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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

おなごの服を濡らすもの 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 あ、つぶらやさん、そちらにハンガーあります?

 ……ありがとうございます。いやあ、いきなり降ってきちゃって、服がびっちょりです。水をはじくと評判の服だったんですけど、さすがに何年も着ているから、くたびれモードなのかもしれませんね。

 考えてみると、服も大変じゃないですか? 特に水洗いができるものの場合。まめな人の場合だったら、他の有象無象の衣服たちと一緒にしばしば行水。いや、洗濯機だったらもはや海難事故ですよ。

 それをやり過ごしたと思ったらはりつけにされて、文字通り、白日の下に全身をさらされるか、室内の立ち込める陰気な空気を吸って過ごすかですよ? ひどい時には床の上で野ざらし、カーペット代わりに踏みつけられることもあり得ます。もはや拷問ですよね。

 拒否権なんてありませんから、中にはブス、ブ男の相手をずっとさせられたあげく、ボロ雑巾にされてポイ、なんて生涯も。うーん、人間に置き換えたら、なかなか悲惨になってきましたよう。

 そんな彼らが必要とされる特殊な場面、あるようなんですよ。聞いてみません?


 私の友達のお姉さんが、高校に通っていた時の話です。

 新年度を迎えても、お姉さんの学部は人数が少なく、同じクラスのメンバーで新しく一年間に臨むことになったようです。

 その年は寒暖の差が激しく、まだ4月だというのに、夏を思わせる炎天下の日があれば、豪雨と共に、冬の寒さが舞い戻って来た日もありました。クラスでは代わりばんこにみんなが休んでしまう日が続き、お姉さん自身も参ってしまうことさえあったようです。そんなことが続きつつも、珍しく全員が揃ったその日、奇妙なことが起こったのです。


 その日の体育は、男女そろって、体育館内でバレーボールを行ったとのこと。

 体操着のみでも構わないとのことでしたが、気温は低く、お姉さんを含めてほぼ全員がジャージ姿だったと言います。

 お姉さんはバレーが得意だったので、スパイクにレシーブに大張り切り。気持ちの良い汗を流しました。ところが教室に戻り、着替える段になって驚いたんです。

 自分が今朝着ており、教室後ろの穴あきロッカーに入れていた肌着やブラウスが、びっちょりと濡れている。登校時にはブレザーを着ていたこともあって、中の服はさほど湿っていなかったことは、体育前に確認済みでした。他の女子も何名かの分が、同じように服が水を吸い、重くなっていたとか。

 教室の外で着替えている男子に、入ってこないよう厳命しながら、めいめいベランダで各々の服をしぼりあげて、水を出す女性陣。それに混じる一人の女子が、ふと口にしたのだそうです。この学校に伝わる怪談を。


 実はこの高校がある山は、かつて人食い鬼が住まっていたという、言い伝えがある。

 ずっと昔に、源某みなもとのなにがしという武将によって、鬼の大将は討ち取られたものの、残党は某の手を逃れて山野に身を隠し、今に至るまでずっとずっと生き続けているらしい。人々の営みの中から、自分たちが生きるための糧を、こっそりと拝借しながら。  

 もしかすると、この服がびっしょり濡れているのも、彼らがくわえていたから……。


「きゃあ〜」と黄色い悲鳴をあげる、一部の女子陣。それに応じて、教室のドアもガタガタ揺れる。男子陣の反応と思われました。服をしぼっていた女子たちも、思わずブラウスなどを放り捨ててしまったそうです。あの話が本当なら、いい気持ちはしないでしょうね。そのままジャージで残りの授業を受けることにしたそうです。

 結局、怪談に耐性のあるお姉さんが、みんなの分の服までしぼり、それぞれ体操着一式が入っていた袋に入れてあげたとのこと。服をどかした後のロッカーは小さな水たまりができており、その拭き掃除をする羽目にもなったようですね。


 夜。部活で遅く帰って来たお姉さんは、ご飯を食べながら、お母さんに昼間の出来事と怪談話を話しましたが、一笑に付されたようです。湿っていることをのぞけば、肌着たちに何の異状も見当たらないのですから。


