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神界三国志 ラグナロクセカンド   作者: 頼 達矢
第三章 堕落した神々の王都
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第五十五話   再会

「どうやら間に合わなかったようですね・・・・」


「うむ。思った以上に速い。死者の分際で隙が無いのう・・・・」


重成と又兵衛は馬の速度を落として蹄の音を立てぬよう気を払いながら囁き合った。

まだまだ距離は離れているが、ヴァン神族の生き残りの神気が次々と消えて行くのがはっきりと感じられる。

凄惨な虐殺が行われているのだろうが、最早彼らを救い出すのは不可能であった。

送り込まれた死者の兵数はおそらく三千騎はいるだろう。数百の生き残りを殲滅するのに兵を小出しせずに三千もの数を繰り出し、一気に殲滅させてすぐにムスペルの背後を突かせるつもりなのだろう。死者の軍団ながら見事な用兵というしかない。

ヴァン神族の救出を断念するしかない重成と又兵衛はせめて死者の軍勢の姿をこの目で確認しようと険しい岩場に廻り込んだ。

己の気配を完全に消し、巧みに馬を操って岩場を駆けのぼる。

そしてこの目で見た。今にも虐殺を完了せんとする真紅の甲冑を纏った死者の軍勢の姿を。


「あれは・・・・赤備え・・・・?」


重成が地上、ミッドガルドで最後に戦い、討たれた最大最高の敵であり、徳川が誇る武威の象徴たる精鋭集団、井伊の赤備え。彼らと今一度槍を交えることが出来るのか。重成は歓喜と闘志に打ち震えた。

だがそれは一瞬に過ぎず、すぐに氷の刃を心臓に突き刺されたような冷え冷えとした衝撃と悪寒が全身を駆け巡った。


「あの旗と馬標・・・・。わしの目はどうかしてしまったのか・・・・?」


極太の肝っ玉を持つ戦人の中の戦人、後藤又兵衛の声が震え、その仁王のようにいかめしい顔が紙のように白くなっている。恐怖や戦慄などという感情は母の胎内に置いて来て生まれたと自負する彼が初めて浮かべる表情だろう。


「いえ、間違いありません・・・・。あれは六文銭・・・・。真田家の家紋・・・・」


三途の川の渡し賃、六文銭。いついかなる時でも見事に死んで見せるという決意を表明した家紋と燃え滾る炎のような朱色の甲冑を纏った武士達はかつて重成と又兵衛にとって最も頼りになる同胞だった。

その中の一騎が完全に気配を消しているはずの重成と又兵衛にどうやって気づいたのか、真直ぐこちらに向かってやって来た。

十文字槍を手にし、その兜には六文銭と一対の雄々しい鹿の角が施されている。

その顔貌は武人らしい猛々しさは無く、高雅な文人を思わせる温和で理知的なものだが、鬼神をも怯ませるであろう強大な武威を放っていた。


「幸村殿・・・・」


重成は呆然と呟いた。そして憤りと憎悪をたぎらせながら黒髪の邪神の名を呼んだ。


「ロキ・・・・!!」


思えば、ヴァルハラでの霜の巨人との戦の最中で邪神の悪意に満ちた視線を感じた時以来、こうなるのではないかという予感はあった。

大坂に集まった勇将達の中にあって後藤又兵衛と共に双璧と称された、徳川家の宿敵真田家の次子。

重成と又兵衛は知らないが、大坂夏の陣にて彼らの討ち死にの後家康の本陣に突入し、家康に自害を覚悟させる程の猛烈な戦いぶりを見せて「日の本一の兵」と評され天下に雷名を轟かせた戦国武士の精華とも言うべき存在である。

ロキはエインフェリアにとって最も親しく、あるいは内心最も恐れを抱いた、最も戦いにくいであろう相手を蘇らせて戦わせることによってエインフェリアの苦悶する様を見て楽しもうと企んだのだろう。


「重成殿。ロキは、ロキだけはわしが殺すぞ。あの性根の腐り果てた神はこの手で八つ裂きにせねば気が済まぬ」


「いえ、又兵衛殿」


重成はまばたきもせず幸村から視線をそらさないまま答えた。


「貴殿といえども譲れません。奴は私が討ちます・・・・」


「木村重成殿、後藤又兵衛殿!」


幸村の凛とした声が炎と熱風を切り裂いて響いた。


「そこにいるのだろう、降りてこられよ。配下どもには手出しはさせぬ。久しぶりに顔を見せて欲しい」


「・・・・」


重成と又兵衛は無言で頷き合い、岩場を駆け下りた。幸村は微笑を浮かべながら二人が近づくのを見守っている。


「久しいな、二人とも。会いたかったよ」


その優しく落ち着いた声と武人らしからぬ柔和な笑顔はまるで変っていない。重成と又兵衛が良く知る真田左衛門佐幸村のものに相違なかった。

だがその発散される禍々しい瘴気は紛れも無く彼が暗黒の神の下僕として蘇った亡者であることを雄弁に物語っていた。


「幸村殿・・・・私はこのような形で再会したくはなかった・・・・」


「貴殿程の清廉にして剛なるモノノフが邪神の走狗として蘇るとは・・・・。無念なことよ」


「貴殿らと違って自害を選んだ結果、このざまだ」


悲しみ、怒り、失意。かつての同胞二人の複雑な感情を受けながら、幸村の春風駘蕩とした表情は一向に変化がない。


「もう少し頑張って討ち死にする方を選んでいたら、私も貴殿らの側にいたのだろうな。だが、こうして敵として対峙することができた。正直に言って、私は嬉しいよ」


柔和な笑顔を浮かべたまま激烈な闘志と殺意を奔出する幸村に、重成と又兵衛は心臓を掴み取られたような衝撃を受けた。


「幸村殿の御言葉とは思えません。そうだ、あのロキが貴殿を操ってそう言わせているのでしょう・・・・」


「いや、そうではない。確かに私はロキ殿の娘、ヘル殿の力で蘇り、人間とは別の存在に成り代わった。だが生前から心の底では同胞である貴殿らと武を競いたい、命のやり取りをしてみたいと本気で思っていた。それは確かだ。それは、貴殿らも同じではないかな?」


「・・・・!!」


そんな事があるはずがない、と重成と又兵衛は言下に否定したかったが、出来なかった。心の奥底に秘め、口にしたこともない思いをズバリと言い当てられ、両者とも顔面が蒼白となった。


「全く、武人とは救いようがないな」


幸村はあくまで微笑みを崩さない。かつてはその笑顔に癒され、勇気づけられたものだが、今こうしてみるとそれは無類の猛々しさと狂暴な意志を悟られぬよう、巧妙に隠すための仮面ではないかと疑われる。


「結局我らの頭にあるのは雄敵と心行くまで存分に戦いたいという思いだけだ。忠誠、義理、武士の一分、そんなものは所詮己を正当化する為の装飾に過ぎん。結局我らが大坂に集まったのも、豊臣家の為などではない。徳川が作る太平の世に耐えられんからだ。戦の中で生を終えたかったからなのだ」

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