第七話 襲撃
「——ディン、あなたあれでいいの?」
ニレの警備隊長——リッカは、ボクに向かってそう言ってくる。
彼女も僕の意見に賛成何だろうか?
「正直、彼らにはそこのところの警戒が抜け落ちている——とは思うわ。でも、私は一応後輩という立場だし、下手に口出しできない」
そうか、正規ギルドにはそういったしがらみもあるのか。
闇ギルドでは仕事ができるやつに従うのは自明で、その分野の専門家の意見にはあまり口を出さないのが通例だが、正規ギルドでは上位ランクの者には言わずもがな、同ランクでもさきに昇格していたものに敬意を払い、従う必要があるということか。
圧倒的な実力でも見せつければ話は変わるのかもしれないが、本当に最近Sランクになったばかりのリッカではそんな時間もなかったのだろう。彼女に圧倒的な実力があるのかどうかは置いておいてだ。
「まあいいよ。ボクがいれば、大抵の奇襲は無効になると思うし」
ボクがそう断言する理由は、職業能力にある。
『反響聴取』という能力なのだが、暗闇の中でも反響してきた音で大体の者の位置が分かるという優れモノだった。この能力の応用方法として奇襲対策ができる。
建物の中で、さらに味方の人数がはっきりとわかっていれば、〈余計な足音〉を聞き分けることがこの能力によって出来るようになるということだ。
もちろん、こんな詳しいことまで彼女に語ってやる義理もないので言わない。
「そう、なら安心できるの?」
「いや、ボクが声をかけてから即座に反応できる人が、出来るならほしい。一人じゃガードしきれないかもしれないから」
『血飛沫ノ舞』を使えばあるいは、とも思うが、アレは僕一人を護るのが正しい使い方で、八人同時に守り切れるとは言い難い。実験してみたところ、『血飛沫ノ舞』は防御範囲が広がるほど耐久力が下がる。
「それをあたしが受け持てばいいわけね?」
「頼んだよ」
実を言えば、全力を出せば全員を庇いきることができる。
最大でLv15まである防御系能力『死神ノ心得』は、現在Lv13まで上がっていて、『血飛沫ノ舞』を超える守備範囲と防御効果をもつチカラが解放されている。
しかし、いつ来るか分からない相手を待ってそれを準備し続けるのは不可能といえるし、この先に何があるか分からないこの侵入作戦においては、このタイミングで使うことは愚の骨頂といっても過言ではないだろう。
とはいえ、クロを名乗る悪魔との戦闘時には温存を目的として『血飛沫ノ舞』を使ったことによって傷を負うところだったのも事実だ。出し惜しみはできないだろう。
リッカとしては、数合わせのようにこの作戦に組み込まれている今こんな些細なことでも、そして仇敵といえる相手からの願いでもかなり心地よいらしく、この戦場には似合わない笑みを浮かべている。
『聖人』の職業は確かに人類最強格のはずで、生半可な鍛錬では辿り着けない頂であるのだが、どうにも『神剣』ティルフィングや『無弓』ヒュドラは見下している感がある。そんなことをしていては連携もままならないだろうと思うが、そもそもボクは連携を必要としない職業なのだ。
正直、皇帝とやらを討つのはボクが適任だと思う。つまり、この侵入作戦において最も正しい役割を当てられている。
『神剣』や『神槍』については、明らかにされているスキルのデータを見ればこのような侵入作戦ではなくて外で行われているような大規模な殲滅作戦に従事するほうが運用方法として適切なのは明白だし、『絶盾』アイギスに至ってはあそこに参加しなくてどうするんだと思うレベルだ。
——まあ、最悪他の全員が死んだとしても皇帝だけ討って帰ってこれるだろ。
そんな程度に、ボクはこの作戦を捉えていた。
***
———黒。
王城の直下、地下牢の奥。
そこにいたのは、影さえも、そして闇さえも呑み込むような圧倒的な黒。
「かなり強力な封印ですね。まあ、私に解けるということは、あのお方のものよりは単純なのですけど」
そんなことを呟くその『黒』の周りには、その存在と同じ色をした粒子が飛び回っていた。
その粒子が、目の前にある壁に吸い込まれていく。
