第五十六話 大坂五勇将
「な、何を馬鹿なことを・・・・。そんなことがあるはずがない。幸村殿、やはり貴方は完全に別人に成り代わっている。私たちはあくまで義を貫く為、豊臣家への恩に報いる為に戦ったのです。それを否定するなど・・・・」
「重成殿、貴殿は秀頼君の乳兄弟として生まれ育ち、小姓として仕えたのだったな。貴殿の豊臣家への忠誠は至純にして一点の曇りもあるまい。それは認めよう」
その白皙の顔貌を紅潮させ、常日頃の平静さを欠く重成に対し、幸村はあくまで微笑を絶やさないが、その声は真冬の滝つ瀬のように冷たく厳しかった。
「だが後藤殿、貴殿はどうかな?大坂城内にいて天下の情勢が見えなかった重成殿と違って黒田家を出奔し、牢人暮らしをしていた貴殿は私と同じだったのではないのかな」
「・・・・」
「家康は豊臣家を滅ぼす気は無く、一大名家として残すつもりだった。そして淀の方様をはじめとする豊臣家の首脳陣もそれに納得し、徳川に臣従するしかないと覚悟を決めていた。だが、我らがそれを壊したのだ。天下に勇名名高い我らが大坂に集うことによって、大坂側にも充分勝機があると錯覚させてしまった。本当は勝機など万に一つも無いのは分かっていたのだがな。あえて口をつぐんだのだ」
「・・・・」
「徳川はそのことを見抜いたのだろう。我ら牢人衆が豊臣をそそのかしたのだとな。結局、大坂の陣は我ら牢人衆を始末する為の戦であった。豊臣家はその巻き添えを食う形で滅びたのだ。申し訳ないことだがな」
「な・・・・」
重成は絶句した。
「重成殿、貴殿は聡明とは言え、やはり若く純粋すぎるな。秀頼君と同様に、な」
その柔和な笑顔の奥から漆黒の悪意と絶対零度の冷酷さを感じ取り、重成は己の魂の一部が凍り付く感覚を味わった。大坂に集まった牢人衆の中で最も仁と智に満ち、重成や他の若武者達から当代の武士の師表とまで仰がれた人物の、これが正体なのだろうか。
己が戦の愉悦を堪能したいが為に、ただその為だけに秀頼を、重成を、他の若武者達を欺いたのか。
「重成殿、あの戦を大義ある戦と信じ、圧倒的な大軍に果敢に挑む貴殿の白雪のように純粋無垢で光り輝く天賦の武に私は地上で最も美しいものを見たような気がしたよ。そして同時にそれを踏みにじり汚してみたいと心の底で思っていた」
幸村が十文字槍の穂先を重成に向けつつ言った。
「ロキ殿は私のその心を救い取り、こうして蘇らせてくれたのだ。同時に私と並び称された戦人の中の戦人、後藤又兵衛殿とも対峙できた。私は果報者よ」
その時、また馬蹄の轟が響き渡った。どうやら新たな死者の軍団が駆け付けてきたらしい。幸村は肩をすくめ、重成と又兵衛は目を凝らして軍団の姿を注視した。
どうやら日本の武士であるらしい。そしてその先頭を駆ける二人の武人の姿に目を奪われた。
「毛利勝永殿、長曾我部盛親殿・・・・」
「彼らまで・・・・」
豊臣家の譜代の家臣で豊前豊前の領主であった毛利勝永と四国を制した一大の英雄である長宗我部元親の四男、盛親。
かつて大坂に集まった牢人衆の中でその名望から「大坂五人衆」と呼ばれた五人の内、現在もミッドガルドで生存しているらしい明石全登を除く四人がこうして異郷の地で再会した。
「真田よ、まさか一人でその両人を喰ってしまうつもりではあるまいなあ」
長大な大太刀を抜き、その猛禽類を思わせる鋭い目から獰猛な光を放ちつつ毛利勝永が叫ぶと、浅黒い角ばった顔の長曾我部盛親が手にした六角棒を馬上で振り回した。
「話が違うぜよ!木村の小僧の方はともかく、槍の又兵衛はあしに譲る約束ろうが!」
「そのような約束、私はした覚えがないが」
幸村は苦笑を浮かべた。一方では又兵衛は憤怒の形相で押し黙り、重成は涙が浮かんでくるのを懸命に抑えねばならなかった。
飢えた狼を思わせる剽悍さで常に鋭気と猛気で全身を満たし、他人を容易に近づけなかった毛利豊前守勝永。
土佐のなまりがきつく、常に重成を未熟な小僧として軽く扱っていたがその無類の陽気さと豪快さで憎めなかった長曾我部宮内少輔盛親。
一見すると彼らは以前と変わらないように見えるが、その漆黒の瘴気と真直ぐこちらに向けられる濃厚な殺意が彼らもまた邪神の眷属として転生した存在であることを証明していた。
「大坂五人衆の内、明石殿を除く四人が久しぶりに集まったな。木村の小僧は余計ばあれども」
「相変わらず、お主は木村に対して評価が辛いな。あの男を甘く見ると足元をすくわれるぞ。少なくとも、槍の技量は真田や後藤にも引けを取らん、奴は」
「そうはゆうたち、もののふには格ゆうものがあるろうが。あしらぁ五人衆に比べれば、あの小僧は一枚落ちる」
「ところがそうでもない」
毛利勝永は気難しく、他者と容易に打ち解けない狷介孤高の男であったが、重成だけには好意的だった。他の牢人衆とは毛並みが違う、同じ豊臣家譜代という意識がそうさせるのかも知れない。
「人によっては木村を大阪四天王として真田、後藤、長曾我部と並び称していたそうだ」
「何故おんしではなく、木村が入っちゅうのかよお分からんのぉ。ほりゃあともかく・・・・」
長曾我部盛親はその人並み外れて巨大な眼を真直ぐに重成へと向けた。
「今のあいつが特別な存在ちゅうのは分かる。雷神の力を受け継いどるらしいのう。出してる気が違うわ」
「長曾我部が木村を同等の敵手と認めたところで、そろそろ始めるか。三対二と不公平であるが、やむを得まい。真田も長曾我部と譲る気は無いのだろう?無論、俺も譲る気は毛頭ない」
毛利勝永がその長大な大太刀を悠然と構えながら真田幸村と長曾我部盛親に問うた。
「当然ろう。分かり切ったことを聞くがやない」
「まあ、仕方あるまい」
真田幸村、長曾我部盛親、毛利勝永は寸毫の迷いも躊躇もなく、それぞれの得物を構えて馬を疾駆させた。
かつて志を共にし、肩を並べて絶望的な戦に挑んだ同胞をその手で討つために。




