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神界三国志 ラグナロクセカンド   作者: 頼 達矢
第五章  我ら冥府より蘇りし真田十勇士
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第九十五話  宿敵

「何を言ってるのか・・・・」


佐助の言葉の意味を理解できず、ブリュンヒルデは怪訝そうな表情を浮かべた。だが重成は一人の男として佐助の言わんとすることが直感的に理解できたのだろう。

一瞬、ほろ苦い笑みを浮かべたが、すぐに毅然とした迷いのない表情をその凛々しい顔貌に浮かべた。


{ちっ・・・・」


重成の類まれな、男として理想的とすら言える美しい顔に浮かぶ表情から彼が何を考えているか察し、佐助は己の発した言葉を後悔した。

木村重成は忠誠、あるいは愛情を捧げた相手から何かほんのわずかでも見返りを求めるような男ではないと理解したからである。

佐助は忍びとして闇の世界から多くの人間どもを見て来た。そのほとんどはどのようなご立派なきれいごとを言おうが、所詮は多かれ少なかれ己の欲望を満たす為に生き、戦い、死んでいったと言って良い。

だが中にはほんのわずかだが、己の欲心の為ではなく、理想、利他の為に生き、その為には命を顧みない者も確かにいた。

その種の人間の中にあって、まさに奇蹟とも言える一点の曇りの無い誠実さと利他の精神を持った男こそ、この木村重成ではないのか。


「胸糞の悪い男だ・・・・」


佐助は満腔の憎悪と嫌悪を込めて呟いた。己でも不可解なほど女への性欲、征服欲が強く生まれついた佐助は重成のような己とは全く対極的な我欲の無い、女性に無償の愛を捧げる者の存在を断じて許すことが出来なかった。


「我が殿にはすまぬが・・・・。この男だけは俺のこの手で滅ぼさねばならん。そう、ただ殺めるだけでは済まさん。屈辱に身もだえ、魂が砕け散るまでの悲しみと怒りに絡めて地獄に落としてくれる・・・・」


その為には、何としてもブリュンヒルデを己のものにしなければならない。そう、この女こそ、己がいかなる因果か、宿命的に持って生まれた心身の飢え、どれ程女を抱き、あるいは犯し、奴隷のように奉仕させても決して満たされることがなかった飢えを満たすことが出来る唯一の女であろう。

そしてこの女の至純なまでの清らかさを汚し、闇に堕とすことで、深い業を背負って生まれ、文字通り闇の生命を吹き込まれて亡者と化した己の対極と言うべき存在、肉体も魂も、そしてその生き様までもが輝かしい光を放つ男、最も憎むべき敵である木村重成をこれ以上なく、苦しめることができるだろう。

佐助は折られた忍び刀を捨て、懐から鉄製の熊手のようなものを出して手の甲に装着した。手甲鉤と呼ばれる忍具である。


「・・・・」


新たな武器を装備した佐助を見て、重成とブリュンヒルデは剣を構えた。一人の敵に二人がかりで戦うなど、卑怯で恥知らずな振る舞いであると常の重成とブリュンヒルデならば断固として拒否するであろう。


(だが、この男だけは・・・・)


いかなる手段を用いても、必ず滅ぼさねばならないと思った。

ブリュンヒルデは底の知れない執念と欲望を真直ぐ向けられ、かつてない恐怖と不快感を味わっていた。

その視線、吐く息、体臭までもが己の肉体に絡みつき、魂を汚染されるような悪寒がした。

そして重成も、この猿飛佐助という男は決して相いれない、共に天を戴くことが出来ない敵であると悟った。仁と義という人の世を輝かせる徳を希求し、士道を貫くと誓った己とはまさに対極の、人の救いがたい暗黒面、狡猾、残忍、高慢、淫蕩という忌むべき悪徳に魂を染め上げ、欲望のままに振る舞うことに何ら疑問を持たない良心が欠落した存在であると確信した。


