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神界三国志 ラグナロクセカンド   作者: 頼 達矢
第五章  我ら冥府より蘇りし真田十勇士
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第九十四話  猿飛佐助

「ジークフリート・・・・」


戦乙女がその雲一つない澄み切った蒼穹を思わせる双眸から真珠のような涙を流しながら呆然となっている姿を見て、猿飛佐助は不覚にも胸が高鳴った。

このような経験は生まれて初めてかも知れない。佐助はこれまで数多くの女性を指で絡め、目で落として我が物にしてきた。その人数は数百を超えているだろう。

忍びとしての任務を遂行する為に必要であった場合もあるが、そのほとんどは持って生まれた旺盛な性欲、そして征服欲を満たすためであった。

佐助にとって女性とは心身の飢えを満たす為の、そして忍びとしての務めを果たす為に利用する都合のいい道具でしかなかった。


(そのような俺が女子に惚れたというのか?敵方の、しかも人ではない存在に?まさかな・・・・)


佐助は苦笑し、頭を振った。これから凌辱し、その後すぐに命を絶つ相手に惚れるも何もあるまい。


(それにしても、神である戦乙女に効くかどうかは心もとなかったが、こうまで見事にかかるとはな。我が術はやはり大したものよ。いや、ヘル殿より与えらえた暗黒の瘴気の力か)


佐助の得意とする術は瞳術、愛欲貪染の術である。その重瞳によって瞬間催眠をかけ、相手の深層意識から最も愛する人の記憶を呼び起こし、魅了する。


(ジークフリートか・・・・。聞かぬ名だな。そのようなエインフェリアはいなかったはずだが)


佐助はゆっくりとブリュンヒルデに近づく。ブリュンヒルデは剣を取り落とし、涙を拭った。彼女の瞳に映りジークフリートと呼ばれる男はどのような姿をし、どのような声を発するのだろう。佐助は無性に知りたくなった。


(それにしても、このブリュンヒルデにとってジークフリートとはどういう関係だったのだ?恋人というのとは、少し違うような・・・・)


ブリュンヒルデは一度も男に肌を許したことの無い汚れを知らぬ処女であろう。その表情、仕種、体臭で女体を知り尽くしている佐助はそう感じ取り、確信した。

それどころか、ブリュンヒルデのその芸術的なまでに美しい顔貌に浮かぶ表情はあまりに幼い。


(まるで恋というものをまだ知らぬ幼子のようではないか・・・・)


そこで佐助は思い至った。戦乙女ワルキューレとは、戦場で見事に散った勇者を選び、ヴァルハラに招き、そしてエインフェリアとして生まれ変わった彼らを導くことをその使命とする。

ならば、特定のエインフェリアに対して恋愛関係を持つと、その統率が乱れ、士気に関わるが故、当前禁忌とされるはずである。

とするならば、ワルキューレには愛欲や恋慕という感情は完全に封印されているのではないのか。おそらくそうだろう。

だが、このブリュンヒルデはジークフリートという男に出会い、共に過ごす内にワルキューレにあってはならない感情が芽生えてしまった。

だがブリュンヒルデはそれが恋慕、愛欲というものだと未だ理解できていないのではないか。


(何とまあ、初々しく、清らかな。このような女子と会えるとはな。是が非でも、我が物にしとうなった・・・・)


たった一度だけその清らかな肉体を汚し、蹂躙しただけで骸と変えるのは余りに惜しい。神たる戦乙女は当然、永遠に若く美しいままでいられるだろう。亡者と化した己も同様のはずである。

ならばこの女は永遠に我が手元に置き、我が愛欲の奴隷として奉仕させよう。

そう心に決め、佐助はブリュンヒルデの風になびく柔らかなプラチナブロンドに手を伸ばした。


「む・・・・!」


その時、背後から迫る雷のような凄愴な気に打たれ、愛欲と征服欲のとりこになっていた佐助は我に帰った。

振り返って見れば、鮮やかな青の陣羽織を纏った若武者がその秀麗な顔貌に憤怒の形相を浮かべ、太刀をかざして真直ぐこちらに駆け寄って来る。


「あれは木村重成!甚八の奴が相手しているのではなかったのか!」


その根津甚八は木村重成と戦って敗れたのか、肩に袈裟斬りを受けた傷跡をさらし、その場にへたり込んでいる。

だが亡者なのだからあの程度の傷で滅ぶはずもないのに、重成を食い止めようとする様子はない。

それどころか佐助に対してじっと嫌悪と軽蔑の視線を向けている。


{ちっ、あ奴め!」


元々、猿飛佐助は根津甚八と犬猿の仲であった。武人として己を練り上げることに凝り固まった潔癖な気性の甚八は、忍びとしての任務を果たす為と称して女子を弄ぶ佐助に面と向かって食って掛かることがかつて幾度もあった。主君真田幸村の諫めと、徳川という共通の宿敵がなければ、とっくに殺し合いとなっていただろう。


