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神界三国志 ラグナロクセカンド   作者: 頼 達矢
第三章 堕落した神々の王都
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第五十一話   ニーベルングの指輪

「退くな、こらえろ。誇りあるヴァン神族の名にかけて、ムスペル共に背中を見せるな!」


クヴァシルの絶叫が火炎うずまき、巨人の骸と土人形の残骸が散乱する修羅場と化したサマリクスの野に響く。

享楽と怠惰の日々に溺れ、かつての面影も無いと嘲笑されたクヴァシルであったが、こうして戦場に舞い戻って来て玉砕覚悟で死力を尽くして戦ううちにかつての勘を取り戻したらしい。

その槍の精妙さと込められた神気は一振りごとに威力と輝きが増してくるようであった。

明けの明星のように輝く槍の穂先がムスペルの脇を穿ち、その醜い首を宙に刎ね飛ばす。煮えたぎる熱湯のような鮮血が飛散し、おそろしく生臭い臭いが充満する。

かつてのヴァン神族最高の勇者の姿を取り戻したクヴァシルの熾烈な戦いぶりに鼓舞され、同胞達も必死に戦い、そのルーン魔術の威力も徐々に増してきたようである。

黄金に輝く投槍が目にも止まらぬ速度で飛び、炎の巨人を、そして紅蓮の一角獣を貫き、巨大な氷塊が頭部を破裂させる。

ようやくかつてアース神族と互角の戦い繰り広げた頃の戦の感覚を取り戻しつつあったヴァン神族であったが、最早遅きに失した感は否めなかった。

獰猛無類なムスペルの怒涛の猛攻により既にゴーレムの半数近くが破壊され、二百柱いるヴァン神族の神々も三十柱近くが討たれたようであった。

最早戦の勝敗は決した。通常であればとっくに潰滅し、敗走しているだろう。

だがこの軍団の主戦力は己の意志も感情も持たない魔導兵ゴーレムである。

彼らは味方がどれだけ討たれても意に介せず、一歩も後退せずにただ機械的にその太い剛腕を振るってムスペルを屠り続けた。


「降伏する、助けてくれ!」


遂に勇気が砕け散り、武器を投げ捨てて降伏を願い出た者が現れた。

だがムスペルは耳を貸さなかった。いや、そもそも言葉が通じているのかどうか。

彼らはその赤い瞳に凶悪な光を湛え、歯をむき出しながら炎の剣を振り下ろしてヴァン神族の頭蓋を叩き割り、たちまち炎の塊へと変える。

飛行して逃げ去ろうとした者もいたが、騎乗のムスペルはそうはさせじと炎の矢を飛ばした。ヴァナヘイムの夜空に赤色の花火が生じ、無残な焼死体が地に墜落し、砕け散る。

この破壊と殺戮の為だけに生まれた異形の群れは降伏も逃走も許さず、我らを一人残さず殲滅するつもりらしい。

敗北と滅亡を既に覚悟していたはずのクヴァシルであったが、慈悲や寛容といった概念が欠落したムスペルという生命体の意思を改めて思い知らされ、愕然となった。



「そう言う事ですか・・・・」


ムスペルの女王の真の目的を知ったブリュンヒルデが衝撃のあまり白皙の顔を青ざめさせた。

だがそれは一瞬のことで、すぐに怒りと使命感でその深く青い瞳を爛と輝かせた。


「それを聞いた以上、絶対にその神器を渡せません。我が命に代えてもこの者共を討たねば・・・・!」


「控えなさい、ワルキューレ、それにエインフェリアよ」


シンモラがその真紅の宝石のような瞳に殺意の炎を奔流させながら一喝した。


「最早お前たちのような下等な存在が出る幕ではありません。後でこのムスペルの女王が直々に焼き殺し、灰に変えてあげましょう。それまではじっとしていなさい」


「・・・・」


桁違いの神気と比類ない暴力の意志によってほとばしる灼熱の熱風にさらされ、心ならずもエインフェリアとワルキューレは身動きが封じられた。


「さあ、指輪を渡しなさい、ニョルズ殿」


シンモラが先程までとは打って変わった余裕たっぷりの猫撫で声でヴァン神族の王に要求した。


「指輪を渡しさえすれば、貴方と貴方の美しい娘の命は助けると約束しましょう」


「貴様らに命乞いなどするものか・・・・!父上、断じてニーベルングの指輪とやらを渡してはなりませぬぞ」


その珠玉の美貌を怒りで紅潮させながら言ったフレイヤであったが、突如はっと何か思いついたようであった。


「父上、その指輪が神々の力を超えた奇跡を起こせるというのなら、その力でこの者共を、そしてムスペルの群れを滅ぼすことは出来ないのですか?」


「・・・・」


ニョルズは娘の言葉を聞いても眉一つ動かさない。相変わらず沈鬱な表情のままであった。


「そうなかなか都合よくはいかないようだ、フレイヤよ」


グルヴェイグがその二つの顔貌に余裕と勝利への確信を浮かべながら言った。


「確かにその指輪の力を発動させれば、私やシンモラ達を滅ぼすことも不可能ではないかもしれぬな。だが、それだけの奇跡を起こす為には当然それだけの代償を払わねばならぬ。違うか、ニョルズ」


「・・・・」


ニョルズは答えない。だがその態度はグルヴェイグの言葉を認めたも同然だろう。


「つまり、神々を生贄に捧げねばならないということだ」


「生贄・・・・」


「フレイヤとヘーニル、それにここにいるエインフェリアとワルキューレ全員を捧げれば、ヴァナヘイムにいるお前たちの敵を一気に滅ぼせるやも知れぬな。その為には数日がかりの儀式を行わねばならないだろうが」


「・・・・」


「その数日がかりの儀式を私たちが指をくわえて見守る筋合いはありませんねえ」


シンモラがホホホとあでやかに声を出して笑いながら言った。


「理解出来ましたか、貴方達に逆転の目など存在しないことを。さあ、指輪を渡しなさい。眼の前で神々一美しい我が娘が生きながらじわじわと焼き殺される様を見たくはないでしょう?」


「・・・・レーヴァテインを復活させ、スルトを目覚めさせる、か。先のラグナロクで砕け散り、失われたあの星々をも焼き尽くす途方も無い力を持った神器を再生させるとなれば・・・・」


ニョルズがその瞳に暗い光を宿しながらシンモラに語り掛けた。


「多くの生贄が必要であろうな。その覚悟はあるのか、ムスペルの女王よ」


「無論。必要とあれば、ムスペルヘイムにいる我が子ら全てを捧げましょう。愛しい夫、我が王がかつての、いえ、それを上回る力を得て目覚め、銀河に存在する形ある物全てを焼き尽くす様を見る為ならば、何を犠牲にしても惜しいことなどあるはずもない。我が子らだけでは足りぬというなら、喜んでこの身も捧げましょう」


シンモラが恍惚とした表情を浮かべながら言った。ムスペルの女王の至高なまでに純粋なスルトへの愛と忠誠、そして揺るぎない破壊の意思を思い知らされ、この場にいる全ての者は怖気を振るった。



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