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神界三国志 ラグナロクセカンド   作者: 頼 達矢
第四章  強壮なる山の巨人族の大地
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第六十八話   ヴァ―リとヴィーザル

「何だと・・・・」


弟の意表を突く奇矯な言動に慣れているはずのヴィーザルも、この時ばかりは血相を変えた。


「良く知りもせず、適当なことを言うでない。あの神器、ニーベルングの指輪はヴァン神族の王ニョルズが魔術の粋を尽くして完成させ、宇宙規模の悪意が宿ってしまった代物なのだ。ロキが、あるいはムスペルの女王シンモラが集めれば全宇宙が滅ぶやも知れぬのだぞ」


「その代わり、奴ら自身も破滅するでしょう」


兄の日輪のように輝く黄金の瞳を恐れず真直ぐ見つめながらヴァ―リは答えた。

その瞳は冴えた夜空を煌々と照らす白銀の月のようであった。


「あの神器の恐ろしさを分かっておられぬのは兄上の方でしょう。あの十個の指輪には想像を絶する悪意、呪いが宿っているようです。関わった者全てを破滅に導く恐ろしいまでの力が・・・・。兄上は十個全ての指輪を破壊したいと思っているのでしょう。ですが、どのような形であれ、絶対にあの指輪には関わってはならぬのです」


「むう・・・・」


かつてない程真剣な表情で語る弟に兄は言葉を失った。


「我々はロキとムスペル共が指輪を巡って殺し合うのを安全な場所で静観すればよいのです」


ヴァ―リは唇をゆがめて皮肉っぽく言った。それが本来の表情なのだろう。


「いずれが指輪を得るにせよ、先のラグナロク以上の甚大な被害が出るでしょうな。そして双方共倒れになるのは確実です。その後で我ら兄弟とマグニ、モージらとで再び長い時間をかけて再生すればよろしいのです。ロキもムスペル共もいない新たなる世界を・・・・」


「・・・・」


ヴィーザルはその太い腕を組み、思案した。弟の言に一理あるのを認めたのだろう。だがそれはほんの数瞬に過ぎなかった。


「いや、やはりそれは出来ぬ」


ヴィーザルは反論は許さぬという断固たる決意を示した。


「敵の争いを静観し、漁夫の利を得ようなどという卑劣な振る舞いはアース神族の王に許される道ではない。そのような道を選んでは先のラグナロクで堂々と戦い散って行った父オーディンや他の神々、そして今こうして集まったエインフェリア達とワルキューレに顔向けできぬではないか」


「父に顔向けできぬ、ですか・・・・」


ヴァ―リはほろ苦く笑った。その笑みにはやり場のないどうしようもない怒りの感情がこもっているようであった。


「ヴァ―リ・・・・!」


「分かっておりますよ、兄上。耳の良いエインフェリアどもが我らの会話を盗み聞きしているようです。今さら亡き父上を誹謗するつもりはありませぬ」


「・・・・」


「父上はともかく、トールやヘイムダルやテュールに申し訳ないという気持ちは分からないでもありません。ですが、亡き者に義理立てして滅びの道を歩むなど愚かなことですぞ。ましてや、ワルキューレやエインフェリアなど・・・・。あのような者共はいくらでも代えがきくではありませんか」


魔術に通じたエインフェリア達が聞いていることを承知でヴァ―リは辛辣に言ってのけた。それは本心なのか、あるいはエインフェリア達を発奮させようという意図があるのか、それは分からない。


「代えなどきかぬ」


ヴィーザルは迷いやためらいを寸毫も見せずに断言した。


「余は今世に集ったエインフェリア達とワルキューレに無限の可能性と奇跡の煌めきを見たのだ・・・・。間違いではない。余は確信している。彼の者達が必ずやラグナロクを勝利に導き、銀河が滅亡するのを阻止してくれるはずだ。その為ならば、余は喜んで破滅の道を歩もう」


「・・・・」


兄である王が確信を持って真情を語っていることを認めた弟はそれ以上の説得を諦めるしかなかった。


「エインフェリアがねえ・・・・」


ヴァ―リは地上で固唾を呑んで兄弟神の対話を見守っているエインフェリア達に視線を向けた。やはりその表情は半信半疑といったところである。


「我が戯れに慌てふためくしかなかったあの者共に、見込みがあるとは到底思えませんが・・・・」


「確かに、まだまだ未熟な者達だ。だからこそヴァ―リよ、お前が得意とする幻術で彼らを鍛えよ」


「それは御免こうむります」


王の命令をヴァ―リはあっさりと拒絶した。


「私が誓ったことは兄上もご存知でしょう。我が魔術は決して戦の為には用いぬと・・・・。ましてエインフェリア如きの為に貴重な時間を割くなど、絶対に御免ですな」


「まったく、お前という奴は・・・・」


王の威厳などまるで通じない奔放な弟に、兄はその厳めしい顔に苦笑を浮かべるしかなかった。


「ならばどうする?またあてどない放浪の道に戻るのか」


「ええ。ただしこれからは自由気ままな放浪とはいきませんな。明確な目的を持ってさすらわねばならないようです」


「明確な目的とは・・・・?」


「無論、ニーベルングの指輪がもたらす破滅を回避する方法、あるいは術を見つける為です」


ヴァ―リは力強く宣言するように言った。


「そのような方法があるのか?」


「それはわかりません。そのような方法は無いのかも知れませんな。ですが、銀河には我ら神々ですら計り知れない叡智が、強大な力がまだまだ眠っているのです。可能性はあるかと・・・・」


「ふむ・・・・」


「兄上が指輪を集めてムスペルどもとロキを滅ぼすことを願い、なおかつそれによってもたらされる破滅の呪いを回避する。そこまでうまい話は望めないかも知れませんが、まあ、やってみましょう」


「そうか」


ラグナロクの勝利の為ならば、自らを犠牲にして一人破滅することも覚悟していたヴィーザルの瞳に希望と喜びの灯がともった。

 

「兄上、うまく指輪を手に入れたとしても、決して触れてはなりませんぞ」


ヴァ―リの表情が再び険しく、真剣そのものになった。


「我が手で破壊しようとしたり、その持つ力を解析しようとしてもなりませぬ。おそらくその意志に反応し、あの神器はなんらかの力を放つでしょう。私が戻るまでは厳重に封印しておいてください」


「分かった。お前の言う通りにしよう」


「では、私は出立いたします」


ヴァ―リが言うと、重厚沈毅なヴィーザルもほんのわずかだが慌てた表情を浮かべた。


「すぐに立つと言うのか・・・・。全く落ち着きのない奴だ。余はまだまだお前の話が聞きたいのだがな。せめてマグニとモージに会っていったらどうなのだ。それと久しぶりにヴァルハラに戻ったヘーニルと客人の美しきフレイヤにも」


「申し訳ありませんが、一刻を争う事態なのです。無駄なことに時間を費やしている余裕はありませんな」


ヴァ―リは素っ気無い態度で言った。そして再び地上のエインフェリア達に視線を向け、ヴィーザルにしか聞こえないように念話を送った。


「兄上の眼と直観に間違いがあるとは思えませんが、あまりあの者共に期待をかけ過ぎぬようにして下さい。所詮駒は駒でしかないのですから、容赦なく使い捨てにすればよいのです。我ら兄弟さえ生き残ればいくらでもやり直しが出来るのですから・・・・。それをお忘れなきよう」


「・・・・!」


ヴィーザルが口を開く前にヴァ―リは姿を消した。



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