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神界三国志 ラグナロクセカンド   作者: 頼 達矢
第三章 堕落した神々の王都
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第六十一話   撤退

敵軍に包囲され圧倒的に不利な戦況に置かれてもなお微塵もひるむ様子も見せず、凄まじい膂力で炎の剣を振るい、火炎を放って死者の軍勢をなぎ払っていたムスペルの動きが突然止まった。

死者とムスペルの戦いを見守っていたエインフェリアとワルキューレは、ムスペルを統率する絶対的な存在から命令が下ったのだろうと推測した。

焼けた石のような肌で火に包まれたムスペルの表情は全く読みにくいのだが、彼らが戦いを放棄することに不満なのははっきりと感じられる。

だが彼らといえど母であり、主君である女王の意志に逆らう事は到底できず、しぶしぶと言った様子で撤退を始めた。

彼らを包囲しつつもその圧倒的な破壊の力に手こずっていた死者の軍勢は追撃をしようとはしなかった。

包囲を緩めてムスペルの撤退を見届け、彼らもまた整然と軍を返し始めた。


「・・・・」


姜維はその瞳に神気を集中させながら蜀漢の旗と幟を掲げる軍勢の様子を凝視していた。

巨人に迫る膂力と神秘的なまでの勇猛さでムスペルを幾人も討ち取っていた関羽と張飛は全身に火傷を負っているようだが、何事もないように平然としており、威風堂々と軍を率いている。

姜維は蜀漢の軍神とも言うべき彼ら両名の伝え聞いていた以上の武勇に畏敬の念を抱かざるを得なかったが、真に注目したのは彼らではない。

蜀漢の死者を迎える四輪車に乗った人物であった。その人物は暗黒の瘴気でもって蘇った死者であるはずにも関わらず、まるで仙界から下った神仙のような清涼な気配を放っていた。

純白の道服に綸巾、そして白羽扇という戦場に全く不似合いな神々しいまでの美しい姿は、見誤りようもない。

その心身を極限まで酷使して戦い抜いたにも関わらず、魏を討つという宿願を果たせぬまま秋風吹きすさぶ五丈原にて落命したわが師に他ならなかった。


「諸葛丞相・・・・。やはり・・・・」


姜維が肩を落とし、その老眼から涙が滂沱と流れ落ちた。


「あの中にはやはり汝らのよく知る、戦いたくない人物がいるのだな。気の毒にな」


姜維とローランの尋常ではない顔色を見て、義元が同情するように言った。義元にとっても武田信玄は知己であり、縁戚であるが、戦いを厭う感情は微塵も無い。むしろ憎き敵手であった。


(奴は我の死後、同盟を破って我が国に攻め入ったと聞いた。その無道不義に報いを与えてくれる・・・・)


「エドワード、お主が知る者もあの場にいるのか?」


俯いたまま戦場を見ようともしないエドワードにラクシュミーバーイが問うた。


「分からない。知りたくもないよ・・・・」


ロキが己の記憶を読んで誰を蘇らせたのか、おおよそ察しはつく。だがエドワードはその人物がおぞましい死者となって蘇り、敵となったなどという現実は到底受け入れられず、我が目で確認するなど出来なかった。

エインフェリアを率いるワルキューレとして、ブリュンヒルデは動揺を隠せない彼らを叱咤し、激励せねばならないだろう。だが彼女の口から出た言葉は、


「重成達は無事でしょうか・・・・」


というものだった。

常に冷厳な態度で任務に臨み、感情を表に出すことなどついぞなかったはずのブリュンヒルデがその深く青い瞳をうるわせて心配そうな表情を浮かべるのを、エイルは不思議な感動を覚えながら見つめていた。



「残念ながら、楽しい時間はここまでのようだ」


真田幸村が十文字槍の構えを解きながら言った。


「ちっ、まだまだこれからだと言うのに・・・・」


「仕方ないちゃ。ロキ殿が今すぐ帰ってこいとせかしちょる故のう。逆らえんわ」


毛利勝永と長曾我部盛親もしぶしぶと言った様子で従う。


「・・・・」


余裕を残す三将と違い、重成と又兵衛は息が上がり、言葉を発する余裕も無い。

槍術の限りを尽くしてかつての同胞の暗黒の瘴気が込められた刃をかろうじて凌いだが、このまま続けていれば確実に仕留められていただろう。


「これで良いのかも知れないな。宇宙規模の大いなる戦、ラグナロクとやらは今まさに始まったらしい。始まってすぐに我らの最大の好敵手を失うのはあまりにも惜しい」


幸村は流星が散っていった夜空を陶然と見つめつつ言った。


「よくぞ我ら三名の猛攻を不利な状況にて凌いだ。流石は槍の又兵衛殿。剛にして熟練の技よ。そして重成殿、若くしてよくぞその領域にまで達したものだ。その上まだ貴殿は強くなるだろう」


幸村は重成と又兵衛が良く知る春風のように爽やかな笑みを浮かべ、馬首を返して去って行った。


「命拾いをしたな。だが次はこうはいかんぞ。何者が止めようとも必ず殺す」


「また会おうぜよ」


毛利と長曾我部もそれに続いた。


「・・・・!」


重成は去って行く三将になおも問いただしたかったが、疲労と緊張で舌がもつれて言葉にならなかった。


「やはり強かったのう、あいつら・・・・」


全身を汗で満たしながら、あえぐように又兵衛が言った。


「・・・・」


重成は蒼白な顔貌のまま頷いた。


「彼らと存分に命のやり取りをしてみたいと言う気持ちは確かに心の底にあった。それは確かだ。だがいざそれが現実となると、少しも心躍らぬな。ロキめの掌の上にて戦わされたと思うと、胸がむかつくだけだわい・・・・」


又兵衛は馬から降りながら言い捨て、そして地面にへたりこんだ。

重成も下馬し、鞍に括り付けてあった革袋に入れてある水を飲んでのどを潤した。

かつて心から信じ、頼りにした同胞と戦わねばならない衝撃と悲憤は今も胸中から去らない。そして時が経てば経つ程黒髪の邪神への怒りと憎悪は増してくるようであった。


(貴様は最もやってはいけないことをやったのだ。私が心から信じ、尊敬した彼らの気高い魂を汚し、己の走狗へと変えたことだけは絶対に許せん。貴様だけはこの手で討つ。先のラグナロクを生き残った程だ、今回も己だけは必ず生き残る算段はつけているのだろう。だが、そうはさせん。例え刺し違えてでも・・・・)


「重成、又兵衛!」


凛とした清らかな音楽的な声が二人の勇者の耳と心に同時に響いた。

見ればヴァルハラにて得た新たな仲間達がこちらに向かってやって来ていた。

先頭を走るブリュンヒルデの深く青い瞳にはヴァナヘイムの夜空に瞬く星々よりも美しく鮮やかな光が灯っていた。

その光に重成は傷ついた魂が瞬時に癒され、猛り狂った心が落ち着いていくのを感じ、自然と微笑が浮かんだ。


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