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神界三国志 ラグナロクセカンド   作者: 頼 達矢
第二章  愛の女神と狂気の女神
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第三十七話   スヴァルトアールヴヘイム

ブリュンヒルデの天翔ける船は静かにスヴァルトアールヴヘイムの地表に降り立った。

船から降りた重成、ブリュンヒルデ、又兵衛、ローラン、エドワードの前に夜の高台にそそり立つ巨大な宮殿があった。


「なかなか美しい造りだのう。悪神にしては良い趣味をしておるではないか」


又兵衛がそう称賛するのも無理はないだろう。この砂漠と岩山ばかりの荒涼とした暗黒の大地にあって、その華麗にして繊細な装飾が施された白亜の宮殿はまるで地上に降りた星のようであった。

だが、この宮殿の存在がかえってこのスヴァルトアールヴヘイムという世界の貧しさを際立たせているように見えるのは皮肉であった。

あの宮殿を見るからに、デックアールヴの、そしてその支配者であるグルヴェイグの美的感性はエルフ達やフレイヤを凌いでいるのではないか。だからこそ彼らはこの地に我慢ならず、あの豊穣なアルフヘイムを我が物にせんと躍起になっているのだろう。


「いるな、あの中に・・・・。悪神が・・・・」


重成は思わず唾を飲み込んだ。

あの芸術品としか言いようのない美しい宮殿の奥から禍々しい悪しき気配が濃厚に伝わって来るのである。

その気配はあのロキとよく似ているが、ロキ程の底の知れない強大さは感じられない。

グルヴェイグの神格はロキよりも低いのだろう。それははっきりと分かる。だが・・・・。


「勝てるのだろうか、僕たちは・・・・。あんなとてつもない敵に・・・・」


エドワードが唇を震わせながら言った。

常ならば即座にエドワードに一喝を喰らわせるであろうローランは口をつぐんで沈黙を貫いている。彼もまたはっきりと彼我の力量差を感じ、絶望に押し潰されそうなのだろう。


「・・・・」


自らが造った魔法の照明に照らされたブリュンヒルデの顔色も蒼白となっているのが確認された。それは光の加減のせいではないだろう。


「・・・・ここまで来た以上、最早後戻りは出来ません。勝たねばならないのです。例え・・・・」


その先を言葉にしなかったが、その決然たる凛とした表情から、重成はブリュンヒルデがいざとなれば己の命を犠牲にしてでもグルヴェイグのを討つ覚悟なのだと察した。


(申し訳ないが、ブリュンヒルデ。いざと言う時に悪神と刺し違えるのは貴方ではない。この私だ・・・・)


重成がブリュンヒルデの完璧なまでに美しい横顔を見つめつつ心中で呟き、



「さあ、行こう」


と仲間たちを促し、迷いの無い足取りで歩を進めた。重成の控えめで静かであるが、鋼の意志が込められた声に圧倒され、ブリュンヒルデ、又兵衛、ローラン、エドワードは無言で従った。

戦乙女も、四人のエインフェリア達も完全に己の気配と神気を消す技を身に着けており、出来ればグルヴェイグに気づかれずに近づいて暗殺したいところだが、それは叶いそうにない。

宮殿の外からはグルヴェイグの強大な神気しか感じられなかったが、宮殿内に一歩足を踏み入れると、少数の手練れが護衛として残っているのが分かったのである。

彼らに気づかれずにグルヴェイグの元にたどり着くのは不可能であろう。


「流石にデックアールヴが一人残らず出払っているなどとはあり得なかったか」


ローランが聖剣デュランダルを音を立てずに抜き放ちながら言った。


「僕のオーク兵で奴らの気を引いて、その隙に君達がグルヴェイグの元に突入するという手もあるけど、どうする?」


エドワードの意見に、又兵衛は己の見事な髭を撫でながら考えていたが、


「いや、ここに来てさらに戦力を分散するのは悪手だろう。ここは我らが一丸となって一気に護衛どもを始末し、そのまま悪神の元に突入すべきだろう。戦というものは勢いを重んずるものよ」


