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神界三国志 ラグナロクセカンド   作者: 頼 達矢
第三章 堕落した神々の王都
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第四十九話   ムスペルの子ら

ヴァナヘイムの地上に耀く真紅の太陽が突如二つに分裂し、砲弾のような速さと勢いで弾け、二本の白亜の塔に激突した。

結界の塔自身にも強力な守護の魔術が施されていたはずだが、炎の砲弾と化したシンモラの超高熱のエネルギーとその衝撃には到底抗することは出来ずに無残に爆発飛散してしまった。

そして同時にこのヴァナヘイムを覆っていた永遠にして絶対の強固さを誇るはずの結界が霧散消滅したのがはっきりと感じられた。


「結界が…・消滅してしまった・・・・」


クヴァシルが呆然と呟き、塩の柱と化したかのようにただ立ち尽くしていた。

だが、彼が受けねばならない衝撃はまだまだ終わることはなかった。

ヴァナヘイムの空は黄昏の時を過ぎ、夜の帳が下りようとしていたが、そこに無数の赤黄色の軌跡が斜めに走っていたのである。

それは隕石だった。数え切れない程大量の数の炎を纏った隕石が雨となって降り注ぎ、地上に衝突した。

爆風が渦を巻き、熱風が津波となって地表を、植物を焼き、ヴァナヘイムの豊穣な大地がたちまち炎の海へと変じた。

そしてアース神族の勇将とヴァン神族の勇者、それにエインフェリアとワルキューレは見た。

炎の海から真紅に燃え盛る剣を持った異形の巨人の大軍が出現するのを。


「あれがムスペル・・・・!!」


燃え盛る炎そのものの赤い髪、焼けた石のような肌。先のラグナロクで見た姿と同じ姿だった。

注目すべきは彼らが武器を持ち、簡素ではあるが甲冑を纏っていることである。

獣同然だった霜の巨人と違って知性を有していることの証だろう。

さらに恐るべきは彼らの十体に一体の割合で騎乗しているムスペルがいることである。

彼らが乗るのは馬ではない。真紅の毛皮を持つ一角獣であった。額にそびえる角は紅玉で造られたかのようであり、炎を噴出していた。


「奴らの数はおよそ二万・・・・」


ヘーニルが意思を振り絞ってその千里眼を用い、ムスペルの兵力を量った。


「二万・・・・。何という事だ・・・・」


クヴァシルが絶望に打ちのめされ、地面に片膝と片手を突いてしまった。

ヴァナヘイムの総兵力はゴーレムを入れて約一万。しかも平和な日々に溺れ、アース神族との対戦以来訓練らしきものは一切行われていない軍隊である。勝機など万に一つも無いのは明白であった。


「ああ、可愛い我が子達、ムスペルの子らよ!」


いつのまにか元の人型に戻ったシンモラが歓喜の声を上げた。


「お前たちが司るのは破壊、そして再生。この堕落し腐敗しきったヴァナヘイムをその清らかな炎で焼き尽くし、第二のムスペルヘイムへと造り替えなさい!」


「ぐ・・・・!そんなことは断じて許さん・・・・!」


ヘーニルが光の矢をつがえてシンモラに向けるが、ムスペルの女王は冷笑で応じた。


「もうこれ以上貴方と遊ぶつもりはありませんよ。私にはまだやらねばならないことがありますからね。では行きましょうか、グルヴェイグ」


シンモラの言葉にグルヴェイグは無言で頷き、その琥珀色の瞳に深い色を湛えながら重成、そしてブリュンヒルデをしばし見つめた後、姿を消した。

シンモラも全身から赤い光を放つと、跡形も無く消え失せていた。


「ま、待て・・・・」


「もういい、ヘーニル。それよりもあれを見よ」


これまでになかったクヴァシルの肚の座った凛とした声に打たれ、ヘーニルは彼が指し示す方向に視線を向けた。

ニョルズが座す王宮ヴァナクヴィースルに向かって進軍するムスペルの軍勢。そしてそれを迎え撃つために獣頭の魔導兵ゴーレム、さらにそれを指揮する武装したヴァン神族の神々が出陣しようとしていた。

ヘーニルは見た、ヴァン神族の神々の顔を。そこにはもはや安寧と享楽の日々のみを追い求め、自分たちだけは何としても戦いを避け逃れようとする因循姑息で臆病な考えは消え失せているようだった。

