第一話 急なんですが、依頼の話を
よろしくお願いします
『創世詩』より、一部抜粋。
創世神アムスは、まず初めに自身の暮らす大地を整えた。
次に、悠久を区切るために日と夜を作った。
そして、潤いをもたらそうと水と自然を生み出した。
更には、世界を回すために時を作り出した。
そこで、世界を広げようと宇宙を作った。
最後に。
友を作ろうと、人を生んだのだ。
第一章 凱旋編
長い時の中で、いったいどれだけの人を殺したのだろうか。
もとはと言えば、悪いのは生まれだろうが、そこから這い上がり、生き抜く手段として殺しを選んだのはボク自身だった。
頼れるものなど誰もいない世界の中で、自力で殺しの技術をたたきあげた。
無論、その過程で死にかけたことも多々ある。
殺し屋の職業能力『隠密行動』『自動回復』が手に入るまでは、傷をいやすのも一苦労だった。
具体的には、傷ついた体で薬屋へ忍び込んでポーションを盗んでくるのが非常に骨が折れた。
仕事方法は、闇ギルドと呼ばれる組織の支部——もちろんスラム内にある——の掲示板に掲示された依頼を受理し、こなすというもの。
掲示板には、暗殺依頼のみならず、誘拐、強盗、挙句には叛乱のようなものの依頼まで、正規ギルドにはとても依頼できないものが殺到している。
その中から、自分の腕に合ったと思われるものを受理し、こなす。
それだけの毎日。無味乾燥である。
しかし、今日、その掲示板に時代を一転させる『依頼』が現れたのだ。
***
アスクという名前をもらったのは、闇ギルド、トネリコ支部の支部長オーデからであった。
その時のことは、未だ鮮明に覚えている。
何せ、薬屋に忍び込んだ時にくすねてしまったのが最上位回復薬という、生まれ対の障がい以外の全てを治癒するという代物だった時のことだったのだから。
トネリコという街は、現在世界中で最も栄えている国と言われる『アスルド』の首都であり、アスクが忍び込んだ薬屋はその中心部にほど近い、王族すら利用する薬屋だったのだ。
やけに警備の厳しい……と思いつつどうにかして忍び込んだ店であり、店の奥にあった小さな瓶——その時は、少ない量でいいや、と思ってそれを選んだ——を手に取って、即座に回復。一滴飲んだだけですぐに回復したので、そこでおかしいことに気付いた。
それの残りを、半分は自分用に、もう半分は売ってしまおうと考えて近くにあった瓶を二本使って仕分けた。
ベルトの金具に取り付けられるように加工されていたその瓶を、吊るし、意気揚々という様子で店を後にしたのだった。
そして次の日、闇ギルドに行って換金を依頼すると、鑑定が終わるまで少し待てと言われたので、アルコールの入っていないカクテルをチビチビと飲んでいた。すると、慌てた様子の職員——ギルド職員と言えど、厳ついおっさんだ——が「支部長が呼んでいる、ちょっと来てくれないか」という旨のことを伝えてきた。
その時は何が何だかわからないまま応接室とやらに連れ込まれ、オーデと名乗る支部長からどうやって手に入れたのか、どんな効果だったのかを洗いざらい聴取された。
そして二時間ほどの問答ののち、ギルドを去るときに名前を聞かれた。
『名前なんて大したものは持ってないよ。みんなは殺し屋都しか呼ばないし』
『そうか、ならば俺がくれてやる。——アスクだ。アスクと名乗るがいい』
『アスクね……分かった。じゃあこれからもよろしく』
『ああ』
そんな会話があった。
それは、そこだけ切り取ると印象深くもなんともないんだろうが、この名前が好きになった今ではとても鮮明に記憶に残る会話となっている。
***
なんでそんなことを思い出しているのかと言えば、いまボクの前にはその名付け親であるオーデがどっかりと腰かけているからだ。
闇ギルドらしく黒を基調とした、派手さを抑えた内装の応接室。
あまり誇れたことではないが、最上位回復薬の一件以来、この部屋に入ったのは一度や二度ではない。
無茶な依頼は受けないようにしているのだが、どうもボクの受けた依頼の多くが達成不可能と言われていたものらしく、そのたびに呼び出される日々を送っていたのだ。
「そう言えば、『死神』のになったんだってな、アスク。おめでとう、と言っておこう」
何の話か、と思いきや、最初に始まったのは職業進化の話だった。
そう、ボクはとうとう『殺し屋』から派生する最上位職業の『死神』になったのだ。名前をもらってから実に三年、十五歳になった日に授かった職業である。
「ああ、登録してるから闇ギルドにも情報がいくんだ。そうだね、ありがと」
「どうせ職業能力もえげつないことになってるんだろ?」
職業進化に伴って職業能力も進化する。しかし、いくら契約者同士と言えどそこまで知ることはできないのだ。だからボクもここでは何も教えない。
「そうだね」
短く答え、先を促す。本題はこれではないはずだ。
「はッ、だと思ったけどよ。——ああ、ここからが本題だ」
オーデの瞳の色が、ただのおっさんのから、巨大組織の幹部のそれに変わる。同時に部屋の空気すらも張り詰めたように感じる。
油断ならない相手である——ボクはそう思いもう一度気を引き締めなおす。
「アスク、掲示板は見たな? S級依頼だ」
おそらくは、今朝ボクが見て驚愕した依頼のことだろう。
「ああ、依頼は確か———国家転覆だったか?」