第三話 苛立ち
〇ニレ 警備隊・詰所
「信じられない! 寄りにもよって正規ギルドが闇ギルドと手を結ぶですって⁉」
いつになく荒れている私に、部下たちは心配そうな目を向ける。
「あんなの、『暗殺者』に負けた時以来の屈辱だわ!」
そう悪態を吐いつつも、受けてしまった以来のことは仕方ないのだ。
——頭では理解していても、癪に障る。
何より、親衛隊長の地位につられたかのように見られたことが許せない。
『この依頼、きちんとこなせば親衛隊……その隊長も夢ではないやもしれませんぞ』
そんな言葉につられたわけではない。
闇ギルドとの協力という事態に、ちょうど折り合いをつけきったタイミングでそんなことを言われたのだ。あの男には、私が食い気味に受け答えたように映っただろう。
そんな苛立ちを抱えつつ、合同依頼まで残り一週間を切った。
***
〇??? ?? ??
さてと、情報はリークし終わった。
これで、残るは戦火が巻き起こるのを待つだけだ。
全身が、黒い。
そうとしか印象付けられない男が、大通りの中央、最も目立つ場所に立っていた。
周囲に人影は一つもない。
仲間内では憤怒と呼ばれる男。
それは、もう一週間後には真っ先に戦渦に巻き込まれるだろう街の中心にいた。
既に、戦争が起ころうということは住民に知れ渡っているのだろうか。
——どちらにしても、静寂の中に一人たたずむ『黒』は異質だった。
「———どちらが勝とうと興味はない。ただ、あのお方のために———」
そのつぶやきが発せられた直後。
その場所には既に『黒』はなかった。
***
合同任務に集まったものの数は、総勢1500人。
内訳は、意外にも正規ギルドの者が多く900人、500人が闇ギルド。
残る100人は、そのどちらにも属さない浮浪の冒険者たちだった。
正規ギルドのランク付けでA以上のものと、闇ギルドA+以上のもの。そして選定で勝ち残った浮浪の冒険者のランクは、見立てでは最低でも正規ギルド付けでA以上。
そんな、この世界でもトップレベルの戦士たちの前には、総勢二万の黒い軍勢が待ち構えていた。
***
ボクの仕事は、『大仕事』の前夜にも行われていた。
内容は、とある民家に侵入し、そこで一人で生計を立てている男を殺害するという簡単なものだった。
目的地の民家は、トネリコ居住第四ブロックの隅に位置しており、そこまで行くのにはさほど時間はかからない。というのも、闇ギルド、そしてボクの家があるスラム街は、正式名称をトネリコ居住第五ブロックというからだ。ちょうど隣に位置しているブロックとは、往来が簡単なのだ。
職業能力『軽業 Lv10』によって民家の屋根を伝っていく。
Lv10になったときに手に入れた、空中歩行という能力は、一回の跳躍中に付き一回、空中に足場を作り出す能力だ。
『軽業』というスキル自体は多くの職業の職業能力に含まれるので、よく一般能力であると勘違いされやすいのだが、Lv10、つまりスキルをマスターするということをあまり聞かない。それはつまり、上位互換スキルがあるという意味でもある。
多くのスキルは、Lv10となり、マスターした時点で、上位互換能力へと進化できる。
例えば『軽業』の上位互換スキルは『韋駄天』というスキルで、『軽業』の倍以上のスピードが出せる。
ボクが進化させないのは、不安定な足場での戦闘が多くなる『暗殺者』系の職業にとって、『軽業 Lv5』で手に入る『平衡感覚安定』という技能が使えるからだ。
スピードを重視する『韋駄天』では、Lv3で手に入るが、効力が弱いのだ。
音を立てずに、目的の家の前に着地。
音がないのは、技術ということもあるが、『隠密 Lv10』が効いているのだろう。
効果範囲が広がった今では、周囲三メートルまでの自分が立てた音は任意で消すことができる。
鍵を開ける。
この辺りはボク自身の技能。『盗賊』や『略奪者』の職業能力ならば手に入るだろう『開錠』スキルだが、『侵入』スキルがあるために『暗殺者』系の職業にはない。
ここまではいつも通り。
この家の主はいつもこの時間には寝てしまっているので、簡単に依頼を遂行できるはずだ。これで30万いい仕事だ——、
「———ようこそ、アスク。ワタシはクロというんだ。邪魔だから消えてくれたまえ」
———これは、いつも通りではない。