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神界三国志 ラグナロクセカンド   作者: 頼 達矢
第二章  愛の女神と狂気の女神
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第三十五話     大森林の戦い

デックアールヴ達はそれぞれ剣や手斧といった得物を構え、大森林に足を踏み入れた。


「エルフどもめ、手足を切り落としてから、その取り澄ました小ぎれいな顔の皮をはいでやるぞ」


「何人かは殺さずに生かしておけよ。奴らの小さい穴を試してみたい」


「そりゃあいい。楽しめそうだ・・・・」


彼らはその醜悪な面貌に下劣で残忍な欲望をむき出しにしつつも、油断なく身構えて歩を進める。

エルフの格闘能力はその気性と体躯からまったく恐れるに値しないものだが、百発百中を誇る弓矢の技はやはり警戒を要するものであった。

最も警戒を要するが、それだけである。デックアールヴ達はエルフの弓矢に抗する訓練を充分に積んでおり、どのような角度から矢が飛来してきてもこれを躱し、あるいは撃ち落とせると自負していた。


「それにしてもこの森の空気といい、光といい、全く胸糞悪い・・・・。エルフどもを始末したら、焼き払うべきだ・・・・」


デックアールヴの一人がそう呟いた時である。奇妙な乾いた音がすると同時に、呟いたデックアールヴが額からどす黒い血をほとばしらせて後方にのけぞり、そして地に沈んだ。


「な、何だ!何が起こった!」


慌てて他のデックアールヴ達が倒れた仲間を抱き起すが、額を穿たれ、完全に即死している。

その傷口に指をつっこむと、ルーン文字が彫られた小さい奇妙な玉が出てきた。


「何だこの玉は・・・・!これを超高速で飛ばしてこいつの頭部を破壊したのか」


「馬鹿な・・・・。エルフどもがこのような見たこともない破壊の魔法を使うなどと・・・・」


するとまたしても、乾いた音が大森林の清浄な空気を切り裂き、こめかみを穿たれたデックアールヴが顔を歪ませながら崩れ落ちる。


「ええい、散れ散れ、木の影に隠れろ!」


デックアールヴ達は憤怒と憎悪の炎で瞳を燃やしつつも、表情は仮面の如く平静となって身を隠し、次なる不可解な敵の攻撃に備えた。


「ふむ、二人しか斃せなんだか。もう少し数を減らしておきたかったのだが・・・・。やはりいずれもなかなかの手練れ。エルフ達の手に負えぬ訳じゃ」


デックアールヴ達から少し離れた位置で身を隠しつつ、呟いたのはラクシュミーバーイである。


「エイルから渡されたルーン文字が彫られた弾丸は全部で三十発。一発たりとも無駄には出来ぬ・・・・」


彼女の形の良い繊細な指にはかつて敵である大英帝国の兵士から奪ったライフルが握られている。

かつてインド大反乱にてその精妙確実な射撃の腕で大英帝国軍より畏怖されたラクシュミーであるが、エインフェリアになってさらに視力と動体視力が大幅に増強され、最早その射撃の技は神技の域に達していると言って良い。

だが、人間ならざるデックアールヴには普通の弾丸は通用しない。持って生まれた魔力に守られた彼らの肉体を貫くには、神気を武器に込めなければならないのである。


だが、火薬の爆発によって発射される銃の弾丸にはラクシュミーは自身の神気を込めることが出来ない。

そこでルーン文字が彫られた弾丸をエイルが用意してくれたのだが、時間が無かったので三十発しか造れなかった。


「さあ、次は貴殿の番ですぞ、姜維老。我らエインフェリアの最大の武器となるらしいオーク兵とやらの力を見せていただこう・・・・」


そう呟くラクシュミーの声を合図とするかのように、デックアールヴ達の頭上の木々が揺れた。すると鬱蒼とした葉に身を隠していた兵士たちが一斉に抜刀しながら飛び降り、デックアールヴ達に斬りかかって来た。

