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 ラグナロクセカンド 神界三国志  作者: 頼 達矢
第三章 堕落した神々の王都
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第五十三話   死者の軍勢

ナグルファルの船団は赤く濁った炎に包まれたサマリクスの野から少し離れた平原に着陸した。

そして船から降り、現れたのはやはり霜の巨人ではなかった。

鈍重な巨人ではなく、疾走する人馬の群れ。獣皮をなめして作られた兜に鎧を纏い、短弓を手にした剽悍な騎馬軍団だった。

彼らには生命に満ちたみずみずしい肉がついておらず、そのほとんどが白骨化していた。ほんの少し腐肉を纏った骸による見るもおぞましい騎馬軍団。その数はゆうに一万五千を数えるだろう。

彼らは声帯を失っているはずにも関わらず、どのようにしてか地の底から響き渡るような恐ろしい雄たけびを発しながら、ムスペルに向かって一斉に矢を放った。

無数の矢がうなりを生じて飛来するイナゴのようにムスペルに降り注いだが、彼らは余裕の表情を浮かべ、避けようともしない。

ただの矢ならば、灼熱の肌と分厚い筋肉、そして強壮な生命力を持つ我らムスペルに致命傷を与えることなど出来るはずなどないと高をくくっているのだろう。

事実、死者が放った矢はムスペルの肌にほんのかすり傷をつけたに過ぎない。だが異変はすぐに起こった。

矢を受けたムスペルがうめき声を出しながら膝を地に着け始めたのである。

明らかに毒の効果だった。死者の騎兵はその矢じりに巨人をも苦しめる毒を塗りつけていたのである。


「まさかあれは蒙古騎兵か・・・・?」


重成が呻いた。皮の鎧に短弓という武装、その卓越した馬術に弓技にさらに毒矢という戦法は、大坂の陣より約三百年前に二度に渡って日本に来寇し、鎌倉武士を大いに苦しめたという蒙古軍のものに相違なかった。


「モンゴル軍って、あのヨーロッパを蹂躙したという悪魔の軍団かい?奴らが死者となって蘇ったというのか」


エドワードが蒼白となって唇を震わせた。エドワードの祖国、イングランドは幸いにもモンゴルの侵攻を逃れている。

だがユーラシア大陸の三分の二を攻略し、当時の世界人口の半分を支配下においた「世界征服者」チンギス・ハーンとその子孫による軍団はヨーロッパ世界を震撼させた最大最悪の悪夢として後世にまで伝わっていた。


「確か、ヘンリク殿は彼らと戦って討ち死にしたのだったな・・・・」


重成の脳裏に瀟洒で洗練され、常に微笑を絶やさないポーランド大公の高貴な姿が浮かび上がった。


「死者の軍勢・・・・」


ブリュンヒルデが静かな怒りと忌々しさを込めながら言った。


「ロキは霜の巨人のみならず、先のラグナロク同様、娘のヘルに死者を蘇らせて軍団を編成し送り込んできたようです」


「そうか・・・・。確かに先のラグナロクにも死者の軍勢はいたな。巨人や化物にばかり気を取られていたが・・・・」


先のラグナロクではロキは巨人と我が子であるフェンリルとヨルムンガンドを主戦力と頼み、死者の軍勢には大して重きをおいていないようであった。

だが今回は死者の軍勢こそが主力と考えているのだろう。重成はかつてない悪寒を覚えながらそう推測した。


ヴァン神族の軍勢を殲滅寸前にまで追い詰めたところで突如謎の軍団に毒矢の雨を浴びせられて一時混乱したムスペルだったが、すぐに体勢を整えた。

強烈無比な破壊と殺戮の本能を持つ彼らには元来恐怖という感情はほとんど持ち合わせていない。

正体不明の新たな敵に対して彼らはむしろさらなる歓喜と興奮を覚えたようであった。

ムスペルの騎兵が炎の矢を撃ち返し、歩兵が炎の剣をかざして毒矢を振り払いながら進軍する。

死者の騎兵は毒矢だけではなく火薬を詰めた玉や石を投石器で打ち出していたが、ムスペルの灼熱の炎の矢に比べたら破壊力は遥かに劣る。

また炎の剣と圧倒的な膂力を持つ巨人と白兵戦を行う勇気は持ち合わせていないのか、一斉に撤退を始めた。


「あれは偽装だな」


姜維が呟いた。三国時代に戦死した彼は当然モンゴル軍の存在もその戦法も知らない。だがエインフェリアの中で最も多くの戦場を往来した彼には容易に推測出来た。


「撤退するように見せかけ、敵を誘い込むつもりであろう」


「うむ。そして待ち構えた重装兵に攻撃させて勝利を決するという訳だ」


姜維に続いて又兵衛がにやりと笑いながら言った。死者となって蘇ったモンゴル騎兵の存在に戦人の血のたぎりを抑えることが出来ないらしい。


「こんなところで見物していてもつまらん。もっと間近で見ねば。行こう、皆」


有無を言わせぬ口調で言い捨て、バルコニーから出ようとする又兵衛をブリュンヒルデが抑えた。


「待ちなさい。シンモラとグルヴェイグを放って置く訳には・・・・」


「奴らはどこかに行ってしまっただろうが」


又兵衛に冷たくあしらわれて、ブリュンヒルデは救いを求めるように重成を見た。


「あの死者の軍勢は私たちにとって最大の敵になる。見届けなければ・・・・」


重成は静かだが断固たる口調で言った。ムスペルが誘い込まれた先にいるのはおそらくモンゴル軍だけではない。その敵の姿をこの目で確かめねばならなかった。


「行くがよい、エインフェリア達よ」


ヘーニルが言った。


「しばらくはシンモラとグルヴェイグも動くまい。今の内に俺がニョルズ殿とフレイヤを連れてヴァルハラに逃れるとしよう。お前たちも気が済むまで死者共の戦いを見届けたら、ヴァナヘイムを離れるがよい」


ヘーニルは憂いを含んだ目でヴァナヘイムの凍てついた星々の光が煌めく夜空を見た。そして炎と煙が充満し、巨人の骸と土人形兵の残骸が散乱する地獄と化した大地に視線を移した。


「ヴァナヘイムはもう終わりだ。死者かムスペルか、いずれかの手に落ちる・・・・」


ヘーニルの言葉にフレイヤは歯噛みし、やがてその深く鮮やかな緑の瞳に宝珠のような涙を浮かべた。


「・・・・分かりました。ヘーニル様、フレイヤ様とニョルズ様をお願いします。ニーベルングの指輪とやらも・・・・」


ブリュンヒルデがヘーニルに後を頼み、バルコニーを出た。エインフェリアとエイルも続く。

王の間では相変わらずニョルズが玉座に座したまま微動だにしない。最後尾にいた敦盛はふと足を止めてヴァン神族の王の顔を見た。

その端正な顔貌にはこれまで以上に凄まじい狂気じみた妄執と呼ぶべきものが浮かんでおり、敦盛の背筋を凍らせた。

見てはいけないものを見てしまったような気がした敦盛は逃げるように王の間を後にした。



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