第二十八話 鉄砲編成
「あーところで、なかなか雄壮で統一された見事な動きをしているが、槍と弓を主にした旧態依然の軍隊であるな。鉄砲はこのヴァルハラには無いのかね」
グスタフアドルフが話題を変えようと、フロックに問うた。
「てっぽう?何だそりゃ、聞いたことのない言葉だな」
「鉄砲とは、火薬を爆ぜさせることで鉛の玉を飛ばす武器でござる」
孫堅の問いに山本勘助が答えた。孫堅が孫子の末裔と知り、勘助の態度は恭しくなっている。孫子の熱烈な信奉者である勘助であるから当然の事なのかも知れない。
「そんな物があるのか。それって戦で役に立つものなのかい?」
「殺傷力は弓矢とは段違いでござるよ。命中率が低いのと、撃つのに時間がかかるのが難点であるが。我がヴァルハラ軍も何としても種子島、鉄砲を揃えなければなりませぬ」
戦国時代において、織田信長ただ一人が鉄砲に注目して大量生産し、武田軍は旧式の騎馬突撃に拘ってしまったが故、ついには長篠の戦で致命的な大敗を喫したという説が巷間に流布されているようだが、それは間違いである。
武田信玄も鉄砲の威力に注目し、他ならぬ勘助が三百丁の鉄砲を揃えて鉄砲隊を組織し、川中島の合戦に挑んだ。
長篠の戦においても武田軍の鉄砲の数は千五百にも達し、織田軍に匹敵する程の数を揃えていたのである。
「勘助に言われて鉄砲を作っているところだよ」
フロックが言った。
「だが、火薬を爆ぜて飛ばすという構造上、エインフェリアが神気を込めることが出来ない。それじゃ巨人や魔物を倒すことはできないんだ」
「ならばどうするのだ?」
「そこで、弾丸そのものにルーン文字を刻むことにしたのさ。これで巨人どもを殺す威力が発揮できるはずだ」
「ほう・・・・。ルーン文字とな?」
「だが、弾丸に一個一個ルーン文字を刻まなきゃいけないわけだから、相当時間がかかる。勘助の言う通り二千丁用意して戦で使用する程の弾丸を揃えるのは当分先だろうね」
「ほう、二千丁もの鉄砲を製造しておるのか!」
グスタフが喜色満面で頷いた。
「勘助と申したか。貴殿、冴えぬ風貌のわりには大した見識を持っているではないか。余程の軍人だったらしいな」
「恐悦至極」
勘助は礼儀正しく応じた。己の醜い風貌を評されても最早勘助の心は微塵も動揺しない。それにグスタフという西洋人には悪意が全く無いのは分かるのである。
むしろ、戦こそが己の人生と心得、全てをかけて打ち込んで生きてきたであろう、同じ種類の人間と出会えた喜びと親近感を感じていた。
「てっぽう、か・・・・。我が国土を荒らした忌まわしいモンゴル共も火薬を爆発させて武器としていたが、同じものなのかな?」
常は陽気で瀟洒なヘンリク二世であるが、モンゴルという言葉を発する時は顔色が暗い。剽悍にして残忍無比であった侵略者モンゴルと戦って無残な死を遂げた彼の心の傷は根深く、未だ癒されてはいなかった。
「いや、我が日本に攻め込んできた蒙古軍も「てつはう」という武器をしようしたそうだが、今造っている「鉄砲」とは別の物だよ」
信繁が答えた。鋭敏な彼はヘンリク二世の心の傷を察しており、その声色はいつも以上に優し気であった。
「まあ、ごちゃごちゃ話すより見た方が早いだろう」
そう言うフロックの手にはいつの間にか鉄砲があった。
「ほう、これがそうか。なかなか良き造りではないか」
グスタフが銃身を愛おし気に撫でながらうっとりと言った。
「ふむ、注文通り、雑賀根来衆の物と寸分違わず出来ておるな。やはりヴァルハラの力は大したものよ・・・・」
勘助も目を細め嬉し気に呟く。
「撃たせてもらってよいかの?」
「ああ」
勘助の問いにフロックが短く答える。
「成程、玉に文字が刻まれているな・・・・」
丸い鉛の弾丸をしばし見つめた後、火縄に着火して銃口に玉薬と呼ばれる発射と弾丸を入れ、カルカと
言う名の木の棒で銃身の底に押し込める。
火蓋をきり、火皿に点火薬である口薬を入れ、火蓋を閉じる。火のついた火縄の先を火挟みに挟む。
再び火蓋をきると勘助は射撃体勢になり、空中に向かって引き金を引いた。
ぱーん、と乾いた音が空気を切り裂き、オーク兵の操作に熱中していた他のエインフェリア達も思わず動きを止める。
孫堅とヘンリク二世、それに夏侯淵は初めて見る兵器に呆然となっていた。北畠顕家も鉄砲の発射を見るのは初めてのはずだが、内心はどうあれ、その顔貌は相変わらず全く無感動の様子で冷ややかであった。
勘助と信繁は満足げに頷いたが、グスタフアドルフはその神経質な痩せた面貌に不満げな表情を浮かべていた。
「遅い!」
「遅いとは・・・・?」
