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神界三国志 ラグナロクセカンド   作者: 頼 達矢
第一章  戦死者の宮殿
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第六話  ヴァルハラ

「夜空に虹がかかっている・・・・」


重成と又兵衛が呆然となって呟いた。

宝石のように鮮やかな七色の光を放つ長大な橋が、星々に向かってかかっているのである。

かつて地上では目にしたことのない、まさに神の業というしかない光景であった。


「虹の橋、ビフレストです。あれを渡って神々の住まう「アースガルド」へと参りましょう」


厳かに告げるブリュンヒルデの声を聴きながら、重成は虹の橋に足を踏み入れた。

すると、見慣れた己の五体が、瞬時に銀色の光へと変わっていったのである。驚く間もなく、放たれた矢のように星々に向かって飛んだ。

その速度はまさに光の速さそのもので、虹の橋に沿って無窮の暗黒空間を渡った。


「・・・・!!」


重成は感覚が麻痺し、何も考えられずにいた。視野に広大な星々の海が映っても、何の感動も起きなかった。

それはほんの一瞬のようでもあり、永遠のように永くも感じられた。


「さあ、着きました」


ブリュンヒルデの声を聴き、光の矢から元の状態に戻ったことを知った重成と又兵衛の前に、宏壮を極める宮殿があった。

よく見ると、その宮殿の外壁は、槍、盾、鎧といった武具で構築されているようである。

屋根の上には巨大な牡鹿と牡山羊が佇立しており、重成達をじっと見つめている。彼らはただの獣ではなく、明らかに高い知性を有しているのが感じられた。

宮殿の側には驚くほどの長大な樹があり、その影がすっぽり宮殿を覆っている。


「青の宮殿こそがが貴方達が決戦の時まで過ごす「ヴァルハラ」です」


息をのむ重成と又兵衛に、ブリュンヒルデが誇らしげに告げた。

すると複雑な意匠が施された青銅ばりの門扉が開き、ブリュンヒルデが力強い足取りで歩み始めた。重成と又兵衛がそれに続いた。

いくつかの扉を通過して中央の大広間に入ると、けたたましい音声が重成達を迎えた。

豪快な笑い声、酒が杯に注がれ、食い物を咀嚼する音。食器が鳴り、さらに管弦の音が響く。

ヴァルハラでは壮大な饗宴が行われていた。大広間には数百人はいるだろう。


「彼らも私たちと同じ、エインフェリアなのか・・・?」


「そうです。これからもさらに増えるでしょう」


ブリュンヒルデの声を聴きながら、重成と又兵衛はエインフェリア達を観察した。

自分たちと同じ東洋人もいたし、南蛮人たちもいた。さらに、墨を塗ったように黒い肌の偉丈夫達・・・・。


「アフリカという遠い異国の戦士たちだな」


又兵衛が重成にささやいた。


「日の本にキリスト教を布教する為にやってきた宣教師達が従者としてアフリカ人を連れていたのを目にしたことがある。わしの元の主君である黒田如水様は切支丹であったからな」


見れば、若く美しい乙女たちが彼らに給仕している。


「ほう、戦乙女は給仕までしてくれるのか。ご苦労なことだ。わしらもお主の酌で飲むのが楽しみだ」


「それも戦乙女の務めの一つです。ですが、、戦乙女の中で最も神格の高い私はその務めを免除されています」


皮肉っぽく言う又兵衛に、ブリュンヒルデは素っ気無く答えた。

それは重成にも分かる気がした。給仕をしている戦乙女たちとブリュンヒルデでは、発散される神気が明らかに段違いなのである。

神々の間にも格の差というものがあるらしい。


「先に私が選んだエインフェリア達に引き合わせましょう」


ひときわ豪奢なつくりの椅子に、三人の男たちが座っていた。

彼らはいずれも眼光鋭く、重成と又兵衛を値踏みしているようだった。


「さあ、お互いに名乗りなさい」


ブリュンヒルデが言うと、金褐色の巻き毛の若い男が鋭く舌打ちしつつ、名乗った。


「我が名はローラン。偉大なるシャルルマーニュ大帝の臣、ブルターニュ伯のローランだ」


その男は重成よりも年齢はいくつか上であろうか。又兵衛に匹敵する雄偉な体格を持ち、良く日焼けした小麦色の肌をしている。瞳の色は鳶色で、美男子と言っていいが、その固く結んだ口元から、いかにも頑固で強情な気性が察せられた。

