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神界三国志 ラグナロクセカンド   作者: 頼 達矢
第二章  愛の女神と狂気の女神
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第三十九話   女神の鞭

グルヴェイグは己の艶やかな黒髪をかき上げながら改めて五人の侵入者に視線を送った。


「ふむ・・・・。そこな戦乙女は中々に高い神格を有しているようだな。四人のエインフェリアも相当に腕が立つらしい。我が護衛どもが敵わぬのも道理。どうだ、お前たち私に力を貸さぬか?」


「私たちの力を・・・・?どういうことだ」


重成がいつでも居合術を繰り出せる体勢を保ちながら反問した。


「お前たちがフレイヤの元に来た理由はおよそ察しが付く。最近、また巨人どもの動きが活発らしいな。またラグナロクが起きるやも知れぬと・・・・。そこでヴァン神族の力を借りたいというのだろう。だが、断言するが、奴らは決して動かぬぞ」


「・・・・」


「奴らはかつてのアース神族との長き戦で心底戦というものに嫌気がさしたらしい。最早奴らは己の領域に引きこもりながらただ安寧の日々を過ごすことしか頭に無い。この宇宙が巨人や下等な魔獣どもに蹂躙されようと、我関せずを決め込むであろうよ」


「・・・・」


「そこでだ。私がヴァン神族の者どもに裁きを下すのに手を貸せ。奴らは強力な神器を有している。それがあれば巨人共との戦を有利に戦えるであろう。それをお前たちに貸してやってもよいぞ。どうだ、悪い話ではあるまい?」


「愚かなことを・・・・」


ブリュンヒルデは哀れみを込めた瞳で女神の二つの顔を見ながら、苦々しく呟いた。


「ヴァン神族がどれ程の力を持つか、私には分かりません。ですが、かつてアース神族と長きにわたって互角に戦った程の強大な力の持ち主なのです。長き安寧の日々を貪り、戦いを厭うようになったとはいえ、貴方一人で打ち負かすことなど不可能に決まっているでしょう」


「・・・・」


グルヴェイグは無言でブリュンヒルデの凛然とした美しい顔貌を見据えた。透き通った琥珀色の瞳から理性的な光が消え、再び狂熱的な炎が燃え上がったようであった。


「貴方が話したオーディン様の無道な惨い仕打ちはおそらく本当なのでしょう。私は前世においてオーディン様に仕えた身。僭越ながらオーディン様に代わって心から詫びましょう。ですが、残念ながら貴方は狂気に支配されているようです。アース神族の一員として、戦乙女として狂気の神は討たねばなりません」


重成はブリュンヒルデの言葉に驚き、思わず彼女を見つめた。ブリュンヒルデは今はっきりと前世でオーディンに仕えたと口にした。

彼女は己に前世があったことを思い出し、それを認めながらもかつてのように己を失わず、凛然と戦乙女としての使命を全うし、目の前の強大な敵と戦う覚悟を示したのだ。

重成の胸中は感動で満たされ、ふつふつと勇気が湧いてきた。


「狂気の神だと?この私が狂っていると?」


グルヴェイグが己の口元を抑えながらクスクスと楽しそうに笑った。あでやかな所作でありながら、その凄絶な顔貌故に見る者の肌に粟を生じさせるほど不気味であった。


「確かにそうかも知れんな。オーディンに体と心を壊され、信じていた同胞に裏切られて追放されたのだ。正気など保っていられるものか」


「・・・・」


「そこな戦乙女。貴様、さっき前世でオーディンに仕えていたと言ったな!」


グルヴェイグの瞳が瞋恚の炎で燃え上がり、その神気が侵入者を切り裂く刃のような鋭さを帯びた。


「まるで一度死んだような口ぶりだな。戦乙女のような下級神が一度死んで蘇るなど聞いたこともないが、そんなことはどうでもよい。貴様、どうやらオーディンの醜い本性に気づいていたようだな。それでもアース神族の為に戦うとほざくか。ふん、所詮は奴らに造られた人形よな。主人の意志には絶対に逆らえんか」


「・・・・」


戦乙女と四人の勇者は狂気の女神の激発を予感し、戦いの為己の五体に神気を漲らせた。


「汚れた暴君のオーディンに造られた出来損ないの人形の分際でこの私を討つなどと、よくも身の程知らずな高言を叩きおったな。その罪、万死に値する。一寸ごとに切り刻んで焼いて宇宙にばらまいてくれる!」


