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神界三国志 ラグナロクセカンド   作者: 頼 達矢
第五章  我ら冥府より蘇りし真田十勇士
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第八十一話   対峙6

「むん!」


ヘンリク二世が鋭い気合を発し、放たれた矢のような勢いで向かって来たガルムの頭蓋を砕くべく槌矛を振り下ろしたが、ガルムは俊敏な動きで後ろに下がって見事に躱す。

やや体制が崩れたヘンリク二世の隙を見逃さず二匹目のガルムが空中に踊り、その太く尖った爪を振り降ろした。

爪の一撃はヘンリク二世の肩に命中し、甲冑に傷をつけたがヘンリク二世は衝撃に耐えて踏ん張り、次の攻撃に備える。

予想通り、三匹目のガルムが我が喉を喰い破ろうと咆哮を上げ、白い牙を煌めかせたが、ヘンリク二世は盾でかろうじて防いだ。


(くっ・・・・。やはりこ奴ら、三匹で連携を取って獲物を仕留めるよう、完全に訓練されている・・・・)


かつてヘンリク二世はロキに率いられてヴァルハラに侵入したガルムを二匹屠っている。

あの時のガルムはまさに野生の獣そのもので、俊敏さと獰猛さにさえ気を付ければ、さして恐ろしい敵ではなかった。

だがこの三匹のガルムは以前よりも俊敏さが増している上、武装した人間をいかにすれば効率的に屠れるかを知り尽くしてしるようであった。

ヘンリク二世はこの三匹の死した獣を精密な殺人の機械に造り上げた主に視線を向けた。

望月六郎は山奥で生活する猟師そのものというしかない朴訥そうな顔貌に薄ら笑いを浮かべている。


(おぞましい奴め。一体今まで幾人、犬を使って殺めて来たのだ・・・・)


想像するのも汚らわしい。あの男は人間の忠実なる友である犬を殺戮の為の道具として使って人を殺め、なおかつ生きながら食われる様を最高の娯楽として生きてきたに違いない。


(絶対に許せん。あのような男だけは、絶対に・・・・)


ヘンリク二世は正義の怒りで裁きを下すべくいよいよ激しく槌矛を振るう。だがそのようなポーランド大公を嘲笑うかのようにガルムは巧みに距離を取って攻撃を躱し、あるいは背後から跳躍して爪と牙を振るう。

ポーランド大公の煌びやかな甲冑は瘴気を纏う獣の爪牙で見る見るうちに無惨に変貌していった。


「このままじゃやられる・・・・!」


敦盛は呼吸が苦しくなっていた。エイルはその大きな瞳に涙をにじませ、無意識に敦盛の袖をつかんでいる。

ヘンリク二世は盾と鎧を巧みに使って獣の攻撃を防ぎ、今の所はかすり傷だけで済んでいるようだが、致命的な傷を受けて動けなくなるのは時間の問題だろう。

勇猛な騎士にして熟練の戦士であるヘンリク二世は人間、あるいは人型の巨人が相手ならば滅多に後れを取らないであろうが、やはり四つ足の獣が相手では勝手が違い、本来の武勇を存分に発揮できないらしい。


(このまま指をくわえて見ている訳にはいかない・・・・!)


敦盛は己が敵の標的になるのを覚悟で、青葉の笛を取り出そうとした。


(いや、笛の効果が出るのは時間がかかる。それに知能が低い獣相手にはほとんど効かないだろう)