(この男こそは、最大最悪の災いに違いない・・・・)


重成とブリュンヒルデは眼の前の男が己の宿命に課せられた最凶の敵であると直感的に理解した。

佐助の四つの黒い瞳が弧を描き始める。


「!重成、奴の瞳を見てはいけません!」


ブリュンヒルデは目を背けながら叫んだ。重成は瞬時に理解し、目をつむった。

その刹那、左横から風を切って己の顔面に攻撃が仕掛けられる気配を感じた。凶悪にして狡猾極まりない魔猿が鉄の爪を振るったのである。

重成は刀でこれを防いだ。ブリュンヒルデが固く目を閉じながらも正確に佐助の首筋を狙って刺突を繰り出す。

佐助は薄ら笑いを浮かべながら身を捻ってこれを躱し、ブリュンヒルデの細い手首を掴む。


「!」


全身に不快感が走り、怖気を振るったブリュンヒルデは渾身の力を込めて蹴りを放つ。だがやはり佐助はブリュンヒルデの手首を掴みながら余裕でこれを躱した。

佐助がブリュンヒルデの体に触れていることを察知した重成は思わず激高してまなじりを決し、佐助を両断すべく大上段から太刀を振り下ろした。

流石にこの一撃は手甲鉤で払いのけることも、ブリュンヒルデの手を掴みながら躱すことも出来ないと悟った佐助はブリュンヒルデの手を放して後方に大きく跳躍した。


「・・・・」


我が渾身の一太刀をいともたやすく、しかも一瞬で十メートルは跳躍して躱した佐助の神秘的なまでの反射神経と身体能力に重成は戦慄を覚えた。

根津甚八の琉球武術とそれを操る鍛え抜かれた強靭な肉体にも驚愕したが、佐助の体捌き、肉体的な機能はそれすらも凌ぐだろう。

その質、系統、種類はまるで異なるが、佐助の武勇はあるいは真田幸村に匹敵するかもしれない。


(二人がかりでも、微塵も気は抜けん・・・・)


再び目を固く閉じた重成は、納刀し、居合抜刀術の体勢に入った。


(この男を斬るには、後の先を取るしかない)


佐助の神をも超えた反射神経、動体視力、身体能力にかかれば、どのような攻撃を仕掛けても徒労に終わるだろう。二人掛かりどころか、十人で一斉に掛かっても結果は変わらないことが容易に想像できる。

ならばまず佐助に打たせ、その攻撃を読んで動作を起こし、躱して斬る以外にあるまい。

佐助がどのような攻撃を仕掛けて来ても、それに完璧に対応して肉体が動くよう、重成は心を鎮め、神経を研ぎ澄ませる。

重成の狙いを察したブリュンヒルデは距離を取り、ルーンの印を組んだ。佐助が飛び道具を放った場合、それを撃ち落とす術を発動させる為である。


「ふん!」


佐助は凝り固まった我欲と憎悪を振り払うべく、荒々しく息を吐いた。居合術の恐ろしさは良く知っている。

これを打ち破るには、己もまた極限にまで心を研ぎ澄ませ、忍びの体術の奥義を尽くさねばならない。

重成への憎悪とブリュンヒルデへの欲望に囚われていては、技が鈍り、後れを取るだろう。


「臨兵闘者皆陣烈在前・・・・」


佐助は左手で縦四回、横五回、空を切る動作をしながら、呪文を唱えた。神仏の加護を求める早九字護身法である。

本来は神仏を現す九つの複雑な印を組まねばならないのだが、手刀で空を切る動作に簡略されている。

暗黒神の力で亡者と化した佐助が神仏の加護を求めるのはおかしな話だが、気を高め、精神を集中する為の儀式、自己暗示の一種であった。

こうして次なる攻撃の為に極限まで精神を集中し、神経を研ぎ澄ませていた三人の男女であったが、彼らの足元を揺るがす巨大な衝撃が大地に走った。





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