いつもまにか、グルヴェイグの右手には赤黒い鞭が握られていた。火傷を負っていない方のしなやかな腕が振るわれ、鞭が恐ろしい速度で空気を切り裂き、ブリュンヒルデの顔面を襲った。

ブリュンヒルデは間一髪右の方向に飛んで躱した。それを合図とするように重成、ローラン、又兵衛が女神に太刀を浴びせる為に殺到し、エドワードが九体に減ったオーク兵を動かす。素早く体勢を整えたブリュンヒルデは印を組んだ。

グルヴェイグが腕を回して鞭を手繰り寄せ、最も早く己の元に到達しそうな重成を攻撃した。

重成は鞭を払いのけようと剣を振るった。払いのけることは出来たが、かつてない威力と重さを秘めた一撃の為に重成の腕は痺れ、刀を落としそうになった。

動きが一瞬止まった重成に向かってグルヴェイグが短い気合の声を発しながら焼けただれた左手を突き出した。

その手から放たれた無形の衝撃波を重成はまともに喰らい、全身の骨が軋むような苦痛を感じながら吹っ飛んだ。


「重成殿!」


重成の身を案じながらも又兵衛はローランと呼吸を合わせて攻撃すべく、動きを止めない。

だがグルヴェイグの方が素早く、鞭を意志ある蛇のように鮮やかに躍らせた。

又兵衛はのけぞってこれを躱したが、ローランは胴にまともに喰らってしまった。数歩よろめいた後、その場にへたり込んだ。意思を振り絞って立ち上がろうとするようだが、その顔は青ざめ、しばらくは動けそうにもない。


「ハハハハハ!」


グルヴェイグは哄笑と共に鞭を次々と繰り出し、瞬く間にエドワードのオーク兵四体が破壊された。

ブリュンヒルデの魔法が発動し、白銀の光の投槍五本がグルヴェイグを貫くべく飛ぶ。

これまでで最高の威力と速度を秘めた魔法であったが、グルヴェイグは短くルーンを唱えて障壁を生み、あっさりとこれを防いだ。

ルーン魔術を行使すると、一瞬隙が生じる。又兵衛はその隙を見逃さず、女神の顔面を真っ向に断ち割るべく豪刀を振るった。


(獲った!)


又兵衛はそう確信した。だがその太刀がグルヴェイグにふれる寸前の刹那、グルヴェイグの琥珀色の瞳が妖しく光った。すると又兵衛の全身が麻痺し、微動だに出来なくなったのである。


(な、何だこれは・・・・!金縛りの術か・・・・?)


又兵衛は声を出すことも出来ず、心中であえいだ。


「惜しかったな」


グルヴェイグは又兵衛の技量を賞賛するように言った。


「なかなかの身のこなしよ。だが、どのみちお前程度の神気ではこの私の身を断つことは出来んがな」


そう言ってグルヴェイグは左の拳を又兵衛の胸板に叩き込んだ。甲冑が砕かれ、胸骨にひびが入ることを感じながら又兵衛は吹き飛び、地に沈んだ。


「・・・・!!」


重成は全身の激痛に耐えながら身を起こしつつ、必死に考えを巡らせる。

敵は狂気に侵されながらも頭脳の回転は速く、その戦いにおける技量は熟練の戦士のように卓越している。

そして何より恐ろしいのは、その身を包む強大な神気である。

おそらくはその鞭をかいくぐって一太刀浴びせることが出来たとしても、かすり傷を負わせるのがせいぜいなのではないか。


(あの女神を斬れるのは、ローラン殿のデュランダルだけ・・・・!)


エドワードも重成と同じことを考えたのだろう、残る五体のオーク兵をローランを守るべく集結させる。

重成がブリュンヒルデに目配せすると彼女はうなづき、印を組んで光の投槍を連続で投擲する。


「無駄なことを!貴様程度の下級な人形の魔法が私に届くと思うのか!」


魔法の障壁でブリュンヒルデの投槍をことごとく防ぎながら、グルヴェイグは嘲笑う。その彼女の喉笛に剣が突き立った。

グルヴェイグの拳の一撃を喰らい、意識を失ったと思われた又兵衛が諸手突きを喰らわせたのである。


「貴様・・・・!!」


グルヴェイグの二つの顔貌が怒りと屈辱に歪む。又兵衛の渾身の突きをもってしても、その肌をほんのわずかに傷つけたに過ぎず、肉を貫くことが出来なかったが、狂気の女神の誇りを切り裂くには充分だったようである。

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