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神界三国志 ラグナロクセカンド   作者: 頼 達矢
第五章  我ら冥府より蘇りし真田十勇士
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第八十二話    対峙7

岩をも砕くであろう威力を秘めた死の流星を姜維は上半身をひねって躱した。そして二郎刀の刃でその頸動脈を断つべく由利鎌乃介の元に殺到する。

その動きは老いなど微塵も感じさせない程俊敏にして流れる水のように流麗であった。

だが鎌乃介は姜維をも上回る狼の如き俊敏さで後方に下がって二郎刀の刃圏から逃れ、鎖を握る右腕を大きく旋回させた。

鎖分銅が意志ある白銀の蛇と化したかのように空中で舞い、再び姜維に喰らいつこうと襲い掛かる。


(何という妙技・・・・)


胸中で感嘆の念を抱きながら、姜維は後方に跳躍して躱した。すると鎖分銅はそうした姜維の動きを予知していたように跳ね上がり、牙をむく。

だがその向かう先は姜維その人ではなく、彼が手にする二郎刀の柄の部分であった。


(我が武器をからめとる気か!)


敵の狙いを察知した姜維は二郎刀の刃をすくい上げて分銅を弾き返した。


「ひゅー、やるねえ」


寸毫も隙を見せることなく鎖分銅を手繰り寄せ、姜維を近づけさせないよう鎖を回転させて防御陣を敷きながら鎌乃介は惜しみなく敵の技量を賞賛した。


「初めて眼にする異国の特殊武器を相手に見事に対応してやがるなあ。いや、大したもんだ」


「伊達に長く生きておらんよ」


姜維が生真面目な表情で呟くと、鎌乃介は嬉し気に頷いた。


「そうだな。あんたは俺の倍以上生きて、そのくぐった修羅場の数は半端ねえんだろうな。恐らく、三国志で読んだ以上にキツイ戦いを強いられ、キツイ人生を生きて来たんだろうな。俺にも分かるぜ」


鎌乃介の浅黒い精悍な顔貌は敵手への尊敬の念で満ちていた。


「あんたの技量、そして経験に裏打ちされた眼力からすれば、俺の鎖鎌術を見切るのも時間の問題だろうな。このままじゃ俺は勝てねえ」


「ふむ?」


姜維はまったく予想していなかった鎌乃介の言葉を聞き、我が耳を疑った。

由利鎌乃介という男は陽気で野放図なまでに好戦的で、彼我の実力さなど図ることなく真直ぐに猛進してくる敵だと踏んでいたからである。

まさかこうも早々と己に勝機が無いことを認め、あまつさえはっきりと口にするとは・・・・。


「だがよう」


鎌乃介は言った。その眼光は敗北を受け入れる様子など微塵も無く、あくまで敵を屠り喰らわんとする餓狼の如き獰猛さと狡猾さがあることを姜維は認めた。


「俺が得意なのは鎖鎌だけじゃないんだぜ・・・・」


そう不敵に呟くと、鎌乃介は鎖分銅の回転を止め、そのまま鎖鎌を地に投げ捨てた。そして懐から短い棒を取り出す。

その棒を一振りすると柄が伸び、刃が飛び出て槍となった。仕込み槍である。フロックや海野六郎の手槍よりもさらに短いだろう。


「ふむ、槍か」


またしても意表を突かれ、姜維は唸った。


「だが槍などは拙者はそれこそ嫌という程目にし、戦ってきた。その鎖鎌とやらよりも遥かにやりやすいのだが・・・・。お主、それでよいのか?」


「ああ、だろうねえ」


鎌乃介は槍をしごきながら姜維の顔も見ずに余裕な表情で応じた。


「たしかにあんたはそれこそ様々な槍の使い手、槍の技を見て来たんだろうな。だが、こういうのは見たことは無いんじゃねえか?」


そう言い放った瞬間、鎌乃介の周りから土埃が舞い上がった。そして同時に鎌乃介の姿が完全に消え失せていた。


「なんだと・・・・!」


姜維の常は沈毅な老顔が驚愕に凍り付いた。鎌乃介の背の高い鍛え抜かれた五体が地上から消え失せ、気配も全く感じなくなっていたのである。

姜維は鎌乃介が立っていた場所に駆け寄った。


「む・・・・!」

 

