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神界三国志 ラグナロクセカンド   作者: 頼 達矢
第五章  我ら冥府より蘇りし真田十勇士
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第八十六話  根津甚八

根津甚八が鍛え抜かれた鋼のような両腕に握られたサイを嵐のように繰り出す。その火縄銃の弾丸を凌ぐかと思われる速さといい、手数の多さといい、そして鉄板をも貫くであろう威力といいかつて重成が体験したことの無い凄まじさであった。

道芝露を振るって防ぐが、両腕にしびれを感じる程であり、ほんの少しでも気を抜くと防御を弾かれ、一瞬で心臓か喉を刺し貫かれるだろう。

その上、根津甚八は足払いまで繰り出してくるのである。

いや、それは足払いなどという甘い代物ではない。まともに喰らえば足首が粉砕されることが容易に想像される程の威力を持っていた。

たまらず重成が後方に下がると、甚八はすかさず独楽のように全身を回転させ、回し蹴りを重成の顔面に放つ。

鉄の鞭のように空気を切り裂く甚八の蹴りを重成はかがんで躱した。するとそう躱すことを予知していたかのようにサイの刺突が重成の秀麗な顔貌を襲う。だが重成は柄頭でかろうじて防いだ。

 

「・・・・」


甚八は重成の技量に感心すると同時に、己の優位を誇示するかのように白い歯を見せて笑う。


「・・・・」


一方、重成は唇を固く結びながら切れ長の目を細め、甚八の武器そのものである五体を凝視する。その表情には敵の技量への感心と同時に、何とかその隙を見出そうとする冷徹さがあった。

甚八は隙など絶対に見せぬという確固たる自信を持って再び重成に襲い掛かる。闇の力で蘇った亡者でありながら琉球を守護する聖獣シーサーの神秘的な獰猛さをも得た己にはもはや敵はいないと確信しているようであった。

事実、重成は防戦一方で、まるで付け入る隙を見いだせなかった。己の顔面を襲う蹴りに斬撃を喰らわせようとするとその蹴りは軌道が変化し、肩を襲う。躱すことが出来ず、ついにまともに喰らってしまっ

た。

流石に威力が落ちており、また甲冑の上だったので骨に異常はないが、衝撃が伝わり重い痛みがうずく。


(く・・・・。なんという変幻自在の技だ。これ程とは・・・・)


その白皙秀麗の顔貌を苦悶に歪ませながら、重成は必死に打開策を考えるが、答えは出てこない。

そのサイの技は単純な突きしかないので左程恐ろしくはないが、さらに様々に変化する蹴り技が組み合わされる為、技の数はまさに無限に等しいかと思われる。


「そろそろ、サイも飽きたか」


甚八は涼しい顔でさらりと言った。


「では、次はこちらをご賞味していただこうか」


サイの代わりに新しい武器がその両手に握られていた。


「・・・・それは?」


精神を砕かれるような衝撃に耐えながら、重成は何とか声を絞り出して問うた。


「ヌンチャクと言う。まあ、見てくれ」


甚八は重成に教え示すように両手を伸ばしてその武器を見せつけた。

それは二本の同じ長さの棒を鎖でつないだものであった。武器としては単純で、原始的な構造といっていい。おそらく農工具から発生したものだろう。しばし重成に見せた後、甚八は鋭い気合を発し、その棒を振り回した。

風を切る音が鳴り響き、眼にも止まらぬ凄まじい速度で回転する。下手なものが扱えば、己の体にぶつけるだろうが、甚八は完璧な技量で使いこなしている。

重成は呆然とその奇妙な武器による演武に見とれた。ある種の舞いのように優雅だが、恐ろしい威力があるのは容易に見て取れる。

甚八の強靭な腕で振り回され、遠心力で加速されているのである。ただの棒であるが、喰らえば容易く骨が粉砕されるだろう。 

頭部に当たれば頭蓋を砕かれて即死は免れまい。


「まあ、こんな感じだ。面白かろう?」


片方の棒の先端を右手で握り、もう片方は脇に挟みつつ甚八は言った。


「・・・・」


無論、重成は面白がれるはずも無い。だが、武器の構造と技法のおおよその見当はついた。


(確かに恐るべき威力を持っているだろう。だが、守りには向かない武器だ)


