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神界三国志 ラグナロクセカンド   作者: 頼 達矢
第二章  愛の女神と狂気の女神
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第四十三話  花吹雪く夜の中で

アルフヘイムに帰還したエインフェリアとワルキューレをエルフ達が出迎えた。その表情にはもはや憂いや緊張の翳は微塵も無い。勝利と解放の喜びで愛らしいまでに無邪気な笑みを浮かべていた。

長が救い主たちを館に招き入れ、極上の茶菓を振る舞う。


「この茶は美味いのだがなあ。やはり戦の後は炙った肉を肴にして浴びるように酒を飲みたいのう」


又兵衛が残念そうに呟く。エルフ族は酒を飲むことも肉を食うことも習慣に無いらしく、出されるのは茶と木の身や果物だけである。

エルフの茶菓には疲れ切った心身を癒す効果があるが、物足りない思いがするのは又兵衛だけではないだろう。

特にグルヴェイグと直接戦い、その圧倒的な暴威に打ちのめされた重成、ローラン、エドワードは思いっきり酔いたいというのが本音であった。

それから間もなくしてフレイヤが帰還した。

出迎えるエルフ族に慈愛と労りに満ちた笑顔を向け、言葉をかけた。


「皆、今まで苦労をかけたな。だがそれは最早過去のものとなった。このアルフヘイムを汚そうとしたデックアールヴ、そして悪しき神グルヴェイグは滅びた。お前たちの献身とアースガルドから来た客人たちのおかげでな」


エルフ達は涙を浮かべながら頷き、フレイヤとエインフェリア、そしてワルキューレの名を称えた。


「さあ、客人たちよ、我が屋敷に来てくれ。今後について話し合おう」


フレイヤはフォールクヴァングに通じる扉を開けながら言った。


「改めて礼を言おう、エインフェリアとワルキューレよ。お前たちのおかげで我が愛しきエルフ達とアルフヘイムは守られた」


木製の玉座にその艶めかしい肢体を置きながら、フレイヤは心を込めて礼を言った。


「この恩義には必ず報いよう。ヴァナヘイムにいる我が父の元に到達するのはかなり困難であろうが、この私が必ずお前たちを父の元に導いてみせようぞ」


「困難ですか・・・・。やはりそれ程ヴァナヘイムの様子は・・・・」


ブリュンヒルデの問いにフレイヤはその緑玉の瞳に憂いの色を浮かべた。


「うむ。グルヴェイグを油断させるために私はヴァナヘイムの近くにまで行ったのだが、以前よりも厳重に警戒態勢を引いていることが分かった。我が父のことだ、間もなくお前たちがやってくることも、私がそれに力を貸すことも既に察知しているのだろう」


「フレイヤ様が御力添えしてくださっていることを承知してもなお、私たちの来訪を拒むでしょうか」


「我が父は娘の私にはまったく甘い。だがそれ以上にアース神族に関わるのが嫌なのだ。それが父の性分だ」


フレイヤは苦笑を浮かべ、そしてため息をついた。


「だが約束だ。この女神フレイヤが必ずお前たちをヴァン神族の王に会わせてみせよう。さあ、今日はもう休むがよい。光栄に思えよ。アース神族を我が屋敷に泊めるのはお前たちが初めてだ」


重成はほんの数刻眠っただけで目を覚ました。そして用意された寝間着から鎧直垂、袴に着替え、フレイヤの館から抜け出た。

月の光の中で舞う桜花をしばし無心で眺め、その馥郁たる香気を存分に堪能した後、重成は居合の型を抜いた。

納刀したまま正座し、気合を発して片膝をついて刀を抜き付ける。そして立ち上がって二の太刀を真っ向に振るう。血振るいをして刀を鞘に納め、正座に戻る。重成は時を忘れて居合の稽古に没頭した。


