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神界三国志 ラグナロクセカンド   作者: 頼 達矢
第四章  強壮なる山の巨人族の大地
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第六十七話   幻術神

「敵が何者であろうとも、打ち破るのみだ。ただそれのみを思え!」


顕家の神秘的なまでに清冽な気迫に打たれ、エインフェリア達はたちまち平静さを取り戻し、合戦への気構えが出来上がった。


「全軍、魚鱗の陣を取れ!」


山本勘助のしゃがれ声が響き、彼のオーク兵が陣太鼓を打ち鳴らす。

ヴァルハラ軍はたちまち中心が前方に張り出し、両翼が後退した△の形に布陣した。

武田軍が最も得意とした駆動と堅牢さを兼ね備えた陣形である。かつて武田信玄はこの陣形を用いて徳川家康を三方ヶ原で打ち破っている。

だがこの陣形では総大将である顕家は中心に配置される形である。正体不明の敵軍に顕家自身が先頭に立って斬りこませないよう、勘助が配慮したのだろう。

顕家は仮面の下で不満げな表情を浮かべたが、勘助の考えは分かるのであえて何も言わなかった。

布陣が完了したことを確認した勘助は臍下丹田に神気を集中し、太く法螺貝を吹き鳴らし、しだいに細くしていった。

突撃の合図を受け、ヴァルハラ軍は整然と進軍を開始した。

それを受け、謎の黄金の戦士団も動き出す。だが足音も、甲冑の音も全く立てずにである。


「不気味な者共めが・・・・。目にもの見せてくれる」


グスタフアドルフが灰色の瞳に闘志の光を湛えながら呟いた。自身のオーク兵と配下に付けられたエインフェリアとオーク兵併せて千人。その全てに鉄砲を持たせ、砲兵として厳しい訓練を施していた。

グスタフは砲兵部隊を軍の先頭に立たせ、三列横隊に並べた。


「撃て!」


北方の獅子が咆哮し、千丁の銃が一斉に火を噴いた。その数瞬後に大砲五門が立て続けに発射される。

敵軍は銃火器を所有せず、鈍重な重装歩兵のみである。

砲弾と銃弾の雨を浴びてはひとたまりもあるまい。その前衛は無惨に潰滅したはずである。

グスタフは会心の笑みを浮かべて砲煙立ち込める前方を見据えた。


「馬鹿な・・・・」


グスタフの痩せた顔が驚愕に凍り付いた。黄金の戦士団は全くの無傷だったのである。

一人も斃れた者はおらず、負傷どころかその煌びやかな甲冑に銃弾の痕すらない。


「どういう魔物なのだ、この者共は・・・・」


困惑しつつも、グスタフは一瞬の遅滞も見せず、兵達に次の銃弾を装填させる。

その彼らを援護する為に夏侯淵率いる軽装弓騎兵が躍り出て、弓弦の響きを一斉に奏でた。

だが、神気が込められた矢の雨は彼らに一本も突き立つことはなく、ことごとくすり抜けたようである。

冷静沈着な夏侯淵も流石に動揺を隠せず、その動きが止まる。

ヘンリク二世率いる重装騎兵隊が長槍の穂先を揃えて突入し、ヘンリク二世自身も敵の黄金の兜、甲冑を破砕せんとその強靭な長き右腕に握られた槌矛を嵐のように振り回したが、まるで手ごたえが無かった。


「この者ら実体がない、幻か・・・・?」


「ハハハハハ!」


ヘンリク二世の言葉を肯定するように、巨大な笑い声がヴィーグリーズの野に響き渡った。そしてその瞬間、謎の黄金の戦士団は一人残らず、跡形も無く消え去っていた。


「これは・・・・?」


困惑するエインフェリア達の前に突然一人の男が現れた。つばの広い帽子をかぶり、灰色の衣を纏った戦場には場違いというしかない隠者と形容すべき男。

重成、又兵衛、ローラン、エドワード、姜維の五人はその姿に見覚えがあった。


「あれはまさか、先のラグナロクで戦死したオーディンか?」


ロキの子、天狼フェンリルに飲み込まれたはずの先代の神王が蘇ったのだろうか。


「いや、違う。別人か・・・・」


長い顎鬚といい、底の知れない叡智を秘めているであろう瞳といい、オーディンに瓜二つであるが、その顔貌は若々しく、オーディンの老成さとは明らかに違っていた。


「エインフェリアか。先のラグナロクでも大して役に立たなかったようだが、今回はさらに使えそうにないな」


その男は馬鹿にしきったような口調でそう言った。その瞬間、その男の体格がひと回り大きくなったような気がした。錯覚であろうかとエインフェリア達は我が目を疑ったが、そうではない。

