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神界三国志 ラグナロクセカンド   作者: 頼 達矢
第二章  愛の女神と狂気の女神
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第二十九話     謎の気配

重成達を乗せた天翔ける船は凄まじい速度で落下を続けていた。


「このままでは地上に激突する。全員死ぬぞ・・・・!」


胆力に優れた重成であったが、流石にこの己の力ではどうにもならない状況に絶望の声を上げた。


「・・・・!!」


己の念が通じず、白い繊細な面に汗を滝のように流していたブリュンヒルデだったが、この瞬間、彼女の神気が膨れ上がり、船内が超新星が爆発したかのような強烈な光で満たされた。

すると、天翔ける船を捕らえていた謎の神気が弾き飛ばされ、船がブリュンヒルデの元へと戻った。

力を使い果たしてしまったブリュンヒルデであったが、意思を振り絞って船の体制を整え、静かに地表へと着地させた。


「助かった・・・・」


エドワードが安堵の声を漏らした。


「ブリュンヒルデ!」


重成がぐったりとして動かないブリュンヒルデの元に駆け寄り、抱き起した。

彼女の全身は汗にまみれ、完全に気を失っているようである。


「全員助かったようだ。よくやってくれた、ブリュンヒルデ・・・・」


重成は呟き、汗に濡れたブリュンヒルデの頬を優しく撫でた。


「それにしても、どこなのだ、ここは・・・・」


又兵衛が船窓から外の風景を眺めながら舌打ちしつつ言った。

天翔ける船が着地したのは海岸らしい。眼の前には洋々とした紺碧の海面が広がっており、雲一つない空にはカモメらしき鳥が軽々と日の光を帯びながら飛んでいた。


「エイルよ、ここがどこなのか、心当たりはあるのか?」


義元がエイルに問いかけた。その顔には余裕の笑みを浮かべており、この不可解な状況を楽しんでいるように見える。


「エイルにもわかんないよー。ヴァナヘイムに着くのはまだまだ先のはずだから、ここは絶対違うし。こんな場所、見たことも聞いたこともないよ・・・・」


流石のエイルも困惑を隠せず、大きな瞳に涙をにじませながら言った。そして慌ててブリュンヒルデの元に駆け寄った。


「どうだ、彼女の具合は・・・・?」


「神気を使い果たしちゃったみたい・・・・。体の方は大丈夫だけど、丸一日は目を覚まさないと思うよ」


重成の問いにかつてない真剣な表情でエイルは答えた。


「で、どうするのだ?このままこの船の中に居ても仕方ないだろう。取り合えず一度降りて、周囲を探索しようではないか」


「待てよ。肝心のブリュンヒルデが気を失っているんだ。彼女の意識が戻るまで動くべきじゃないよ」


性急なローランを留めるようにエドワードは慎重論を提示したが、やはりローランは頷かなかった。


「そこのワルキューレがここのことなど知らんと言っているのだ。ブリュンヒルデも同様だろう。じっとして時間を浪費してかえって状況が悪くなったらどうするのだ」


「ローラン殿の言う通りだ」


重成がブリュンヒルデを抱きかかえながら言った。


「まずはこの目で状況を確認しなければ・・・・」


一同は天翔ける船から降り、白い砂浜に足を踏み入れた。海風が吹きつけて、重成とブリュンヒルデの髪をなぶる。


「素晴らしい景色じゃな。ここがどういう場所なのかさえ分かっていれば、もっと楽しめるであろうに・・・・」


ラクシュミーが黒曜石のような瞳に憂いの色を浮かべながら言った。彼女は腰に細身の曲刀を差し、肩にはライフルを担いでいる。


「・・・・」


平敦盛は肺がいっぱいになるまで青海原の大気を呼吸し、無限に重なり合う波濤を呆然と見つめていた。


「敦盛くん、どうしたの。大丈夫?」


気が付けば、エイルの大きな瞳が心配そうに敦盛を見つめていた。天真爛漫で幼子のような振る舞いながら、常に気にかけてくれる彼女に感謝すると同時に、己の未熟さ、不甲斐なさを情けなく思った。


「何でもないよ。ただ、須磨の海岸に似ているなと思っただけだよ」


敦盛は努めて陽気に言った。


「そっか・・・・」


「まさかとは思うけど、ここはぼくらが居た地上、ミッドガルドだっけ?そこってことは・・・・」


「それは絶対に無いよ。全然位置が違うし、人間がいる気配も無いし・・・・。え、あれ?ちょっと待って!何かおかしな気配がこっちに近づいて来てる・・・・。それも沢山・・・・」


