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 ラグナロクセカンド 神界三国志  作者: 頼 達矢
第五章  我ら冥府より蘇りし真田十勇士
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第九十話   望月六郎

敦盛の神気が込められた矢が細い閃光となって宙を走り、瘴気を纏う魔犬ガルムの額に飛び込んだ。

野生の獣を凌駕した動体視力と反射神経を持つガルムなら余裕で躱せたはずなのだが、何故か避けようとはしなかった。

敦盛の矢は狙いは正確なものの弓勢は弱く、瘴気と強固な毛皮に覆われた我が肉体を傷つけることは出来まいとこの獣は判断したのである。

矢は寸分の狂いも無くガルムの額に命中したが、やはり矢は毛皮を貫くことは出来なかった。

だが矢に込められた神気が衝撃となって伝わり、ガルムの脳に損傷を与えた。

ガルムは全く予期していなかった衝撃と苦痛に苦悶し、崩れ落ちてのたうち回った。


「ほう・・・・」


望月六郎は余裕の薄ら笑いを消した。平敦盛は武芸の腕前は全く未熟だと思われたが、なかなかどうして甘く見てはいけないらしい。

だがやはり我が手で仕込んだ亡者犬ガルムを倒せる程の実力はないはずである。望月六郎は手を叩いた。

命令を伝える音に鞭うたれ、うずくまっていたガルムが再び猛々しく四つ足で大地に佇立する。

その濁った黄色い眼には寸分も誤ることなく命令を実行しようとする機械的な意志があるのみで、傷つけられた怒りは完全に抑え込まれているようである。

再び魔犬が地を蹴って疾走した。敦盛は弓を捨て、抜刀する。金色の太刀の刃に渾身の神気を込めてガルムの顔面を割るべく真っ向に振り下ろした。

ガルムは素早く躱し、そして白い牙を煌めかせて太刀に噛みついた。そしてそのまま噛み折ろうと凄まじい咬筋力を発揮して牙を立てる。

敦盛は太刀が折られるのを阻止すべく、刃にさらなる神気を込める。ガルムは敦盛から太刀をもぎ取るべく、激しく頭を振る。敦盛は両手に力を込めて抗うが、やはり獣の力は凄まじく、体勢が崩れる。

太刀は手放さないものの、膝を折った敦盛にガルムは容赦なく爪を振るった。


「敦盛くん!」


エイルが狂暴な獣の存在など視界に入っていないかのように敦盛の側に駆け寄った。そして両手の先から癒しの力を持つ光を放つ。

初夏の陽光を思わせる暖かな光が獣の爪で傷つけられた敦盛の肉体を瞬時に癒した。


「ギャン!」


敦盛とエイルにとって意外なことにそれまでは機械そのもののとしか思われなかった魔犬ガルムが初めて野生の獣のような苦痛の声を上げ、太刀から口を放して距離を取り、威嚇の表情を取ったのである。


「まさか・・・・」


敦盛とエイルはしばし呆然として見つめ合う。やがて意を決したエイルが癒しの光を放つ両手をガルムに向けた。

エイルの放つ光は淡い輝きで、敦盛にとっては肉体のみならず心も癒される穏やかで美しい光なのだが、ガルムはまるで真夏の中天に耀く太陽を直接見てしまったかのように苦悶し、眼を閉じた。


(そうか、闇の力で蘇った亡者にとって、エイルの生命の力に満ちた聖なる光はまさに対極にあるといっていい。これが彼らの弱点なんだ・・・・)