その顔貌に浮かぶのは美しいヴァナヘイムを一瞬にして焦熱地獄へと変貌させた醜悪無類な炎の巨人達への激烈な怒りと、愛する故郷を守ろうという純粋な使命感であった。


「よし、我らも行こう、クヴァシル!」


ようやく目覚め覚悟を決めたヴァン神族の神々を見て昂ったヘーニルがクヴァシルに言ったが、クヴァシルは首を横に振った。


「いや、あの場に加わるのは私だけだ、ヘーニル」


「何、どういうことだクヴァシル」


「言葉の通りだ。このヴァナヘイムは、そして我らヴァン神族は滅亡するだろう。だがお前がそれにつき合う必要は無いということだ」


驚いてヘーニルはクヴァシルの蒼白い顔を凝視した。そこには最早傲岸で何かにつけ虚勢を張ろうとする堕落した小人の姿はなかった。遥か昔に初めて出会った頃の、一目を置かざるを得ないヴァン神族最高の勇者の姿があった。


「滅亡などと・・・・。諦めては駄目だ、クヴァシル」


「いや、滅亡するだろう。我々は滅亡して当然なのだ。今になってそれが分かった」


クヴァシルは自嘲と諦念、そして覚悟が等しく調和した笑みを浮かべた。


「ラグナロクが始まり、アース神族も巨人族もそれぞれ存亡を賭けて全知全能を尽くして戦っているというのにな。我らだけがそれに関わらずに永遠に安寧の日々を過ごせると信じて疑わなかったのだ。全く馬鹿な話よ」


クヴァシルはシンモラに破壊された結界の塔の残骸に視線を向けた。


「あのような脆き代物に我らは全ての安全と運命を託していたのだ。何と愚かしい。このような愚か者どもは滅亡して当然だろう。それが報いというものだ」


クヴァシルは再びヘーニルを凝視し、こちらにやって来たエインフェリアとワルキューレを見た。その瞳には彼らに対する嫌悪と侮蔑だけではなく同時に何かを期待するような感情がわずかにこもっているようであった。


「今すぐヘーニルを連れて帰るがよい、アース神族の者共よ。そうしないと、この馬鹿者はあくまで我らと共に戦って死ぬことを選ぶであろうからな」


「クヴァシル・・・・」


「所詮貴様は我々の同胞ではない。我々と共に戦って死ぬ資格など無いということだ」


クヴァシルは冷ややかな声色で言ったが、その表情はヘーニルが初めて見る優しく、穏やかなものだった。


「さあ、私は行くぞ。アース神族がラグナロクに勝利するのか敗れるのかなど知ったことではないし、貴様らの武運を祈るつもりもない。まあ、敗れるにしても我らのような惨めな最期を遂げぬよう、精々頑張ることだな」


ヘーニルはヴァン神族の軍勢の元へ飛び立って行った。


「クヴァシル・・・・」


「ヘーニル様・・・・。今すぐアースガルドに帰りましょう。ロキだけではなく、ムスペルまでもが現れた以上、最早一刻も猶予はありません。防御を固めなければ・・・・」


ブリュンヒルデが言ったが、ヘーニルは花崗岩の塔のように微動だにしない。今にもムスペルの軍勢と衝突しそうなヴァン神族の元に降り立ったクヴァシルを見つめているようだった。


「このまま何もせずヴァルハラに帰っていいのか。私たちもヴァン神族に加勢すべきではないのか?それが義というものではないのか?」


重成が言ったが、又兵衛は首を横に振った。


「その気持ちは分からんでもない。わしもあのムスペルとやらと一戦交えてみたいが・・・・。この時、この場ではないな」


「ですが・・・・」


「重成よ、ヴァン神族に同情も義憤も向ける必要はないぞ」


又兵衛の代わりに義元が口を開いた。


「安くして危うきを忘れず、治にして乱を忘れず。易経の言葉であったかな。人間だけではなく、神々もまたこの真理からは逃れられんということだ。享楽と怠惰の日々を無為に過ごし、危うきと乱から目を背け続けた彼らは滅ぶのが道理。我らがそれにつき合う必要は無い。我らは彼らの滅亡を教訓とし、活かさねばなるまいよ」


「・・・・」


重成は義元の言葉に心から納得したわけではない。だが、この場で反論するには己は若く、義元に比べて経験も識見も人間としての格も不足しているのを自覚せずにはいられなかった。

ふと、重成は己に向けられているブリュンヒルデの視線に気づいた。彼女の深く神秘的な青い瞳には最初に出会った頃の冷え冷えとした無機質な光と違い、感情がこもった暖かな光が灯っていた。

だが同時に任務をあくまで最優先とする戦乙女の誇りと厳格さが厳然としてあった。


「・・・・分かった。ヴァルハラに帰ろう・・・・」


やむを得ず言った重成であったが、ふとヴァン神族の王とムスペルの女王の言葉を思い出した。


「ちょっと待ってくれ・・・・。ムスペルの女王シンモラはまだやらねばならないことがあると言っていたな。そしてニョルズは奴らの目的はおそらく我が神器であろうと。シンモラとグルヴェイグはニョルズの元へ向かったのではないか?これを放置するのはまずい気がするぞ」




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