敦盛はエイルの手をそっと振り払って肩に担いでいた弓を取り、箙から矢を抜こうとした。


「敦盛くん・・・・」


「エイル、君は離れて。どこかに身を潜めるんだ」


敦盛はエイルの肩に手を置きながら優しく、妹に言い聞かせるように言った。

エイルは戦乙女でありながらただ一人武器を所有せず、武芸の訓練も積んでいない。

それは持って生まれた気性であり、癒しの力のみでラグナロクに貢献すると誓った彼女が己に課した誓約なのだろうと敦盛は察していた。


「でも、敦盛くんじゃ、あのガルムをやっつけることは出来ないと思うよ・・・・?」


武芸に疎いとはいえ、そこはやはり敦盛を選んだ戦乙女である。敦盛の実力は把握していた。

敦盛の弓術は狙いは正確だが、強固な体毛に覆われたガルムを射殺する威力は無い。

そしていざ抜刀して戦うとしても、通常のガルムならばともかく、亡者の女王ヘルの力で強化され、その上望月六郎に仕込まれたあのガルムには到底かなわないはずである。


「うん、そうだね。でもこの状況を打破するには、僕が動かないと」


恐らく望月六郎はガルムを一匹、こちらに向かわせるだろう。そうすればヘンリク二世の負担は軽減され、一匹を仕留めることが出来るかもしれない。

そうなれば、望月六郎は敦盛に仕向けたガルムを再びヘンリク二世に戻すだろう。

そこで敦盛が弓矢を使って加勢すれば、残った二匹のガルムを仕留めることが出来るはずである。

敦盛はそうエイルに説明した。

無論、そう都合よくいくとは敦盛自身思っていない。自分の力では例え一匹だけが相手でも左程時間は稼げないのは分かっている。

その間にヘンリク二世がガルムを屠ることが出来るかどうかは疑わしい。


「でも、お願いだ。ここは賭けに出るしかないんだよ」


敦盛は懸命に懇願した。エイルは困惑した表情を浮かべていたが、やがて意を決したようにニッコリと笑った。


「うん、分かったよ。でもエイルは逃げ隠れしないよ。敦盛くんと一緒にあの悪い犬をやっつけるから」


「え・・・・でも・・・・」


「うん。確かにエイルはブリュンヒルデ姉さまやフロック姉さまと違って戦えないから。もし悪い犬がエイルに噛みつこうとしたら、敦盛くんが刀で守って。それで敦盛くんが怪我したら、エイルがすぐに治すから」


「・・・・」


「そうやって二人で頑張って時間を稼げば、ヘンリクさんがその間に悪い犬をやっつけてくれるよ。ね!」

 

エイルは敦盛の手を両手で握りしめながら言った。一見常と変わらぬ無邪気な表情であるが、その淡褐色の瞳には金剛石のように強固で決して退かない意志の光が鮮やかに灯っていた。

この誰よりも優しく暴力を厭う少女にも戦乙女としての誇りと使命感が厳然とたぎっているのを思い知らされた敦盛は説得を断念した。


「分かったよ、エイルは僕が守るから。決してあんな獣に傷つかせてなるものか・・・・!」


敦盛は重藤の弓に矢をつがえた。


「こらこら、坊や。それにお嬢ちゃん」


望月六郎は口を開いた。一見穏やかに苦笑を浮かべているだけのように見えるが、その瞳には嗜虐的な暗い炎が燃えているのを敦盛は見逃さなかった。


「さっき、このおじさんが言ったことを忘れてしまったのかな。余計な手出しをすれば、その可愛らしい顔をガルムに食わせると。ただの脅しと取られたのなら、心外だの」


望月六郎は己が弓矢の標的にならないよう、木を盾にしながら言った。


「大人の言う事を聞かぬ悪い子には、お仕置きが必要だな」


六郎が指を鳴らすと、一匹のガルムがヘンリクから離れ、敦盛に黄色く濁った眼を向け、猛々しい咆哮を上げた。


「敦盛、エイル!手を出すな、早く逃げろ!この男はまともではない、本気でやるぞ」


ヘンリクが叫んだ。ようやく獣相手にも慣れて来てその槌矛は幾度かガルムを打ったが、未だ決定的な一撃を与えることが出来ない。

そしてエインフェリアとして無尽蔵に近い体力を持つヘンリクであるが三匹の魔獣相手ではやはり神経がすり減らされ、動きが精彩を欠いて来ている。

もはや一刻も猶予が無い。覚悟を決めた敦盛は矢じりに神気を集中させ、渾身の力を込めて射放した。


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