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神界三国志 ラグナロクセカンド   作者: 頼 達矢
第三章 堕落した神々の王都
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第六十二話   さらばヴァナヘイム

「そうか、あの十個の流星はニョルズ殿の神器が銀河に散って行ったものだったのか・・・・」


ブリュンヒルデ達のすぐ後にやって来たヘーニルとフレイヤからニョルズの死とニーベルングの指輪の顛末を聞かされたワルキューレとエインフェリアは皆一様に唸った。


「あの指輪にはニョルズ殿が意図した以上の恐るべき力が宿っている。もしムスペル共が指輪を揃えれば、スルトはかつて以上の力を得て蘇るだろう。そうなれば全ては終わりだ。この宇宙の形ある物全てが焼き尽くされてしまうかもしれん。何としても阻止せねば・・・・」


「ロキは指輪を集めてどうするつもりなのでしょうか?」


ブリュンヒルデがヘーニルに問うた。


「奴の考えていることは全く得たいが知れん。指輪に願えば必ず破滅するとニョルズ殿に言われても、全く動じた様子が無かった。己だけは特別で破滅を回避できるという自信があるのか、それともムスペルが揃えることを阻止することだけが目的で、本当は指輪に願うつもりは無いのか・・・・。何せ奴は偽りと奸智の化身のような存在だ。奴の言う事成すこと全てが演技、虚言と言って良いだろう。奴の真意を推測するなど無意味な事だ」


「スルトの復活を阻止するという目的においてはロキと一致している。奴と共闘するという選択肢もあるのでは・・・・?」


ラクシュミーバーイが今後の方針について一つの可能性を述べたが、


「それだけは絶対にありえない」


重成、又兵衛、ローラン、姜維、エドワードが言下に否定した。


「あの邪悪な神だけは絶対に許せない。スルト程危険ではないのかもしれないが、奴の所業は断じて許せぬ。必ず討ち滅ぼさねば・・・・」


常日頃は温和で謙譲な態度の重成が怒りと憎悪をむき出しにするのを見て、ラクシュミーと、内心彼女と同じことを考えていた義元は口をつぐんだ。


「ヴィーザル様は指輪を揃えたら、何かお願い事をするのかな?」


エイルが疑問を呈すると、ブリュンヒルデが首を振った。


「ヴィーザル様の御気性からすれば、そのような呪いが込められた、しかも生贄を要する邪悪な神器に頼るようなことはしないでしょう。破壊することを望むはずです」


「だといいのだがな・・・・」


義元が疑わしそうに言った。


「?どういう意味ですか」


「いや何・・・・」


義元はそれ以上言わなかったが、内心疑問だった。どのような願いもかなえられる指輪を得れば、厳格で正義を重んじるヴィーザルといえどもその誘惑に耐えられるかどうか。


(そして我も、神々を出し抜いて指輪を我が物にできないかという不逞な野心がうずきだしておる。我ながら身の程知らずなことよ。果たして、抑えられるかな・・・・)


その時、ヴァナヘイムの夜空が再び赤く染まった。ムスペル達が小型の星へと姿を変え、己が本拠たるムスペルヘイムへと帰って行くのだろう。

それから少し遅れて人骨で造られた船、ナグルファルの船団もまたその闇の瘴気で星々の光とムスペルが残した炎と熱をかき消しながら飛び立った。

炎を纏った隕石とおぞましき闇の船がそれぞれ真紅と漆黒の軌跡を描きながら星々の海へと去って行く様を、二柱の神と二人のワルキューレ、そして八人のエインフェリアは言葉も無く見守っていた。


(真の戦いがここから始まるのだ。我らアース神族とロキが率いる死者の軍勢、そして炎の巨人族ムスペルによる三つ巴の戦いが・・・・)


重成は姜維の老顔に視線を向けた。


(魏、蜀、呉による三国志は三国とも滅んで新たに興った司馬氏の晋が最終的な勝利者となったのだったな・・・・)


果たして、光と闇と炎による三国志ではどの勢力が勝利を得るのか。

ふと視線に気づくと、ブリュンヒルデがその憂いを含んだ青い瞳に神秘的な光彩を湛えながら重成をじっと見つめていた。

まるでヴァナヘイムの天空に耀く月の光と星々の光を合わせたような、と重成は思った。

彼女が抱くのは予期できぬ壮大な戦への不安なのだろうか、そして敗北と滅亡への恐怖なのだろうか。

重成は意思と勇気を振り絞って不吉な予感を振り払い、微笑んで見せた。


(大丈夫、必ず私が勝利をもたらせて見せる。貴方を最後まで守り抜く・・・・)


重成の無言の誓いを受け取ったブリュンヒルデは戸惑いの色を浮かべたが、やがて嬉しそうに微笑み返した。

ヴァルハラに招かれた時以来初めて心の中が温かいものに満たされた重成だったが、無論戦への緊張は一瞬たりとも忘れることはなかった。


「我々もヴァルハラに帰ろう。一刻も早く戦支度を始めねばならない。ムスペルはともかく、死者の軍勢は私たちの戦術を知り尽くしているんだ。何か手を打たねば・・・・」


一同はブリュンヒルデの天翔ける船に乗り込んだ。純白の白鳥の如き船が白銀の風を巻き起こして炎と瘴気を吹き散らしながら飛び立った。


「・・・・」


フレイヤが船窓から己が生まれ育った故郷の終焉を目に焼き付ける為に凝視している。

永劫に近い繁栄を誇ったヴァン神族の王都。宇宙に煌めく珠玉とも言うべき麗しのヴァナヘイムがゴーレムの残骸と巨人の骸、そして死者の腐肉に埋め尽くされ、炎と瘴気が渦巻く死の大地へと無残な変貌を遂げてしまった。

父と同胞と故郷を同時に全て失ってしまった女神は気丈にも涙をこらえ、白雪の如き肌を紅潮させ、まばたきすら忘れてただ見つめていた。

その胸中を満たすものはロキとシンモラへの復讐であり、必ずや故郷を復興させねばという使命感なのだろうか。

その女神の愛人であり、人質としてヴァナヘイムを第二の故郷として生きたアース神族の勇将は、ヴァナヘイムへの複雑な思いを断ち切るべく、黙然と目を閉じて彫像のようにたたずんでいた。

エインフェリアとワルキューレは彼らにかける言葉も見つからず、また来るべき大いなる戦に備え、それぞれの思いに沈んだ。



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