「亡者となり果てながら、なおも己のみはなお潔癖でいたいか。まったく度し難い男だ。一体何様のつもりだ・・・・」


佐助は忌々しさのあまり唾を吐いた。だが今は根津甚八のことなどどうでもよい。木村重成のことである。


「ほう、木村重成め、このブリュンヒルデに惚れておるのか・・・・?」


ならば、面白い。我が手で木村重成を倒してやろう。だが命は奪わぬ。手足の自由を奪って動けなくしてやり、その眼前でブリュンヒルデを凌辱してやろう。重成がどのような表情を浮かべるか、楽しみである。


「そして甚八の奴もな。奴を負かした重成を俺が倒し、そしてその心をへし折って二度と再起出来ぬようにしてやれば、奴め、どれ程怒り狂うかね・・・・」


己の実力に絶対の自信を持ち、一人想像を楽しんでいた佐助であったが、その表情が強張った。

佐助が予想していたよりも早く重成が我が間合いに入って来たのである。手裏剣を放ってけん制する余裕は無い。重成が剣を大上段に構え、今にも振り下ろそうとしていた。

佐助も神速の速さで忍び刀を抜き、構える。


「!」


重成の振り下ろされた刃とそれを防ごうとした佐助の刃がぶつかり合った。その刹那の瞬間、佐助は重成の太刀に秘められた力を正確に察知した。

天賦の武才と血を吐くような鍛錬、そして佐助に向けられた憤怒と殺意。だがそれだけではない。天を切り裂き地を穿つ雷光の気が秘められていたのである。

その斬撃はいともたやすく佐助の忍び刀を両断し、そのまま勢いを減じず顔面を断ち割ろうと襲う。だがそうなることを事前に予測した佐助は天才忍者としてその才能を発揮して間一髪身を捻って躱した。

重成が追撃として横なぎの一撃を見舞ったが、佐助はその名の通り猿のように跳躍して逃れた。だが完全に躱し切れず、刃が胸をかすめたが、鎖を着込んでいるのでかすり傷で済んだ。


「ふう、一瞬とは言え、肝が冷えたわ。流石は我が殿が見込んだ男よな。甚八では敵わぬのも当然か」


佐助は重成だけではなく、根津甚八にも聞こえるようわざと声を張って言った。甚八は怒りと屈辱で顔をしかめたようだが、重成の様子は変わらない。佐助の言葉など耳に入っていないらしい。


「は・・・・。え、私は一体・・・・」


その時、術に魅了され、忘我の状態にいたはずのブリュンヒルデが我に帰ったかのような表情を浮かべ、言葉を発した。


「ブリュンヒルデ、無事か!」


怒りで我を失っていた重成もまた平静さを取り戻し、ブリュンヒルデの側に駆け寄った。


「ふっ、木村重成の気に打たれ、術が解けたか。我もまだまだ未熟だな・・・・」


苦笑を浮かべながら、おどけた態度で自嘲の言葉を発する佐助をブリュンヒルデと重成は凄まじい目つきで睨んだ。


「猿飛佐助・・・・!よくも・・・・」


「・・・・」


特にブリュンヒルデは精神の奥底を覗かれ、そして踏み荒らされたことを知り、怒りと恥辱で身を震わせた。

重成はそんなブリュンヒルデを心配そうに見つつ、先程までの荒々しい怒りとは打って変わった冷酷な殺意を佐助に向けている。


(流石にこの二人を同時に相手するのはほんの少し厄介だな・・・・)


己が不利となった状況をどう打開するか思案しつつ、佐助は重成を興味深げに観察した。


(この男、ブリュンヒルデに惚れているのかと思ったが、どうもそう単純な話ではないようだな・・・・)


重成がブリュンヒルデに向ける視線は青春の若さと活力に満ちた男がうら若き美女に向ける自然な恋情、我が物にしたいという燃え立つような欲望とは少し違うようである。

いや、それらも勿論あるのだろうが、それ以上に武士としての忠誠心、そして一人の男として守り、庇護せねばという使命感、あるいは父性のような感情が多く秘められているように見える。

木村重成は武士の鑑と賞すべき忠義に厚い武士であるという。ならば己を選び、戦う使命を与えたブリュンヒルデに武士として忠義を尽くそうという純粋な思いがあるのだろう。


(だが、それ以上に、ブリュンヒルデにはどうしようもなく庇護欲がかきたてられるのだろうな。分かるぞ、木村殿よ・・・・)


佐助もブリュンヒルデと対峙して感じ取ったのである。ブリュンヒルデは戦乙女ワルキューレの中でも最強格の力を持ち、まさに女神としての気高さ、厳格さを毅然と示しているが、同時にその内面にはひどく脆く、幼子のような純粋さを抱え込んでいる。

佐助はそこに強烈な欲望が沸き起こるのだが、逆に重成は守らねばという汚れの無い使命感を覚えるのだろう。


「ふふ、お主も気の毒な男だな、木村重成よ」


佐助の存在の有無に関わらず、どのような形であれこの二人が結ばれることは決して無い。重成の思いが報われる時は来ないだろう。そう確かな予感がした佐助は、思わず本気で重成に同情し、そう言った。







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