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 ラグナロクセカンド 神界三国志  作者: 頼 達矢
第五章  我ら冥府より蘇りし真田十勇士
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第九十三話  穴山小介

又兵衛の豪剣はそれまで威力と勢いは凄まじいものの、正確さと洗練という点にはいささか欠けていた。

だが穴山小介と刃を交わし、その剣技を見てその身に受けているうちにおのずとその技を我が物にしていった。

当初は小介が三太刀を繰り出し、その反撃にようやく又兵衛が一太刀を振るうといった様相だったが、徐々に手数の差は無くなりつつあった。

また小介の技を完全に防ぐことが出来ず、幾度か斬られた。甲冑を纏っていなければ、深手を負っていただろう。だが防御の技も向上し、身に刃がかすめることも無くなっていた。

剣の応酬を重ねるごとに確実に目に見えて又兵衛の剣術は向上し、小介の領域に近づきつつあった。

だが又兵衛は喜ぶ様子は無い。何故か苛立ち、憤懣を抑えかねている表情であった。

鍔迫り合いとなった。


「ぬうん!」


小介の腹にずしりと響くような重々しい気合を又兵衛は発し、小介をはね飛ばした。又兵衛の豪腕から繰り出される剛力には到底抗することはできず、小介は吹き飛ぶ。だが巧みに身を捌いて寸毫も隙を見せずに着地した。


「貴様、戦いにの最中に何に気を取られておる!」


又兵衛が吼えるように一喝した。不動明王を思わせる憤怒の形相の又兵衛の怒号を浴び、小介は羂索に縛られたように身動きが出来なくなった。


「堂々たる一騎打ち、武士同士の命のやり取りの最中に、敵手たるわし以外の存在に心を奪われるとは・・・・。無礼者が、恥を知れ!」


「・・・・」


小介は思わず頭を下げそうになった己に気づき、慌てて思いとどまった。


「大方、貴様を亡者として蘇らせた主の念に支配されかけていたのではないか?」


「!」


ずばり言い当てられ、小介の陰鬱な顔貌が蒼白となり、すぐに恥辱で紅く染まった。


「まあ、比較的自由なわしらと違って、お主ら死者は主に強く束縛されておるのだろう。何となく察しはつくわ。お主も元は武士であるらしいから、忠義の為ではなく逃れられぬ束縛の為に戦わされるのは何と言っても辛かろう。気持ちは分かる」


「・・・・」


「だが、そのようなことは全て忘れよ」


又兵衛はそのいかつい顔に笑みを浮かべながら言った。一点の曇りの無い爽やかさと、あくまで獲物に牙を突き立てることに執心する獅子の獰猛さが一体となった唯一無二の笑顔であった。


「今は戦いを楽しめ。わしを斬るのは主の命令の為からではなく、己が欲する故だと思い定めよ。今お主が対峙しておるのは、誰だと思っておる。天下一の豪傑、戦人の中の戦人、後藤又兵衛基次であるぞ。わしの首には一国の価値があるのだ。忸怩たる気持ちを抱きながら戦うなど、もったいないと思え。さあ、無心でかかって参れ」


「・・・・ご無礼致した。貴殿のおっしゃる通りにござる」


小介は不器用な微笑を浮かべながら言った。ほんのわずかな時間とは言え、亡者の女王ヘルの束縛から解放される喜びとかつてない雄敵と戦える興奮に満たされた笑みであった。


「では改めて・・・・。参る!」


穴山小介が再び神速の速さで間合いを詰めた。いつの間にか刀は鞘に収まっており、居合抜刀術の構えに入っていた。

又兵衛も同様に青江助次を鞘に納め、全身を脱力し、臍下丹田に気を集中する。そして脳裏にこれまで小介が繰り出した居合術を思い描きながら、腕力を用いずに腹の力で刀を抜き、腰を切りながら刀を横なぎに振るった。

