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神界三国志 ラグナロクセカンド   作者: 頼 達矢
第三章 堕落した神々の王都
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第五十七話    同胞との戦い

「重成殿、さぞ心が千々に乱れておろう。それは良く分かる。だが・・・・」


又兵衛は濃厚な瘴気と殺意を放ちながら疾駆する三人の勇将を不思議なまでに平静な表情で見つめつつ、重成に語り掛けた。


「奴らは本気でわしらを殺すつもりだ。迎え撃たねばならぬ。よもや、かつての同胞には槍を向けられぬなどと、甘ったれたことは言うまいな」


「いえ、又兵衛殿」


重成はその切れ長の目に浮かんだ涙を拭い、様々な思いを断ち切る為に槍を振るった。


「邪神に魅入られ、魔道に堕ちた彼ら三人の魂を解放しなければなりません。それは他ならぬ私たち二人の責務でしょう。この木村長門に迷いはありませぬ」


「うむ、良く言った。流石は木村長門守重成。それでこそ我が愛弟子よ」


又兵衛は重成の清純なまでの鋭気と烈気を喜び、誇らしく思うと同時に、その悲壮な覚悟を哀憐するような複雑な表情を浮かべた。


「参る!」


重成が槍を構えて青馬を駆って突進した。又兵衛も遅れじと鹿毛の馬を躍らせる。

光の神に選ばれたかつての同胞達が迷いもためらいも無く戦う意思を示したことを認め、暗黒神の下僕たる三将は、それぞれ会心の笑みを浮かべた。

先頭に躍り出た幸村が十文字槍の穂先を重成の顔面めがけて突き出す。重成は片鎌槍を振るって払いのけたが、かつて体験したことが無い程の凄まじい衝撃であった。グルヴェイグの鞭の威力を超えているだろう。

手がしびれて槍を落としそうになり、愛馬までもが足取りを乱してよろめいた。

幸村の小柄で華奢な体格からどうすればこのような恐るべき力が発揮されるのか。暗黒神の祝福故なのか。


(いや、そうではない。幸村殿の天賦の才だ。極限までの脱力が最高の威力と速さを生むのだ。今の私ではこれ程までの一撃は出せない・・・・!)


一瞬動きが止まった重成の頭部を長曾我部盛親の筋金付きの六角棒が襲う。まともに喰らえば頭蓋が砕け散るだろう。だが又兵衛の刃長の大身槍がこれを防ぐ。

長曾我部と又兵衛は互いの剛力を競い合う形となった。毛利勝永が大太刀を閃かせて重成の頸部をなぎ払うが、重成は間一髪のけぞってこれを躱した。


(ロキめ、私たちの戦いを見て、ほくそ笑んでいるのだろう・・・・)


重成の心の中は様々な感情で乱れ、荒れ狂っていた。ロキへの激烈な怒りと憎しみ。かつての同胞と死力を尽くして戦わねばならないことへの悲しみと彼らの魂を解放せねばという責務。そしてかつてない雄敵と戦えるという武人としての喜びとそのような自分に対する蔑み。