飛び道具のみを警戒し、頭上からの斬撃を全く予期していなかったデックアールヴ達はたちまち奇妙な兵士達に斬りたてられ、血と絶叫をはねあげた。


「な、何だこやつら・・・・!」


一瞬、混乱に陥ったデックアールヴ達であったが、敵の数が少ないことを見て取ると冷静さを取り戻し、得物を振りかざして応戦する。

デックアールヴ達にとってはまったく未知の蜀漢王朝の甲冑を身にまとい、細身の剣を手にした兵士達の剣技は堅実で、隙の無いものであった。

エルフ達を殲滅するために厳しい訓練を積んだデックアールヴ達の武勇とほぼ対等であるように思える。

数で勝るデックアールヴ達は破壊の魔法で一気に敵を殲滅しようと印を組んだ。

だが彼らはルーンの詠唱を続けることが出来なかった。彼らの耳に笛の音が響いたのである。

その笛の音の旋律は繊細で美しく、神の祝福を受けた大森林の清浄な空気よりも澄んだ純粋無垢そのものな神気が込められていた。

光の下に生まれた者ならば、その音と神気で魂を癒されただろう。

だが、闇の元に生まれたデックアールヴ達にとってそれは逆に魂を縛り付ける呪詛の声となって響いたのである。


「ぐ・・・・な、何だこの忌まわしい笛の音は・・・・こ、心がかき乱される・・・・」


「・・・・ここまで澄んだ、それでいて強大な神気、エルフ如きが有するはずが無い。一体何者が・・・・」



彼らは得物を捨て、あるいは魔法を発動させる為の印を解き、両手で耳を防がねばならなくなった。

動きを止めることを余儀なくされたデックアールヴ達に姜維のオーク兵は容赦なく刃を突き立て、ラクシュミーは頭部を撃ち抜く。さらに潜んでいたエルフ達も姿を現し、矢の雨を降らした。

当初は圧倒的な余裕を誇っていたデックアールヴ達は想像すらしなかった状況に最早これ以上闘志を持続出来なかった。

聖なる笛の音に精神の均衡を失わされた上、散々に斬りたてられ、射すくめられ、未知の飛び道具の狙撃を受けたのである。

一刻も早くこの異常な状況から逃れようと大森林の入り口に殺到した。


「逃げることは許さんぞ。フレイヤが不在のこの時を逃さず、何としてもアルフヘイムを占領せよとのグルヴェイグ様の御言葉を忘れたか。踏み止まってエルフどもを皆殺しにせい!」


デックアールヴの長が長剣を片手に怒号した。


「ええい、逃げるなと言うのが分からんのか!」


長が長剣を一閃させた。次の瞬間、デックアールヴの一人の首が驚愕の表情を凍り付かせながら宙に舞い、やがて胴体と共に地に沈んだ。

デックアールヴ達は踏み止まることを余儀なくされた。だが引き返して戦う意思は最早微塵も湧き出てこない。彼らは完全に敗北を悟っていたのである。


「大将たる者が配下を斬り捨てるなど、無益なことよ。そのようなことをしても失った士気を回復することは叶わぬ。潔く敗北を受け入れるがよかろう」


小薙刀を手にした今川義元が悠然と歩みながらデックアールヴの長に語り掛けた。

高貴で典雅な容貌に猛々しさを秘めた風格に圧倒され、他のデックアールヴ達は思わず、後ずさりをした。


「貴様は・・・・。そうか、アースガルドから来たエインフェリアとやらか。フレイヤと共にヴァナヘイムに向かったものと思ったが、まんまと一杯食わされたということか」


「そう言う事だ。さて、済まぬが、他の者はともかく長たる汝だけは見逃す訳にはいかぬ。かつて海道一の弓取りと言われた大大名たるこの義元が鎌倉武士のように一騎打ちに興じてやるのだ。この上ない誉と思うがよい」


「何を訳の分からぬことを!」



怒号と共に跳躍し、長は横なぎの一撃を頸部に見舞う。義元は小薙刀の刃で凶刃を弾き返すと、柄で長の鼻梁を打とうとしたが、長は間一髪のけぞってこれを躱した。

長の長剣と義元の小薙刀の刃風が大森林に舞う木の葉を切り裂き、激突によって生じる火花が木々を照らす。

デックアールヴ達は瞠目した。圧倒的な武勇と魔力とで一族に君臨した長と対等以上に渡り合える者がいるなど、想像すらしたことがない。

義元は一見、悠然たる笑みを浮かべているが、内心はそれ程余裕がある訳ではなかった。

彼もまた、長の卓越した剣技に感嘆の思いを抱かざるを得なかった。

勝負は全くの互角と思われたが、やがて変化が訪れる。義元に比べ、長の動きと剣が目に見えて鈍って来たのである。

義元はその時を見逃さなかった。見守るデックアールヴ達の腹にこたえる気合の声を発すると共に、小薙刀の刃を長の頸部に突き立てた。

長は口を開き、何事か言葉を発しようとしたが、口腔を満たす鮮血に遮られ、明瞭な言葉にはならなかった。

デックアールヴ達は長の仇を討とうとする意志を示さず、一目散に逃げ散って行った。


(我が桶狭間にて討たれた時、配下の者共もあのような様子であったのかな)


勝利の喜びは湧かず、むしろ苦い感慨を覚えて義元は地に横渡るデックアールヴの長に視線を送った。


(主君たる者を肝心な時に守ろうとせず、また仇も討たずに逃げたとて、配下の者共を恨んではならぬぞ。主君たる者、大将たる者、勝ち続けることにのみ価値があるのだ。敗北したその瞬間、路傍の石も同然よ・・・・)


義元は小薙刀に着いた血を拭い、逃げていくデックアールヴ達の背中を黙然と見送った。


(我もまた、一度の敗北で全てを失い、異郷の地にて足軽雑兵のように敵の首を獲る身となり果てた。だがそれも良い。ここからだ。ここから勝利を積み上げよう。二度と失敗はせぬ。そして我はこの天上の世界で覇を唱えてみせようぞ・・・・)



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