の恐怖が虚空を漂っていた。
「どこなのだ、ここは?」
「おっと、オッサン、柵には触るなよ。魔力を吸われるらしいから。ま、俺たちには関係ないと思うけどよ」
獅子民の声が大きくなったので、柵に触れてしまうかと思った初汰は念のため注意喚起をした。
「そ、そうか。了解した」
あと少しで柵に触れるところだった獅子民は、両手を宙に浮かせたまま数歩後退した。
「オッサン、どこまで覚えてるんだ?」
「ルーズキンに負けたところまでは覚えている」
「じゃあ俺たちの救援に入って負けたのは覚えてるんだな」
「ぐっ、すまない……」
「初汰、その言い方は失礼よ。もとはと言えば私たちの不注意のせいなのだから」
「そうだけどよ、でもあれは仕方なかっただろ」
「そうね。でも起こってしまったことが全てよ。だからこそ、今はここを脱出することを考えましょう」
「まぁ確かに。そうだよな」
「すまない、二人とも。次はしくじらないよう尽力する」
「あぁ、頼んだぜ、オッサン」
捕まって自由を奪われてしまったことで少し気が短くなっていた初汰だが、リーアが抑止力となり、何事も無くその場は静まった。その後ここを出る計画を企てようとするのだが、辺りを見回したところで希望への糸口は一縷も無く、静寂は暫しの間続くこととなった。
「なぁ、俺たちここから出られるのか?」
会話が無くて寂しくなった初汰は、ぽつりと呟くようにそう言った。
「うーむ、このままではどうしようもないだろうな」
「リーアはどんな感じ?」
「何も無いわ。ひとまず彼らがもう一度部屋を下ろしてくれないと出れそうにないわね」
「だよな~。てかスフィーとクローキンスはどうしたんだよ?」
「二人とは小屋で別れた。だがあの二人のことだ。きっと我々が帰って来ないことから察してすでに動き出しているだろう」
「そうだと信じるしか無いよな~」
初汰は嘆くようにそう言うと、用意されていた固いベッドに身を投げて目を瞑った。
その頃どこかも分からぬ場所で死体を漁っていたスフィーとクローキンスは、大方死体を確認し終わって一度その山から離れていた。
「見た感じ、それらしい人物はいなかったっす」
「あぁ、こっちもだ」
「杞憂に終わって良かったっす」
「次はあっちの檻を調べに行くぞ」
「はいっす」
二人は回れ右をして死体の山に背を向けると、今度は部屋の右側に散乱している檻を見に行った。すると二人のことが視界に入ったのか、はたまた気配を察知したのか、檻に囚われている動物たちが威嚇するように唸り声を上げ始めた。スフィーとクローキンスは念のため武装を施し、そっと一個目の檻に近付いて行った。
激しく檻を揺らしていたのはライオンであった。それを見た二人はかつて獅子民もこの身体に入っていたことがあったなと思いながら、柵の向こうにいるライオンを見つめた。
「獅子民さんたち、大丈夫っすかね」
「さぁな。そもそも俺たちがあいつらに近付いているかも定かじゃない」
そんな会話をしていると、目の前に広がる檻の群から湧き出る呻き声が増大し始めた。動物たちはみな、二人が入って来たドアとは真反対に位置するドアの方を向いて吠え始めた。
「なんすかね? 何かが近づいて来たとか……?」
スフィーはそう言うと、鳴き声が充満する部屋の中に立ち尽くし、ドアの向こう側から何かが聞こえてこないものかと聞き耳を立てた。
「……何か、機械が動いているような音がするっす」
「ちっ、こっちに近づいて来てるんだな?」
「そうっすね」
「ひとまず隠れる」
クローキンスはそう言うと、檻の隙間を抜けて部屋の右奥に向かって行った。誰かが来ると分かっているスフィーもクローキンスに続き、部屋の右奥にある空の檻裏に身を隠した。
少しの間息を潜め、檻の陰からドアの様子を伺っていると、自動ドアは音も立てず滞りなく開いた。そしてその奥から何人かが部屋に流れ込んできた。
「なんだなんだこの量は、死体も動物も大量にいるじゃないか!」
「そ、それは宗周さんが仕事を……」
「なに? 私のせいか?」
「あ、いや、その……」
入って来たのはダブルのスーツを身に纏ったふくよかな男。ないしは宗周と呼ばれた男と、それを取り囲む真っ黒いスーツを来た細身の男三人であった。加えて黒スーツの男たちは各々大きなバッグを持っており、ボストンバッグだったりキャリーバッグだったりしたが、彼らはそれを運びながら宗周の機嫌取りをしていた。そんなことをしていると、部屋の中央部まで来た宗周は突然立ち止まった。そして部屋を見回して大きなため息をついて見せた。
「はぁ~、まぁ確かに。致し方ないな。他の連中と違って私の隊は素材が必要だからなぁ……」
「そうですね。ですがこれほどの魂と動物が居れば、虎間様や火浦様にも負けない軍隊が作れるのではないでしょうか?」
「そうだなぁ……。でもこいつらを全部合成するのは私だよな?」
「は、はい。私たちには特別な力は備わっておりませんので」
「そうか、そうだな。私は特別な人間だものな。ならたまには頑張るか。玉座もかかっていることだしな」
「はい。早速作業に取り掛かりますか?」
「よし、死体を檻の方へ運んでくれ。私は養分を補給している」