そう見切った重成は神速の速さで間合いを詰め、攻撃を仕掛けた。


「お!」


初見の武器に全くためらうことなく向かって来るとは思わず、甚八は驚愕とそして喜びの表情を浮かべた。

重成はいつの間にか納刀している。左の親指で刀の鯉口を斬り、右手はそっと柄に置かれている。


「居合術か!」


甚八は思わず叫んだ。重成の体勢は同胞である穴山小介と同じものであった。そしてその技量も小介とほぼ対等であることを一瞬で悟った。


(しまった・・・・。油断した。このヌンチャクは受けには不向きだ)


その上、先の先を取る抜き打ちの斬撃は体のどの部位を狙って飛んでくるか分からない。


(後方に下がるしかない・・・・)


甚八はそう判断して後方に跳躍した。だが重成の腰の切れを極限にまで生かした抜き打ちはまさに神速にして天を切り裂く電光のようであり、さらに甚八の予測を上回る伸びがあった。

完全に躱し切ることが出来ず、腹部を切り裂かれた。死者である甚八は痛みは感じなかったが衝撃と刃に込められていた神気の効果によって一時的に力を失い、地に尻もちをつく。

すかさず、重成の二の太刀が甚八を肩口から袈裟斬りにすべく振るわれる。

だが甚八はヌンチャクの鎖の部分でこれをがっしりと受け止めた。


「ぬん!」


重成が裂帛の気合を発すると神気と力が増し、鎖を断ち切ってそのまま肩を押し切った。


「・・・・!!」


道芝露の刃が甚八の肩甲骨を切り裂き、胸部まで達する。惜しくも心臓を断つことは出来なかったが、致命傷であろう。通常の相手ならばこれで絶命するはずである。

だが、死者の国を統べる女王ヘルの闇の力で蘇った亡者である根津甚八は頭部を破壊されるか、首を胴体から切り離されない限り、その活動を停止することはない。


「見事・・・・!」


根津甚八が惜しげもなく賞賛の言葉を口にした。


「己の優勢に驕り、油断したな」


重成は勝利を誇る色は見せず、むしろ苦い表情で言った。


「あのままサイの攻撃を続けていれば・・・・。あるいはヌンチャクとやらでもその技を披露したりせず、すぐに攻撃に転じていれば・・・・。貴殿の勝ちだったかも知れない」


「その通りだな」


甚八は真剣な表情で頷いた。


「すぐに調子に乗り、己の技を誇示し、敵を甘く見る。俺の悪いところよ。昔から散々我が主から叱られていたと言うのにな」


「・・・・」


「人の欠点というのは、一度死んで別の存在となって蘇っても、治らないらしい・・・・。ふふ、面白いものだな・・・・」


「・・・・貴殿とはもう一度腕を競い合ってみたいと言うのが私の本音だが・・・・。やはり、貴殿は邪神の僕。見逃すことは出来ない」


重成は甚八の肩と胸部の傷口を見ながら言った。早くもその傷がふさがり始めている。数分もすれば元通りその剽悍にして迅速極まりない武勇を振るえるようになるだろう。


「御首頂戴致す。覚悟めされよ」


重成は道芝露に渾身の神気を込め、大上段に振り上げた。一瞬、思わず甚八が見惚れる程にその姿は圧倒的な威と透き通るような力で満ち満ちていた。

だが、重成はその刃を甚八の首に振り下ろせなかった。

不吉な悪寒が全身に走り、思わず振り返った。


「ブリュンヒルデ・・・・」


いかなる状況でも与えれた任務を冷徹なまでに忠実に、全力で果たそうとする戦乙女の中の戦乙女。

だが彼女はその剣を地に落とし、まるで幼子のように頼りない表情で、永遠に耀く青い宝石のような瞳に涙まで浮かべている。

そして呆けたように身動きしない彼女にゆっくり近づく男がいる。確か真田十勇士の首領格、猿飛佐助という名だったはず。

その男はその童顔をこの世で最も清い存在を汚し我が物にする興奮と欲望でいびつに歪ませていた。


「・・・・!!」


重成はかつて感じたことの無い凄まじい怒りで脳細胞が一瞬で煮えたぎり、五体の隅々まで灼熱の溶岩で満たされたかのような感覚を味わった。

そして根津甚八にとどめを刺すことを忘れ、完全に我を失ってブリュンヒルデと佐助の元に向かって走り出した。


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