そのローランをやや小馬鹿にしたような目で見ている男は、さらに若い。まだ十代の少年のようである。

黒髪と青灰色の瞳を持ち、細身の体格で、あまり武張った印象は受けない。


「僕はエドワード。プリンスオブウェールズのエドワードだ。まあ、異国人の君達にはさして価値のある称号ではないだろうけど」


史上唯一の戦死したプリンスオブウェールズであるエドワードオブウェストミンスターが気取った口調で名乗ると、ローランが鼻を鳴らした。


「その通りだ。王国といえば、ただフランク王国があるのみ。王と言えば我が主君シャルルマーニュ大帝がおわすのみだ。イングランドなど所詮は蛮族の集落にすぎん」


「やれやれ。吟遊詩人が唄う「ローランの歌」の通りの、粗野で思慮の浅い男だな。それで聖騎士とは笑わせる」


どうやら、同じ南蛮人同士でもこの二人はそりが合わないらしい。今にも決闘を始めかねない険悪な雰囲気である。この二人は生まれた時代も国も違うのだが、南蛮、いや欧州の事情に全くの無知である重成と又兵衛は、この二人が何の言い争いをしているのかさっぱりわからなかった。

三人目の男は、彼らの争いなど目に入らない様子で、静かに酒を飲んでいた

重成達と同じ東洋人であるが、着ている服から察するに、日本人ではない。おそらく唐土の人間であろう。

頭に白い頭巾をかぶっている。頭巾からはみ出た髪と薄い髭は頭巾と同じ色で、六十歳を少し超えたぐらいかと思われる。

しわの刻まれた顔に憂鬱げな表情を浮かべ、よく言えば沈毅、悪く言えば陰鬱な印象の老人であった。

ブリュンヒルデが視線を向けると、老人は仕方ないといった感じで名乗った。


「私はかつて蜀漢王朝にお仕えした姜維、字は伯約と申す」


「姜維・・・?」


その名には聞き覚えがあった。


「まさか三国志に出てくる、諸葛亮の後継者の・・・?」


「ほう、見れば異国の人のようだが、丞相と私の名が伝わっているのか」


姜維は驚いた表情を浮かべ、やがてほろ苦く笑った。


「ならば知っているな。結局私が諸葛丞相の宿願を果たすことがかなわず、ついには無様極まる死を遂げたことを・・・・」


「・・・・」


重成と又兵衛は言うべき言葉を知らなかった。

確かに史書では、「姜維は文武とも優れていたが、多年に渡り国力を無視した北伐を敢行し、蜀の衰亡を速めた」あるいは「蜀の滅亡時に死ぬことができず、鍾会の乱で死んだのは、死ぬべき場所を得られなかったといえよう」と厳しい評価を下されている。

それにしてもである。姜維が生きた三国時代は、重成達が生きた時代よりも千四百年も昔なのである。

国も時代も全く異なる戦士を集める戦乙女の奇跡と言うしかない力には驚くしかないが、このような多彩な戦力を必要とするラグナロクとはいかなる戦なのだろうか。


「さあ、これで互いに名乗り終えましたね」


ブリュンヒルデが言った。


「貴方達は、戦乙女の中で最も神格が高いこのブリュンヒルデが直接選んだ栄えある勇者達なのです。その名誉を決して忘れてはいけません。よいですね」


「・・・・」


ブリュンヒルデの凛とした声を聴き、言い争いをしていたローランとエドワードが口をつぐんだ。

彼女に反抗的な態度を見せたローランであったが、やはりその威には粛然とするしかなかった。それと同時に、騎士として、純粋に誇りを鼓舞されたのだろう。

それは他の四人も同じであった。ブリュンヒルデのあまりに冷厳な態度に一抹の不安と疑問を抱いていたが、ここに来て、彼女を信じてその下知に従おうという気になった。


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