「エイルの力が苦手なんだね。じゃあ、あっち行け!」


エイルがさらに強い光を放ち、ガルムに向かって両手を突き出す。ガルムは唸り声を上げじりじりと後退するが、逃げ去ろうとはしなかった。命令に縛られているからだろう。


「ふーむ。これは予想していなかったのう。あのお嬢ちゃんの力が我らにとっては苦手なものだったとは・・・・」


望月六郎はエイルの放つ光を見ながら言った。距離は離れているが、確かに心が乱れ、わずかながら苦痛を感じる。

死者として格が高く、元々心身ともに鍛えられている自分たちは意志力を振るえばあの光に耐えることは出来るだろうが、所詮獣に過ぎないガルムでは無理であろう。


「よし、いいぞエイル」


思わぬ事態の好転にヘンリク二世は平静さを取り戻し、動きにキレが増した。そしてついにその長く強靭な右手に握られた槌矛がガルムの急所を捉えた。

ヘンリク二世の聖なる神気が込められた重い鉄の塊が勢いよく振り下ろされて一度死した獣の頭蓋を砕き、脳みそを飛び散らせた。

濁った血と粘液を振りまきながらガルムは地に沈み、動かなくなった。闇の瘴気が霧散し、ガルムがただの血と肉の塊に変じたことをポーランド大公はしかと確認した。


「ちっ・・・・しまった・・・・」


大きく舌打ちし、怒りに顔を歪めた六郎であったが、すぐにその小柄な体を素早く大きく捻った。

我が身を狙って敦盛が矢が飛ばしたのである。


「いかんいかんいかん・・・・!お前たち、すぐに戻れ!」


間一髪矢を躱した望月六郎は完全に余裕を失い、慌てて指をくわえて音を放った。

エイルの光に身もだえていたガルムとヘンリク二世をけん制していたガルムとが寸秒の遅滞も無く放たれた矢のように駆けて望月六郎の側に戻った。

第二の矢が望月六郎の首筋にめがけて流星のように飛んだが、ガルムが跳躍し、我が身を盾にして主人を守った。

忠実な魔犬は矢じりに込められた聖なる力によって苦痛にのたうつ。


「ここまでだな、望月六郎」


ヘンリク二世が槌矛の先を六郎に向けながら言った。その顔貌と声には王侯としての威厳が耀かんばかりに満ち溢れ、並みの者ならば威に打たれて平伏せずにはいられなかっただろう。

敦盛も矢をつがえながら歩みより、エイルも両手から燦とした光を放って闇の主従に向ける。

二匹の魔犬は主人を守ろうとその場から離れないが、苦悶の呻きを漏らし、もはやその牙を向くことは出来そうにない。


「お前に勝ち目は無い。降伏せよ。ガルムの方は屠らねばならぬが、潔く降伏すれば、お前の命は助けることをポーランド大公の名に懸けて誓おう」


「!」


敬虔公がその名に恥じぬ寛容さと慈悲深さを示すのを見て、望月六郎は思わず吹き出しそうになるのを懸命にこらえねばならなかった。


(甘いのう。甘すぎるわ、こ奴ら・・・・)


慈悲や寛容などは戦においては全く不要と切り捨てる北畠顕家なら降伏を呼びかけることなく即首を刎ねていただろうし、忍びの恐ろしさを良く知る戦国武士である木村重成と後藤又兵衛ならば最後まで油断することなく、望月が奥の手を隠し持っていることを看破していただろう。


(だが、高貴な生まれであるらしいこの南蛮人と源平の時代に生きた小僧は知らんのだろうなあ。忍びに降伏などはありえぬことを。例えどれ程見苦しかろうが、最後まであがくのだということを・・・・)


望月六郎の奥の手、それは吹き矢である。矢には巨人すら昏倒させる猛毒が塗っている。


「わかったわかった。このざまではわしに勝ち目は無い。ご厚意に甘え、潔く降伏いたそう」


望月がそのいかにも朴訥そうな顔貌に観念した表情を浮かべながら言うのを見て、ヘンリク二世、平敦盛、エイルの三人は同時に安堵し、警戒を解いた。

その瞬間、望月の右手が電光のように瞬時に閃いて懐の吹き矢の筒を取り出し、そのまま口にくわえた。

今までいかにも武芸が不得手らしい不器用な動作であった望月とはまるで別人のような機敏な動きであった。

望月が狙うのはエイルの右目である。戦乙女に毒が通じるのかどうかは分からないが、右目を潰されては癒しの光を用いることは出来ないだろう。そしてヘンリク二世と敦盛も動揺し、その動きを凍り付かせるはずである。

そこでガルムに命じて両者の喉笛を喰い破らせる。それが望月が瞬時に組み立てた逆転の策であった。


(可愛いお目目を潰させてもらうよ、悪く思わんでくれ、お嬢ちゃん・・・・)


愛らしい少女の生命力に満ちた美しい輝きを放つ瞳を潰すことに望月は何ら罪の意識を感じない。それどころかエイルが顔面を朱に染めながら苦痛にわめき、敦盛とヘンリク二世が悲憤の表情を浮かべるのを想像して、嗜虐の喜びで震えそうになった。

だがまさに矢を放とうとしたその時、大地に震動が起こり、望月は体勢が崩れた。その為に矢は狙いを外れてエイルの肩にかかった繊細な栗色の髪をかすめただけの結果に終わった。

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