第四話 戦闘
強い。
目の前の相手は、明らかに強者である。
いつぞやに戦った、ニレの警備隊長など苦も無く殺してみせるのだろう程に。
「——なんだって? よく聞こえなかった——なッ‼」
返事をしながら、一閃。
『死神』の職業能力『命摘ム鎌』。その権能は、剣線——すなわち間合いの延長。
目の届く範囲内どこまでも手持ちの武器の間合いを伸ばせるというぶっ壊れスキル。
小手調べの、不意打ちに乗せた攻撃を、クロと名乗る者は難なく避けて見せる。
「『黒ノ波動』」
クロはカウンター気味に魔法を放つ。
おそらく最小限の出力に抑えているのであろうその魔法だったが、先ほどまでクロが優雅に腰かけていた椅子など、キッチンの装飾品を一撃のもとに消し去った。
『色彩魔法:黒』に属する魔法だろう。
色を冠する魔法を『色彩魔法』と呼ぶが、その中で最も解析が難しいといわれる——すなわち、再現するのも難しい——黒を使いこなすとなると、相当な魔術師ということになるだろう。
「『黒ノ閃光』」
魔術の連続行使——演算領域に多大な負荷がかかるだろう『色彩魔法』を二連続使用となると、聖騎士クラスでも難しいだろうに、それを難なくこなすほどの技量。
これは、今までで最も手ごわいかもしれない。
ボクは黒い光線を紙一重で回避しながら、部屋の中を縦横に駆け抜ける。
もともとそんなに広い部屋ではないために逃げ場は限られている。
さらに、周囲の家に被害が出ていないところを見ると、中のものを逃がさないための結界も幾重にも張られているようだ。
「『創成:魔剣』」
今までよりも少し長い術式言語——そこから生み出されたのは、極彩色を纏う魔剣。
使用難度の高い魔法を何度も何度も……
既にこの戦闘中に三本の魔剣が創り出され、破壊されている。
今回の魔剣は今までのよりも明らかに質が良く、少なくともAランク相当の代物だろう。
「『血飛沫ノ舞』ッ」
現在使用できる防御系スキルの最高位『死神ノ心得』がLv9になったときに使えるようになった、『血飛沫ノ舞』は、自身に赤いオーラを纏わりつかせて相手の攻撃を減退するというもの。
そのスキルを介してなお、クロの放つ剣線は重い。
「魔法職じゃないんだね……魔法戦士?」
「そんなにたいそうな物じゃない。ワタシは悪魔だからね」
「よく言うよ。悪魔は滅んだ——ボクはエッグセールを信じてるから」
「ああ、あの情報屋……苦労してるね、あの子も」
そんな言葉の応酬の間で、互いの攻撃が飛び交う。
先程までの魔剣と違い、極彩色の魔剣は魔法を放出し続けても割れるという気配はない。それほどまでに精巧に作られた魔剣。
「これ以上は明日に響くなぁ……」
「ワタシもそろそろ飽きてきています——最後の一撃といきましょうかね」
お互いに覚悟を決めたらしい。
というか、ボクは逃げる覚悟を決めた。
相手はボクを殺す覚悟を決めたらしい。
最大級の攻撃の陰に隠れて逃走しよう——。
「『黒覇』」 「『死神』」
闇夜に屹立した黒い巨塔は、闇ギルドからでも分かるほど強力だったらしい。
***
久しく流していなかった血。しかし、今宵の闘いでは存分に流している。
ポケットからポーションを取り出して回復する。
一般能力『自動治癒 Lv17』に任せてもいいのだが、早急に回復する必要がある今は回復薬を使用する。
ボクはそのまま、闇ギルドへと転がり込む。
「マスターを!」
その掛け声一つで、慌てた様子のごつい受け付けが奥のほうへと入っていった。
一分も待たないうちに、ギルドマスター・オーデが姿を現す。
「何があった?」
「……あんなバケモノ、聞いてないぞ?」
あったことを整理する。
というか、オーデに事情を説明するにあたって、その必要が出てきた。
まず、あの民家にいた『クロ』たる男について。
この世界において使い手がほとんどいないといわれる『色彩魔法』。クロが最後に使っていたのはその奥義であった。
『黒覇』。
それぞれ、その魔法の原点となった色の名前を冠する『色彩魔法』が奥義。
その使い手は、世界に十二人。そのうちの一人ということだろう。
そして、悪魔という言葉。
悪魔とは、強大な魔力を有し、人にも魔物にも属さない種族のことだ。
気高く、他のものとの交流を嫌うことで有名だったが、そのためか個体数も少なく、ハーフもいない。
100年前に起こった人魔決戦においてはなぜか魔王軍の味方をしており、そのせいで滅んだ街の数は両手で数え切れぬほどになるという。
魔王を倒し、勇者と呼ばれるに至った剣豪アーチとその仲間たちが五年かけて絶滅させた、という伝承が残っている。
それを名乗るともなると、人類の敵と言いたいのか。それとも、アーチたちの殲滅から生き残っていたのかはわからない。
しかし、確かなのはその実力だ。
苦手とする正面戦闘ではあったが『命摘ム鎌』の一撃を避けたことや、『血飛沫ノ舞』を突破する攻撃力を有する魔剣、そしてそれを難なく作り出す技量——。
どれをとっても、人類の脅威とならない理由がない。
という話をしたところ、オーデの顔色は思った以上に悪くなっていた。
「つまり、『死神』のジョブを持ったアスクでも倒しきれない敵がいた、ということか」
「ああ、あれはこの国の軍隊を差し向けても駄目だろう——少数精鋭で言ったほうが良い相手だよ。もうどこにいるか分かんないけど」
沈黙。
しかし、それ以上の情報はボクにはないので、明日に備えて寝ると言って部屋を出る。
多くの闇ギルド登録者の視線が突き刺さるが、気にしている暇はない。
もうここには、ボクの実力を知らずに突っかかってくるアホもいないだろう。
建物から出ると同時に、ボクはねぐらに向かって駆け出した。