見る見るうちにその男は大きくなっていったのである。巨人を上回り、山頂に達する程に。

それでも巨大化は止まらず、アースガルドの天空を照らす日輪まで達するかと思われた。

死を克服し、さらに厳しい鍛錬を積んで神の領域に達しようとしていた勇者達もこの異常な事態に恐慌をきたし、思わずオーク兵を置き捨て馬首を返して逃げようとした。


「悪ふざけも大概にせよ、ヴァ―リ」


強大な神気と威厳に満ちた声がヴィーグリーズの野に響き渡った。見れば常に玉座に座しているはずの神王ヴィーザルが、大巨人の前に浮かんでいた。

その表情はエインフェリア達には確認できないが、怒りと困惑、そして親愛の情が等しく入り混じっているようであった。


「ハハハ、そう怒りなさるな兄上」


そう陽気に言った瞬間、大巨人の体は小さくなっていた。眼の前にいるヴィーザルの半分程の大きさであろうか。それでもエインフェリアに比べれば遥かに巨躯である。巨人の血を引いているのは明らかであった。


「久しぶりにアースガルドに帰って来たかと思えば、余に顔を見せる前にこのような悪戯をしおって・・・・。まったく困った奴だ」


「ただの悪戯ではありませぬよ、兄上。エインフェリアどもの胆力を試す為にやったのです」


神王ヴィーザルに叱責されても微塵も恐縮する様子もなく、灰色の長衣を纏った神はぬけぬけと言い放った。


「兄上・・・・?ではあの御方が先のラグナロクで生き残った四柱の最後の神、ヴィーザル様の弟であるヴァ―リ様か・・・・」


ヴァ―リ神の存在についてはワルキューレから聞かされていたが、眼にするのはエインフェリア達は初めてであった。

ヴァ―リは父オーディンの魔術と智謀に優れた面を色濃く受け継いでいるが、その性格は奇矯でまるで捉えどころがなく、戦を嫌いヴァルハラにとどまることもなく銀河を常に放浪しているという。

その話はこの上も無く真実であることをこの短い時間で嫌という程思い知らされた訳である。

あれ程の幻術を行使し、エインフェリア達を翻弄した手腕は尋常ではない。彼ほどの幻術の使い手はヴァン神族にもいなかったのではないか。

あの神が敵ではない幸運を感謝すべきだろう。だが、


(あの御方は本当に味方なのか・・・・?)


エインフェリア達は疑問を抱かずにはいられなかった。


「来るべきラグナロクなど知らぬ、関わりたくも無いと放言し、ヴァルハラを去ったお前が今さら何をしに戻って来たのだ」


弟への親愛の情を押し殺し、王として厳格な態度を示しながらヴィーザルが言った。


「恐るべき力を秘めた十個の神器が銀河に飛び散るのを感じたのです」


おどけた笑みを消して真剣な表情でヴァ―リが答えた。その顔貌には輝かんばかりの聡明さがあった。


「そうか・・・・。やはり察知したか」


「何があったかは知りませんが、おおよそ察しはつきます。あの神器を巡って巨人共と争うのでしょう」


「それだけではない。ロキもだ。ロキも生きており、あの指輪を求めておる」


ロキの名を聞いてヴァ―リの理知的な顔に驚愕と憤激の色が浮かんだが、それは一瞬のことでまた元の冷静な顔に戻った。


「それを聞いてなおさらですな。兄上、あの神器には断じて関わってはなりませぬ。ロキが欲しがっているのならば、奴にくれてやればよろしい」



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