「とりあえず、お風呂はあなたが最後だから、出る時にボイラー切っといてちょうだいね。分かっていると思うけど、お湯は抜かないでね。明日の洗濯に使うから」


 食器は下げとくだけでいいわ。後で洗うから、とお母さんは台所を出て、二階に上がっていきました。

 お姉さんは一通り食べ終わりましたが、どうも物足りません。おかずの残りは冷蔵庫に入っているのですが、明日のお父さんのお弁当分を兼ねているので、手が出せないのです。

 洗いおけに水を張り、その中に食器をつけたお姉さん。お腹がぐううと鳴り、我慢できず、お菓子おきの中からポテトチップスの袋を掴んで、部屋に戻っていきました。「太らないかなあ」と、お腹の肉を触りながら。


 それからも、雨の日に教室を移動することがあると、帰ってくる時には、教室に残しておいた衣類が軒並み濡れている。そんな事態が何度か起こったそうです。

 そのたび、例のたたりだ、怨念だと騒ぎ立てるものですから、やかましくて仕方ない。ほとんどの女子は移動教室の時も、女子たちは自分の服を丸々持ち運ぶことの許可を、先生に求めるくらいだったとか。

 お姉さんは、みんなほど過剰に反応はしなかったけど、こうたびたび、自分の服に「つばをつけられて」は、むっとくる。どうにかして、犯人をとっちめてやろうと、思ったようですね。


 そして一学期が終わろういう、7月ごろ。作戦は決行に移されます。

 外での体育の授業。お姉さんは最初のウォーミングアップで、わざと体調が悪そうな演技をした上で、先生に体育を休ませてもらいたいと申し出ます。見学しなさいという指示を、トイレに行かせてくださいと返し、お姉さんは校舎内にとって返します。

 他のクラスが授業をしているのを尻目に、お姉さんはできる限り静かに、迅速に、自分たちの教室へ向かいます。何が起きているかを確かめるために。

 お姉さんは教室の後ろのドアを開けました。すぐそばに、個々人のロッカーが並んでいます。見ると、ロッカーの前に、水をたたえたバケツがいくつも並んでいました。そして、その中にはお姉さんの肌着が浸かっています。

 でも、誰が? 教室内に人影がありません。この水を制服にぶちまけていたのだとしても、それをしているであろう、犯人が見当たりません。隠れているのか、とお姉さんが教室に踏み入った時。

 すぐ目の前の床に、上からぽたりと水滴が垂れました。まさか、と思った時には何者かに両肩を強く掴まれ、地面から一メートル近く引き上げられてしまいました。

 叫ぼうとしましたが、口が大きい手で覆われます。ゴムのような弾力を持っている、気持ち悪い感触でした。


「戻って来たのか、おなごよ。だが、じっとしていてもらうぞ」


 頭上から声。お姉さんが辛うじて目線を上に動かします。

 人間の顔を持つ、巨大な黒いネコのような生き物が、さかさまに天井に張り付いていたのです。その腕は不自然に長く、8本あります。うち2本がお姉さんの肩を。1本がお姉さんの口を抑えていたのです。

 猫からさらに2本の腕が伸びて、お姉さんのばたつく両足を封じます。それでももがこうとするお姉さんの視線の先で、猫は大きく口を開いたのです。

 赤くて細い舌が、糸のように垂れてきました。数十センチにも及ぶその舌は、お姉さんの顔の横で動きを止めたかと思うと、ゆっくりその頬をなめてきたのです。ザラザラ、ジクジクして、おろしがねを押し付けられたようだったとか。


「……やはり、まずいな。最近のおなごは、食いでのない者ばかりだ」


 残念そうにつぶやく、8本足のネコ。ふとお姉さんは、自分の肌着がつかったバケツに、いつの間にか何匹かの子ネコが集まっているのに気づきます。ただし、8本足を持った。


「うぬらの身体、もはやそのまま食らえぬわ。服に染み込む汗さえも、しっかり水で薄めなければ、幼き子らが腹壊す。人とはここまで堕ちるのか」


 眼下では、お姉さんの肌着に取り付き、子ネコたちがちゅうちゅうと、音を立てて吸っている。


「も少し昔のことならば、貴様にこの舌突き刺して、干物に変えてやるとこだ。されど、うぬらはもはや心の他に、血肉も食えぬ奴だった。手を下したら、我が身汚れる。せいぜい、日々を戒めよ」


 ふっと圧力がなくなったかと思うと、お姉さんは地面に放り出されます。

 かろうじて着地した時には、もうあのネコたちは影もなく、中途半端にバケツに頭を突っこんだ、自分の肌着が残っているばかりだったとか。


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