「巨人どもか!」


ローランがデュランダルを鞘から引き抜き、正眼に構えながら怒号した。


「ううん、巨人じゃないよ!魔物、っていうか、生き物じゃないみたい。これは・・・・オーク兵と同じルーン魔術で動いているのかも・・・・」


「では、私たちと同じエインフェリアがここにいるのか・・・・?」


重成がブリュンヒルデを抱き寄せる手に力を込めながらエイルに問いただした。


「ううん、多分違うと思う。神気の質が違っているの。ヴァルハラとは違う・・・・。あれ?ってことはヴァン神族の人が動かしているオーク兵なのかな・・・・?」


「何だか知らんが、そ奴らは我らに向かってくるのだな。数は如何ほどなのだ?」


「すごく多いよ・・・・。百体近くいるかも。こっちに真直ぐ向かって来てるよ・・・・・」


「百か。ふむ、相手の実力も分からぬし、この戦力では戦いようがないな・・・・」


義元が己の顎を撫でながら言った。流石に笑みは消えているが、己の置かれた状況を楽しむ余裕は未だ残されているようである。


「エイル、君はあの船を動かすことは出来ないのか?」


「無理だよー。あの船は持ち主のブリュンヒルデ姉さま以外には動かせないの」


重成にエイルは頭を振って答えた。


「それでも、取り合えずどこかに逃げないと」


「逃げてどうする?ここがどこなのかさえ分からんのだぞ。逃げようがなかろう」


うろたえるエドワードに姜維が冷ややかに答えた。


「でも、戦おうにも、この人数じゃ・・・・」


「うろたえるな、若者よ」


日頃は口数が少なく、声を荒げたことなどない姜維が動揺するプリンスオブウェールズを厳しく叱りつけた。


「確かに窮地ではあるが、決して諦めず、冷静になって考え、打てるだけの手を打たねばならぬ・・・・。そして思い出せ、拙者とお主にはわずかではあるが、戦力を増やす手段があるだろう」


「あ、そうか!」


そう言って目を輝かせたエドワードは懐から小さな人形を十体だして白い砂浜に並べた。


「何ですか、その人形は・・・・?」


敦盛の問いには答えず、エドワードは印を結んでルーンの詠唱を唱えた。すると人差し指程の背丈だった人形が見る見る人間大の大きさになったのである。

エドワードのオーク兵で薔薇戦争の時のイングランド式の甲冑を纏い、胸にはランカスター家の象徴である赤薔薇のバッジが付けられていた。


「ほう、オーク兵を小さくして懐に忍ばせておったのか」


感嘆の声を上げる又兵衛に頷きながら、姜維も同様にルーン魔術を唱えて蜀漢王朝の甲冑を纏ったオーク兵を十体出現させた。


「このような術があるとはな。わしらもやはりルーン魔術を習得すべきかな?」


又兵衛が重成に問いかけた。重成は微笑んだだけで答えない。やはり重成は魔術を習得する気は起きなかった。


「取り合えず二十体。しかしこの砂浜では兵を忍ばせることも出来んから、堂々と布陣するしかない。圧倒的に不利なのは変わらん」


「こちらの世界に来て早々、魔法で動く兵隊同士の戦を味会うことが出来るとはな。いや、全く、これから先どのような面白きものが見れるのか、心が躍るわ」


「義元さん、面白がってる場合じゃないよ!真面目にやって!」


「うむ、そうだな。ここで死んでしまっては、この先楽しめんからな」


エイルに叱られて義元は苦笑しながら太刀を抜いた。


「義元公、何か良い考えはありませんか?」


気を失ったままのブリュンヒルデを砂浜に寝かした重成が義元に問うた。


「無いな」


義元はあっさりと答えた。


「敵が何者でどのような強さを持ち、どのような意図で我らに近づいて来るのかさえ分からんのだ。考えなど浮かびようがあるまい」


「確かに・・・・」


「まあしかし、身も蓋もないことを言えば、一切抵抗はせずに潔く降伏したほうがよいのかも知れんな。敵が降伏を受け入れる意思やそもそも知能があるのかさえ分からんのだが・・・・」


「降伏を考えているのですか?海道一の弓取りである今川治部大輔ともあろう方が・・・・」


「不服かね、若武者よ」


義元は重成の若さと潔癖さを愛でるような笑みを浮かべながら言った。


「控えめな気性かと思っていたのだが、なかなか猛々しいものを秘めているようだの。だがここは日の本ではないし、敵も武士ではない。そして我らも最早武士ではない。エインフェリアであろう」


「・・・・」


「もののふの道に拘り、囚われていてはこの天上の世界を知り尽くすことは出来まい。我らはまず多くを見聞せねばならぬ。その為には一時身を屈して敵に身を委ねることも耐えねばならぬ。そうすることによって得られるものがあるやも知れぬからな」


「・・・・御言葉、胸に刻んでおきます」


重成はこの場ではあえて反論せずにいた。だが内心では降伏する気など微塵も無かった。そうするくらいならば潔く戦って死ぬべきだと思っている。

確かに己はすでにエインフェリアである。ヴィーザルの為、ブリュンヒルデの為、エインフェリアとしての使命を果たす覚悟であるが、かといってその為に己が今まで真直ぐに歩んだもののふの道を踏み外す訳にはいかなかった。

踏み外せば、己を失ってしまうからである。己を失った者に神々の戦士としての使命が果たせるはずがないではないか。


「来るよ!」


エイルの切迫した声が海岸に鳴り響いた。







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