姜維の第六感が閃き、危機を告げた。慌てて後方に跳躍すると、地面から恐ろしい勢いで槍の穂先が飛び出た。

もし避けるのが一瞬でも遅れていたら、姜維の太ももの辺りを貫いていただろう。着地した姜維は二郎刀を下段に構える。


「これがお主の奥の手か・・・・!」


「いかにもその通り」


地中から鎌乃介の低い声が陰々と鳴り響く。


「これが忍法、土遁の術ってな。さあ、攻略できるものなら、やって見せてくれよ。姜伯約さんよお」


鎌乃介の声が消え、気配もまた完全に断たれる。姜維は神経を張り詰めて神気を集中し、次なる刃の襲来に備える。

どれだけ地中で完全に気配を消しても、どれだけ訓練を積んでも攻撃を仕掛けるその瞬間は必ず殺気は漏れるものである。


「!」


姜維はその殺気を的確に捉え、跳躍した。地中から再び突き出た槍の穂先が姜維の靴底をわずかにかすめた。


(何という恐ろしい技よ・・・・)


かつてない戦慄が姜維を襲った。姜維はその六十余年の人生の全てを圧倒的な戦力を誇る大国魏との戦に捧げた。

人材の豊さでは三国随一であった魏には恐るべき武勇の士、神の域に達した技量の持ち主が数多くいたものである。

だが当然ながらこのような常識離れした魔技を持つものなどいたはずも無い。

例えどのような技量を持つ猛者が相手であろうと、己の智謀と百戦をくぐり抜けて鍛えあげた熟練の技で打倒して見せると秘かに自負していた姜維であったが、


(どのようにして戦えばいいのだ。このような技を相手に・・・・)


懊悩せずにはいられなかった。

己は敵の刃に身をさらすことなく、一方的に不意打ちを仕掛け続けることが出来る。

全く隙が見当たらない、完成された究極の殺人技というしかない。

着地した姜維を逃さず刃が襲う。姜維は間一髪踊るような足さばきでこれを躱し、白刃から遠ざかる。

だが槍の穂先が逃さじとばかりに次々と飛び出て来た。姜維に神経を集中させる間も、打開策を考える暇も与えないという腹積もりなのだろう。


(このままではやられる・・・・)


姜維は苦悶の表情を浮かべた。そしてふと、


(それでもよいか・・・・)


と、潔く敗北を受け入れるべき心情となった。

かつて師である諸葛孔明の後を継ぎ、魏を倒すべくひたすら戦い続けた。その結果、何を得られただろうか。

圧倒的な国力差を顧みずに続けた戦で国を疲弊させ、将兵を多く無為に死なせ、その遺族から怨嗟の声を浴び続けた。

そして遂には国を滅ぼさせてしまった。それでも心折れず、最後の賭けとして蜀漢を占領した魏将、鐘会に反逆をけしかけた。

鐘会を独立させ、機会を見て彼と魏兵を皆殺しにし、その上で蜀の君主劉禅を向かい入れて蜀漢を復興させようという壮大な計画を立てたのである。

だが事は無惨に失敗し、暴動を起こした魏兵を数十人道ずれにして斬り死にすることとなった。


(所詮、拙者はこの程度の男なのだ。何一つ成し遂げることは叶わぬ・・・・)


最後の賭けに失敗し、暴動を起こした魏兵相手に戦いながら去来した自嘲の念が再び姜維の心を満たした。

無駄なあがきはここまでにして、潔く刃を受け止め、二度目の死を迎え入れよう。

そう考えた姜維の鼓膜に若き戦士達の勇ましい声が響いた。重成、ローラン、エドワード、顕家、そして敦盛。


(あの少年までもが戦っているのか・・・・)


まだ十代半ばという年少の、武芸も未熟な、そして心優しく誰よりも戦いを厭っているであろう、あの少年が。


(全く、拙者はどこまで生き恥をさらせば気が済むのだ。あのような若者達が健気に戦っておるというのに、卑怯にも己だけ早々と戦いを放棄しようなどと考えるとは・・・・)


姜維の老いた顔貌が再び熱を帯び、その頭脳が勢いよく回転を始めた。


「蜀漢の大将軍、姜伯約の名に懸けて、由利鎌乃介、お主の命を再び冥土に返してみせようぞ!」


かつて蜀漢の軍を奮い起こし、魏の将兵を戦慄させた老将の叫びがヨトゥンヘイムの大地に鳴り響いた。






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