小介の無銘の刀と又兵衛の青江助次が白銀の流星となって光跡を描き、衝突した。異様な音が鳴り響き、両者の愛刀はへし折れてしまった。


「何と・・・・!」


小介は我が愛刀の破片が日の光を受けて煌めきながら空中に舞うのを呆然と見つめ、失意の表情を浮かべた。その一瞬の隙を又兵衛は見逃さなかった。

生涯を剣の修行に捧げ、剣を唯一無二の友とも我が肉体の一部ともみなしていた小介と違い、又兵衛はいかに業物であろうと刀に執着は無い。

いや、又兵衛にとっては表道具である槍であっても、弓であっても所詮は戦を楽しむ為の消耗品に過ぎず、それらを愛で、執心する趣味は無い。

使えなくなれば、次のを用意すればよいという割り切った考えである。

その為、常に戦陣において腰にあった青江助次が折れても少しも動揺せず、間髪入れず次なる攻勢に出た。

その猿臂を伸ばして小介の襟元を掴み、引き寄せた。そして金的に膝蹴りを叩き込み、そのまま又兵衛は己の体を後方に投げ出しながら頭越しに小介を放り投げた。いわゆる巴投げである。

通常であれば金的を蹴り潰されたのだから激痛で悶絶し、受け身も取れず頭から地上に落ちていただろう。

だが亡者である小介は金的を潰されても微塵も苦痛を感じず、意識もしっかり保って見事に受け身を取った。

そして脇差を抜き、又兵衛に斬りかかった。だがこれまで確実に居合、太刀の技で敵手を葬って来た小介は脇差の扱いにはやや不慣れで、その長さと重さの違いに違和感を感じているのだろう。

その斬撃は速いものの、勢いと迫力が欠けていた。又兵衛も脇差を抜いて小介の斬撃を弾き返した。

小介と違い、又兵衛は脇差の扱いに習熟している。又兵衛が修行し、その奥義を極めた甲冑組討ち術は小具足取、腰廻とも呼ばれる。甲冑武者を投げ、固め、そして最後は脇差を使って止めを刺す術である。

又兵衛はこの術を駆使して多くの名有る武者の首を脇差で掻き切ってきたのだ。

又兵衛の脇差に弾き返され、小介の体勢がわずかに崩れる。そこで又兵衛は丸太のような足で足払いをかけた。

小介は間一髪跳躍してこれを躱す。又兵衛は着地した小介に向かって牡牛のように突進した。小介は又兵衛の顔面を断ち割ろうと小太刀を振り下ろしたが、一瞬早く又兵衛の砲弾のような体当たりが決まった。細身で甲冑を纏っていない小介は巨体を当世具足に包んだ又兵衛の体重と勢いには到底抵抗できずに吹き飛び、そのまま地に伏せられた。

脇差を握った右腕は又兵衛に掴まれ、その凄まじい握力で手首の骨が砕かれた。痛みは感じなかったが、しばらく使い物にならないだろう。


「わしの勝ちだ」


又兵衛はおごそかに言った。


「此度の戦いは、わしのこれまでの戦の中で最も実り多く、心躍るものであった。礼を言うぞ、穴山小介」


「・・・・」


「何か、言い残すことはないか?」


「別に・・・・」


小介は無表情のまま不愛想に答えた。だがその声には己の全てを出し尽くして戦った満足感、敗れたが何の悔いも無い爽やかな思いが確かににじみ出ていた。

だが彼の気性ではそれらの思い、又兵衛への感謝や賛辞を率直に口にすることはやはり出来ないのだろう。


「そうか」


又兵衛は笑った。小介の気持ちは充分に伝わったのだろう。そして敬意を込めて小介の首を斬り落とすべく脇差の刃を首筋に当てた。

その瞬間、大地が震動した。予想外の事態に又兵衛の巨体が揺らぎ、脇差が首筋から離れた。鍛え抜かれた武士の防衛本能が働き、小介はほぼ無意識に又兵衛の巨体を跳ね除け、脱兎の如くその場から離れた。

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