銃を下ろした勘助が不審そうにグスタフを見つめる。
「言葉の通りだ。撃つまでが遅すぎる。これでは戦場にて銃の真価が発揮されんぞ」
「むう。確かにそれがし、根来の津田監物殿に鉄砲の撃ち方を一度指南されたが、その後は研鑽を積まなんだ。到底一流の撃ち手とは言えぬ故。・・・・」
勘助の言葉にグスタフは苛立たし気に首を振って応じた。
「そう言うことではない。構造上の問題なのだ」
そう言ってグスタフは勘助から銃を取り上げた。
「火薬と玉を別々に流し込んでいたであろう。それが時間の浪費なのだ。余が考案した紙製の薬莢を使うべきだ」
「紙製の薬莢・・・・?」
「うむ。紙で作った円錐体に火薬と玉を詰めるのだ。これで戦場でわざわざ火薬の量を量ったり銃に火薬を流し込んだりする必要がなくなる。準備にかかる時間がぐっと短縮できるであろう」
「おお!」
勘助が色の黒い老顔に喜びと感嘆を浮かべた。
「それにしてもこの銃。見事な造りであるし、匠による工芸品とも言うべき美しさと力感を感じる上、見事なまでに軽い。余の軍隊こそが世界で最初に銃を軽量化したと思っていたが、先んじていた国があったとは・・・・」
グスタフは誇りが傷ついたように顔色を悪くしたが、すぐに決然として言った。
「ヴァルハラの技術があれば、さらに軽量化できるのではないか?」
「さらなる軽量化・・・・。出来るかの?」
勘助はフロックに問うように視線を向けたが、
「やってもらわねばならぬ」
フロックが口を開く前にグスタフは断固たる口調で言った。その痩せた顔貌には神経質で落ち着かない雰囲気は消え失せ、王者としての威厳と軍事改革者としての情熱で満たされていた。
勘助とフロック、それに他のエインフェリア達も威に打たれたように粛然とし、彼の言葉に耳を傾けた。
「ヴァルハラの兵力の総数は?」
「現在のところは一万二千ぐらいだね」
「ふむ・・・・」
「だが、今も他の戦乙女達がミッドガルドに赴き、エインフェリアを選んでいる最中だ。おそらくエインフェリアの数は三百名に達すると予想されている。それが鍛錬を積んで千体のオーク兵を動かす訳だから、ヴァルハラの総戦力は最終的に三十万になる計算だね」
「三十万とな!」
フロックの言葉にグスタフは驚嘆の声を発した。他のエインフェリアも同様の表情を浮かべる。
「この余とて、最後の戦場で直接率いたのは一万八千に過ぎなんだ。まさか三十万とはな・・・・。ふむ。では鉄砲の数が二千では少なすぎるな。軽量化した鉄砲、ルーン文字とやらを刻んだ弾丸、それに紙製の薬莢をがんがん製造してもらわねばならんが、可能なのか?」
「どの位造ればいいんだ?」
「余は己の軍隊の編成は歩兵が一万三千、騎兵は六千で、歩兵の半分に鉄砲を装備させていた。つまり、総兵力に対して三分の一の割合だな。このヴァルハラの総兵力が三十万に達するというのならば、十万丁の鉄砲が必要になる」
「十万にござるか・・・・」
勘助が呟いた。想定すらしたことの無い膨大な数である。だが、同時に十万もの鉄砲が合戦場にて一斉に火を噴けば、どれ程の凄まじい轟音が鳴り響き、どれ程の凄まじい光景が描かれるのだろうか。それを思うと、勘助は老顔に喜悦の表情が浮かぶのを抑えることが出来なかった。
「十万か・・・・」
流石のフロックも驚きと戸惑いを隠せない様子である。
「可能かね?」
グスタフアドルフがフロックをじっとみつめながら問うた。
「・・・・勝つために必要なんだね?巨人どもを皆殺しにし、ヴァルハラが勝利する為に、必要なことなんだね?」
フロックが鮮やかな緑の瞳に煌々たる光を湛えながらグスタフに確認をした。グスタフが迷いの色を見せたり、中途半端な答えをしたら刃を突き立てんばかりの殺気が秘められていた。
「勝つためだ。北方の獅子たる余を信じよ」
グスタフは数瞬の迷いも見せずに断言した。その灰色の瞳はフロックを凌駕する程の鮮やかな光芒を帯びていた。
「分かったよ。そうまで言うのなら、ヴィーザル様に具申しておこう。一体どれ程の時間がかかるか分からないし、次のロキとの闘いやムスペルの出現に間に合えばいいのだけれど・・・・」
北畠顕家は彼らとは少し離れた場所で腰を下ろし、翼を広げた雲竜が座す鬼の面を飽かずに見つめていた。
戦乙女と他のエインフェリアの会話など少しも耳に入っていない。
鉄砲という己が生きていた時代には存在しなかった新兵器や軍の編成など、何の興味も無かった。
顕家の心にあるのは、合戦場にてこの仮面の竜と鬼とさらなる高い次元にて一体化し、より力強く、より優雅に舞うことにのみあった。




