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神界三国志 ラグナロクセカンド   作者: 頼 達矢
第二章  愛の女神と狂気の女神
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第三十三話    囮

エインフェリアと戦乙女はエルフの長の案内で客室に通された。


「自身の領土を守る為の戦の作戦会議に参加せんとはな。女神は戦が不得手と言うよりも心底厭わしいと考えておるようだな」


木の椅子に腰かけると同時に又兵衛が不満げに言った。


「大将にやる気が無いのでは戦に勝てんぞ」


「フレイ様がラグナロク直前に御自身の御立場が悪くなるのを覚悟でフレイヤ様を帰されたのも分かりますね。フレイヤ様は戦に全く不向きな方のようです」


ブリュンヒルデが憂いの表情を浮かべながら応じた。


「だが、それはそれで良いのかも知れん


常は無口で控えめな姜維が発言したので、皆が一斉に注目した。


「戦の才が無いにも関わらず、いちち作戦立案に口を挿む総大将程有害な者はおるまい。作戦は幕僚に一任し、責任は全て己が負うというのが優れた大将の器量よ。あの女神はやや極端ながら、その器量があるのかも知れん」


「成程。そうかも知れません」


重成が頷くと、そこにエルフの長がお茶と果物を盆に乗せたエルフ三名を連れて戻って来た。

エルフはお茶と果物を木のテーブルに並べると退室し、長だけが残った。

茶はハーブティーで、抹茶しか飲んだことの無い重成にとってはその薄い赤色の見た目といい、香りといい、本当にこれが茶なのかと疑わしく思えた。

一口すすってみると、その味はやや酸っぱく、抹茶のまろやかにして渋い味わいに慣れた重成の口には合わなかった。

口直しに木苺らしき果物を口に入れると、これが驚くほど甘く、美味であった。


(成程、この茶の酸味が木苺の甘味を引き立てているんだな)


そこでもう一度茶をすすると、さっきと違って甘く、濃厚な味わいであった。

茶と果物が互いに高め合う極上の組み合わせと言えるだろう。


「美味しい~。エルフの人たちって毎日こんなの食べて飲んでるんだ。うらやましいな~」


だらしない表情を浮かべながら言うエイルをローランが苛立たし気に睨んだ。


「茶や木苺のことなどどうでもいい。邪悪な妖精どもを片付ける作戦をさっさと立てたらどうなのだ」


言葉には出さなかったものの、美味に至福の思いにふけっていた他のエインフェリア達が慌てて表情を引き締めた。


「その為には敵のデックアールヴとやらのことを知らないとね。エルフの長さん、デックアールヴはどれ程の戦力を有しているんだろう?」


エドワードがエルフの長に問うた。


「デックアールヴの総数は私たちの倍の四百名程だろう」


「ということはエルフの総数は二百人程なのか。少ないな」


「百名以上がデックアールヴに殺されたのだ・・・・」


悄然とうつむく長にエドワードは言葉を失った。


「それ程までに劣勢なのか・・・・」


「奴らは血と戦いを好み、破壊の為のルーン魔法を得意とする。それに比べて私たちエルフは支配者たるフレイヤ様の影響を強く受けている為どうにも戦いが厭わしく、ルーン魔法を殺傷の為の武器とすることが出来ないのだ・・・・」


「汝らエルフはゴーレムとやらを操っていたが、そのデックアールヴとやらはどうなのだ」


義元が茶をすすりながら聞いた。


「当然操れるのだろうが、汝らのゴーレムと違いはあるのかな?」


「いや、そこに違いはない。土で作った人形を念で動かすだけだからな」


「ふむ。ならばこちらのゴーレムで奴らを引き付け、その隙にわしらが敵の大将を討ち取るというのが定石だと思うが、その敵の首領の何やらという神はこちらに出向いてくるかのう?」


「いや、グルヴェイグは己の支配地であるスヴァルトアールヴヘイムに座したまま動かない。私たちもその名を聞くだけで直接見たことはないのだ」


又兵衛の問いに長が答えた。


「ならば直接我らが出向いてその悪神の首を刎ねてやろうではないか」


ローランが聖剣デュランダルの柄を叩きながら言うと、姜維が頷いた。


「敵将を上手くおびき寄せるのが一番なのだが・・・・。どうもそれは難しそうだな。となれば直接敵の本拠地に侵入せねばなるまい。危険なことではあるが・・・・」


「とにかく、まずは敵の主力をおびき寄せる手を考えよう。いや、考えるまでもないか。その方法はただ一つだ・・・・」


重成が呟き、最後の木苺を口に入れてゆっくりと味わった。


三日後、アース神族の来訪を受けた女神フレイヤは、どのような事情があるのか、慌ただしく自身の船に乗ってアルフヘイムから飛び去って行った。

フレイヤの動きを注視していたデックアールヴは、当初これは女神の偽りではないかと疑った。

しかし、女神の神気がヴァナヘイムの方向に向かって完全に去って行ったことを確認すると狂喜し、エルフ根絶やしにしてアルフヘイムを占領すべく、全兵力を動員した。

漆黒の船団がアルフヘイムの雲一つ無い碧空を覆う。その光景は不吉そのものであると同時にある種の荘厳さを備えており、地上から見上げる者に不思議な感動を与えた。


「まったく信じられない光景だな。僕は夢を見ているんじゃないだろうか・・・・」


敦盛がその豊頬に緊張の色を浮かべながら呆然と呟いた。

さらに地上に視線を移せば、様々な獣の頭をした土人形兵ゴーレムが整然と円陣を組んでいる。

源氏武者との闘いで命を落としてまだ幾日も経っていないのに、早くも人ならざる者同士の戦の渦中に身を投じねばならないのである。

弓を握る手が震えるのを抑えることが出来なかった。


(僕がこの戦で役に立つことが出来るのだろうか。源氏相手の、人間同士の戦でもほとんど何も出来なかったこの僕なんかが・・・・)


「敦盛くん」


いつもは饒舌なエイルがこれ以上は何も言わず、ただ微笑みながら敦盛をじっと見つめている。

敦盛は己の中に生じた緊張、恐れ、自己卑下といった負の感情がゆっくりと氷解していくのを感じた。


(この娘は太陽だ。僕に勇気を与えてくれる・・・・)


戦いを好まぬエルフ達も女神フレイヤを奉じ、彼女と彼女の領土を守る為に命を懸けて戦おうとしている。

敦盛もエイルを信じ、彼女を守る為に勇気を振り絞って戦おうと改めて己に誓った。


「で、どうなのだ。敵の首魁の女神をおびき寄せることは出来たのか」


薙刀を手にした義元が尋ねると、エイルは目を閉じて意識を集中した。


「うーん、それらしい神気は感じられないなあ。もちろん自分の神気を気づかれないように消している可能性もあるけど、そんなことする理由も無いし、やっぱりここには来ていないんだと思うよ」


「ふむ。敵の首魁を釣ることは出来なんだか」


義元が薙刀を軽く素振りしながら頷いた。


「まあ、敵の主戦力を引き付け、総大将を孤立させたのだから、成果は充分とすべきであろう。後はあの者達が上手くやるのを期待するのみか」


そう言って義元は天空を見上げ、不敵な笑みを浮かべた。


「女神の首を獲るという他に類の無い武勲は我が上げたかったのだがな。仕方がない、汝らに譲ってやる。失敗は断じて許さぬぞ」



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