様々な感情の交錯と二対三という不利な状況が重成の武才を研ぎ澄ませ、さらに深い領域へと進ませたようである。

そのことを幸村は瞬時にして見抜き、凄絶な笑みを浮かべた。



「何の悪ふざけだ、これは・・・・」


ローランが顔面を紅潮させながら呟き、そして言葉を失い、放心したような表情を浮かべた。それは周囲の者達もほぼ同様だっただろう。

彼らの眼前で炎の巨人ムスペルと死者の軍勢による凄まじい戦いが繰り広げられていた。

姜維が推測したように、死者のモンゴル騎兵が退却したのは擬態であり、ムスペルが追った先には重装兵が待ち構えていた。

だが、待ち構えていたのはモンゴルの重装兵だけではない。明らかに国も時代も違う様々な戦士団がそこにいた。

その中でも特に重々しく煌びやかな甲冑を纏った騎士団にローランの目は釘付けになっていた。


「何故、汚らわしい死者共が!栄光あるフランク王国の、偉大なるシャルルマーニュ大帝陛下の騎士の真似事をしているのだ!」


激昂したローランであったが、やがてその顔が蒼白となった。

騎士団の中心にいる指揮官らしき人物が、己と同じシャルルマーニュ大帝の騎士の中でも特に選ばれた聖騎士にのみ許される甲冑を纏っていたからである。

その聖騎士は兜をかぶっている為に顔は見えなかったが、その手に持つ優美な剣は見間違えようがない。

茶褐色の刀身で握り柄は黄金、柄頭には水晶の飾りが付いている。


「あれは聖剣オートクレール・・・・。わが友オリヴィエ、お前なのか・・・・」


茫然自失となったローランを見て、常日頃のエドワードならば何か茶々を入れるか皮肉を言わずにはいられなかっただろう。

だが彼もローランと同じような表情で押し黙っていた。

シャルルマーニュ騎士団と並んで戦う重装騎士団の記章がエドワードと同じランカスター家の赤薔薇だったからである。

オーク兵ではない。彼らがルーン魔術ではなく暗黒の瘴気で動く死者であることがエドワードにははっきりと分かる。

彼らはオーク兵という偽りのランカスター家の騎士なのではなく、白薔薇を掲げるヨーク家と戦い、そして死んだ正真正銘のランカスター家の騎士なのだろう。

西洋の騎士だけではなく、東洋の戦士団もいる。姜維のオーク兵と同じ蜀漢帝国の甲冑を纏っている。

その指揮官二人は安全な後方に下がることなく、軍の先頭に立って得物を振るい、恐るべき膂力を持つムスペルとも互角に、いやそれ以上の武勇をもって渡り合っているようであった。

二人とも巨人の血を引いているのではないかと疑われる程の巨躯である。

一人は胸に垂れる見事な髭を有し、長大な青龍偃月刀を目にも止まらぬ速さで旋回させている。超人的な膂力と言わざるを得ない。

もう一人は豹を思わせる頭に大きく血走った眼、荒々しい虎髭で一尺八寸の蛇矛を雷鳴のような雄たけびを上げながらムスペルに突き立てている。

姜維は彼らと直接面識はない。だが蜀漢の先主、劉備に常に付き従って建国の労苦を共にし、一人で一万の兵に匹敵すると評されたその神話的なまでの武勇は常に聞かされていた。


「あれが関羽と張飛・・・・。成程ロキめ、おぞましいことを考えたな・・・・」


そこで姜維は悪寒を深めた。自分は直接関羽と張飛に会ったことは無い。元々姜維は魏の生まれであり、後に蜀へと亡命したのである。その時には既に関羽と張飛は死去していた。

ロキがエインフェリアの記憶を読んで死者を蘇らせたのならば、関羽と張飛は敵として彼らと幾度も戦った夏侯淵の記憶を元にしているのだろう。

ならば、ロキは姜維の記憶から何物を死者の軍勢の将に選び、蘇らせたのか。


(まさか、あの御方ではあるまいな・・・・)


姜維の老顔は紙のように白くなり、冷や汗が全身に流れた。


「ふむ。このような地で珍しいものを見たな。風林火山の旗か」

 

義元の態度は常と変わらず悠然としており、この状況を一人楽しんでいるように見える。


「やはりあの旗はそうですか。北畠顕家、武田典厩信繁、山本勘助が使い、他のエインフェリアとオーク兵に絶大な効果を発揮していた・・・・」


ブリュンヒルデが死者の軍勢の中央に堂々と布陣する武士団が掲げる旌旗をじっと見つめながら義元に問いただした。


「典厩信繁と勘助もエインフェリアに選ばれていたのだったな。ならば、あの軍を率いているのはあの者しかおるまい」


義元の彫りの深い貫禄あふれる顔貌に不思議な笑みが浮かんだ。それはかつてしのぎを削った強敵であり、また同盟を結んだ友への畏怖の念であり、また敵愾心だろうか。


「甲斐の国主、武田信玄。まさか邪神の力で死者の将として蘇るとはな。かつてはお互いの利益の為に婚姻関係を結び、同盟を組んだが、此度はそうもいくまい。どちらかが滅びるまで戦い抜くことになるであろうな・・・・」



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