それは傍から見れば何をしているのかわからないだろうが、とある知識を身に着けているものならば一目でわかる行為だった。
それは、魔術的に封印されている場所を強制的にこじ開けようとするための作法ともいえる行動であり、自分が施されている封印を書き換えやすくするために魔力を『馴染ませる』行為だ。
そしてその数十秒後に、何かの壊れる音が地下牢全体に響いた。
「さあ、存分に暴れるといいですよ——眷属たち」
両手を広げたままの存在——昨夜、アスクと死闘を演じた悪魔・クロのすぐ横を、封印から解き放たれた巨躯が通り過ぎて行った。
***
王城の中を、およそ生身では考えられない程の速さで疾駆するボクたちの数は八人。
あれから、ボクが心配したようなこと——見えない場所からの襲撃——に脅かされることもなく、この調子でいけば謁見のままですぐにたどり着ける距離まで来ていた。
明らかに誘い込まれてはいるのだが、こちらの目的が割れている今になってはそうするしかないので、警戒は怠らないながらも半ば襲撃者の存在など意識から消えかけていた。
それすらも相手の術中だったとすれば、大したものだと思う。
ソレは、突如として床をブチ破って出現し『絶盾』アイギスを吹き飛ばした。
錐もみしながら落下してくるアイギスを、ユミルが腕の中に抱きかかえるようにして受け止める。
二人ともかなり体格がいいので、変な物でも見せられているような気分になった。
「——何者だ⁉」
ティルフィングが鋭く問いかける。
二メートルを超すであろう巨躯と、黒い瘴気を纏った腕。その先には一振りの剣が握られていた。
しかしソレはティルフィングの問いに答えることなく、一言腕を振り上げる。
それを見たボクたちは、それぞれが戦闘態勢に入ったのだが、
「——『韻駕』」
ソレがそう呟くと同時に振り下ろされた剣線は、王城の廊下を真っすぐに叩ききった。
遅れて聞こえてくる破砕音と衝撃波。
咄嗟に『死神ノ心得』で獲得していたスキル『不殺縛鎖』で自分を縛り付けることで吹き飛ぶのを防ぎ、破砕した床の礫は自由にしてある両手に持ったナイフで叩き落す。
爆発的に広がる破壊に、リッカとは反対側の隣にいた『無弓』ヒュドラがなすすべもなく吹き飛ばされていった。
Sランクとしてそれはどうなんだよと思わなくもないが、彼は恐らく防御が苦手なのだろう。彼の持ち味は射程のない遠距離攻撃だと聞いていたしな。
ボクとしては、一旦この纏まりから彼が吹き飛ばされたことによって、後方からの援護射撃に期待できそうだとすら思った。
「何のつもりだ、貴様ぁ⁉」
ここまで攻め込んできて何のつもりもクソもないと思うが、ティルフィングは叫びながら自分と同じ銘を持つ神剣ティルフィングを掲げてとびかかる。
それを剣で受ける巨躯———敵。
あれだけのスキルを使ったのだから、多少の硬直時間はあるだろうと考えていたが、その敵の動きにはそんなものは感じられない。
人類最高の剣劇が繰り広げられているといっても過言ではないだろう。
Sランクでも上位に位置するような『神剣』と互角にやりあっているその敵——スタルカズル帝国は確かに大国だが、こんな圧倒的な戦士を引き入れていようとは。
「おい、ここは俺一人でいい‼ お前たちは先に進め‼」
それは恐らく、此処でまみえた強者を自分で倒さなくては気が済まないという意地であり、ボクたちを気遣っての言葉ではなかった。
しかし、そんな言葉に感化されたのだろうか、ボク以外の——正確にはヒュドラも——面々は『すまない!』といいながら謁見の間に向かって走り出した。作戦通りというわけではないが、ティルフィングが負けるなどと考えている者もいなかった。
ボクとしてもこの場では役に立たないだろうからと思い、前に進もうとしたのだが、ふと気になることがあった。
ボクはあの瘴気——オーラをどこかで見たことがあるんじゃないだろうか。
それはつい最近のことだったと思われるのだが……
しかし、その思考が纏まる前に、戦闘を走っていたグングニルが、最終決戦の場となる部屋への扉を開けたのだった。