と言った。


「賛成だ」


ローランが答え、重成、ブリュンヒルデも頷いた。


「それじゃあ、準備をしよう」


エドワードは懐から小さくしてあるオーク兵二十体取り出し、床に並べてルーンの詠唱を行った。

薔薇戦争時のイングランド式の甲冑を纏ったオーク兵が元の大きさに戻ると同時に、


「行きましょう!」



とブリュンヒルデが抜刀しつつ号令を発した。

重成、又兵衛、ローラン、そしてエドワードのオーク兵もそれぞれ武器を構えて一斉に宮殿の回廊を駆けた。

突如現れた正体不明の侵入者を前にしても、十五人の護衛達は内心はどうあれ、態度は全く平静であった。

破壊の為のルーン魔術の詠唱を行い、あるいは弓を構え、抜刀する。

その隙の無い身のこなしから、敵は予想以上の手練れであることを重成達は悟った。

デックアールヴ達は光の矢や炎の球を飛ばしたが、ブリュンヒルデとエドワードが同時に印を組み、敵の魔法を防ぐ障壁を生み出してこれを防ぐ。

障壁を超えて魔法ではない鉄の矢が飛んできたが、重成と又兵衛がことごとく叩き落した。

先頭に躍り出たローランが聖剣デュランダルを渾身の力を込めて振り下ろした。

デックアールヴの護衛は剣をかざしてこれを受け止める。だがローランの剛力とデュランダルの刃はいとも容易くデックアールヴの剣を叩き折り、そのまま勢いを減じずに護衛の頭を叩き割った。

そのデックアールヴが鮮血と脳漿をばらまきながら床に倒れるよりも先に、二人目の犠牲者が重成の神速の剣にかかり、首を宙に舞わしていた。

たちまち二人の同胞を失っても、デックアールヴの精鋭達は恐れる色を見せず、勇敢に立ち向かって来た。


「おう、やるな!」


敵の剣と鍔迫り合いをしつつ、又兵衛は嬉しそうに吠えた。ヴァルハラに来て以来、敵は怪蛇に魔犬に巨人と人外の者ばかりで、鍛えた武技と武技のぶつかり合いを久しく味わえなかった又兵衛にとってまれに見る良き敵であった。

この者は護衛団の頭目であるらしい、と見て取った又兵衛は気合を発して敵を弾き返した。

両者は距離を取り、しばらくにらみ合っていたが、突如又兵衛は己の太刀を鞘に納め、両手を開きながら、


「組もう!」


と言った。一瞬面食らったデックアールヴの頭目であるが、敵が格闘戦を挑んでいるのを理解した。

護衛団を統括する身である以上、このような一騎打ち、ましてや武器を収めての組討ちなどには応じず、戦況を見極め、部下に指示を出すことに専念すべきだろう。

だが、目の前の敵である髭面の壮漢の燃え滾る炎のような闘志と無骨な笑顔に引き込まれ、デックアールヴはつい剣を投げ捨て、稲妻のような鉄拳を又兵衛に見舞った。

又兵衛は半身になってこれを躱し、その右手を我が右手で巻き込んで逆を取り、そのままひねって投げ飛ばした。又兵衛の得意とする甲冑組討ちの技である。

だがデックアールヴは巧みに受け身をとって衝撃を半減させると、そのまま又兵衛の顔面を蹴りつけた。

鼻の骨を折られ、見事な髭が血に染まるが、又兵衛は微塵も意に介さずにその足を掴みすかさず関節を逆に決めて一気にへし折った。

さしものグルヴェイグを守る為に選ばれた精鋭中の精鋭も苦痛の叫びを発したが、なお屈せず又兵衛の両目をえぐろうと指を二本突き出す。又兵衛は首を曲げて己の額で指を防ぐと、相手の襟首を掴み立たせて素早くその背後に回りこみ、裸締めを喰らわせた。

デックアールヴはなんとかその両腕をもぎ放そうともがくが、又兵衛の丸太のような腕は小動もしない。


「久々に心躍る戦いであったわ。礼を言うぞ」


又兵衛は敬意を込めてささやき、相手を窒息させるのではなく両腕を旋回させてその首の骨をへし折った。

頭目を失っても護衛団の士気は少しも衰える様子がない。又兵衛は斬りかかって来たデックアールヴを抜き打ちで倒すと一息ついて戦況を確認した。

確かにこの護衛団はデックアールヴの精鋭なのだろうが、やはり個々の武勇においては重成、ローラン、そして最強の戦乙女であるブリュンヒルデには及ばず、その数を減らしていた。

だがこちらもエドワードのオーク兵を数体破壊されたようである。

グルヴェイグと対峙する前にこれ以上戦力を減らす訳にはいかない為、又兵衛はオーク兵の加勢をするべく獅子のようにその巨体を躍らせた。


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