宗周がそう言うと、大きなキャリーバッグを持っていた男がそれを宗周に手渡した。そして黒いスーツを着た三人は軽い会釈をした後、死体の山がある方に向かって歩いて行った。それを確認した宗周は、片手をポケットに手を突っ込み、もう片方の手でキャリーバッグを引きずって檻が散乱している部屋の左側に向かって歩き始めた。
「こっちに来るっすね」
「説明する気は無いのか? お前は全部聞こえてたんだろうが、全員がお前と同じ聴力を持ってると思うなよ」
「あ、ごめんっす。何か作業を始めるらしいっすよ。話しの流れからして、恐らくキメラだと思うっすけど」
「ちっ、確かに軍隊がどうとか言ってたな」
「虎間と火浦の名前も出てたっす」
「ひとまずはバレないように動向を伺う」
「了解っす」
二人は近付いてくる宗周の様子を伺いながら、もう少し奥にある檻の陰に隠れた。監視されているとは露ほども知らない宗周は、檻が集中している地帯を抜け、少し開けた場所に出た。そして近くの檻を見回して動物たちの様子を確認し終えると、キャリーバッグを寝かせてそれを開いた。その中からは折り畳みの椅子と紙に包まれたバーガーやらおむすびやら、大量の食糧が出てきた。宗周はまず折り畳みの椅子をその場に組み立てると、それに座ってバーガーを食べ始めた。
「食べ始めたっすね」
「相当体力を消耗する何かを始めようとしているのか……?」
「じゃなきゃあんな量食べないっすよね……」
その後も様子を伺っていると、宗周はキャリーバッグの中から続々と飲食料を取り出し、それを胃に流し込んでいった。そしてキャリーバッグの中身が半分近く食べ尽くされた頃。部屋の左側に向かった黒スーツの男たちの作業が活発化し始めた。まずはごたごたになっている死体を一人一人、丁寧に浮遊魔法を使って整列させていった。続いてボストンバッグからゴーグルを取り出し、それを装着して死体を次々と調べていった。その作業の中で、死体は右のグループと左のグループに分けられ、それが終るころには大体半々の数に選り分けられていた。
「死体を運び始めたっすね」
今度は選り分けられた右側の半数の死体に浮遊魔法をかけ、宗周が食事をしている少し開けた場所に数体ずつ死体を送り始めた。そしてそれを確認した宗周は、一度食事を止めて三体の死体を受け取った。
「ふぅ~、始めるとするかね」
そう言って死体に近付くと、首根っこを掴んでトラが収容されている檻に向かって行った。そして檻の目の前にたどり着くと、死体から手を放して正面にいるトラを睨んだ。すると先ほどまで勇ましく唸っていたトラは突然静まり、ゆっくりと宗周の前に歩み寄った。
「よし、いい子だ」
宗周は檻の隙間から手を差し伸べ、トラの額にその手を添えた。
――すると一瞬にしてトラは光に包まれ、数秒後にその光が無くなったときには既にトラの姿は無く、宗周右手に黄色い球が乗っているだけであった。球を確認した宗周は、檻から手を引いて身を屈めた。そしてその球を死体の口に突っ込んだ。それを目の当たりにしたスフィーは、まるで自分が喉に腕を突っ込まれたような気分になり、少し吐き気を催した。しかしすぐに視線を戻し、宗周の次の動きを監視した。
「宗周さん、どうですか?」
球を口に詰め込まれた男の様子を伺っていた宗周のもとに、黒スーツの男が一人来てそう聞いた。
「様子を見ている。この身体には少し荷が重かったかも知れない」
「こちらの男はどうでしょうか」
スーツの男はそう言うと、浮遊魔法で運んできていた大柄な男を宗周の前に下ろした。
「うーん、これは良い素材だ。もしこいつが球を吐き出したら、こっちに乗り換えよう」
それから一分弱の間、宗周は死体を見守っていた。その間にスーツの男は新たな死体を厳選するためにもとの場所に戻ってしまったので、死体を見守る宗周を見守るスフィーとクローキンス。という不自然な状況が続いていた。そんな最中、腕を組んで棒立ちしていた宗周が突然しゃがみこんだ。
「やはりダメだったか……」
そう言って立ち上がる宗周の右手には、先ほどの黄色い球が握られていた。そして適応しなかった死体のもとを離れると、新たに運搬されてきた死体に黄色い球を飲み込ませた。すると球はすんなりと喉を通って行き、死体はすぐに目を覚ました。
「……ここは?」
「やぁ、おはよう。気分はどうだね?」
「お前は……。網井戸宗周か! 俺に何をした!」
「あまり頭は良くないようだな。だがそっちの方が相性が良さそうだ」
「何だと?」
「つまり君はもう、『合成の力』の餌食になったということだよ」
「キメラになった……ってことなのか……」
「あぁ、そろそろ物的証拠も出てくる頃だ」
宗周がそう言うと、たった今死から目覚めた男は急に頭を押さえてうずくまった。そして嗚咽ともとれる叫び声を上げ始めると、爪が鋭く伸び、耳が生え、尻尾が生え、背中が丸みを帯びた。その後頭痛が収まった男は両手を顔から放し、ゆっくりと顔を上げた。
「うん、良い目付きだ」
顔を上げた男の目は切れ長く、猫のように縦長い瞳孔に変わっていた。
「これで君も立派なキメラだ。私のもとで存分に働いてくれ。そうだ、もし逆らおうしたのなら、その時はすぐに抹殺処分だからな」
宗周はそう言うと、トラとのキメラになった男の背中をポンと叩き、違う死体の方に向かって行った。




