第八話 神王
宴の喧噪を極める大広間を抜け、アース神族の王が座する王宮の扉を前にし、重成達五人のエインフェリアは緊張で思わず息をのんだ。
彼らはいずれも並外れた胆力を持つ勇者達であり、その上一度死すことによって恐怖という感情は完全に身体から消え去っていたはずであった。
しかし、扉の向こうから発散される強大な神気に、彼らの五体は石のように固くなった。
(これ程強大な存在が・・・・)
その神気の強大さは、戦乙女の中で最も神格が高いというブリュンヒルデですら、遥かに及ばないであろう。
ふと見れば、黄金のように輝かしい鶏冠を持つ雄鶏、グリンカムビという名、が現れ、早朝を告げるように大声で鳴いた。
すると、神聖な文字、ルーン文字が施された扉が音も無く開いた。ブリュンヒルデが無言で歩を進め、重成達五人も意思を振り絞って足を動かした。
玉座に座する王に、エインフェリア達は視線を向けることができず、ただ俯いていた。
貴き存在を直接見るなど、非礼であるという意識が彼らに共通してあったが、何よりも王から放たれる神気、神聖さはまるで日輪そのもののように圧倒的に輝かしく、直接目にすれば目がつぶれるのではないかという恐れを抱いたからである。
エインフェリア達は一度も玉座に視線を向けぬまま、それぞれの形式で拝礼した。
「勇者達よ、面を上げるがよい」
王が命じた。その声は静かで優し気であったが、重成達五人の魂を揺るがす迫力と威厳に満ちていた。
重成はおそるそる顔を上げ、神王をみた。
(なんと巨大な・・・。これこそ巨人ではないのか)
重成達は等しく思っただろう。アース神族の敵は巨人族のはずである。しかし、目の前のアース神族の王こそが巨人そのものではないのか。その体躯はゆうに五メートルを超えているだろう。
後で聞くところによると、ヴィーザルの母は女巨人であるという。
神王ヴィーザルは黄金の光を帯びた瞳で重成達五人のエインフェリア達をじっと見つめ、
「流石にブリュンヒルデに選ばれたことはあるな。いずれも良き面構えだ」
と、満足げに言った。
「余がオーディンの子、アース神族の王ヴィーザルである。その方達の活躍に期待しておるぞ」
重成達は深く頭を下げた。ローランですら、この王の圧倒的な威厳と神聖さに抗することはできなかった。
何より、彼ら五人の胸中が至上の名誉による喜びと誇りに満たされたのである。この時をもって、重成達五人は完全にエインフェリアに生まれ変わったと言って良いだろう。
「おそれながら、ヴィーザル様・・・・」
重成が頭を上げ、恐れることなく神王を見上げながら発言の許可を求めた。
「許す。思うことがあればなんなりと言うがよい」
「は・・・・。我々はこの地に参ったばかりで、巨人族とやらがいかなる敵か、ラグナロクとやらがいかなる戦か、何も知りませぬ。何卒、お教え願いたく・・・・」
「そのことならば、後に私が・・・・」
「いや、よいのだブリュンヒルデ」
ヴィーザルがブリュンヒルデを制した。
「言葉で説くのもよいが、直接その目で見るほうが早かろう」
ヴィーザルは玉座から立ち上がり、ルーンの詠唱を唱えた。神王が大いなる力を行使しようとしているのが、重成達にもはっきり理解できた。
「さあ、見るがいい。かつて我が父オーディン、そしてアース神族最強の戦士トールまでもが討たれた大いなる戦の様相を。我らが滅ぼさねばならぬ強大な敵を。そして世界が燃やし尽くされるさまを。決して目を背けてはならぬぞ」