「重成・・・・」


気が付けば、背後に魔法の照明を灯したブリュンヒルデが立っていた。


「眠れないのですか・・・・?」


「ああ、どうにも気が昂ってね」


「今のが日本の武士のみが使うという居合という剣術ですか」


「ああ、居合は剣の鍛錬と言うだけではなく、精神を極限まで集中させねばならないから、雑事を忘れることができるんだよ」


「・・・・」


ブリュンヒルデは己の白金の髪をかき上げ、無言でその身を桜花にさらしながら何事か思い悩んでいたようだが、やがて決心したように口を開いた。


「・・・・重成、私は貴方に謝らねばなりません」


「謝る?一体何を?」


予想外の言葉に重成の心は再び乱れた。


「グルヴェイグに貴方達の命乞いをしたことです」


「・・・・」


「あの時は貴方達を選んだ戦乙女としての当然の責務だと考えました。ですがよくよく考えると、重成、貴方のような人にとっては死よりも勝る屈辱を与え、その心を深く傷つけたのではないかと気づいたのです」


「・・・・」


「申し訳ありませんでした・・・・」


心から済まないと思っているらしいブリュンヒルデの表情を見て、重成は鬱屈した思いを忘れて驚きと喜びを覚えた。


「意外だな・・・・」


「え?意外とは・・・・」


柔らかく微笑む重成を見て、ブリュンヒルデは困惑したようである。


「ブリュンヒルデ、貴方がそのように人の心を慮るとは。貴方は他人がどのように思い、考えるかなどには全く注意を払わない人だと思っていたよ」


「・・・・私は貴方とよく似た人を知っています。その人も極めて誇り高く、不名誉と屈辱を受けるよりも迷わず死を選ぶ人でした」


「その人とは、まさか貴方の前世で・・・・?」


ブリュンヒルデは小さく頷き、闇夜にあって神秘的に輝く青い瞳を真直ぐに重成に向けた。


「私はその人の誇りと名誉を守る為にオーディン様に逆らい、罰を受けたのです」


「そうか・・・・」


「全てを思い出したわけではありません。ですが私は一人の気高い戦士を守る為に戦乙女としての責務を放棄しました。それは確かです」


「その戦士の名は?」


「「名は・・・・。そう、思い出しました。ジーク・・・・。ジークフリート・・・・」


ブリュンヒルデはその名を思い出し、言葉にできたことに無上の喜びと幸福を感じているようであった。

そんなブリュンヒルデを見て重成は彼女を祝福してあげたい気持ちと同時に、かすかにほろ苦い気持ちを味わった。


「貴方はその人を愛していたのだな・・・・」


「愛して・・・・?それはどうでしょうか」


ブリュンヒルデは重成の言葉を肯定しなかった。


「戦乙女にはやはりミッドガルドの人間の女性のように男性を愛するような感情は備わっていないでしょう。それは私とて例外ではないはずです。私があの人に抱いた感情は・・・・その誇り高く勇ましい生き方に対する尊敬の念。そう、純粋に尊敬していただけなのです」


ブリュンヒルデは己を偽っているわけではないのだろう。純粋に心からそう信じているようである。

だが重成は納得しなかった。


(尊敬こそが恋愛にとって一番重要な要素なんだよ・・・・)


だがあえて重成はこの言葉を告げなかった。そこまで踏み込む資格は己には無いし、ようやく平静さと強靭さを取り戻したブリュンヒルデを混乱させたくなかったなかったからである。


「ジークフリート殿か・・・・。ブリュンヒルデがそこまで言う誇り高い戦士に会ってみたいものだな。それは叶わぬことなのだろうが・・・・」


「私も叶うのならば、もう一度会いたい・・・・」


フレイヤが造った月が放つ銀光とブリュンヒルデが造った照明の青白い光が混じり合って闇夜を鮮やかに照らし、その中を桜花が音もなくゆっくりと乱舞している。

重成とブリュンヒルデはそれ以上語らず、ただ夢幻的な光景と香気に時を忘れて魅入っていた。



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